嘘みたいな歴史書
ちゅんちゅんと小鳥が鳴く声が聞こえる。
「ん…」
窓から差し込む、明るい太陽の光。
私、いつの間に寝てたんだろ…?
「あ、ティア!起きた?」
「うん。おはよ、ソフィー…今って何時かわかる?」
横のベッドに腰掛けていたソフィーが立ち上がって側まで寄って来る。
「朝の8時だよ。大丈夫、寝坊はしてないから」
「8時か…私、あのまま寝ちゃって…あの後、どうなったの?」
いっそ、全て夢であって欲しいと思うが、医務室のベッドに横たわるリアの姿は鮮明に覚えている。
息を一つ吐いて気持ちを切り替え、身体を起こした。
「魔族の情報は、入り次第私達に教えてくれるって。王都で襲われた時のこと、詳しく伝えといたよ。あと、念のため、ダンジョンにいたっていう竜族の話も」
思い当たる節はなさそうだった、と残念そうに呟く。
「結界についても聞いてみたら、軽くだけど教えてくれた。学校の結界は、『魔力登録をした者』を通すらしいよ」
「魔力登録って…マントと証明書?」
だが、魔族はマントを付けていなかった(カレン談)し、入学試験や入学式は学園で行われたが、登録前だったはずだ。
他にも登録方法があるのだろうか?
「これは予想だけど、エーデルシュタイン王国籍の人は登録済みなんじゃないかな?ほら、司法局で管理されてるから」
「あー、なるほど!生まれた時に計測した魔力を、そのまま登録しちゃえば効率いいもんね」
と、ここまで口にしてふと気が付いた。
「…私達、10歳で魔力変わってない?」
「あ…」
属性も、魔力量も、前とは全然違う。
生まれた時のものが適用されるなら、弾かれるはずだ。
「じゃあ、国民全員が登録って線はナシかー…うーん…」
「どんな方法にしても、魔族が登録する機会なんてないはずだよね」
そこが問題なのだ。
「とりあえず、警備を強化するって言ってたよ。王様も同じ意見らしいし」
侵入方法がわからない以上、それくらいしか出来ることはないだろう。
「はぁ…そんな所だけど、今日はどうする?」
「カノン用の魔導具を作ろうかなって思ってる。でも、1時間もあれば充分だからな…そういえば、ソフィーの武器、結局見つかってないね」
魔導具と言っても、空の魔石を常備出来るような腕輪を作るだけなので、大した手間ではない。
ダンジョンに行った目的である「ソフィーの武器探しor作成に必要な素材集め」が、亜空間の竜族のせいで何処かへ飛んで行ってしまっていた。
「んー、まぁまぁ…2日連続でダンジョン行くのも…昨日の収穫はどれくらいだっけ?ネージュ」
『えっとねー、魔石が沢山!』
…簡潔にまとめるなら確かにそうなるだろう。
目立つ物はなかった、という風に解釈したソフィーが肩を落とす。
「…気長に探すことにするよ。本当にピッタリな武器は、きっと向こうから来てくれる!」
落ち込んでいるのかと思えば、ぐっと握り拳を作ってそう宣言…いや、願望を口にした。
「じゃあ、せっかくの休日だしごろごろして過ごそっか」
朝食、魔導具作りを終えた後は、決めた通りごろごろして過ごした…ということはなく。
蔵書数が国内2位(多分)を誇る図書館に足を運ぶことにした。
もしかしたら《知識の書》に載っていない情報が見つかるかもしれない、という一縷の望みにかけて、だ。
数え切れない程ある本棚の中、だいぶ奥まった所に目的のものはあった。
「けほっ、けほっ…すごいね、これ。創造神話なんて古文書レベルだよ…」
古い歴史について、詳しくは授業でもあまり扱わないので、需要は低く、奥に追いやられるのも必然と言えば必然なのかもしれない。
「ティアが原本に拘ったからでしょ…建国の辺りも読んでみる?」
原本と言っても、本当の「原本」は王城にある。
それを忠実に写した写本がこの図書館に納められており、それを更に簡単にしたり、必要な部分だけを抜き出したりした写本の写本は、入り口付近にも置いてある。
だが、人が写したものは正確性に欠ける。あるなら原本を読みたいと思うのは当然ではないか。
「うん、一応読むつもり。貸し出し禁止だから、覚えないとね」
「了解」
革張りの表紙を開くと、古いインクと紙の匂い、そして埃が辺りに広がった。
「…よし!」
咳き込みそうになるのを堪えて、文章に目を通す。
「9つ目の属性」に繋がるヒントが得られることをただただ祈りながら、神話の世界へ没頭していった。
創造神は初めに、7柱の神々を創造された。
万物を照らす光を司る、光の神イルミナル
熱く燃え上がる炎を司る、炎の神フォルティス
生命に欠かせぬ清らかな水を司る、水の神フルーメン
絶える事なく変化を運ぶ風を司る、風の神ウェントゥス
どれ程遠くても音を鳴り響かせる雷を司る、雷の神エクレール
時を止めた様に固まる氷を司る、氷の神フリーレン
全てを包み込む大地を司る、土の神ティエラ
彼らが創ったのは、醜い争いも、悲しみも、痛みも存在しない、究極の理想郷。
しかし、それは彼らの求める世界ではなかった。
そこで、新たに1柱の、魂を司る神が創られた。
9柱の神々の尽力により、生命は誕生した。
「魂を…司る、神…」
それが、精霊王フロレンティーナ…?
