救出
「ん…」
意識が覚醒していく。
だが、冷たい床も全身の痛みも感じない。
ーここは、どこ?
助かったのではないかという淡い期待と、死んだのではないかという恐怖が入り混じる中、ゆっくりと目を開いた。
「ティア…?ティア!」
聞き慣れた声。
見慣れた顔が、目を真っ赤にして私を見下ろしていた。
「ソフィー…?」
「よかった…本当に…ごめんね、ティア…」
ぽと、と冷たい雫が服に落ちてくる。
周りを見渡して、自分の部屋にいるのだと気が付いた。
「ありがと…助けてくれて」
信じていた。
でも、魔族の国に入るのがどれだけ難しいことなのかもわかっていた。
「ううん、それはノエルが…」
ソフィーが少し沈んだ表情で、これまでの経緯を話してくれる。
校長に直談判したこと、国王に許可されたこと、認識阻害のローブを着て入ったこと、リアとアンゼルムが手を貸してくれたこと、エマを救出したこと、そしてーー
「あいつ…あの魔族を生かしたまま…ティアに酷いことしたのに…」
落ち込んでいる理由はそれか。
「魔軍第6部隊所属《悪魔の化身》ケフィン…」
本名だと言った、あの魔族の名前を呟いてみる。
あの時の苦痛や恐怖は、今も鮮明に思い返せる。
許すことなんて出来ない。
だがー
ーケフィンのことを、私は恨んでいるのだろうか?
彼は、彼の仕事をしただけ。
尋問や拷問なんて、エーデルシュタイン王国でも行われていることだ。
その対象が私だったからといってー
「いいの。私もきっと、そうしたから」
命を奪うことなんて、出来ない。
「でも…!」
納得のいかなさそうなソフィーが、言い返そうとするのを遮る。
私自身、はっきりとした理由はない。
恨んで当然だとわかっているのに、その感情が湧いてこない。
「それより、エマは?怪我してない?」
ーだから、この話はもう終わりにしよう?
笑いかけると、渋々ではあるが、頷いてくれた。
「大丈夫だよ。解毒が終わって、今は部屋にいると思う。後遺症もないって」
「そっか…よかった」
「皆、ティアが起きたら呼んでって言ってたんだけど…いい?」
「うん!」
ソフィーが部屋のドアを開けて出て行った。
その間に、依り代に向かって「ノエル?」と呼びかける。
ぽぅ、と光が灯り、紺色猫型精霊ノエルが姿を現した。
『ティア…!』
実体化した途端飛び付き、すりすりと頭を擦り付けてくる。
「ソフィーから聞いたよ。ノエル、ありがとう」
『ううん…ごめん、ボク…』
ソフィーにしろノエルにしろ、何で第一声が謝罪なんだろうね?
「謝らないで。ノエルは私を助けてくれたんだよ?」
うぅ〜と服に顔を押し付けているせいでくぐもった嗚咽が聞こえる。
更に言葉を重ねようとしたがー
「「「失礼します!」」」
ガチャ、とドアが開く音と遠慮がちな声が聞こえた。
ノエルの頭を1度だけ撫でてから、依り代の中に戻す。
「ティア!」
真っ先に駆け寄って来たのはエマだ。
よかった、元気そう…って、えぇぇ!?
エマの後頭部でいつも跳ねていたポニーテールが、ない!?
ソフィーよりも更に短いショートカットになってる!
「ティアナ!」
「「ティア!」」
「ティアナさん!」
リア、アンゼルム、カレン、クルトといった、ピクニックのメンバーも部屋に入って来た。
…皆に心配かけたんだな、私。
「傷は?」
「もう大丈夫なんですか?」
「うん、平気だよ」
笑顔を見せると皆安心したのか、ほっと息を吐いた。
「エマ、髪切ったの?」
「中途半端だったから、ばっさり切っちゃった!似合う?」
誘拐される時に一部切られたから、ポニーテールだと毛先の長さがバラバラになるとはいえ…思い切ったな〜。
「うん、似合ってるよ!アンゼルムにクルト君まで…ここ、3階だよ?」
寮の3階は女子専用で、男子は出入り禁止のはずなのだが…
「んなこと気にしてる場合か!」
「それ、今言いますか?」
…すみませんでした。
やり取りを聞いていたソフィーが、にやにやしながら補足する。
「校長先生が特別に許可出してくれたんだよ。医務室だと周りに知れ渡っちゃうから自室療養。お見舞いに来る分には目を瞑るって」
「へぇ〜…あ、今って何日の何時?」
窓の外が少し明るいので、夜ではないということはわかるのだが…昼くらいかな?
「炎の日の午前6時だね」
「へ?」
炎の日!?あれから、もう2日も経ってるってこと?
しかも午前6時って…皆何で起きてるの…?
「えーっと…授業とかって…」
1発合格記録が途絶えちゃったな、と仕方のないこととは言え少し落ち込む。
「それは大丈夫。今週の水の日まで復習になってるから。もうすぐ進路選択だからっていうのが理由だけど」
「そうなんだ!よかった〜」
そんな連絡はなかったので、急に決めたことだろう。
校長の配慮、なのかな?
それから他愛もない話をしている内に、あっという間に朝食の時間になった。
私は念のため部屋で待機、ソフィーが話し相手として残ることになった。
ご飯は皆が後で届けてくれるそうだ。
部屋から出て行く5人の楽しそうな後ろ姿を見て、誰に向けたわけでもない笑みが浮かんだ。
ー私が守りたかった仲間達…
ーこの日常が、永遠に続きますように…




