追放令
「お前達を領地から追放する。今晩中に、ここから出て行け!フリートベルク領に足を踏み入れることは二度と許さん。これは領主命令だ!」
珍しく威厳のある声で、父が宣言した。
父は「ざまぁみろ」とでも思っているのかもしれないが、私達の心境はー
よし来たー!
これで大義名分を得て、正々堂々と出て行ける。
まさか追放までされるとは思わなかったが、次期領主とか興味ないからね。
「「かしこまりました」」
粛々と受け入れる。
話は終わりだと言うように父はその場から立ち去った。
「やったね、ティア」
「うん!あ、これ」
イェーイ!とハイタッチ。
渡されたお金の半分、5万メルクをソフィーに手渡す。
「収納魔法に入れとく?面倒くさいよね〜」
「あー、そうだね」
とりあえずここを出てからね。
そう言おうとした時ー
「お待ちください!」
ドアから、追いかけるようにフィーネが出て来た。
「ティアナ様…ソフィア様…」
懇願するような目で、フィーネが見つめてくる。
だが、それも一瞬のこと。
私達の決意が固いのを悟ったフィーネは、慈愛のこもった目を向けー
「行ってらっしゃいませ。どうか、お元気で」
寂しそうな表情を消して、笑顔で一礼した。
「今までありがとう、フィーネ」
「元気でね」
遅れて、ソフィー付きの人も出てきて深々と頭を下げた。
バイバイ、と手を振る。
必要なものはあらかじめまとめて収納魔法に入れておいたため、私達はそのまま屋敷を出た。
夕食会は夕方に始まったため、もう外は暗く、ぼんやりと月が辺りを照らしている。
地球にいた頃は決して見ることが出来なかったであろう澄み切った夜空に、大きな満月、数多くの星々。
ーあの中のどこかに、私達の故郷があるかもしれない。
だが、不思議と郷愁の念は湧いてこなかった。
私はティアナ・ディオワリスであるという思いからか、住んでいる世界はここだという実感からか…
「ソフィー」
「うん?」
または最愛の妹が一緒だからか…
「まずは森を抜けるんだよね?」
「うん。《知識の書》曰く、屋敷の正面には村と森で、森の先に王都、両隣は他領。だから…」
さて、どこに行くか。
王都には学校もギルドもある。
他領は…ここと似たり寄ったりな気がするし、結婚がどうのという話だったので却下。
屋敷の後ろにも森があり、その先にはー
「万年氷の森」
何百年もの間、雪と氷に覆われた森。
結界がなければその余波がここまで届き、領地一帯を凍らせるとまで言われている場所だ。
原因は精霊の怒り。
国の最北端に位置するが、国土と言っていいかは微妙な、未踏の地。
「え、ソフィー…まさか」
「行ってみよう!」
キラキラと目を輝かせながら、笑顔で断言した。
で、結論として…
「うぅぅ…寒いぃ…結界なんて本当にあるのぉ?へっぽこ魔法使いぃ…」
万年氷の森目指して歩くことになったわけだが、とにかく寒い。
目的地はまだまだ先だが、気温は氷点下に達しているのではないかと思う。
「言い出しっぺなんだから文句言わないの!」
ぱちん、と震える指を鳴らす。
ぽぉと炎が灯り、赤々と燃えるが…
「ぁ」
しゅうぅ、とすぐに消えてしまった。
「やっぱ無理…我慢出来ないぃ…」
「わかった!わかったから!ほら、手貸して」
向かい合い、寒さで震える手を繋ぐ。
「「《魔法秩序創造》」」
ぶわっと私達を中心に風が吹く。
寒風ばかりだったので、普通の風が懐かしい。
「『発動条件:手を合わせる』」
「『魔法効果:自分の周囲の環境を過ごしやすいものに変える』」
発動の条件と、どんな魔法かを設定していく。
「「以上をティアナ・ディオワリス、ソフィア・ディオワリスが定める。発動」」
繋いだ手から光が漏れ出す。
その光は私達を包み、やがて収まった。
これが私達の固有魔法の1つ、《魔法秩序創造》だ。
早速、両手を合わせる。
途端に変化が訪れた。
あれだけ吹き荒れていた風が、私達の周りだけピタリと止んだ。
氷点下だぁーと思うくらい寒く、凍りつきそうだった気温が、20度くらいまで回復した。
これはちょっと暑いかな?と思うと、少しそよ風が吹く。
「ふぅ〜助かった!ティア、だから言ったのに!出し惜しみは良くないって!」
「だって、ほら、こればっかりに頼っても…ね?」
「あの状況では無理だよ!凍死しちゃう!」
気温が下がり始めた辺りで、ソフィーは《魔法秩序創造》を使おうと提案していた。
だが、もったいない!と私が止めたのだ。
