夕食会(後編)
「今日、次期領主を決定しようと思う」
領主である父の言葉で、和やかな(?)夕食会は一瞬でピリッとした雰囲気に変わった。
ゲラルドとゲレオンは期待するような目を父に、継母は勝ち誇った顔を私達に向けてくる。
「領主には本来、長男又は魔力の多い者がなるべきだ。だが、ゲラルドとゲレオンは優劣がつけられない」
長男を取るならゲラルド、魔力を取るならゲレオンになる。
私達という選択肢は、無い。
少し安心した。
「そのため、皆の意見を聞きたい。それぞれの側近はどう思う?」
「はっ。ゲラルド様は大変優秀であられます。フリートベルク家のご長男という自覚もあられ、相応しくなろうと努力されています」
ゲラルドの側近が話し出したけど…誰、それ?
「ゲレオン様もでございます。魔力量も申し分なく、ご長男であられるゲラルド様に引けを取らないと…」
んー?魔力量も多いって言っても大したことないよね?
「そうか。では…」
「恐れながら申し上げます!ティアナ様とソフィア様も引けを取られない…いえ、より優秀であられます!魔力量もとても多く、相応しいと…」
ふ、フィーネ!?
言ってることは事実だけど…ほら継母が睨んでるよ?
「あぁ、確かに優秀かもしれませんね。ですが、先日私はヴォルラム様と式を挙げました。その時に子供としてお披露目したのはゲラルドとゲレオンのみ。だから、ティアナとソフィアは候補から外れたことになるの」
「そ、それは体調を崩されていたからで…」
「大事な時に体調を崩す時点で次期領主失格だわ。ねぇ?」
確かに、体調管理は重要だ。
だが、毒を盛った本人に言われてもねぇ。
「そうだな。頻繁に体調を崩すようでは、領主は厳しいだろう」
よしよし。
良い展開になってきた。
ちらりとソフィーを見ると、にやっと口角を上げた。
「属性も2つでしょう?魔力量が多くても、優遇される程ではないわ。こんな前妻の遺物、さっさと追い出してしまいましょう」
「属性が2つと言うと?」
ソフィーが突っ込む。
「えっと、ティアナが光と炎、ソフィアが風と氷だったわよね?ゲラルドは炎だし、ゲレオンは雷だもの。大して変わらないじゃない」
先程《知識の書》で確認して知ったのだが、ゲラルドとゲレオンは1属性なのだ。
本来なら領主にはなれない程の、欠陥。
それを「大して変わらない」と言ってのける辺り、このおばさんは脳に欠陥があるのではと思ってしまう。
まぁ、今更なのでそれはどうでもいいが。
ソフィーが無言でパチン、と指を鳴らす。
手のひらに赤い炎が現れた。
「え…?」
継母が炎を見て、声を漏らした。
記憶が戻る前のソフィーは、確かに2属性だった。
だが、今は全属性。
しかも、自由に魔法を創ることが出来るのだ。
「ソフィアは2属性だろう?何故炎を…」
父も呆然としている。
私も目の前のテーブルに手をかざす。
ピシ、ピシリとテーブルや食器が氷に覆われていく。
「は…?」
「ティアナ…氷属性は、持ってないよな?」
それらの問いには答えず、私の前に置いてあった砂糖とソフィーの前に置いてあったミルクを手に取った。
「これらには、毒が混入されています。そうですよね、アンゲラ様?フリートベルク家夫人として、殺人未遂の罪をどう償う予定ですか?」
静かに告げた私の言葉に、真っ先に反応したのは父だった。
「は?いやいや、そんなわけないだろう。戯言も大概にしなさい。いくら領主候補から外れたからといって、ありもしない罪を母に着せるなど…」
本気で言っている辺り、父は本当に知らなかったのだろう。
「そうよ!私がそんなことするはずないわ。私はこの家のことを考えてゲラルドを領主に推したのよ!」
いろいろ矛盾はあるが、言いたいことはわかった。
「では、この毒は誰が準備したと?」
「そんなの、嘘に決まっているじゃない!」
うわ…墓穴掘ったな、この人。
「では、試してみますか?」
ソフィーも立ち上がり、私の横に並んだ。
「確かアンゲラ様は、砂糖とミルク、どちらも入れる方でしたよね?どうぞ」
まだ紅茶が残っていた彼女のティーカップに、毒入りの砂糖とミルクを入れる。
「っ!の、飲めるわけ…」
まぁ、そうだよね。
毒だとわかっているものを、飲めるわけないだろう。
と、その時ー
「母上が、わるいことをするわけないです!」
黙っていたゲレオンがそう叫び、カップをひったくっりーそして、一気に飲み干した!
