カウンセラーティアナ(前編)
医務室に寄るか迷ったが、昨日の今日なので先に寮に帰ろうとした所ーー
「おっ」
「あっ」
寮の入り口に1人の男子生徒が立っていた。
彼は私達を見ると待っていたかのように駆け寄って来る。
遠目でもわかる、見慣れた姿。
アンゼルム・ギーゼブレヒトだ。
「…ティアナ」
彼にしては珍しく(?)沈んだ顔をしている。
「おはよ…って言うにはちょっと遅いか。どうしたの?」
「いや、あー…その…」
しばらく逡巡していたが、意を決したのか口を開いた。
「…相談したいことが、あるんだ」
「私に?」
至極当然の疑問に、無言の肯定を返される。
全く思い当たる節がないし、そもそも何で私?
「いいけど…場所変える?」
「寮の、共同部屋でもいいか?」
ちら、とソフィーを見る。
アンゼルムと2人っきりの方がいいのか、ソフィーもいていいのか。
窺う視線に、2人が口を開きかけた所でーー
「あれっ?ソフィー!ティア!ここで何してるのー?」
手を振りながらパタパタと走って来るのは、家(孤児院)に帰っていたエマだ。
元気そうな様子なので、リアのことはまだ聞いてないのだろう。
「ティア、アンゼルムと話しておいで。エマには、私から説明するから」
「…わかった」
話を聞いた時、そして医務室にいるリアを見た時にエマを襲うであろう衝撃を慮ったのだろう。
一瞬、辛そうな表情を浮かべながらも、別行動を取ることを提案してくれた。
「ソフィー、エマ。また後でね」
「ん?うん!」
状況がわかっていないエマが小首を傾げ、アンゼルムが喜色を露わにしながら、頷いた。
「…それで、相談って?」
共同部屋を借りる手続きを済ませ、2人っきりの部屋で椅子に座る。
向かい合っているので、アンゼルムが顔を赤くしたり頭を抱えたりと謎行動をしているのがよく見えた。
「何で私だったの?」
「…カレンにさっき会って、聞いたんだ。ティアナに悩みを解決して貰ったって」
…あぁ、そういうことか。
家に泊まった生徒は、土の日である今日の、同じような時間に学校に戻って来る。
たまたま知り合いとタイミングが合えば、正門や寮で合流したり、言葉を交わしたりする機会はあるだろう。
「悩みって言っても、私がしたのはちょっとしたことだよ?」
私にカウンセラーの役割を求めているのなら、期待しない方がいい。
カレンの解決した悩みというのは、妹の病気のことであり、私が魔法が得意なのと、ノエル達がいたから出来たことだ。
「…それでも…俺だって、年下の…それも女の子に相談なんてと思ったけど…他に、頼れる人がいないんだ」
断ることも出来たが、アンゼルムには助けてもらった借りがある。
友達、かどうかはともかく、仲間だし。
「わかった。話を聞くだけなら聞くよ?」
「本当か!?」
ガバッと伏せていた顔を上げるのを見て、頼れる人がいないと言う言葉が信憑性を増してきた。
皇族ギーゼブレヒト家とは言っても、家族仲は良くないのかもしれない。
「実は、俺…」
嬉しそうにしていたが、いざ言う段階になると躊躇いが勝つようだ。
根気強く待ち続けると、アンゼルムが大きく息を吸った。そして、
「…1属性しかないんだ」
一息に、言った。
魔力には属性がある。
魔法を使う上で重要視される「属性数」は、当然ながら多い方が有利だ。
その為、1属性しかないというのは領主や跡取り決めにも響く、重大な欠陥。
アンゼルムは《炎》の皇族ギーゼブレヒト家の長男で、魔力量に問題はない。
本来なら、何の憂いもなく次期領主となっている立場だ。
だが、1属性となると全てが変わる。
どれだけ努力しても、決して埋まらない差。
生まれながらにしてハンデを負わされた彼は…
「…俺と同じくらいの魔力量で、2属性の弟がいるんだ。まだ小さいけど、あいつを次期領主にするかどうかで、一家総揉めでさ」
それは、揉めるだろう。
一族から1属性を出したと知られるだけでも、権威はガタ落ちする。
だが、アンゼルムは魔術科次席。
今更引っ込めるには、目立ち過ぎた。
「隠し通せるかもしれなくても、1属性なんかを領主には出来ないんだと」