フロレンティーナは精霊を司っているのではなかったのか。
疑問に思ったが、何故かページは空白部分を残してそこで終わっていた。
次のページを捲ったが、今度は1面が白紙。
その次も、その次も……
「あれ?」
ペラペラと捲ること十数枚で、やっと文字が再び現れた。
数多の生命の中、人間は神々の姿を最も忠実になぞり、創られた存在である。
感謝を捧げるべく神殿を建て、以下の神々を崇めよう。
我等に仇なす敵を払い、人間に栄光をもたらす属性ーー〈対魔〉を司る光の神 イルミナル様。
我等に生き抜く力を握らせ、人間を強者たらしめる属性ーー〈戦闘〉を司る炎の神 フォルティス様。
我等に降り掛かる穢れを拭い、人間の永久の繁栄を約束する属性ーー〈浄化〉を司る水の神 フルーメン様。
我等に危機から逃れる機会を与え、人間を守護する属性ーー〈防御〉を司る風の神 ウェントゥス様。
我等に抵抗するものを排除し、人間に自衛の手段を授ける属性ーー〈攻撃〉を司る雷の神 エクレール様。
我等に欠かせぬを創り、人間の生活と文化を成り立たせる属性ーー〈創造〉を司る氷の神 フリーレン様。
我等に癒す術を施し、人間を不滅の種族へと導く属性ーー〈治癒〉を司る 土の神ティエラ様。
7柱の神々は常に我等と共に。
「…」
綺麗に締め括ったぜ(ドヤっ)と自慢する著者の顔が思い浮かぶ様な文を最後に、本は終わっていた。
「はぁ…」
よくもまぁつらつらと、人間にとって都合のいい解釈を並べるものだ。
この考えが人間至上主義に繋がり、亜人差別を引き起こしたのであろうことは、容易に想像がつく。
「ティア、読み終わった?」
「うん。後半は頭が痛くなる様な内容だったし、白紙部分が多いけど…そっちは?」
ソフィーが開いているのは、建国の歴史について語られた本だ。
「争いが絶えず、荒れた世界。遂には悪魔まで降臨し、混乱を極めたがーって所までは読んだよ」
「悪魔!?」
敏感になっていた単語に反応し、ソフィーの手元を覗き込む。
私にも見える様に本をずらし、該当箇所を指しながらゆっくりとページを捲ってくれた。
初めは等しかった生命は、支配するものと、されるもの、富めるものと、貧しいものに分かれていった。
絶えぬ争いと悲しみ。
そんな中、神にも等しき力を持った邪悪な存在がこの世に降り立った。
“悪魔”と呼ばれるその者により、世界は混乱を極めた。
そこに降り立ったのは2人の天使。
人の身でありながら悪魔を倒し、乱れた国と世界を立て直した、まさしく救世主。
美しく、誰にも分け隔て無く慈悲を施す“聖女”。
可憐で、何者にも劣らぬ武力を持つ“勇者”。
だが、彼女達は世界を救った後、静かに姿を消した。
以来、この国では大きな争いが起こる事はなく、平和を維持している。
彼女達の再臨を待ち望みながら。
「…これは何て言うか…」
「フィクション、ではないんだよね…?」
念のため断っておくが、今読んだのは立派な歴史書だ。
「子供向けの童話でも、もう少し具体的じゃないかなぁ…」
悪魔に天使、聖女に勇者。
これが建国物語として語られているなら、この国はだいぶやばい。
…だが、残念なことに事実だ。
「《悪魔の化身》と無関係ではないと思うんだけど、手掛かりはなさそうだね…」
「うん…」
残念だが、新情報はなさそうだ。
ここにないのなら、王城の図書館に行くしかないが、一般生徒では皇族街にも入れない。
「はぁ…」
何度目になるかわからないため息を吐きながら、図書館を後にした。




