試験と職員会議
そんなこんなで雑談をしている内に、私以外の48人が試験を終えた。
先生に呼ばれて、真ん中の列に立たされる。
「ティアナさんの試験はここにある15の的を破壊することです。もちろん、岩まで届けば満点になります」
…3列全て狙えってことですね。了解です。
「基本魔法だけでですか?」
「もちろんです」
1回で3列の破壊。
範囲型である《氷槍乱散舞》でも使えば早いのだが…列と列の間は5mくらいあるので、基本魔法でとなると…
「全てを創りし創造神の眷属たる氷の神フリーレンよ」
試験内容を聞いた生徒達のざわめく声や、衣擦れの音が遠ざかった。
雑音は耳に届かず、それどころか人の存在ごと意識の外へ追いやられる。
「我に力を与え給え」
普通に考えて、この試験は基本魔法で出来る範囲を超えている。
それなのに、何故か出来るという確信があった。
「アイス」
その起句が紡がれた瞬間、
真っ直ぐ前へ伸ばした手に冷気が集い、
手の平を中心に渦を描く様にその規模を増していき、
無数の氷の礫が形成され、
凍てつく様な冷気と共に前方に向かって解放された。
鋭利な両端を持つ指程の大きさの氷が、白い靄を伴って飛び出し、15の的を穿っていく。
小さな穴が幾つも開けながら、岩に到達し、欠片となって消えた。
「…」
全て破壊し終わった時、初夏の暑さによって漂っていた冷気は跡形もなく霧散し、氷の破片は溶けて地面の染みになっていた。
「…あのー、先生?」
終わったのに点数を告げないどころか、的と岩の修復も始めていない。
点数を記録する紙とペンを構えたまま、口を開けて固まっていたが、私の呼び掛けでハッと我に帰った。
「っはい、ティアナさん満点。合格です」
「ありがとうございます」
踵を返し、試験を終えた生徒達が集まって見学している場所に合流しようとする。
だが、黙ってこちらを見る視線は、いつもと違った。
好奇と感心、称賛の色が畏怖と戦慄、恐怖で塗り潰されている。
…それも当然だ。さっきのあれは、基本魔法の域を優に超えていた。
周囲を気にせず、無邪気に駆け寄ってくれるリアはいない。
「…っ」
足が地面に縫い付けられたように動かなくなる。
ー怖い。
私を見る、皆の目が。
「クラスメイト」ではなく「自分とは違う何か」に向けられた視線が。
射竦められ、中途半端な位置で固まってしまった私を救ったのは、レーゼル先生達の会話だった。
「トスパン先生、全員終わったようですし、解散にしてはどうですか?」
「そうですね。全員合格でしたが、点数を更に上げたい方は、午後に再試験を受けても構いません。必要ない方は、自習していて下さい。それでは、解散」
解散の指示を聞いた皆が、わらわらと食堂へ向かう。
彼らの視界から私が外れた途端、身体の硬直も解けた。
「…ふぅ…」
ー何で、基本魔法であんなことが出来たんだろう。
ー何で、あの視線に恐怖と…懐かしさを覚えるんだろう。
自分のことなのにわからない。
後で…午後の試験を乗り切って、ソフィーに相談しよう。
息を吸って、吐いて、気持ちを切り替え、食堂の方へ足を動かした。
「あれ?ティア、遅かったね」
ソフィーとエマはもう着いていたようで、4人掛けのテーブルの上には昼食が置いてある。
「うん、順番が最後だったから。そっちはどう?」
「私は最初だったよ。入学試験と一緒の内容だから、必要ないなって言われながら、見本役」
先生を倒したら次に進むっていう試験か。
「ソフィーは凄かったんだよ!私は最後まで行けなかったから、午後に再挑戦するつもり」
エマが興奮した様に頬を染めて語り、ソフィーがそんなことないよと照れくさそうに首を横に振っている。
「ティアは合格だった?」
「まぁね〜」
合格だったけど、その後が…
周りに同級生が大勢いる中でそう言うわけにもいかず、曖昧に笑っておいたが、ソフィーには何かを誤魔化したことがバレているかもしれない。
午後の試験も合格だったが、エマがいたため変な空気になることもなく自然に終わった。
そして、夕食前の空いた時間。
「…つまり、基本魔法にしては桁違いの威力になったってこと?」
自室でソファに座って向かい合いながら、今日の午前中のことをソフィーに話す。
「うん。ソフィーは?」