それでも、領主にはできない。
いくら優秀でも無理なのだと、そう突き付けられた。
「弟が生まれるまでは、俺が次期領主候補の筆頭だったんだよ。分家から養子を取って血が途絶えるくらいなら俺を領主にって声が多くて。だから、俺もずっとその気で…」
あいつ、と言いながらも弟に対する敵意は感じられない。
恨みを向けてもいいはずの存在を、むしろ愛おしむような優しい目をしていた。
「貴族コースを取って弟を支えるか、他のコースを取って家から出るか。それが、俺の選択肢だって言われたんだ。だけど!」
何となく、この後に続く言葉の予想が付いた。
「俺が貴族コースを取ったら、弟の邪魔に…あのコースは基本、跡取りしか取らないから」
1属性と公表することは出来ない。
その状態で貴族コースを取ったら、間違いなくアンゼルムが次期領主だと思われるだろう。
「でも、他のコース…魔導具師は性に合わないし、治療師にはなれない。魔術師コースを取った所で、1属性じゃ置いていかれるに決まってる」
家としては「息子は自分の道を見つけました。次期領主は辞退するそうです」という体を取りたいのだろう。
それが1番穏便に済む。
問題は、アンゼルムが堂々と進めそうな道がないこと。
「なぁ、俺は…どうしたらいいと思う?…弟の力になってやりたい。邪魔するなんて御免だ。でも、1属性だって知られたら…」
誰にも相談出来なかった反動か、珍しく饒舌で、しかもかなり内密そうな話も含めて真情を吐露した。
話し終わったのか、また俯いてしまう。
入学試験の時に絡まれた(?)からか、アンゼルムは傍若無人…とまではいかなくても、そういうイメージが強い。
弱気で下を向いているのは…何と言うか、似合わない。
「…アンゼルムは、どうしたいの?1属性とか弟とか、そういう事情は置いといて…領主になりたいの?それとも、魔術師になりたいの?冒険者とか?」
「あ、俺は…」
この光景は見たことがある。
いつだっけ…と記憶を探り、リアから相談された時だと思い出した。
家のことばかり話して「自分が何をしたいのか」は何も言わない。
そんな質問をされるとは思わなかったのか、アンゼルムも目を丸くする。
「…ずっと、領主になるんだって思ってた。弟が生まれて、初めて「お前が決めろ」って言われたんだ」
歳は私より上(転生前はノーカン)なのに、自信なさげに俯く様子は、小さい子供に見えてしまう。
実際、10代前半なんて、小学校高学年〜中学生なのだから、日本ならまだ「子供」に入るだろうが。
「領主になりたいかって聞かれたら、情けないけど返事は「わからない」。俺の義務だって思ってたから」
それ程権力に執着しなさそうだし、私1人のために密入国するくらいだから根は優しいし、向いてなくはない…いや、法律をポイ捨てするのは良くないな…
「じゃあ、冒険者は?」
「何で魔術師じゃなくて冒険者なんだよ…」
呆れ顔で薄く笑われるが、私は至極真面目だ。
「だって、冒険者って魔力のない平民も珍しくないから、1属性もあれば充分でしょ?」
「え、そうなのか?」
冒険者はパーティを組んで動くし、平民が多いので、魔法が使えるだけで充分戦力になる。
「身分のしがらみとか、国への貢献とか、何にも考えなくていいんだよ?実力さえあれば」
根っからの上級貴族であるアンゼルムにとって、野宿とかはキツいかもしれないが。
「おまっ…ティアナ、まさか、冒険者になるつもりか!?」
冒険者はいいよ、と自分が冒険者でもないのに勧誘擬きの口調になってしまっていた。
「んー、まだ決めてないけど?」
「は?え、コースはどうするんだよ?」
ぽかーんと口を開けて間抜け顔になる。
自分が悩みを相談しに来たこと、覚えているのかな?
「コースは決めない。全授業を取るよ」
「…」
…あれ?
固まっちゃった。おーい!
手をひらひらと目の前で振ると、はっと我に帰る。
「…それ、本気か?」
「え?うん」
どうやら、全授業を取るのも、そもそもコースを決めないのも、相当異例のようだ。
呆気に取られている様子を見て、私達は予想以上に悪目立ちするかもしれないなと思った。




