潜入(ソフィア視点)
ー早く、行かないと
焦る気持ちを抑えながら目の前にある頑丈な扉を見つめる。
魔法で鍵がかけられていて、解錠するのには時間がかかりそうだがー
「メリー、ここお願い」
「わかりました!」
リアの『魔法を破壊する』魔眼にかかれば1発だ。
「ゼル、もっと警戒して。何が出て来るかわからないんだから」
「おぅ」
リア・アーメントだからメリー、アンゼルムだからゼル。
我ながら安直な仮名だと思う。
正体がバレないようにしろ、と言われたから適当な名前で呼び合っているだけなので、別に何でもいいのだが。
「開きました!」
「オッケー」
今私達がいるのは、ゼアスト魔皇国にある魔王城の裏口だ。
認識阻害のローブを着ているので、私達の姿は意識的に見ようとしない限り、周りからは認識されない。
地面に転がっている石や、その辺に生えている草と同じように、いても違和感を覚えられない、と言った方が正確か。
ーダンジョンの最下層でもらった宝箱の中に入っていた魔導具が、こんな所で役に立つとは。
「入るよ」
下働きが使う通路のようで、人気はなかった。
ランプが数個、灯されているだけの薄暗い廊下を通る。
「なぁ…こんなに人っていないもんか?」
アンゼルムが不思議そうに呟く。
確かに、ここまで人がいないのもおかしいが…
「罠だとしても、突破するだけだよ」
魔族の国なら、だいたいのことは魔法で解決してそうだし…人が少ない理由はそれかな?
『ソフィー、次の曲がり角を左、真っ直ぐ行って右、正面の階段を下りて』
ネージュの指示に従い、進んで行く。
だが、階段を下りた先は行き止まりだった。
『この先なんだけど…』
道を間違えたわけではない。
壁に指を這わせ、どこかに仕掛けがないか探っていく。
壁は汚れた灰色だが、触れた指先に煤のような粉が付いた。
「…ゼル、ちょっと炎魔法使って」
「は?…わ、わかった」
もしかして、という淡い期待を込めてアンゼルムに場所を譲る。
簡易的な結界を張り、失敗しても周囲に気付かれないようにしておいた。
「メリー、ゼルの邪魔にならない様に眼を使って」
「はい」
後ろから人が来ても対応出来るように壁に背を向ける。
視界の端で赤い光がチラチラと揺れた。
アンゼルムが炎属性の詠唱を行い、火の玉を創り出したのだ。
「壁に火を当ててみて」
根拠のない、ただの勘だ。
炎属性なら私も公表済みだし、アンゼルムに任せるまでもないのだが。
火を押し当てられた壁が、瞬時に火を吸い込み、壁全体を淡く光らせる。
振り返ると、壁には魔法陣が浮かび上がっていて、その半分くらいが赤文字で描き換えられていた。
おそらく、一定の炎魔法を吸収することで発動する魔法陣なのだろう。
黒い部分は施錠、赤くなった部分は解錠の魔法陣だ。
リアが黒い方を見たことで施錠の効果が薄れ、赤が黒を埋め尽くしていく。
魔法陣全体が赤に染まった時、溶けるように壁が消えた。
「おぉー」
リアとアンゼルムが目を丸くしているのを横目で見ながら、壁の向こうにも続いていた階段を下る。
階段は1、2階分程続いたが、やがて平坦な通路になった。
白い石造りは相変わらずだが、左右に扉が現れ始めた。
「止まって!」
腕で2人を抑えて囁く。
ちょうど前方の扉が開き、中から黒髪の少年が出て来る所だった。
…あんな子供が、何を…?