「実は私も、いつもより強かった。周りから避けられるってことはなかったけど、もしかしたらティアで慣れてたからかも」
ソフィーもだったのか。
「何でかわかる?」
「ううん。詠唱はいつも通りだし…込める魔力も、規模が大きかったから少し増やしただけで、何も変えてないのに」
「だよね!強いて言うなら、いつもより集中したくらい」
急に魔法が上手くなる。
悪いことではないが、それにしても限度というものがあるし、理由がわからないので不気味だ。
「ノエル〜わかる?」
『いやぁ…ごめん、ボクにも…』
膝の上で丸くなっていたノエルが、首を振る。
紺色の綺麗な毛並みをもふもふしながら考えるが、思い当たる節はやはりない。
「まぁ、実害はないから…」
「そうだね…」
何となくもやもやするのは拭えないが、考えても仕方のないので忘れるーいや、置いておくことにした。
所変わって、校長室。
教師陣が集合するには少し手狭なそこで、会議が開かれていた。
議題は、当然ながら…
「…特待生ティアナ・ディオワリスさんとソフィア・ディオワリスさんの、異例のコース選択について、だ」
「はっきり言って、前列はありません。コースの枠に囚われず、全授業を取るなど」
「だが、彼女達なら可能だろう?今日の試験では、満点だったではないか」
「それがおかしいのです!あれは、基本魔法では不可能なことを前提とした試験です。どのように工夫するのか、どこの的を捨てるのが効率的かを判断する力を測るはずが」
「全て破壊したばかりか、大岩に届いた。実に素晴らしいことだが…」
「彼の存在を、忘れたわけではありませんよね?」
「無論だ。それ故に、気を抜けないし、諸手を挙げて歓迎というわけにもいかない」
「ですが、彼女達は…」
「性格も、素行も、何ら問題はない。だが、それくらいは幾らでも偽れる。そうであろう?」
「それは私に対する挑戦ですか?あれ程美しい魂の持ち主が、そのようなことをするとでも?」
「残念だが、それを視ることが出来るのは貴女だけだ。そして、今年になってから…彼女達が来てから、魔族の動きが活発になったのも、また事実」
「まさか、疑っているのですか?」
「疑いたくもなるだろう?突出した才能と実力の持ち主で…現に、生徒の1人が重体なのだから」
「リア・アーメントのことを言っているのなら、2人を疑うのは見当外れです。あの子を見た時、どれ程心を痛めていたか…私より、余程心配していました」
「それが演技なのではと言っているのだ!あの魔族を拘束し、騎士団に引き渡したのがあの2人で、その直後に生徒が襲われた。皇族街に行くことを2人に伝えていたなら、狙うことも可能だ」
「馬鹿なことを言わないで下さい!彼女達がリアを狙った?そんなことがあるわけないでしょう!?」
「その前は他の生徒の誘拐事件があっただろう?確か、それも2人の友人だったと思うのだが…偶然か?」
偶然ではなく、ティアナとソフィアが魔族に狙われた結果、あの誘拐事件が起きた。
だが、精霊の情報が目当てだったことは、教師の誰も知らない。
あの事件について2人が多くを語らなかったことが、疑いに拍車をかけていた。
だが…
「偶然です!誘拐されたのはティアナさんもですし、2人が魔族を拘束したのは、王都ですよ!?責めるべきは彼女達ではなく、侵入と逃亡を許した騎士団でしょう」
魂は嘘を吐かない。
2人はあくまで被害者であり、無実。
幼い頃から、幾らでも取り繕える外見や言動ではなく、魂を視て育ってきたヘルガ・トスパンにはそれが確信出来た。
「…それ以上は口が過ぎる。ティアナさんとソフィアさんも、この学園の生徒であることに変わりはない。ならば、我々がすべきなのは疑うことではなく、守ることだ」
記憶は嘘を吐かない。
そして、ティアナが受けた拷問の数々を見た校長も、2人が犯人ではないと知っていた。
「彼女達がただ優秀なだけの生徒だということは、信じるに足る証拠がある。全授業を取ることに、何ら問題はないだろう」
「…校長が、そう仰るのでしたら」
前例がないため、独断にならないようにと開かれた職員会議。
結局は校長の鶴の一声で決まったのだが、そのことに不満を唱える者はいなかった。
…少なくとも、表立っては。
次回、第一章エピローグとなります。




