病気の原因
騎士団の詰め所宛てに《連絡鳥》を飛ばすと、程なくして簡易鎧を身につけた2人の騎士団員がやって来た。
「これは…」
「道で襲われそうになったので。正当防衛です」
てしてしとソフィーが氷を叩きながらそう言い放ったが、多分、聞きたいのはそこじゃない。
「黒眼黒髪…魔族か?」
手紙に「魔族が出ました」って書いたんだけどな。
半信半疑だったのか。
「魔軍第0部隊所属《悪魔の化身》序列3位だそうです。あ、この男の眼は見ないでくださいね」
「…わかった、後はこちらで処理しよう」
「名前は?」
「ティアナ・ディオワリスとソフィア・ディオワリス、カレン・エーデルです」
証明書を取り出して見せる。
チラッと見ただけで「あぁ、噂の特待生か」と納得したように頷いた。
「ちなみに、騎士様のお名前は?」
「エルヴィンだ」
「ランベルト。我々は新米なのでね。家名は遠慮させていただく」
騎士団では身分による差別を減らすため、団長や副団長レベルでない限り、名乗る時は名前のみらしい。
「わかりました。それでは、よろしくお願いします」
「…まぁ、いろいろあったけど…カレン、案内してもらっていい?」
氷が回収されると、何事もなかったかのようだ。
呆けているカレンの肩をとんとんと叩くと、はっと我に返った。
「あ、はい!」
カレンの家は、お世辞にも広いとは言えなかった。
比較対象が領主の館なのでより狭く感じる。
「ただいまー!」
カレンと同じ金髪のお母さんが顔を出した。
とても美人で、カレンとそっくりだ。
「あら、おかえりなさい」
この家族の温かさは私達にはなかった。
…私にはソフィーがいるから平気だけど、やっぱり羨ましいな。
「友達のティアとソフィーだよ」
私達を見て目を丸くしているので、カレンが紹介してくれる。
「初めまして。ティアナ・ディオワリスです」
「ソフィア・ディオワリス。ティアの妹です」
にこっと笑って頭を下げる。
「あらあら…カレン、お客さんなら前もって言ってくれないと…ごめんなさいね、何も準備できていなくて」
「いえ、お構いなく」
その物腰や言葉使いは、平民とは程遠いものだ。
やはり、貴族の傍系なのだろうか?
「ティアとカレンは特待生で、魔術科と武術科の首席なの。だから今日は…カノンを、診てくれるって」
驚いたのか、カレンのお母さんが言葉を失う。
「無理かもしれないけど、もしかしたら…案内してもいいよね?」
「え、えぇ…もちろん」
無理はしないでくださいね、と念を押されながらカレンに続いて奥の部屋に入る。
寝室のようで、暗い室内に置かれたベッドには1人の女の子が寝ていた。
「私の妹のカノン。主な症状は熱で…」
「ぉ…ねぇ…ちゃん…?」
弱々しく伸ばされた手を握り返しながら、カレンが説明を続ける。
「私と一緒で、魔力持ち。今は落ち着いているけど、悪化すると意識がなくなって、熱も凄く高くなる」
カノンは恐らく、5〜6才。
いつから症状が出ていたのかは知らないが、とても辛そうなのは見てわかる。
「《回復》の魔水晶を使っても、回復薬を飲ませても、治療師を呼んでも、全然駄目で、むしろ悪くなったんじゃないかって思うくらい…」
魔水晶、回復薬、魔法が効かない病気。
呪いの類いか、未知の病か。
「一応、やってみるね?全てを創りし創造神の眷属たる光の神イルミナルよ 我に力を与え給えー《解呪》」
「え?《治癒》じゃなくて《解呪》?」
魔法陣から溢れた光が、幼いカノンの身体を包み込んでいく。
「ソフィー、確認しておいてくれる?」
「わかった」
何を、とは言わないが、伝わったはずだ。
ソフィーが小さな声で「《知識の書》」と呟いた。
ほとんど使っていない、というか半分くらい忘れていた私達の固有魔法《知識の書》。
この世のありとあらゆる知識が詰まった、他人には見えない本のページをソフィーが捲る。
『えっと、ネージュ経由でソフィーから伝言だよ。カノンの症状は、病気が原因じゃない。呪いと、彼女自身の体質が重なってしまったが為に起きた、不運の事故だ』
《解呪》の光が薄れていく。
ぱっと見ただけでは効果があったのかはわからない。
『カノンは魔力を放出するのが苦手な体質で、それ故に体内に必要以上の魔力を溜め込んでしまう。それが熱や意識不明の原因』
魔力過多。
魔力枯渇と対極の症状でありながら、等しく命の危険がある状態だ。
それなら、回復すればするだけ、症状を悪化させることになってしまう。
『それだけならここまで酷くはならないんだけどね。カノンの血筋を恨んだ者の念が、呪いのような形となって彼女を蝕んでいる』
カノンの血筋?
