第07話「始まりと、躓き」
お待たせしました、第07話になります。
「さあ、準備は万全に整いましたね」
そう告げるのは再び鍛冶師達を集めたシャルロットだった。
旋盤の制作を行った時よりすでに2ヶ月ほど過ぎており、その間に彼が必要と思った工作機械が続々と集結しつつあった。
またそれら工作機械の量産体制も外の工房も連携し整えられようとしており、ここ数百年で一番忙しい日々が鍛冶師達を襲っている。
しかしながらそんな忙しさも鼻で笑えるような新たな言葉が下されようとしていた。
「さて、魔導機関車にそろそろ取り掛かりたいと思います」
その言葉と同時に複数人が倒れる音が聞こえてきたが、シャルロットにとってはどうでもよいことのようだ。
「さて、僕としては旋盤などで培った魔導回転機を動力源に考えていますが、親方はどう思います?」
いつもどおりマイペースなシャルロットの様子を受け親方たるラルフは深いため息を吐き出す。そのため息には複数の意志が込められていたがその現況たるシャルロットに届くことはない。
「おい、坊主」
このままでは工房の鍛冶師たちが倒れてしまう。現にすでに若手は倒れているのだが、ラルフにとってはまだキツイといわせる程度の疲労度なので鍛えたりないと思っている。
「このまま魔導機関車を造るとなるとちいっとばかし難しいぜ」
そういってラルフが向ける視線の先には出来上がったばかりの工作機械に張り付きながら四苦八苦操作をしている鍛冶師たちがいた。
出来上がったのは良いが工作機械というものそのものがまだ浸透していない。その他にも新たに決められた単位などの浸透もいまだ進んでおらず、それらになれるために精一杯なのだ。
「あー、そうですね。ではとりあえず図面だけでも完成させておきましょうかね。あと動力源である魔導回転機の大型化もしないといけませんので、試作品も作らないと量産なんてできませんし」
そう締めくくると笑顔を絶やさないままシャルロットは工房を出て行った。残されたラルフは再び深いため息を吐き出すと、一言呟いた。
「一難去って、また一難、か」
子供に振り回される親の気持ちを改めて感じたのだった。
「さて、試作品を作りましょうか」
そう呟いたシャルロットがいるのは自室兼作業場として使用している部屋だった。
もともと広い部屋だった場所は跡形もなく消え去り、代わりに様々な工作機械が置かれている。並んでいる工作機械は旋盤をはじめとして工房で製作した量産型のものだ。
その他にも趣味の一環とも言えるほどのスピードで作り上げた様々な工作機械が鎮座しているのだ。
そんな部屋の中心にシャルロットはいた。
「まずは現状の魔導回転機ですが」
そういって両手の平で抱えるほどの大きさの金属の塊を持ち出した。
地球にもあるモーターと形はそんなに変わりがなく、唯一の違いといえばモーターから出ている配線が一本、それも銅線ではなく魔力をよく通すユグドラシルの樹皮を編みこんだものだ。
ユグドラシルの樹皮はその樹の性質からも魔力の元である魔素をよく通し、そのことからも魔力の伝導率が非常によい。しいてデメリットをあげるのならば編み上げたものが耐久力が低い、という点である。
「中に刻み込んだ魔刻印の改良が先ですかね」
魔導回転機はその内部の構造を地球のモーターとほとんど似ている。
内部に魔刻印と呼ばれる魔術の刻印を施された金属があり、その周りに同じく魔刻印を施された金属が向き合うように作られている。
そしてその魔刻印のもつ作用というのは、内部の方は一定方向に回転する力場を形成する。そして外部の囲いとなっているほうの魔刻印はその反対方向に力場が作用し、その足場となる内部の魔刻印と相反する。
そのため高速回転が可能になり、それなりにパワーがあるものになるのだ。
しかしながら物事はそんなにうまく運ぶわけがない。
「まずは魔刻印による回転速度の調整、ですか」