息を殺して様子を窺う。
黒いローブの下に何かを入れ、別の扉に手をかざした。
中に入るわけでもなく、少年はそのまま私達がいるのとは反対側の通路を進み、姿を消した。
「さっきのが…」
「魔族だね」
遠目でもわかる、尋常ではない魔力量。
もしかしたら、認識阻害のローブも見破られるかもしれない。
『ソフィー…この近くだよ、ティアとエマがいるの』
ネージュが依り代を通して声をかけてくる。
私にしか聞こえていないため、返事はしないが。
「…行こう。慎重にね」
最初に魔族が出て行った扉の前に来たが、開くことが出来なかった。
しかも、仕掛けが一切わからない。
怪しいが、とりあえず諦めて、手をかざしていた方の扉の前に移動する。
「どうですか…?」
「んー、魔力を流すと中が見えるようになってるっぽい」
確証はないので警戒しつつ、魔力を少しずつ流す。
ヴィン、と空気を震わせて白い石壁がガラスの様に透明になった。
「あっ…!」
中に見えたのは、縛られて床に放置された少女…
「エマ!」
一応抑えてはいたが、思わずといった様子でリアが叫ぶ。
だが、それを咎める気にはならない。
…無事で、本当によかった。
「なぁ、中に入れないのか?」
「入れなくはないけど、解錠している時間はないから…」
腰にかけていた剣を抜きー
「ーハッ!」
ー扉に向かって一閃。
ピシッと扉に亀裂が走り、真っ二つに斬れた。
崩れ落ちた扉が音を立てないように、風魔法で受け止める。
「おぉ…」
中に入ろうとして…ふっと意識が遠くなった。
瞼が自然と下がってくるー
『ソフィー!これ、毒だよ…っ!』
ネージュに焦った声で呼びかけられて、慌てて口元を抑える。
「ー《風結界》!」
部屋の内側を密閉するような形で風の壁を創り出し、毒ガスが漏れるのを、とりあえずだが食い止めた。
「危なかった…」
敵地にいるとわかっているのに、強烈な眠気に抗えなかった。
ここまで誰とも会っていないせいで、気が緩んでいたのか…
「この部屋、毒が充満してるから…私が行くね」
《風結界》で自分を包み、空気を遮断する。
『ソフィー、気をつけて』
覚悟を決めて部屋に飛び込んだが、結界の効果があり、眠気を感じることはなかった。
エマに駆け寄り、状態を確認する。
気を失っているだけで、幸い怪我はなかった。
ほっと胸を撫で下ろしつつも、念のため《洗浄》してエマに付いた毒を洗い流し、《身体強化》で身体を持ち上げる。
「「エマ!」」
部屋から出ると、2人が心配そうにエマを覗き込んだ。
「大丈夫だよ。ゼル、背負える?」
「任せとけ!」
流石は男子、力が強い。
エマは力が入らないので、紐で括り付けておく。
「あとはティアだけ…」
普通に考えれば、魔族の少年が出てきた扉か。
「あの…この扉、直さなくていいんですか?」
「え?あぁ」
明らかに「侵入者がいます」って言っている様なものだもんね。
簡単にくっ付けて、直しておこうかな…
「ーっ!」
背後に感じる人の気配。
まさか、もう帰って来た!?
リアとアンゼルムを引っ掴み、結界で覆って部屋に放り込む。
私も飛び込みながら、扉に修復魔法をかけた。
「ふぅ…」
間一髪の所で魔族と鉢合わせせずに済んだ。
と言っても、魔力を流されたら丸見えなのだがー
最悪、見つかっても口封じ出来るように剣を構えたが、扉が開かれることはなかった。
「よかった…」
「あっちの扉、斬れそうですか?」
「んー、たぶん…」
手に持った剣を眺める。
極々普通の、鉄製の剣だ。
これでは、折れてしまうかもしれない。
「私はティア程じゃないけど…全てを創りし創造神の眷属たる光の神イルミナルよ 我に力を与え給えー《破邪》」
魔法陣を描くと、剣に金色の光が纏う。
魔法を付与して創った、敵と戦う時のみ力が底上げされる剣だ。
直したばかりの扉を開け、魔族が入って行った扉に向かう。
ー待っててね、ティア
この世で1番大切な存在を頭に思い浮かべながらー剣を真っ直ぐ振り下ろした。




