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2話 ホムンクルス『アン』

 強力な魔力の匂いに誘われて、固い地面を掘り進んだ先に待っていたのは、なんとびっくり人間の少女であった。

 いやいやいや!そんなバカな話があるか。

 落ち着こう、ひとまず落ち着こう。そして事実を一つ一つ確認していこう。

 そもそも人間ではない可能性は?

 十分にあり得る。人の形をしただけの何かかもしれない。等身大の人形とか。

 ……それはそれで気持ちが悪いか。


 俺は恐る恐るその少女に近づいて、その顔、姿をまじまじと眺めた。やっぱりどこからどう見ても人間にしか見えない。

 可愛い綺麗な顔立ちが、長い艶やかな銀色の髪によく映えている。血色のいい白い肌は、まるで今眠りについたばかりかと思えるほどに人間味を漂わせる。

 体は暗い紫色のローブで包まれており、かろうじて手足が見えるだけ。横になっているから正確には分からないけど、背丈もあまり高くはなさそうだ。


 俺は彼女の顔にそっと右手を伸ばして指先で触れようとした。

 それは人であるか確かめたかったのもあるし、その綺麗な顔に見惚れて思わず肌に触れてみたくなったというのも多少はあっただろう。

 しかし、それは叶わなかった。


「っ!!いってぇ!!」


 閃光と稲妻と共に乾いた破裂音が石室に響いたと思った瞬間に、俺の手は大きく弾き飛ばされた。痛烈な痛みが走り、指先を見ると魔力で焼かれて火傷しているのが分かった。

 バカか、俺は!

 思いがけない発見に気分が高揚して、まともな判断が出来ていなかった。防御壁やトラップなんて、いの一番に警戒しなくちゃいけないだろうに。

 慌てて腰に括り付けておいた袋から水筒を取り出し、中の水を患部に掛けた。そして今度は、これも腰に付けていたナイフを手に取り、着ている服のなるべく綺麗そうなところを探し、そこを大きく切り裂いた。

 そのままそれを四角く切り取り、布切れと化したその服の一部を火傷した右手へと巻きつけていく。もう一方の手と口で布の端を結ぶ。

 とりあえず、これで急場は凌げるだろう。

 また怪我でもして、これ以上動きが不自由になると、ここからの脱出の際に困りかねない。もっと慎重にならなくてはと、俺は気を引き締めた。


 一旦少女は放置だ。名残惜しいけど。

 まずは、あの子を含めて、この場所について調べなくてはならない。

 今第一に考えるべきは、ここからの脱出方法だ。それが出来ないでいて、触れもしないあの少女の体を運び出すなんて可能なはずもない。

 俺はひとまず、床に描かれた紋章のそばに膝をついた。この石室に入る際に、外と繋がったと思われる紋章だ。

 入ってきた時と同じように、紋章をなぞっていく。外側から内側、中心へ。なんの反応もない。

 今度はその逆。中心から外へあっちこっちすいすいぐるぐると。しかしこちらも反応はなかった。

 やはりそうなるか。

 こうなる予感はしていた。結論として、描かれた紋章は、入り口としては機能しても、出口としては使用出来ない、そんな一方通行な進入口だった。

 ここまで魔法のみで構成された扉というものは初めて出会ったが、これに関しては想像に難くなかった。

 遺跡や宝物庫などの罠としては、この手のものは少なくない。入ってきた盗人を閉じ込めてしまう、部屋そのものがトラップになっているパターンである。

 他にも起動する条件がある可能性もあるので、この紋章が必ずしも出口とはならないと決まったわけではないが、現状は期待しない方が良さそうである。

 俺は諦めて立ち上がると、次は部屋の隅に置かれた机に目を向けた。


 俺は机に歩み寄った。机の上には一冊の本と、その隣に封のされた手紙らしきものが置かれている。

 俺はまず本を手に取った。表紙や背表紙にタイトルなどは書いておらず、厚みも程々で、おおよそ、300から400ページと言ったところか。仕事柄、本はこれでもかという程読んでいるので、大体のページ数は見ただけで把握できる。

 俺は本を開いて中を確認してみた。

 一枚白紙を挟んで、次のページ。

 この本の題名と思しき文字がそこには書かれていた。

 書かれていたが……どういうことだ?

 ありえない。そんなことはありえないと、俺の頭がその文字列を否定したがる。

 しかし、そこには間違いなく明確に、こう記されていた。


『ホムンクルスの研究』と。


 震える手で、俺はまた次のページを開こうとした。するとページの間から、スルリと一枚の紙が滑り落ち、床に落ちた。

 それを拾い上げると、そこには一人の少女が描かれている。色は無いが、それでもその絵の子が、今この部屋で眠っているあの少女のことを描いていると一目で分かった。

 そしてその横には、もはや否定しようもなく、その言葉が刻まれている。


『ホムンクルス・製造番号1番』


 ああ、やはりホムンクルスなのか。

 彼女は人間ではないのだ。あんなに人間に近しい見た目だとしても、それでも人間ではないのだ。


 その下にはこう続いていた。


『個体名【アン】』


「アン……。アン。あの子の名前かな」


 思わず口から声が漏れる。

 事が起こったのは、それとほぼ同時だっただろう。


 人が動く気配と、か細い声のようなものが聞こえて、すぐさま俺は振り返った。


 少女が。いや、ホムンクルスが。

 目を覚ましていた。体を起こして伸びをしている。なんなら欠伸もしている。


「あ」


 バッチリ目が合った。驚きともなんとも言えない声が口をついて出た。

 一瞬の間。時間が止まる。

 それを破ったのはホムンクルスだった。


「あなたは……?」


 綺麗な声だな。

 素直に、ただ純粋にそう思った。


「俺はアダム。アダム・ディスカと言う者だ」


 こうして、俺の人生史にホムンクルスとの会話という奇妙な項目が今、刻まれたのだった。


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