報告会
意味不明な不思議現象を目にしたが、取るべき行動は変わらない。
先生と一緒に校長室に向かう。
「失礼します」
ドアを開けると、中には校長先生と毎度のように国王と、それから意外な人物がいた。
「ティア!」
「え?ソフィー?」
ソフィーと、トスパン先生。
魔術科の方もまさかー
「連日ですまないが、とりあえず座ってくれるか」
ソフィーの隣りの椅子に腰掛ける。
全員、いつにも増して緊張した面持ちだ。
「まず、報告だ。魔術科・武術科が同時刻に襲撃を受けた。内容は変わらず、爆発音と共に黒い魔物の出現、そして、倒したと思った直後の形態変化」
相違ないか?と確認され、頷く。
「魔術科の方から詳しく説明してくれんか?」
「黒い魔物が出た途端、生徒が混乱し、魔法を無闇に放つ者、逃げようとする者が大勢出ました。危険だったため、生徒は1度下がらせましたが…」
トスパン先生が珍しく言い淀む。
「アンゼルム・ギーゼブレヒトという生徒が静止を聞かず、魔物に向かって魔法を発動し、標的となった所をソフィアさんが倒し、一安心という所で魔物が大きくなり、最終的にはソフィアさんが倒して終わりました」
おおう、アンゼルム…無茶しちゃ駄目だよ…。
「武術科は?」
「魔物には剣がほとんど通らず、生徒達は逃げる者が大勢でした。ティアナ・ディオワリスが魔法で倒し、大きくなった所も魔法で倒しました」
説明雑っ!
私、最初何もしてないし…
「魔物は崩れて消えました。以上です」
「ちょっと待て。崩れて消えただと?どういう意味だ」
がたん、と椅子が倒れる音。
校長と国王が立ち上がっていた。
「そのままの意味です。砂みたいに崩れ、風にー」
先生が説明を中断する。
2人、特に校長がこの世の終わりの様な顔をしていたからだ。
「どうかされましたか?」
「い、いや…魔物の話はわかった。姿を大きくしたり、崩れたりした原因についてはこちらで調べよう」
「…問題は犯人だな」
取り繕ったように座り直すが、その顔は青ざめたままだ。
「周囲を索敵してみましたが、反応はありませんでした」
「こちらもです。怪しい人影はありませんでしたが…」
怪しい人影は確かになかった。
ノエルが魔族だと断定した理由は、何だったのだろう?
先生が自信なさげに続きを口にする。
「その…ガラスの割れる音が」
「何?」
ガラス?
「カシャン、といった具合の音が微かに聞こえたのです。ですが、周囲にガラスはもちろん、破片すら見つからず、聞き間違いかと」
グラウンドから1番近いのは、校舎の窓だろうが…騒がしかったし、聞こえるわけがない。
窓が割れたという報告はなかったようで、校長も首を傾げている。
「他に誰か聞いた者は?」
私だけではくソフィーもトスパン先生も聞いていないようだ。
「そちらも調査が必要だな」
はぁ、と深いため息。
何故こんなことばかり…魔族は私達に恨みでもあるのかな…
「至急皆を集めてくれ」
「「はい」」
先生方で会議でもするのだろうか。
「協力に感謝する。もう下がって良い」
「「はい、失礼します」」
疲れた表情の校長にそう言われ、一礼して部屋から出ようとする。
「…あぁ、そうだ」
ドアノブに手をかけた所で呼び止められ、振り返る。
「場合によっては先日のことを尋ねるかもしれん。状況が状況だ、理解してくれ」
「はい、もちろんです」
わざわざ気を使ってくれている…?
もう吹っ切れたし、気にしなくてもいいのに。
用件はそれだけだったようで、手でドアを指される。
今度こそ一礼して校長室から出た。
「…どう思った、フィリベルト?」
国王に向かってぞんざいな口調で問い掛けるが、それに気分を害した様子はない。
「父上のことを少し、思い出した…」
国王フィリベルト・エーデルシュタインの方も公の場では見せないであろう気の抜けた表情だ。
「それは…」
「いや、責めているわけではないのだ」
パタパタと手を振るが、顔には影が落ちている。
「墓参りには行ったのか?」
「…行った所でどうせ空っぽだ…と言ったら怒るか?」
「いや…怒る権利が儂にあると思うか?」
「思うさ」
きっぱりと断言。
それでも、表情は暗いまま。
何とも言えない空気は、魔術科・武術科担当が教師陣を引き連れて部屋に入って来るまで続いた。
「ティア、どう思う…?」
部屋のソファに腰を下ろし、ノエルとネージュを呼び出して一息吐く。
「ガラスの割れる音…私は聞こえなかったけど、聞き間違えるような音もしなかったよ」
「皆が滅茶苦茶に詠唱してたから、聞こえなくても無理はないと思うんだよね…ネージュ、聞こえた?」
『ううん。依り代の中にいたから、小さい音は聞こえないよ』
うーん、と首を傾げる。
「そもそも、結界を抜けることなんて出来るの?」
『難しいけど、不可能ではないよ。どういう条件を設定しているかにもよるけど』
わからないことだらけだ。
「巨大化と死体の消滅…それ以前に、何で魔物がいるわけ?」
『魔物は魔石を核にして創られた生物だ。もちろん、簡単には出来ないけど…人間に魔物は創れない。高位魔族とダンジョン精霊には創れる。それがエーデルシュタインに魔物がいない理由のはず』
『魔獣はどこにでもいるけどね。自然の法則に従って生まれてくる、魔力を持った獣のことだから。体内の魔力が固まって魔石になるから、大型種しか倒しても魔石は取れないよ』
魔力を求めて獰猛な性格をしているのは同じだけど、とネージュが呟く。
「どっちも、魔石か死体は残すよね?じゃあ、あれは何だったんだろ…?」
「魔物には違いないよ。魔力反応的にもだし、魔獣なら動物の形をしているはず。図鑑のどこにも載っていなさそうな姿してたもん」
魔物にしても魔獣にしても、学園内に出た時点で大問題だけどね。
はぁ、と息を吐く。
せめて、先生の会議で有効な策が出るといいのだが…
机に突っ伏しそうになった所でー
コンコンコン
遠慮がちなノック音が響いた。
「誰…?」
リアやエマではない。
2人は慣れているから、こんな小さくノックはしない。
「私出るよ。ノエル、戻って」
『了解』
ノエルとネージュが依り代に入ったことを確認してから、ドアを開けた。