両者の合意無しには使うことの出来ない魔法のため、ソフィーもしばらくは何も言わなかったのだが。
あそこまで寒くなると、誰が予想出来るだろう。
「まぁまぁ…ほら、もうちょっとで着くんじゃないかな?」
そこは、明らかに次元が違った。
木々も草花も氷と雪に覆われて色を失くし、一面に白だけが広がる世界。
永久凍土地帯、“万年氷の森”。
結界の向こう側に広がるそこで、1つの影が歓迎するように両手を広げた。
「ぇ…?」
「うそ…人影…?」
人が生きることなど出来ない世界で、その影は確かに動いた。
「行く…?」
「もちろん」
万年氷の森へ、同時に足を踏み出す。
結界を越えた瞬間、凍るような冷気が身体を襲ったがー
先程創った魔法が発動し、すぐに平常通りになった。
効くかどうか不安だったが、よかった。
私達が普通にしているのを見た影は、驚いたように身じろぎしてー
「…何故平然としていられるの?ここに足を踏み入れて無事でいられるはずがないのに!」
鈴が鳴るような美しい女性の声が、吹雪の音しかなかった森に響いた。
「あ、あなたは…?」
艶のある銀髪を背中に流し、瑠璃色の瞳を瞬かせ、白や透明、水色のレースを重ねたドレスを身に纏った女性。
薄着なのに、寒さを感じている様子はない。
白い肌と整った綺麗な顔立ち。
そして、その身体からは膨大な魔力を感じる。
膨大な魔力は、時に、相対する者に畏怖の念を抱かせる。
魔力が増えていなかったら、私達でも思わず跪いていただろう。
「まず自分が名乗ってはどうかしら?」
驚きを隠し、尊大な態度でそう問いかけてきた。
「ティアナ・ディオワリスといいます」
「ソフィア・ディオワリス。ティアの妹です」
彼女は人ではない。そう感じていた。
魔力の波長が違うし、そもそもここで生きられる時点でおかしい。
「ディオワリス…?」
彼女は私達の姓を聞いて首を傾げた。
上目遣いになり、記憶を探っているようだ。
「ま、いいわ」
彼女がばっ、と手を振ると吹雪が止んだ。
「私は精霊王フロレンティーナよ。数多の精霊を統べる王」
「っ!?」
精霊王とは、言葉の通り、精霊の頂点に立つ存在だ。
滅多に人前に姿を現さず、言い伝えだけが脈々と受け継がれている。
「生きている人と会ったのは何百年ぶりかしら。それも、ここに入って来られるなんて」
「この森は、あなたが?」
「えぇ、そうよ。私達の住処を奪い、力欲しさに精霊達を求めた愚かな人間に制裁をーあぁ、あなた達は生まれてないものね。知らないでしょう?古くから精霊の森とされていたここを焼き払おうなんて、おかしなことを考えた輩がいてね。ゲートから精霊達を逃して、其奴ら諸共凍らせたの」
ここで言うゲートとは、精霊界とこことを繋ぐ門のことだ。
「ただちょーっとやり過ぎちゃってね、ゲートも凍結しちゃったの」
「では、戻れないのですか?精霊界に」
「この氷は溶けない氷だから、溶かせないわ。それは別に構わないのだけど…」
憂いを秘めた目を私達に向けて、
「私はゲート無しでも移動出来る。ただ…生まれたばかりだった精霊が2人、取り残されてしまっているの」
ぽつりと、そう零した。
「え?」
「ついて来るといいわ」
ドレスの裾を翻して森の奥へ歩いて行く。
私はソフィーと顔を見合わせて、後に続いた。
「…これは」
「可哀想に。幼さ故に深刻さがわからなかったのか、戻って来てしまったの」
地面から生えた胸の高さまである2柱の氷。
水晶のように透き通っているが、表面は白く曇っていて上手く中が見えない。
「触っても?」
「どうぞ」
素手で触れるのは危険かもしれない。
わかっていたが、思わず手を伸ばしてしまった。
冷んやり、というレベルではない。
痛いくらいに冷たく、凍り付きそうだ。
氷の表面を手で擦ると、中が見えるようになった。
ー猫だ。
紺色の毛をした、子猫。
目を閉じ、少しでも温かくなるようにか身体を丸めている。
横ではソフィーがもう1柱に同じことをしていた。
もう1柱はすぐ側にあり、中には灰色の子猫が同じような姿勢で蹲っていた。
「氷を溶かして出してあげたいのだけど…あいにく出来ないみたいなのよ」
「試してみてもいいですか?」
ソフィーが尋ねた。
助けてあげたいのだろう。
私も同じ気持ちだ。
「あら?私に出来ないことがあなた達に出来ると?ふふっ…面白いわ!良いでしょう。ここに入れた時点でその資格があるわ」
資格?
「存分に試しなさい」