武器探し
カレンの家を出たのは、ちょうどお昼時だった。
「外食するか、食堂に帰って食べるか、多数決取りまーす!」
「外食1票!メル・パニスのパン!」
『串肉1票!』
『串肉2票目!』
…外食は確定なのね。
「ティアは?ネージュは串肉って言ってるけど」
ここで私がパンに票を入れれば、同票なのだが…
「私は…どっちも食べたいけど、メル・パニスのパンは売り切れてるんじゃないかな?」
「あー、そっか…人気だもんね」
開店前の行列を思い出すと、この時間まで商品が残っているとは思えない。
現実的な理由に、ソフィーが頷く。
「じゃあ、串肉にする?この前エマが選んでくれた所、すっごく美味しかったし」
「『『はーい!』』」
屋台で串肉を買ったはいいが、依り代の中にいるノエル達に渡すことが出来ないと気付いてしまった。
とりあえず温かい内に収納魔法に放り込み、急いで寮まで帰る。
「よし!ノエル、出て来ていいよ!」
「ネージュ、お待たせ!」
呼びながら、串肉を取り出す。
ぽん、と光の速度でノエル達が飛び出し、串を前足で掴んだ。
『ありがとー!』
はむはむと小さい口で肉を齧り、咀嚼する様子は滅茶苦茶可愛い。
ほっこりしながら、昼食である串肉を食べる。
この前同様、美味しかった。
「…さて、午後は何する?」
「暇だね」
やることは特にない。
んー、と頬に手を当てて考えること数秒。
「ダンジョン、行く?」
にやっと笑ったソフィーが、そう提案した。
ダンジョンか…確かに、しばらく行ってなかったな。
「私、武器らしい武器を持ってないじゃん?もちろん、その辺の剣よりティアが創る氷の剣の方が丈夫だからっていうのもあるんだけど」
「そういえば…ソフィーに合う剣があれば、魔法行使の時間を削れるし」
試験や模擬戦の時は、怪我を防ぐためにも氷の剣でよかった。
だが、こうも魔族と関わることが増え、実戦となると相応の剣があった方がいい。
氷魔法を使うのには数秒を要し、その時間は相手に隙を与えているのと同義だからだ。
「最初のダンジョンの宝箱に、剣入ってなかった?」
「あー…ネージュ、入ってたっけ?」
中身が多過ぎて、全てを覚えてはいない。
私がノエルに丸投げしたように、ソフィーもネージュに任せていたようだ。
『ティア、一応武器っぽいの出すね』
どさっと床に煌びやかな道具の山が2つ出来上がった。
ただの金属の剣もあれば、絶対にレアだとわかる装飾の施された剣もある。
「よいしょっと…これなんかどうかな?」
柄に手をかけて山から引っこ抜く。
水色の魔石が嵌まっている銀色の剣だ。
「これ…《鋭利化》の魔法石?」
「みたいだね…となると、ちょっと危険か」
魔法陣が刻まれ、魔力の限り魔法効果を持続する魔石のことを魔法石という。
斬れ味がいいと、スパッと斬り過ぎてしまう可能性があるので、却下だな。
「こっちはー?《風波》の魔法石付き!」
ソフィーが見つけたのは、先程と同じ様な見た目の剣だった。
ただ、嵌まっている魔法石が違う。
「それ、実戦で使えるの?」
《風波》は文字通り、風を起こす魔法だ。
突風ではなく、自分を中心とした優しいそよ風を波紋のように広げる。
そんな風が必要なシチュエーションが、思い浮かばないのだが。
『見えない敵を相手にする時は有効だよ』
「限定的過ぎない!?」
空気の流れを読んで、居場所を探り当てるということなのだろうが、使う場面がだいぶ限られている。
「もう、自分で作った方が早いんじゃない?」
「うん…そうかも」
これだけたくさんあるが、惹かれる剣がない。
探すのは諦めて、気に入るものを作ろう。
「…結局、素材集めにダンジョンには行くんだよね?」
収納魔法に入れ直しながらソフィーに尋ねると、当然でしょ、という笑顔が返ってきた。
「どこにする?」
「まだ行ったことがなくて、難しい所!」
学園内にある最高難易度のダンジョンは最下層まで行っちゃったし…
「じゃあ適当に行くか!」
ダンジョンって、届けを書くのが面倒くさいんだよね…はぁ…
入ったダンジョンの1層は草原地帯だった。
爽やかな風が吹き抜けている。
「うわーっ!シュラハト草原程じゃないけど、広いね!」
ぴょこん、とうさぎ型の魔物が草むらから顔を出した。
「…1層だと、小物ばかりだね」
「とりあえず、最下層まで行く?」
ソフィーが持つのに相応しい剣を、が目標だ。
出来る限り下まで降りよう。
「ここが1番下、かな…?」
正規ルートで行ける限界だと思われる層は、氷の洞窟だった。
壁も床も天井も青く透き通った氷でできている、幻想的な光景だ。
「綺麗…」
息が白い。
真冬並みに寒いのに、そのことを忘れて見惚れていた。
「魔物は見当たらないね…いきなり魔法も飛んで来ないし」
マグマを抜けてすぐに《星降夜》を使われた最下層を思い出し、やけに静かだな、と思う。
『最初の時みたいにダンジョン精霊が出て来る事はないと思うよ?ボクが呼べば別だけど』
『あれは2人が本当の最下層に気付いたからだもん。だいぶ珍しいことなんだよ?』
「「へー」」
とりあえず、進むか。
ソフィーと頷き合い、警戒しつつも洞窟を進む。
道は狭く、若干下り坂になっていくようだ。
「あっ」
つるん、と足を滑らした。
タイミングが悪く、身体が前のめりに倒れる。
氷にぶつかるーーと思い、咄嗟に手を伸ばした。
だが、すぐに来るはずの衝撃が来ない。
手は何かに触れることなく、空を切った。
「…」
嫌な予感がする。
こういう時の嫌な予感程、当たるものはない。
「ぅわぁぁぁぁぁ!?」
目の前にあるのは、ぽっかりと開いた穴。
奈落の底まで繋がっていそうな暗闇に吸い込まれるように、身体が落ちる。
「ティア!?」
髪や服の裾が風でバタバタと乱れる。
どれくらいの規模の穴なのか、というかそもそもこの穴は何なのか、全くわからない。
「アイス!」
暗くて見えないが、感覚に従って右手に氷の槍を創り出す。
壁に刺さることを期待して振り回したが、効果はなし。
ーどうしよう…《突風》で身体を押し上げる?いや、それより明かりを確保した方が…?念のため《風結界》を張るのが先?
どれも取るべき行動としては正解だ。
だが、順番を決められない。
どれが最適なのだろう?
この状況を打破する、方法。方法は…
ーあぁ、1つだけあるじゃないか。
全ての問題を解決出来る、最強のカード。
「ーノエルっ!」
『やっと、呼んでくれた』
ぽぅ、と小指の先程の光が依り代に灯る。
光が徐々に大きさを増していくのを見て、ほっと息を吐いた。
「ずるいよ、呼ばなくたって出て来れるのに」
『ごめんごめん。何か、上手く繋がらなくて』
私も突然の状況には弱いんだな、と反省しながら次に取る行動をー
「え」
『あ』
暗闇から脱出するために行動を起こす必要は、なくなった。
下の方に光が見え、穴の終着点かと思った次の瞬間ーー私とノエルはだだっ広い空間に放り出されていた。
くるくると回転して定まらない視界に、1匹のドラゴンが見えた気がした。




