第08話「リーナ」
お待たせしました、第08話の更新です。
「こんなものでしょうか」
ヘルヘイム城のお風呂での出来事から二日ほどたった頃。シャルロットは自室にて魔導回転機の開発を行っていた。
現在までに完成しているのは大型化の改良を行っていた魔導回転機であり、その名前は混合するために変えてある。
「さしずめ魔導機関、ですかね」
そう呟くと、目の前に置いてある両手を広げるほどの大きさの物体に視線を向ける。
大きさの対比からして約5倍ほどであり、その分重量も増している。そして中でも一番大切なのは出力であり、この魔導機関の最大出力は
「魔導回転機の100倍の出力とは、自分で作っておきながらあきれますね」
そうこの機関の出力は回転機と比べると100倍ほどになっており、またその回転数も上がっている。
以前の回転機であるならば1分間に500回転ほどが最大であったが、新たに開発したベアリングのおかげで摩擦の軽減や排熱がうまくいき、1500回転にまで上昇したのだ。
しかしそれだけ高性能になると自然とデメリットが出てくる。それは
「やはり消費魔力が膨大ですね」
そう回転機の時も使用するのは己が持つ魔力である。
もともと魔族自体が体内に持つ保有魔力は他の生物と比べると桁違いに多い。そのためこの構造を思いついたのだ。
しかし、新たに開発したこの魔導機関はその魔力消費も著しく向上し、開発者のシャルロットをしても10分ほど回転させるのがやっとだったのだ。
そのことを知った後に外の工房にいる鍛冶師を呼んで使わせてみたがほとんど動くことがなかった。そのことによりシャルロット自身は己の持つ保有魔力が他より多いことに気がついたが、そのときは忙しかったために流していた。
「そして、まあなんといっても重量、ですか」
消費魔力に関してはあてがある。しかしながらもうひとつのデメリットである重量に関してはいかんともしがたいのが現状だった。
現在シャルロットの部屋に置かれている魔導機関の試作品は特設のクレーンによってその体を支えている。
そのことからも重量があり、また力を誇る魔族であっても動かすことができないということを表していた。
「さて、どうしましょうか」
そう呟いた時だった。
どん。
そう、そんな音が聞こえてきた。
そのような音であれば日ごろいろいろ試作しているシャルロットの部屋においては日常茶飯事の音である。しかしながら現在は作業はしておらず、またシャルロット以外に部屋にいる者はいないのだ。
そのため、必然的にその音の主は部屋の外から来たことになる。だがこの部屋、シャルロットの部屋にノックもせずかつ無断で進入してくる者などシャルロットには思い浮かばなかった。
そしてその侵入者を視界に入れようと体を動かした時だった。
「やっと見つけたぞい」
背後から突然かかった声。それに驚きながらも冷静に振り返る。その際にバックステップを取りながら距離を開けることを忘れない。背後を取られることなどウルズと模擬戦をしているシャルロットにとっては当たり前なのだ。
そんな急な言葉をかけて来た本人に視線を向けるシャルロット。その視線の先にいたのは少女だった。
身長的には5歳であるシャルロットよりも大きく、見た目だけならば12歳ほどだろうか。
顔つきはいまだ幼さを残しており、だが肉体的には成長を始めている。膨らみかけの胸部と臀部はまだ子供の域を抜け出せていない。
髪は綺麗な金髪であり、両サイドにて結んでおり地球ではツインテールと呼ばれていた結び方をしている。
そしてその少女の特徴的なのがその角だった。
通常魔族の最大の特徴である角は誰もが有しており、また例外はない。しかしながら目の前の少女の角はシャルロットが今まで見てきた角とは同じにできないほどの差異を抱えている。それは
「一本角の女の子?」
自然と声に出る言葉。その言葉を聴いた目の前の少女はどこか探るような視線でシャルロットの全身をくまなく撫で回した。
そしてどこか満足したような態度を見せると近場にあった机にどかっと座る。その際に着ていた服がめくりあがり、また足を組んだことも拍車がかかり衣服の下の生地が見えてしまう。
その布に視線が引き込まれるのは男の性か、瞬間的に理性を働かせ無理やりに頭部に視線を向けるシャルロット。
「ほう、幼くともやはり男よのう」
女性というのは男性の視線に鋭いという。そんな例に漏れずシャルロットの視線に気づいた少女はそう呟くとさらに
「ほれ、もっと見たくはないのか?」
そういいながらひらひらさせてきた。そう部位的に危ない場所であり、短いすそをだ。
しかしながらシャルロットにとってはその行為は余り好きになれない理由があった。
「女性がそう複をはだけさせるものではありませんよ?」
短いため息を吐き出したシャルロット。自分がからかわれていることに気がついたのだ。
「ほう、本当におぬしは5歳なのか?」
年相応とはいえないシャルロットの口調に興味を持った様子の少女。しかしながらその返事をシャルロットはしなかった。