「ゲレオン!?」
ゲレオンの手からカップが落ち、床に転がった。心なしか顔が青ざめ、目は虚ろだ。
「ね、だいじょーぶ…」
うわ言のように呟いて、ゲレオンはその場に崩れ落ちた。
「なっ!?」
「ゲレオン?ゲレオン!?」
意識の無いゲレオンに駆け寄り、継母は懸命に名前を呼ぶが、ゲレオンの目は閉じられたままだ。
…我が子への愛情ならあるのに。
どうしてそれを、他人に置き換えることが出来なかったのか。
「おわかりですか?」
「自分が何をしようとしていたのか。」
地を這うような声で、そう問いかける。
自分でも驚くくらい冷たい声が出た。
「そ、それよりも医者だ!医者を呼べ!」
父が叫び、慌てて執事が出て行こうとするが…
ガチャンッ
「ぇ…」
ドアは、開かない。
氷で覆って固定してある。
「私達が倒れても、医者なんて呼ばなかったでしょう?」
私に何かする分には構わない。
だが、ソフィーを傷付けようとするなど、言語道断だ。
「病弱?ふざけないでください。ずっとずっと毒入りの食事を食べ続けて、体調が崩れない方がおかしいです」
これまでは守ることが出来なかったけど、私はソフィーのお姉ちゃんだから。
「だが、私は知らなかった!そう、知らなかったのだ!こんなことに…」
知らなかった、か。
「アンゲラ様、毒を盛ったことを認めますか?」
「認める!認めるわ!だから、早くゲレオンを…!」
余程我が子が大切なのか、秒で認めた。
ゲラルド推しなら、手を出さなければいいのに。
それを聞いたゲラルドは、信じられないというように目を見開いて自分の母を見つめた。
「母上…?」
「では、お父様…いえ、ヴォルラム様?どう責任を取られるつもりで?」
罪を認めてしまえば、こちらのものだ。
後は私達が領地を出られるよう、上手く交渉するだけ。
「か、金なら払う!それで良いだろう?早く医者を…!」
お金で解決するか。
まぁ、あっても困らないし、受け取っておこう。
確か、継母は富豪の娘で貴族ではなく、その財力を武器にこの家に嫁ごうとしたはずだ。
…まぁ、迎えてびっくりの浪費癖で、逆に家が貧しくなったのだが。
「いくら払うつもりで?」
「そうだな…1万メルクでどうだ?」
メルクというのはお金の単位だ。
小銅貨1枚で1メルク。
銅貨1枚で10メルク。
小銀貨1枚で100メルク。
銀貨1枚で1,000メルク。
小金貨1枚で1万メルク。
金貨1枚で10万メルク。
滅多にお目にかかることはないがもっと上には大金貨というものがあり、1枚で100万メルクだ。
だが、相場がわからない。
慰謝料も含めると、相当な値段になると思うのだが…。
ちらりとソフィーを見ると、《知識の書》を開いていた。
そしてこちらを見て、首を振った。
どうやら、1万というのは割に合わないようだ。
「それだけですか?」
「っ…5万でどうだ?」
「いいでしょう」
ぱたん、と私達にしか聞こえない音を立てて《知識の書》を閉じたソフィーが了承の返事をした。
「それぞれに5万メルク。それで手を打ちます。そのかわり、私達にはもう二度と、干渉しないでください」
「それぞれっ!?わ、わかった」
合計10万メルクに驚愕の声を上げたが、起きる気配のないゲレオンを見て、了承した。
「ほら、持って来い!」
「は、はい!」
ドアに手をかざして、氷を溶かす。
バタン、と飛びつくようにしてドアをこじ開け、執事が飛び出て行った。
その隙に医者を呼ぶーという所までは頭が回らなかったようだ。
…まぁ、呼んでも意味ないけど。
すぐに執事は戻って来た。
「はぁ、はぁっ…こちらになります」
小金貨10枚。
照明の光を浴びて金色に輝くそれを受け取り、確認する。
「確かに。では…」
ソフィーと一緒に部屋を出る。
父が追いかけてきた。
「ま、待て!ゲレオンは…?」
「?あ、あぁ」
一瞬、何を言われてるのかわからなかった。
だって…
「ゲレオンが飲んだのは毒じゃありませんよ?」
「……は?」
父はばっちり数秒間固まった後、ぽかーんと口を開けた。
「そんなことしたら、アンゲラ様と同じじゃないですか」
「あれは、盛られていた毒とすり替えた睡眠薬です。明日には目を覚ますでしょう」
致死性の毒かどうかは知らないが、流石に飲ませるのは気が引けたため、《鑑定》で見た時にすり替えておいたのだ。
もちろん、《魔法秩序創造》で創った魔法を使った。
魔法名:《薬物交換》
効果は、その名の通りだ。
「では…お前達は…騙していたのか?私達を…?」
「えぇ」「はい」
まぁ「毒を飲ませた」と言ったわけではないので、嘘は1つもついていないのだが。
それっぽい演技は…まぁ、したけど。
「なら、話は早いな」
焦っていた顔を一転、にやりと笑いながら私達に詰め寄って来る。
「お前達を領地から追放する。今晩中に、ここから出て行け!フリートベルク領に足を踏み入れることは二度と許さん。これは領主命令だ!」




