試験準備
「はぁっ、はぁっ、疲れだぁー!」
今、私達は暗い夜の森を全力疾走している。
左肩にはノエルが乗っていて、利き手である右手には収納魔法から取り出した剣が握られている。
すぐ側を走るソフィーも同じだ。
何故こんな状況なのかと言うと、
「ティア、私達って王都を目指すんだよね?」
「うん。そのつもりだけど…あっ…うわ…」
万年氷の森を出た私達は、王都に行くことにしたのだが。
「王都に行くにはフリートベルク領を突っ切るのが1番楽なんだけど…」
他領に行くには手続きが必要だ。
もちろん、それは形だけのものだが、精霊を連れた女の子が2人(しかも追放された領主の子)というのは…多分面倒なことになる。
今なら、フリートベルク領を突っ切れるから、その方が良い。
「今…つまり、今晩までなら大丈夫」
領主には「今晩中に出て行け!」と言われたので、今はまだ大丈夫だ。
「よし!走ろう、ティア!今晩中に森を抜けて王都に行こう!」
「ってソフィーが言ったんでしょうが!」
「そうだけどぉ!」
ありがちなパターン、「提案者が最初にバテる」を見事に実演中。
『ほら、頑張れティア!』
『ソフィー!ネージュも応援してるよ!』
ティア、ソフィーという愛称でお互いを呼んでいるのを知った2人は、自分達もと言い始めたのだ。
『ボクの勘ではもう少しだよ!』
「あてになるのー?それ」
空が白み始めた。
もうすぐで、日が昇る。
「はぁっ…はぁっ…」
「頑張った…私達頑張ったよ…」
目の前の木や蔓を手当たり次第斬り裂いて、がむしゃらに走りまくった結果。
何とか、到着することが出来た。
領地の境界には結界があるはずなのだが、それすらも全然気が付かなかった。
朝日と同時に門は開き、その中のことを一般的には王都というが、門の前の広場も実は王都だ。
今倒れ込んでいる地面はまさにそこであり、フリートベルク領は抜けたことになる。
開門と同時に入ったので、並ぶことはなかった。
これが1時間後には長蛇の列になるらしいから、早くて良かったと思っておこう。
「で、無事王都に着きましたけど」
「どうしましょうか?」
考えて、無かった。
「確かさ、近くに学校あったよね」
「あー、えーっと」
《知識の書》で見た地図を思い出す。
「あっちだね。エーデルシュタイン学園。今は4月…ディアマントの月だから、入学試験やってるかも」
この世界も1年12ヶ月、1日24時間、365日制なのだ。
不思議なこともあるものだと思う。
「うん、書いてあったよ。申し込み期間は1週間で、今日はその5日目」
『へぇ…じゃ、ぎりぎりだったわけだ』
「うん。試験は明々後日に丸一日かけて行われて、合格者は大体3日後に発表。倍率は4倍〜5倍と言われている。試験内容は」
「座学と魔法、剣の実技だよね。座学は共通範囲で、魔法と剣の結果によって魔術科と武術科に振り分けられる。もちろん、最低限はどちらも必要」
「極稀に、両方合格する者もいる。その場合は選択することも可能だし、両方を取ることも可能、と」
『2人はどっち希望なの?』
ネージュが首を傾げた。
「たぶん、ソフィーと逆だよ」
「私も、ティアと逆だと思う」
考えているのは、おそらくー
「魔術科!」
「武術科!」
私が魔術科で、予想通りソフィーは武術科だ。
「まぁ、そうだよね」
「両方行きたいっていうのが本音だけどね」
『ん?ティア達なら受かるんじゃないか?』
「いや、ないない。だって、何十年も出てないんだよ?」
両方とも受かるには、満点でも足りないらしい。
じゃあどうすれば良いんだという話だが。
「申し込み場所は、エーデルシュタイン学園の正門だって。臨時で受付が作られてるらしいよ」
正門に向かうと、人がちらほら見えた。
「こちらの紙に記入をお願いします」
受付にいた事務員さんに紙を渡されて、受付横の机を指された。
あそこで書いて来いということらしい。
「えっと…名前、性別、歳、属性、希望科、その他特技等…だって」
「属性、どうする?」
「目立つのは御免だもんね。前のやつ書いとく?」
記憶が戻る前は、私が光と炎で、ソフィーが風と氷だった。
「うーん…個人的には炎属性書いときたいけど…記録って残ってるかな?」
確かに、ソフィーは氷より炎ってイメージだな。
貴族の子は生まれた時に属性や魔力量を測る。
その記録は司法局で管理されており、時期領主選定の参考にもなる。
生まれたての頃の記憶は流石にないので、測ったのかどうかも定かではない。
『ボクも、ティアが氷の方がしっくりくるもんな』
