救出作戦(ソフィア視点)
本当に楽しいピクニックだった。
綺麗な湖で泳いで、鬼ごっこをして、お弁当を食べて…滅茶苦茶充実していた。
途中までは。
エマが戻って来ない、というのは心配だ。
探しに行くのも、私が残るのも合理的な判断だ。
ーだけど
ついて行っていれば、防げたかもしれないのに…
「ノエル!ティアは!?」
ティアの気配が消えたのは、すぐに感じた。
森まで走ったが、ティアがいたという痕跡はどこにもなかった。
ティアが誰かに負けるわけがない。
呆然としていると、ネージュがどこからともなく現れ、ノエルがティアの元に行ったと伝えてくれた。
実体にはなれないが、依り代との繋がりから居場所は特定出来るだろう、と。
それなら大丈夫だと、少しだけ安心した。
期待してノエルを待っていると、程なくして、ぽん、と目の前に紺色の子猫が現れた。
だが、予想に反して、彼はー
『ごめん、ボクは手伝えない』
と衝撃的なことを口にした。
「何で!?」
『ノエル、どういうこと?』
思わず問い詰めてしまったが、ノエルの表情は苦渋に満ちていて、彼が望んでいるわけではないということは明白だった。
『契約主からの命令だ。ボクの意思よりも優先される…ボクはティアの居場所を伝えることも、皆を手伝うことも出来ない』
ティアが…?
自分を助けるな。そう命令したってこと?
何故…いや、ティアが1番守ろうとするのは「仲間」だ。
ノエルを呼ぶことが彼自身の危険に繋がる、と考えたから、関与を禁止したのだろう。
もう、誘拐事件であることは間違いない。
問題は、「誰が」「どこへ」「どんな目的で」か。
ノエルが危険ということは、相手の狙いは精霊か、精霊の情報の可能性が高い。
だが、女の子2人を連れて移動するのは簡単ではないし、ティアを連れて行くのは更に難しい。
他領という線はない。
となると他国…
「ゼアスト魔皇国…魔族なら、転移魔法を使える」
ノエルを見ると、こくん、と頷いた。
『協力したわけじゃない。首を縦に振っただけ…うん、たまたまだ』
誰に対してかわからない言い訳をぶつぶつと呟きながら。
「《連絡鳥》を学校に飛ばす。ネージュ、依り代の中に戻れる?」
『うん。でも、ノエルが…』
ティアの依り代へ戻るのは危険かも。
「ちょっと狭いけど、鞄の中に入れる?」
ポーチの中身である魔水晶や回復薬を収納魔法に入れて、場所を確保する。
『わかった』
身体を滑らせてノエルがポーチの中で丸くなる。
窮屈そうだが…無理な体勢ながらも、その右手(足?)はティアが贈ったリボンにずっと触れていた。
「ソフィー!ティアとエマが…」
「どこにもいないんです!」
背後から声をかけられる。
振り返ると、4人が深刻な顔をしながら走ってきた。
「今すぐ学校に戻る。荷物は片付けてあるから、行くよ」
ティアとエマがゼアスト魔皇国に連れ去られた、という内容を簡潔に綴った《連絡鳥》は飛ばしてある。
国王にでも送ろうかと思ったが、セキュリティーが厳重で届かないかもしれないので、校長宛てにしておいた。
今頃届いているはずだ。
私のかつてない剣幕に驚いたのか、4人は何も言わずついてきた。
私達が学校の敷地に入ったのと同時に、白い鳥が一直線に飛んで来た。
手を伸ばして鷲掴みにすると、封筒に形を変える。
そこには一言、「最初に呼び出した校長室で待つ」と書き殴られていた。
最初に呼び出された場所、つまり、アーカイブから入る校長室ではなく、普通の方か。
「校長室に行ってくる」
「えっ?」
「ソフィー、ちょっと待って…!」
走りっぱなしで疲れたのか、呼び止める声が聞こえたが、頭に入ってこない。
シュラハト草原から一度も足を止めることなく校長室の前に着き、ノックもそこそこにドアを押し開ける。
「失礼します!」
椅子に座った校長が顔を上げる。
どうやら、私が送った手紙を熟読していたようだ。
「ここに書かれていることは真か?」
「はい。1週間程前にも魔族はこの学校に姿を見せていました。間違いありません」
驚いたのか目を見開く。
そういえば報告してなかったな、と思い出したが今更か。
「今すぐ、国境門を越える許可をください!」
「…他国との問題は外交にも関係する。迂闊に許可も、援軍も出せん」
それくらいわかっている。
だが、ティアに…もし何かあったら…
ゆら、と頭の芯が揺さぶられるような感覚がした。
鮮やかだった視界が急速に色を失っていく。
「っ!?」
気が付けば、唯一クリアに見えていた対象…校長に向かって剣を向けていた。
「援軍等、必要ありません。ゼアスト魔皇国に行く許可だけくだされば…私1人で充分です」
熱に浮かされたように、思考がぼんやりとしてきた。
ただ2人を助けなければ、ということしか頭にない。
「ティアとエマを意に沿わぬ形で連れ去ったのですから…それ相応の報いは受けてもらわないと」
許可が出なくても構わない。
1人で、勝手に行くだけだ。
「まぁ、良いのではないか?」
突然背後のドアが開き、威厳たっぷりの声が響いた。
振り返らなくてもわかる。
国王、フィリベルト・エーデルシュタインだ。
「敵意は無いと思うが、剣を下ろせ。国境門を越える許可は出す」
「…わかりました」
反射的に抜剣しただけで、校長を斬るつもりはない。
「ただし、潜入しろ。決して、我が国の者だと知られるな」
「ご安心を。ヘマはしません」
2人をエーデルシュタイン王国に連れ帰る、それだけだ。
「では、失礼します」
こうして問答している時間も惜しい。
適当に頭を下げて校長室を後にした。
廊下に出ると、リア、アンゼルム、カレン、クルトが走って来る所だった。
「ソフィー!どうなりましたか?」
「ゼアスト魔皇国に行ってくる」
皆もティアとエマのことが心配なのだろう。
それはよくわかるが、1分1秒を争うのだから、早く行かせて欲しい。
「ゼアスト魔皇国!?」
「2人はそこにいるのか…?」
首を縦に振ると、4人の顔が青ざめた。
「ソフィー、頼む!俺も行かせてくれ!」
「私も!2人を助けたいんです!」
「私だって…!何か出来ることがあるなら…」
「僕もですよ!連れて行ってください!ティアナさんには助けていただいたことがあるんです!」
強い口調で4人がまくし立てる。
危険だとわかっていても尚、行きたいと言ってくれるのは嬉しい。でも…
「気持ちは嬉しいけど、無理」
言い方は悪いが、足手まといだ。
「でも…ソフィー!私なら…私の…」
眼なら、と口が動いた。
感情に合わせてリアの目に魔力が集まり、魔眼が発動しかけている。
「俺だって!自分の身は自分で守れる!迷惑はかけない!」
アンゼルムも譲る気はないようで、拳を握りしめている。
これ、却下しても強引に付いて来そうな勢いだな。
「わかった…リアとアンゼルムは連れて行く」
諦めと共に承諾すると、2人が顔をぱぁぁと輝かせた。
「カレンとクルトは待ってて」
「わかった」
「わかりました」
渋々ではあるが、頷いてくれた。
魔族と渡り合うことは出来ないという自覚はあったのだろう。
「大丈夫、絶対全員で帰るから」
ーどんな手段を用いても、必ず連れ帰ってみせる。
自分自身に対してもそう宣言し、学校を飛び出した。




