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水辺の家族

「今年はね、白鳥が来るの、遅かったの」


 デジカメを手にした母が深い皺の刻まれた笑顔で示す。


 ほっそりと長い頸を誇るように伸ばした白鳥、灰色の雛、緑色の頸に焦げ茶色の羽の鴨。


 一羽が来て、また一羽が去ることを繰り返しつつ、一群となって水辺に漂っている。


 父が埋められた山の墓地近くを流れるこの川の冬の風物詩だ。


「今年はちょっと来た数も少ないね」


 隣で紗羽が呟く。


 抱っこ紐の胸では白いケープに包まれた翔くんが安らかな寝顔を見せていた。


 息する度にケープのフードに付いた白い天使の羽を模した飾りが微かに揺れる。


「こっちも昔より暖冬になってるからなあ」


 孝さんもスマホのカメラの画面をズームで調節しつつ語った。


 白鳥たちにとってこの土地はもう目指すべき場所では無くなってきているのだろうか。


 バサッ!


 切り裂くのに似た音を立ててまた一羽の白鳥が青空に飛び発つ。


「あっ」


 声にならない叫びが私の喉奥で上がる。


 艶やかな漆黒の、しかし先の方は雪白の翼を持つ、すらりと頸の長い鳥が一羽、青い晴れ空から光る水面に降り立った。


 羽を閉じれば完全に黒い羽だけの姿になったその一羽はこちらには背を向ける形で泳ぐ群れに混じる。


 後ろ姿からも滑らかな黒檀の翼と真紅の赤い嘴の鮮やかさが際立った。


 泳ぎ進む内にも黒鳥の周囲には灰色の雛たちが集まってくる。


 ――鳥は黒鳥も白鳥も共に陽の下を飛び、水面で寄り添うのに。


 ファビオの声が耳の奥で蘇った。


 あの世界には「白羽」、「黒羽」の他に「色羽いろばね」と呼ばれる人たちがいた。


 純白の翼が「白羽」、翼の半分以上が黒ければ「黒羽」に組み込まれるので、それ以外は「色羽」という括りにされていた。


 だから、鴨のような緑の翼もいれば、鸚鵡おうむさながら色とりどりの羽が集まった翼、あるいは雀じみた茶色に白の斑模様の翼の人もいた。


 このように多様な「色羽」の人たちは支配層の「白羽」と奴隷階級の「黒羽」「羽なし」の間に置かれた、いわばあの社会の中間層だった。


 しかし、彼らは「白羽」には平伏する一方で「黒羽」「羽なし」には冷蔑そのものに接した(そもそも『黒羽』や『羽なし』を売り買いする奴隷商人や『羽なし』の女性たちの働く娼館の経営者は主として『色羽』だった。最上層の『白羽』の人々はそのような賤業には基本的に手を染めないのだ)。


「色羽」の中でも基本は同じ色の翼を持つ人々で集落を作って暮らす場合が多かったし、毛色の異なる「色羽」同士の争いも少なくなかった。


 ファビオがあの険しい原生林の島に「黒羽」や「羽なし」の人たちの村を作ったのも、他の島では「白羽」の監視はもちろん、先に集落を作っている「色羽」たちの攻撃や抗争に巻き込まれる恐れもあったからだ。


 眺める内にも水上の漆黒の一羽は灰色の雛たちに囲まれ、白鳥や鴨の数多混じる群れの中央に泳ぎ進んでいく。


 あの雛たちはどのような色の翼に変わっていくのだろうか。


「お姉ちゃん」


 妹に肩を叩かれて初めて、ひんやりと滑らかな胸のオパールを握り締めて涙を流している自分に気付いた。


「帰ろうか」


 母も、孝さんも、私に目を注いでいる。痛々しいものを眺める眼差しだ。


「帰りましょう」


 啜り上げた鼻に凍てついた河原の匂いがして、人の泣き声に似た鳥の声が響く。

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