王道学園における、とある風紀委員の追憶
連載ものにしようと思い書いたものですが連載じゃ永遠に上げないような気がしたので取り敢えず短編で投稿。
生存報告込み。
これ自体は数ヶ月前に書いて改稿してあったのを更に改稿して投稿しました。
───そう、始まりはほんの些細なことだった。
山奥にある小、中、高一貫の全寮制男子高校、私立龍宝韻学園…字のバランスが悪いが、国内一の偏差値を誇り、その生徒の殆どが企業の大小はともかくどこかの会社の後継ぎやその補佐を務めるであろう御曹司達で構成されたこの由緒ある学園に転校生がやって来たのだ。
別に、それだけならば何も問題はなかった。
その転校生が……生徒会に始まり次々とこの学園の親衛隊が結成されるほどの有数の美形達を恋愛的な意味で落としさえしなければ。
はっきり言って、この学園は『由緒ある』ホモ……バイ、ゲイの宝庫。
理事会にも暗黙の了解になっている学園なのだ。
それもまあ仕方ないだろう。
思い出してもみて欲しい、山奥にありながら小、中、高と寮生活を強いられるのだ。
小学生は流石に希望者のみの寮生活だが、思春期真っ盛り、はっきり言ってしまえば性欲の塊なお年頃な中、高校生が異性のいない性欲発散不可能な状態で一つ所に押し込められるのだ。
ここまで来ればもうご理解頂けただろうか?
そう、その思春期真っ盛りの抑えきれない性欲は同性に向けられるようになってしまったのだ。
そして恋愛対象もまた同性となり、この学園は同性愛の横行する、全国の腐女子、腐男子が泣いて喜ぶ王道学園になったのだ。
そして理事会も殆どがこの学園出身であるため、完全に暗黙の了解と化している学園の状態は変わることなく設立当初から続いているのである。
さて、ここで話を戻すとしよう。
そんな学園だからこそ、美形な生徒には学年問わず親衛隊が結成されるようになるのは至極当然の帰結となる。
親衛隊を持つ本人達からすれば親衛隊とは嫌悪の対象らしいが、寧ろ親衛隊はこの学園の規律を守る、風紀委員会側としては黙認の治安維持組織と認識されているのはあまり知られていない。
まあひとまずそれはさて置くとして、問題はその親衛隊持ちの美形が転校生に陥落し取り巻きと化してしまった事だ。
風紀委員会に治安維持を任されるほどの組織であるのだから、勿論この学園で親衛隊は有数の組織という事になる。
そして、その親衛隊は美形生徒を慕い結成された組織。
慕いはしているが本人第一主義が徹底されている親衛隊は、普通、本人の意思を尊重するため、本人に恋人が出来たとしても邪魔をするどころか寧ろ歓迎し、本人と共に保護対象となるのが通常だ。
だが、それも『普通』だったら、の話だ。
件の転校生はタチの悪い最悪の台風の目だったのである。
まず、そのルックスからして認めたくないらしい。
それには私も立場を考慮しなければ少し同意したくなる。
一言で言い表すのなら正に【毬藻】。
明らかにカツラだろ、と分かるボサボサの真っ黒な髪で顔が隠れて見えず、更に何がしたいのか分からないダサい瓶底眼鏡でもはや不審者レベル。
前が見えているのかと聞きたくなるその変装は、『そんなに顔がコンプレックスなのか』と問いたくなる程だ。
実際、マリモ信者と化した美形達以外の生徒や教師は口を揃えて言っている。
しかし、まだ我が友人である、所謂オープン腐男子というやつは『いやあれ素顔絶対美少年だって!』と転校生の転校初日に大興奮した様子で話していたし、自分自身も流石にあれ以上には悪くなりようがないとは思うので、それを受け入れている美形生徒達は気にしていないのだろうと思われる。
次に、いやルックスなど目につかなくなる程の問題、いや欠点は、その性格だ。
まず、声が大きすぎる。
無論それだけでは他を思うとどうという事もない。
それが転校生の『空気が読めない』とコンボで来るとあら不思議。
授業中であろうが何であろうが大騒ぎし、その騒音で授業どころではなくなり、今では転校生のクラスではろくな授業は滅多に行われないと聞く。
更に、転校生は全く人の話を聞かないのだ。
例え聞いたとしても自分の良いように無理矢理解釈してこじつける。
これぞまさしく忌むべき欠点。
人間としての常識が完全に欠落している。
どうせなら一度死んでやり直せば良いと思う。
その前に生まれ変わることさえ神に拒否されそうなものだが。
そしてこれもまた腐男子である我が友人から得た情報だが、どうやら転校生はどこかの族の総長か族潰しか、兎に角見た目に似合わず元不良らしい。
相次ぐ器物破損に、転校生に忠告へ行った親衛隊隊員への一方的な暴行による被害情報からそれもまた事実だと思われる。
ただ一言言わせてもらうと、忠告しようとしても制裁と言う名の暴走行為は受けていない筈の転校生自身が理不尽な暴力を振るうのは如何なものだろうか。