「で、あなたはいきなり人の部屋に入り込んできて自己紹介もせず、己が聞きたいことだけを聞くような非常識な方なのでしょうか?」
シャルロットは笑顔だ。
しかしながらその笑顔にどこか思い出したような少女は笑顔を消した。
「なんじゃ、おぬしも私をいじめるのか?」
そう呟く少女。その瞳にはいつの間にか涙が浮かんでいる。しかしながらそんな攻撃にはシャルロットは屈しない。それどころか逆に攻撃を仕掛けた。
「いえ。しかし非常識であることは否定できませんよね?それとも常識、という言葉を覚えていただかないといけませんか?」
さらに畳み掛けるように発される言葉。
そんな言葉を聞いた少女はしばしの間沈黙を保つ。しかしながらそれは長くは続かなかった。
「くっ、私のまけじゃ、まけ」
そう言うと悔しそうに机の上に寝そべった。外見だけを見るのならば年相応に拗ねているようである。しかしながらそれも演技の一部であるとシャルロットは考えていた。
なのでさらに言葉を重ねる。
「それで?あなたの名前は何ですか?それと何の用があってこの部屋を訪ねたのですか?」
質問攻めとはこのことを言うのだろうが、それを行っている本人にそんな自覚はない。むしろ当然の権利であると主張するであろう。
「む、なんじゃ女子が泣いておるのだぞ?そこは慰めるだの、何かするべきではないのか?」
シャルロットの問いかけに不満を持ったのか、それとも行動を起こさなかったのがお気にめさなかったのかはわからないが不機嫌そうな少女。
「いえ、この場合はあなたが非常識である、ということ自体は何も変わりませんので」
そう冷たくあしらうとシャルロットは一歩踏み出した。
「さて、もう一度尋ねます。あなたはどこの誰ですか?」
このヘルヘイム城に出入りできる時点でそれなりの地位にいることは容易に想像ができる。例外としては害意を持った侵入者であるが、数分たった現在でも過保護代表であるミリアグラが飛び込んできていないことからもそれは否定できる。
そしてその事からも裏づけできるようにこの目の前の少女は少なくともシャルロットに対して害意を持っていないことがわかる。
「ふむ。やはりおぬしは年相応とは言いがたい精神構造をしておるのう」
そう短く呟くと寝転がっていた体勢を元に戻し、乱れていた衣服を直し床に立った。
「さて、では改めて自己紹介をしようかの」
そう言うと不敵に笑みを浮かべ、先ほどまで12歳の少女の瞳だったものが変異する。そしてその代わりに現れたのは幾度も見てきた年上の、そして大人としての鋭い視線。
「私はリリアーネと言う。まあ俗に言う研究者、というものじゃ」
目の前の小さな少女が?と不意にも己を棚上げして思ってしまったシャルロット。しかしそこでふと思ってしまった。
「研究者ですか。見たところ僕と余り変わらない年齢の様ですが、年齢はいくつなのですか?」
普通であれば憚られた質問であろう。しかしながらシャルロットの目の前にいるのは12歳ほどの少女であり、大人の女性とは認めていなかったのだ。
「ほう、女性に年齢を聞くとは、おぬしよほど命がおしくないとみた」
そう呟くと同時に少女であるリリアーネは肉薄していた。
瞬きをするかのような僅かな時間。しかしその時間を戦闘の中での時間とすると余りにも長い時間だった。
「ほれ、すでにおぬしは3度死んでおるぞ?」
シャルロットガ気づき、再び距離をとった時にはすでに殺気は消え去っており、またその元凶でもあるリリアーネは笑みを浮かべている。
そんな少女を見て一瞬不吉な感覚に襲われたシャルロットは寒くなった背筋を気合で治しながらリリアーネに視線を向ける。
「あなた、いったい何者ですか?」
シャルロットはこの城一であり、また魔族の中でもトップとも言える戦闘狂のウルズから指南を受けているのだ。
そのため相手の力量を測ることをはじめとして様々な戦闘技術を学んできた。今現在においてウルズとの模擬戦は拮抗するようになっており、最終的には負けてはいるがそれなりに力を自負している。
しかしながらそんなシャルロットをしても目の前のリリアーネという少女のポテンシャルが測れないでいた。
「何者、とな?それは先ほど言ったであろう、研究者であると」
何を言っているのだ、とそのような表情で言い返すリリアーネ。その言葉からもそれは嘘ではないことと受け取ったシャルロット。しかしながらそれは
「すべて、ではないでしょうね」
そう小さく呟いた。
「さて、ではリリアーナさんでしたか」
「リーナでよい」
すばやく返された言葉は自身の愛称である。それをシャルロットに許可したリリアーネはどこか満足である。
「ではリーナさん、僕にどんな用があってこの部屋に来たのですか?」
最初の問いにようやく戻ってこれたシャルロット。もし用がないだけならば早めに退散してもらおうと考え始めた時だった。
「なに、簡単なことよ。おぬしが魔刻印じゃったか?それで苦労しておるようだからの、私が助けに来てやったのじゃ」
そうない胸を張って、言い切ったのだ。
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