『そっちはティアの《解呪》のおかげで解けたから、もう大丈夫』
わぉ、たまたま使った《解呪》が見事に効いたんだ。
見ると、カノンの症状が先程よりはマシになった気がする。
「魔力を吸い出さないといけないんだね?」
「そゆこと。はい、空の魔石ならあるよ」
ポーチから魔石を取り出して、手渡された。
「カレン、いいかな?」
魔力の吸収には、許可が必要だろうと思い、カレンの方を見る。
彼女は祈るようにカノンの手を握りながら、頷いた。
「わかんないけど、ティアがそう思うなら」
「ありがと」
そっと、魔石を汗の滲むカノンの額に押し当てた。
あっという間に、魔石が魔力で一杯になる。
これ、魔石じゃ間に合わないな。
「カレン、カノンの属性は?」
「え?えっと…炎と土だったかな…」
炎と土、か。
土属性は、私もソフィーも公表していないが、仕方がない。
「カレン、今から見ることは口外禁止。わかった?」
「う、うん!」
カノンが助かるなら約束は守る、と言わんばかりに全力で首を振られる。
「ソフィー…任せていい?《魔力混合》」
魔力の波長が合い、かつ同じくらいの魔力量の人と魔力を混ぜ合わせる魔法。
「はぁ…無茶しないでよね。《魔力同調》」
魔力の波長を他と合わせる魔法。
私とソフィーの間で魔力を混ぜ合わせたことで、今の私とソフィーの魔力は完全に同一になっている。
そんなソフィーとカノンの間で魔力の波長を合わせる。
『ボクとネージュに引き取らせるってことだよね?ボク達にとってはご褒美だけども』
ーそう任せっきりにはしないよ。
心の中で答えながら、ソフィーがカノンの手を取るのを眺める。
「ソフィー、何を…?」
「カノンの症状は魔力過多。魔石じゃ間に合わないから、直接吸収するの」
波長さえ合えば、魔力を直接やり取りすることが可能だ。
ソフィーがカノンの魔力を引き取ることでカノンの症状を和らげ、ソフィーの増えた魔力は私と半分こする。
先程から何回か魔法を使っているので、容量には空きがある…はずだと信じたい。
「うっ…」
苦しそうにソフィーが顔を歪める。
同調していても、自分の中に異物が流れ込んでくる感覚は気持ちのいいものではない。
特に、私達とカノンでは魔力が違い過ぎた。
《魔力混合》により私にもカノンの魔力が流れてくる。
想像よりも多いが、これなら何とか…
『全く…ティアはすぐに無理しようとするんだから。貰うよ?』
ノエルの呆れ声と共に、溢れそうになっていた魔力がすうっと減っていく。
『やっぱり、純粋なティアの魔力が1番だね』
美味しくないや、と呟きつつも、私の負担が減るように、魔力量を加減してくれる。
魔力にも味とかあるのかな?
「すごい…熱が…」
もう片方の手を握っていたカレンが、カノンの額に手をあてて驚いた。
「ソフィー、もういいよ」
「了解」
手を離し、魔法を解除する。
途端に襲ってくる疲労感を封じ込めながら、カレンに笑いかけた。
「これからは定期的に魔石を使えば、体調を崩すこともなくなると思う」
幼い女の子は安らかな表情ですぅすぅと寝息を立てている。
それを見たカレンは心の底から安心した様子で、勢いよく頭を下げたのだった。