被害を受けた親衛隊隊員は腐男子の友人で言う所の『チワワ』と呼ばれる可愛らしい見た目の暴力などが不得意なタイプであった。
そして、話を聞くとどうやら親衛隊だと名乗ると忠告する間も無く『親衛隊なんて最悪なんだぞ!』といきなり転校生に殴りつけられ、そこからは風紀委員に発見されるまで一方的に暴力を受けていたのだと言う。
全く酷いものだ。
騒音マリモな上に馬鹿力だとは、天も余計な二物を与えたものである。
それには流石の鬼の風紀副委員長様も親衛隊にひどく同情されたらしく、一応の事情聴取だけで解放した親衛隊隊員に対し退学処分にするべきだと、転校生と連れ立って風紀委員室に押しかけた生徒会役員達を鼻で笑って一蹴したらしい。
そして、『鬼の風紀副委員長』などという物騒な代名詞がつけられることとなった所以である空恐ろしい黒い笑みを浮かべながら、
『親衛隊が前科持ちなら兎も角、呼び出し自体今回が初めてだと言うのに、された事がないくせに話も聞かず一方的に暴力を振るっていたのはどちらだろうな?この学園の生徒は誰もがいずれ会社のトップに立つ者達だ。いくら大企業であろうと、多くの子会社で成り立っているのだから、別に一人ぐらい一つぐらいと切り捨てるとどんどん悪評は広まる。そうなればどんな大企業であれど足元から瓦解すればどうなってしまうか…なあ?』
という副委員長様の大変冷たいお声で事は収まったという。
そしてこれは転校生がどこかの族の関係者だという仮定を踏まえた上での私の個人的な見解であるのだが、噂によれば生徒会、それと風紀委員会も確かどこかの族だと聞く。
ふむ、私か?
いや、私は高等部からの編入生だったからな。
勿論私は暴走族に入ってはいない。
しかし、元々筋肉が付きにくい身体な分舐められやすいが、それなりに強いとは自負している。
でなければ風紀委員など務められない。
それを踏まえた上で、もしかすると敵同士かもしれないというのに、もしあの騒音マリモの変装が取れてしまえば大騒動になりはしないのだろうか。
いや、今の生徒会の状態は『恋は盲目』。
敵だからというのは転校生、騒音マリモの超理論でどうにかなってしまいそうな気がする。
恐るべし、騒音マリモ。
しかし正直言ってあの歩く公害に魅せられた者たちの気が知れないが。
実際には正気を疑われても『おれを好きにならないお前の方がおかしい!』と言われたそうだ。
確か学園の保健教師は元精神科医をカウンセラーとしてスカウトされたと聞いたが、はて、取り巻きの一人として加わってはいなかったか?
『儚げで完全ネコだから顔は一軍だけど、今は二軍からも脱落しそう』?
ふむ、よくわからんが下っ端過ぎて発言力がないのかもしれないな。
さて、またまた話が逸れてしまったようだ。
話を戻すとしよう。
今、この学園は荒れに荒れている。
転校生が来てからというものの、学園の美形は一部を除きほとんどが取り巻きと成り下がり、それにより親衛隊は暴走。
本来止めるべき役割の筈の生徒会も取り巻きとなっており、更に将来人の上に立つために彼らに与えられた権利を義務を果たしていないにも関わらず行使し、被害は収束どころかより一層深刻化するばかり。
最後の頼みの綱であった筈の風紀委員会は、転校生の騒ぎに乗じて増発した強姦事件の対処や転校生の対応に追われてんてこ舞いになっている。
そして風紀委員長様の持つ特権である、
『生徒会が仕事を長期間に渡り放棄、または意味もなく役員に与えられた権利を乱用した場合、全校生徒の3分の2以上の賛成が得られた場合につき風紀委員長によるリコールを認める』
というものが存在するにも関わらず、一切リコールされる気配はない。
だが今風紀委員の立場として言えることは、まだ深刻な問題とは思えない、ということだ。
リコールについては、忙しいからと言ってしまえばそれまでなのだろうが、内情を知る私からすれば、実はまだ風紀委員会には余裕があるのだ。
転校生が事件を起こして駆け回っている時期に腐男子の友人と話をする…、一方的に『萌えトーク』を聞かされているのがいい証拠だろう。
風紀委員会の上層部は兎も角として、下の風紀委員は、の話だが。
それでも上層部自らが出張ることは滅多に無いし、事後処理は上層部、事件の対処へ向かうのは平の風紀委員というシステムに揺らぎはない。
何よりも、風紀委員達が不思議に…いや正直に言えば恐れているのは、いつもならば問題など問答無用で片付ける、鬼の風紀副委員長様が空恐ろしいまでに静かだという事だ。
腰が抜けてしまうような殺気を放ちはするのだが、ただそれだけ。
文句など何も言わず、淡々といつも通り仕事をこなし、そしていつも通りに帰っていく。
そのサイクルが、今は何よりも恐ろしい。
仕事に忙殺されるあまりに何かおかしなものでも食べてしまったのだろうか。
それとも寝不足のせいでどこかで頭でも打ったのか?
