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1話 そこに、君はいた

 考古学者とはなんぞやと。


 土と石をほじくり返しながら、アダム=ディスカはそんな無限迷宮のような疑問を自身に問いかける。

 学者といえば、もっとインドアな職業のイメージだろう。なのにどうして、俺は今日も土に潜って泥と砂まみれになっている。


 実地でのフィールドワークに始まり、機材を運んだり、あれこれ発掘準備に奔走し、発掘作業に関してはもはや肉体労働に等しい。

 こうなってくると、もうアウトドアの一環なのではなかろうか。非常に恨めしい。学者学者詐欺である。

 ただ、新しい何かを発見した時の喜びと興奮は何者にも代え難い。その一瞬のためだけに、俺は考古学者として生きていると言っても過言では無い。

 何より自分で選んだ職業なのだ。頭の中で愚痴をこぼしはすれ、嫌いになったりなどあるはずもない。

 そうと理解はしていても、やっぱり単純作業というやつはしんどいもので、自然と頭の中では悪態が生成されていくのである。

 淡々と石を砕き土を削る。終わりの見えない作業を続けていると、どうしても現実逃避してしまう。良くないクセだ。

 それに加え、今回は強敵が相手であるからタチが悪い。


「ディスカの旦那ぁ!珍しく手こずってるようですが、大丈夫ですかい!?」


 遠くで張り上げられた野太い声が、坑道を通ってやってくる。


「ちょっと厳しいね!異常なレベルで魔力が染み付いているから、何かしら埋まってはいるのは間違いない。大きさもありそうだし、魔法が関わっているなら中が空間になっていてもおかしくないかも!ただ魔法が強すぎる!無理矢理は固すぎて無理かな!正規の侵入口を見つけた方が良さそうだ!」


 体を捻りながら背中方向に、俺も負けじと声を張り上げた。

 土の壁が声を吸い込んでしまうので、深く土の中に潜っている時は、それなりに大声を出さないと距離があって声が届かないのだ。

 本当なら、応援をよこしてもらって手伝ってもらうところなんだけど。地面が固すぎて、人一人がなんとか作業できる程度までしか穴を広げられないもんだから、ここまでは仕方がなく個人作業で進めていた。


 まずは地上から、少しでも柔らかい土の部分を探し、垂直に大人三人分程地中へと掘り進めた。

 そしてそこから魔力探査を頼りに、より強い反応を求めて、今度は横へと掘り進めて数時間。ここからの作業が大変難儀であった。土の硬さに苦戦して、こちらは大人一人分とちょっとしか掘り進めていなかった。

 埋まっているものの影響なのか、掘れば掘るほど、非常に硬い土が姿を見せる。

 深さがあるので、地面が崩れないように空間を木の枠で固定しながら掘り進めていくので、単純に掘った距離からは想像も出来ないほど、今日の地質には手こずっていた。

 埋まっている何かを守るために魔法がかかっている場合、その性質が周りに影響を及ぼすことは少なからずあるのだが、今回はちょっと異質過ぎる。土自体にも魔法がかけられていると考えるべきかもしれない。


 ただ幸いなことに、もう標的は近いようで。

 足元の土が今日一番で硬い。固すぎて、体感としてはもはや岩だ。

 魔力も染み付いているし、面積も広い。板のようになっているようにも思える。自身の読み通り、空間を作って守ってある可能性を考えるべきだろう。

 それが棺や箱のような形であれば、周りを削り取って引き上げてしまえば良い。

 問題は石室になっていたケース。その場合は、石室に入れる入り口を見つけるか、壁の一部を壊して入り口を作ってしまうかのどちらかになる。

 入り口が見つかれば話は早いのだが、いかんせんこの土の硬さが邪魔をする。発見出来るまで石室の周りを掘り返すのを想像しただけで気が遠くなる。

 ならば無理やり破壊すればと思うだろうが、歴史的価値を失うリスクや、衝撃などで崩れて埋まってしまう恐れもある。そもそも魔法によって守られていれば、破壊することすら難しい可能性だってあるのだ。

 簡単に壁を崩すと言っても、実際に行う内容は全く簡単ではない。


「……っと。なんだこれは?」

 憂う俺の心をよそに、現実では光明が見えてきた。足元の剥がれた土の隙間から、紋章……だろうか。何か人工的に刻まれたような模様が顔を覗かせた。

 やっとお目見えか!長かった!