『双子だったから測り間違えたとか?』
それはあるかもしれない。
それに、いざとなれば「誤記入」で押し通せるだろうし。
「じゃあ、でっち上げとく?」
光、炎、水、風、雷、氷、土の7つから2つ選ぶか。
各属性の得意分野は、
光…対魔 炎…戦闘 水…浄化 風…防御 雷…攻撃 氷…創造 土…治癒
となっている。
「ティア、私は決まったけど…?」
「私も。じゃあ言うよ?せーのっ」
多分、私達は違うのを選んでいるはすだ。
「光と氷!」
「炎と風!」
ほら、やっぱり。
私が光と氷で、ソフィーが炎と風。
『交代しただけだね』
『らしいって感じはするけどね』
ノエルとネージュも納得顔。
属性は決まりだ。
希望科はさっき言った通りだし、
「それと、特技か…」
「まぁ、わかんないし空欄で良いんじゃない?」
「そうだね」
適当に埋めて受付に持って行く。
「これでお願いします」
事務員さんに紙を渡した。
「承りました。受験料は1,000メルクです。当日来ないと罰金になってしまいますので、気を付けて下さいね。こちらが、受験要項になります」
銀貨を1枚ずつ払う。
来ないと罰金って…
歩き出しながら、要項に目を通す。
「8時30分開門、9時までに着席。座席は来た順で座学の試験から。1時間半の試験の後、希望した者から実技を行う。魔法と剣の会場は別なので、好きな方から受けて良い。終わった者から自由解散、と」
「人数が多いから、早く行かないと帰るの夕方になりそうだね」
丸一日かかる、とはそういうことか。
『ねぇねぇ、これボク達がいたらまずいかな?』
あー、契約精霊については何も書いてない(当たり前)からな。
「うーん…ダメではなくても、目立つね」
『だよね』
『当日は依り代の中で大人しくしとくね』
それが1番無難かな。
エーデルシュタイン学園が試験を控えているためか、多いはずの宿も大体が埋まっていた。
時間をかけて歩きまわった結果、何とか空きを見つけることが出来たが。
「ふぅ…暇だな」
荷物は収納魔法に入れているので、重くて疲れるということもないし、荷解きも必要ではない。
『ねぇ、ティア。魔法を練習しなくてもいいのかい?』
ふわふわと私の近くを飛びながら、ノエルがそう尋ねた。
「まほう?あー、魔法は…」
さぁーっと血の気が引いた。
私達が使っている魔法は《魔法秩序創造》で創ったものだ。
もちろん、普通の魔法の知識も大体ならある。
だが、使ったことはない。
「そ、ソフィー!どうしよう?私達、魔法使ったことがないよ!?」
「え?そんなこと…あぁ、そっか。まだ時間あるし大丈夫じゃない?」
試験は明々後日だから、後2日ある。
うん、ちょっと落ち着いた。
「剣の方は問題ないと思うから、選んだ属性の魔法の練習しようか」
「うん!」
自分で言うのもあれだが、剣は結構上手いのだ。
私よりソフィーの方が上だけど。
『精霊魔術師としての訓練もだよ〜』
ノエルがそう付け加えた。
「全てを創りし創造神の眷属たる氷の神フリーレンよ 我に力を与え給えーアイス」
かざした手の平から目には見えない冷気が放たれ、先にあるクローゼットが氷に包まれた。
『これが詠唱ってわけ。面倒くさいと言ったらそれまでだけど』
「まぁね…でも、いたんでしょ?神々って」
創造神と、光、炎、水、風、雷、氷、土の神(これはそのまま属性にもなっている)。
そして(あまり知られていないが)、精霊王を合わせた9柱が世界の起源に関わっているらしい。
『もちろんだよ。信じている者が減って来ているのも事実だけど』
「減ってるんだ…詠唱には残ってるのに?」
『あーそれなんだけど…。ティア、その詠唱はどこで習ったんだい?』
「どこって…」
もちろん母親と《知識の書》からだ。
だが、ノエル達にはまだこの固有魔法のことを伝えていない。
…他の人に見えるかわからないし。
「あ、もしかして、どこか間違ってた?」
『ううん、間違ってないよ。間違ってないからおかしいんだ』
「え?」
間違ってないのにおかしいとはどういう意味だろう。
今の所、《知識の書》に嘘は書かれていないのだが…。
『完璧すぎる。今の時代には完全な詠唱が残っていないはずなのに』
「完全な詠唱?」
『うん。ボク達が生まれた時くらいから、変な詠唱が流行りだしてね。今使われている殆ど全部の詠唱は変に省略されたものなんだ。だけどティアが使ったのは…当時のままの完全なものだ』
それが本当なら、《知識の書》はだいぶ古い時代のものなのか?
