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3話 『魔女』

「アダム……。あなたが私のマスターですか?」


 意味を把握しかねる単語が出てきた。どう返事をしたものか、非常に悩む。ホムンクルスには、マスターなる存在が必要なのだろうか。

 少なくとも、現時点で俺はマスターではないので、ここは正直に『NO!』と答えておこう。


「マスター?よく分からないけど、俺は君のマスターではないよ。実はさっきこの部屋に落ちてきたばかりでってぅぎゃあああああ!!」



 何でか分からないけども俺は電撃を喰らった!ホントになんで!?俺何もしてないのに!!


 数秒で攻撃は止まった。俺は膝をついて荒くなった呼吸を整えようとした。

 全身が痛みと痺れに包まれているが、右手を焦がされた罠の電撃と比べると、そこまでの威力ではなかったようで安心した。


「あなたを危険因子と見なして攻撃させて貰いました。抵抗がないので、対話が可能と判断します」

「危険って……俺は何もしてないけど」


 寝てる時に顔を触ろうとして、罠に引っかかったことは黙っておこう。危害を加えようとしてはいないから、嘘ではないし。

 というか、この子急に流暢に喋り出したな。最初のたどたどしさはなんだったのだろう。


「え?あ、その……ごめんなさい。間違えて攻撃してしまって……」


 まただ。話そうとすると、彼女の口調がまるで別人のように変わる。ホムンクルスの特徴なのだろうか。行動から何から、さっきからさっぱり分からないことだらけだ。

 そして、そのまま押し黙ってしまうホムンクルス。悪いことをしたとしょげているのか、終いにはベッドの隅で膝を抱えて縮こまってしまった。どうしたもんかなぁ……。


 と、そうだ!ホムンクルスの研究について書かれていた本を読もうしていたところだったじゃないか!

 下を見ると、その本と【アン】の描かれた紙が床に落っこちていた。電撃を喰らった時に落としたんだろう。

 拾い上げると、幸いなことにどちらも焦げ目一つ付いていなかった。


「えっと、ここに描かれているのって、君でいいのかな?」


 俺が彼女に尋ねると、彼女は小さく頷いた。


「君の名前は『アン』でいいのかな?」


 また尋ねると、彼女は今度は不思議そうに目をパチクリさせた。


「そう……だけど。知らなかったの?手紙は読んでないの?」

「手紙?」


 言われて思い出した。本の横に置いてあったやつだ。俺は急いで机に戻ると、手紙を取り上げ封を開けた。

 突然、封筒が弾けてあたりに紫煙が広がった。煙に視界は奪われ、さらに床に落ちた封筒からは光が射出され始めた。

 俺はまた罠の類かと思い、煙を吸い込まないように口を押さえ、その光の行方に目を配らせながら身構えていたが、おそらくそれは罠などではなく全く別の代物だった。


『やあやあ。学者の君よ。あるいは盗人か悪人か、あるいは変人の穴掘りか。まずはご挨拶申し上げましょう。私は世間一般で【魔女】と呼ばれている者です』


 その言葉と共に現れたのは、謎の人物。

 足まで届く長くて黒いマントを携えて、大きなとんがり帽子を頭に乗せて、その顔には不気味な道化の仮面を付けていた。声が無ければ、女性かどうかの判断も難しかっただろう。

 そんな『魔女』が、手紙から放たれる光によって、部屋に充満した煙に映し出されていた。つまるところ、実体が現れたのではなくて、ただの映像であるということだ。


『さて、そちらの部屋で眠っている彼女に驚かれているところでしょう。その子についての詳しいことは、手紙と本にて割愛させて頂きますが、一つあなたにお願いがございます』


『あなたが彼女の名前を呼んだ時、彼女は眠りから目覚めます。ここからが大事なのですが、名前を呼んで無理矢理起こす訳ですから、あなたにはその責任を取ってもらうことになります。即ち目覚めた魂の灯を絶やさないことを、あなたの魂に誓ってもらいたいのです』


『これも詳しくは手紙に書いてありますので、そちらを読んで下さいまし。ところでそろそろ、全部手紙に書いてあるなら、このように凝った演出なんて必要ないのではと訝しんでおられる頃合いかと思います。大丈夫。ちゃんと理由がありましてよ」


 気がつけば、部屋中に広がっていたはずの紫の煙が、映し出された魔女にまとわりつくようにして集まっていた。

 そしてただの光の像であったはずの魔女は、紛れもなく実態として目の前に浮かんでいた。

 魔女が言葉を言い切る頃には、言葉すらも明快な生の声で耳に届いていた。


「問います。貴方は悪しき者では無いと誓えますか?」


 魔女の言葉は魔力を伴い、押しつぶされてしまうかのような威圧感を感じさせた。


「ああ。誓うよ」

「よろしい。では確かめさせてもらいましょう」


 避ける暇も、防ぐ暇もなかった。

 刹那の間に俺は魔女『だった』霧に包まれた。

 そして、霧は俺の体へと入ってきた。意識が朦朧とする。冷たい何かが体中を蠢くような感覚に襲われる。

 突如として心臓のあたりが焼けるように熱くなり、跳ねた。

 それを最後に、俺の体の異変は止まった。

 息も絶え絶えに、覚めてきた意識が、脳が、正常な思考を取り戻しつつあった。


「何なんだ一体……。俺の体に何しやがったんだ?」


 捻ったり反ったりして、あちこち体を観察してはみたが、特には異常は見られなかった。

 部屋の様子も特に変わってはおらず、アンは何も起きていなかったかのようにベッドに座っているし、先程手紙から吹き出た煙などはもはやどこにも残ってはいなかった。

 心に不安を残しつつも、俺は手紙を指で突いて、もう何も起こらないことを確認してから拾い上げた。

 既に封は破かれているので、中身を出して書かれている文に目を走らせる。


 ふむ、なるほど。

 手紙を読み終えるまで数分を要したが、『魔女』の言い分をざっくりと解釈するなら、現状俺が取れる道は二つだけのようだ。


 一つが、ホムンクルス『アン』と契りを交わして、彼女のマスターになること。

 そしてもう一つは、マスターにならないこと。ちなみにこれを選ぶと、呪いやら何やらで、命を奪われるらしい。

 ということで、実質選択肢は一つだけだった。


「アン。さっきの言葉を訂正……というか、改めて、俺からお願いしたいことがある」


 俺は先程と相も変わらずベッドに座り込んでいるホムンクルスに、大切なことを告げるために声を掛けた。


「俺を君のマスターにさせて欲しい。契りを結んではくれないか?」

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