 胸が高鳴る。俺はこれを待っていたのだ!

 もう発掘開始から四日が経っていた。

 アタリをつけた場所を何箇所か掘るも、いまいち手応えがなく、再度研究と構想を練り直して挑み直した今朝。

 今までとは比較にならない強い魔力反応を感知した。

 そこから格闘すること、丸半日。ようやくお目当ての物とご対面出来るとあれば、それはもうテンションもアゲアゲである。

 ただ、大事なのはここからだ。落ち着いて、クールにいこう。

 慎重に、まずは紋章の全容を確認していきたい。

 どういった類の魔法か読み解ければ、グッと発掘が進展すること請け合いだ。

 俺は持参した水を掛けて、表面の土塊を削り落としていく。紋章自体は傷つけないように気をつけながら。

 数分して、終わりはずいぶんあっさりと訪れた。今までの苦労には見合わないくらい呆気なく、その作業は完了した。

 果たして、紋章は俺の手によって全身を露わにした。それは円の中に描かれた文様であり、アダムには何かしらの魔法が込められているように思えた。

 アダムはその不思議な紋章を、円の縁からそっと指でなぞっていく。円と繋がっているところから、内側の模様部分へと、指を滑らせていく。

 そして指が中心へと辿り着いた。

 その刹那、紋章が瞬間に群青の光を放った。

 そして紋章があるべきところには『何も無くなった』。

 真っ暗になったのだ。黒。深淵。どう表現してみようもない暗黒の穴と化していた。

 そして恐ろしいことに、俺の右手はそこに突っ込まれていた。直前まで紋章に手を預けていたのだから、当然である。

 さらにもっと悪いことに、俺の体もその黒円に飲み込まれる運命にあるようだ。紋章をなぞっていたものだから、体重を右手に乗せていたことが災いした。

 手から沈んで肘、肩、そして頭と、バランスを崩した体は転げ落ちるようにして、穴へと突っ込んでいった。

 得体の知れない穴に落ちてしまったので、流石に『死ぬのでは?』と思った。

 しかし、意外とそんなこともなかったようで。頭が通過した時点で、視界がキッチリ機能していたので、即死という未来は免れたのだと、軽く混乱に陥っている頭でも理解出来た。

 果たして、俺の体は石畳の上へと放り出された。強かに背中を打ち付けて、身体中に電撃が走ったかのような痛みに悶え苦しむこと十数秒、やっと自分が落ちてきた場所を落ち着いて見ることが出来た。


 そこまで広くもないが、それなりに物が置ける程度の空間を持った部屋。

 それが第一印象。

 本棚、机、壁に掛けられたランタン。どういうわけか煌々と、そこには明かりが灯されている。

 冷静に考えるなら、発掘していた場所の真下にある空間になるであろうこの場所。たった今さっきまで、必死に発掘していた石室の中と見て間違いないだろう。

 ただもう一度部屋の壁をぐるっと見渡しても出入口は見当たらないし、自分が落ちてきた天井を見上げても、石造りの灰色な平面があるばかりだ。

 したらば、下はどうだろうか。

 当たりだ。足元を見て納得した。先程石室の上で見たものと全く同じ紋章が、そこには描かれていた。であれば、この紋章こそが、この部屋に入るための鍵になるのだと容易に推察できた。

 これで、俺がこの部屋に入れた疑問に関してはクリアできた。他にも、俺が落ちてきた時点でランタンに火が灯っていたこととか、不思議かつ不気味でならない部分はあるのだが、今回ばかりはランタンの謎は後回しにせざるを得ないだろう。

 なぜかと言うと、それが気にならないほどに興味を惹かれる物が、その部屋には存在していたからだ。

 いや()と言うべきか、はたまた()と言うべきか、判断に困るその代物は、どこからどう見ても寝台の上で安らかに眠る『人間の少女』であった。

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