だが、国の情報等は最近のものだった。
見落としただけだろうか。
ーそれに…私達が母親から教わったのは…
教わったのは、何だっけ?
記憶を辿るが、その部分だけ穴が空いたように思い出せない。
『ティア?』
ノエルが心配そうに首を傾げた。
違和感を無理矢理かき消し、会話を続けた。
「ちなみに、今は何て言ってるの?」
『確か…【我が氷の魔力よ 我に力を貸し給えーアイス】じゃないかな』
うん、見事に省略されてるね。
1番大事そうな文が抜けてるし。
「やってみる。我が氷の魔力よ 我に力を貸し給えーアイス」
手の平から冷気が…出るが、先程と比べるとだいぶ弱い。
机の半分も凍らせられなかった。
「こんなに違うの?」
『うーん。どうやらティアは、神々との親和性が高いみたいだ。だから余計、不完全な詠唱では力が発揮出来ないんだろうね』
「なるほど…。試験はどうしよう?」
『最初のでいいんじゃないかな。正しい詠唱を見せつけてやって』
「ん。わかった」
魔法の練習は呆気なく終わった。
唱えるだけで発動出来るし、魔方陣も覚えたからだ(各属性の基本となる魔法は、魔法陣なしでも発動出来る)。
ソフィーは炎の威力が強すぎて、危うく火事になる所だったため、今は抑える練習をしている。
「精霊魔術師?ってどう違うの?」
『ボク達が使うのは精霊魔法っていって、少し特殊なんだ。だからその特性を理解した上で、連携を取れるようになるのが大切』
「精霊魔法?」
『うん。普通の魔法は自分の魔力を使うんだけど、精霊魔法は周りから魔力を集めて使うんだ。もちろん、ボクも魔力を持っているけど、それを使うのは最終手段かな。大精霊ともなると、自分の身体の維持に膨大な魔力が必要だからね』
へぇ…。
『精霊魔法には詠唱も魔法陣も必要ないんだ。その代わり、契約外の魔法は使えないけど』
詠唱も魔法陣もいらないとなると、結構有利なのではないだろうか。
「契約って…それじゃあ」
『ボクが魔法を使うのはティアが望んだ時か、助ける時のみだよ』
あの契約って、そんなに大事だったんだ…。
「ノエルって、属性とかはないの?」
『うん。格の高い精霊は全属性ーというよりは無属性かなーだから』
「無属性?」
『属性の無い魔力ってこと。だから、何でも出来るよ』
魔力の属性は最低でも1つはある、というのが定義だったはずなのだが。
やはり、精霊は私達とは違うのか。
「じゃあ、やってみてもいい?」
『ティアの望みなら。でも、何を?』
「合わせ技! 全てを創りし創造神の眷属たる水の神フルーメンよ 我に力を与え給えーアクア」
水魔法を放つ。
手の平から出た水は、一直線にベッドへと向かって行った。
『あー、こっちでいいかな?』
ノエルの手(前足)から電撃が放たれ、水と絡まりあった。
2つは螺旋を描きながらベッドに直撃し、
「『あ』」
ベッドが木っ端微塵に破壊されるー
「ティアぁ!?何やってんのぉー!?」
背中合わせで練習していたソフィーが振り返り、怒鳴りながら慌てて風魔法を行使した。
風の盾(簡易的な結界)が張られ、私達の魔法を受け止める。
『ノエル!やり過ぎだよぉ!』
1対2では相殺しきれなかったため、ネージュも重ね掛けして、凌ぎきった。
「もう!宿のものを壊しちゃダメでしょう!?」
「ご、ごめんなさい…」
『ティアは悪くないよ?』
『ノエルはティアを甘やかし過ぎ!』
結論:私達の合わせ技は結構危険。
反省:場所を考えて使おう。
でも…1つソフィーに言いたい。
あなた、宿を燃やしかけたよね…?
そんな感じで魔法の練習をしたり、《知識の書》を読んで知識を補完したりしながら試験前の時間を過ごしていった。