疑問に思っていたことを友人に話すと、
「本当、ハルって悪気なく口悪いって言うか、毒舌だよな……。はっ!天然毒舌攻めとか……イケる!ハルっち、親友のよしみで可愛いチワワとのにゃんにゃんを覗かせてくれ!腐腐腐腐腐、萌えぇ!!」
最後の方はいつもの暴走状態だったが、はて、私はそれほど口が悪いのだろうか?
そんなある日、副委員長様が比較的落ち着いていらっしゃる時に、とある勇気ある風紀委員が問うた。
何故リコールの条件が全て整っているというのに、リコールをせず生徒会の仕事を手伝っているのか、と。
その言葉に、私は二度驚いた。
私は平も平、ど底辺を彷徨う風紀委員のため、よく事件に駆り出されほとんど風紀委員室に来なくなってしまったので、学園の情報を知る手立ては、やはり我が友人である腐男子だった。
それもどこから入手して来ているのか疑問に思う程に最新の、そして関係者の一部しか知らないような深部の情報で、一度つい情報源を問いかけると、友人は何とでもないような顔で口振りはあくまで軽く答えた。
『俺、この学園の【王】と偶々知り合って腐友になってさー、この学園の情報を流してもらう代わりに情報操作とか管理とか任されてんのー。凄いっしょー?あ、ちなみにこれ秘密にしといてねー?じゃないと俺、冗談抜きで消されるからー』
いつもの無駄に間延びした口調だが、その表情は真剣そのもの。
特にその眼に映る【王】とやらに対する《絶対従順》の姿勢が真実味を帯びていたから、敢えて何も言わずに頷いた。
実は意外と肝の据わっている友人さえ本能的に畏怖しひれ伏す【王】とは、一体誰なのであろうか?
兎も角、リコールの条件が揃っている事、加えて副委員長様が生徒会の仕事を手伝っていたなどとは私が知るよしもなかったのである。
そして、私が驚くとともに何も知らなかったと落ち込んでいた所に、副委員長様が謎の言葉を下さった。
曰く、
『俺の役目はアイツの……、【王】の望みを聞き、叶え、実行すること。【王】はまだ何も望んでいない。だから俺に行動の余地はないし、そんな意思は許されはしない。何より俺自身にとっても必要のない事だ』
だと。
そしてその副委員長様の言葉は未だ謎のままだ。
ただ一つ解る事と言えば、恐らく、友人の背後にいる【王】と副委員長様がおっしゃる【王】は同一人物であるのだろうということ。
姿を現さない今でこの影響力。
かの【王】は、まごうことなきこの学園の【王】なのだろう。
そして、全ての鍵を握っているのもまた【王】なのだと───
唯一生徒会で転校生に落ちていない、寧ろ嫌悪している生徒会長は義務を放棄した他役員の仕事を肩代わりした上に転校生の起こした問題で忙殺され、生徒会室は関係者以外立ち入り禁止の規則を破り他役員が騒音マリモを連れ込むせいでブチ切れしたらしく、これまた転校生に陥ちたホスト教師こと生徒会顧問が仕事を放棄したために臨時で生徒会顧問となった教師に自室職務宣言を言い渡したらしく、生徒会長が自室に戻ったらしいその後からずっと誰もその姿を見たことはなかった。
───そう、なかったのだ。
《風紀委員》
長谷川 春樹
・高等部2年
・バイ
・モブを自称する風紀委員会準幹部
・技巧に長けた武闘派
・現在虎視眈々とオープン腐男子君を(性的に)狙っている
・若干ズレているがまだ常識人に近い
・天然無自覚毒舌
・押しが超強いため周りからは既に公認カップル扱い
・男前よりだがゴツくない系の美形
・風紀委員会に入ったのは腐男子君の「謎に包まれた風紀委員長の実状調査を!」との要望から