そう、刻み込んだ魔刻印は一定方向へと進む力場を形成するだけなので細かな速度調整ができない。だからこその一定回転数でギアを噛ませる事により旋盤など工作機械を開発したのだが、魔導機関車はそうは行かない。
「パワーの調整は大きさの調整でどうにかするとして、魔刻印は大変ですねー」
魔刻印というものはそもそもこの世界になかったものだ。
魔術という土台を元にシャルロットが新たに開発した新しいものだ。
「魔術の中にある言語を目に見えるように刻印したのが魔刻印ですが・・・」
そう言って見つめるのは分解された魔導回転機。その重要部位ともいえる魔刻印だ。
「しかしながら僕の本職はプログラマー、ではないんですがね」
もともとの職種自体が技術職と大雑把な区分なのだが、細かく言うと開発設計という部署になり、機会そのものを造る職だったのだ。
そのためその後入ってくる電子部品やそれらに入れられるプログラムなどは専門外といえる。
しかしながら高校、大学で学んだものの中に基本的なプログラムはあり、わずかではあるが見よう見真似で作ったことはあったのだ。
「まあ、見た目は完全にプログラムですよね」
シャルロットが造った魔刻印、それは言語をこちらの世界のものに置き換えただけのプログラムといえるものになっていた。
「まあ、僕が見ても雑と言えるほどのできですからね。これは早いうちに得意な人間を育成しなければいけませんね」
そう、苦手なものは人に投げてしまえばいい。幸いこの国にはプログラミングなど言えるものはなく、そのような知識もない。
そして魔導回転機の内部の構造は極秘であり、知っているのは工房の親方であるラルフだけである。
「さて、文句を言っていても始まりません。まずは回転機そのものの巨大化とパワーを上げることを考えなければ」
そう呟くと大量に用意されている紙に書き始めたのだった。
走るペンは途中何度もインクをつける必要がある羽ペンではなく、すでにペンの中にインクが内臓されている万年筆のようなものを製作している。
これもまたシャルロットの作品であり、面倒だからという理由で作られた割には周りから褒めはやされたものだった。
そんなペンが走り、次々と案がメモ書きされては消えていく
。
そして窓の外が暗くなりかけた頃、ようやくその腕が止まった。いや、正確には
「シャル様っ!夕食の準備ができましたわ!
」
そういいながら部屋に突撃してきたミリアグラに止められたのだ。
「おやミリー、もうそんな時間ですか」
万年筆を握っていた右手をそのインクで黒く染め、その手で顔を拭ったのか顔にも黒いインクのあとをにじませたシャルロットが顔を上げる。そしてその顔を見たミリアグラは
「あら、またこんなお顔を汚されて。先にお風呂にしましょう、そうしましょう」
と強引にシャルロットの腕を引くとお風呂場へと急行したのだった。
「あの、ミリー?」
大量にお湯が張られた浴槽。その大きさは優に人一人どころか10人ほど入れても問題ないほどの大きさを有している。
そしてその湯船の中に漬かるシャルロットが呟いた。
「はい、なんでしょう?」
答えた声はすぐ近くであり、またシャルロットの耳のすぐ上になる場所。
そう、湯船に漬かるシャルロットは後ろから豊かな双丘を押し付けられる形で抱きかかえられていたのだ、ミリーことミリアグラに。
そしてお風呂という場所、そしてそんな場所で着衣などお風呂好きなミリアグラが許すはずもなく、二人とも全裸であった。
「ひとつ、聞きたいのですが」
今年で6歳になるシャルロット。その年齢自体では母親などとお風呂に入ること自体はさほど珍しくもないだろう。
しかしながら見た目は5歳の少年であるシャルロットも中身は合計で30を超える男性なのだ。だからこそ、こういった状況に何も思わないことがないわけではない。
「こう、いつまでも一緒にお風呂に入る、というのはいかがなものでしょう?」
そう、体の機能的にあれ自体は元気になるどころか、小さい頃それも赤ん坊のときから一緒にいる相手にそんな感情は抱かない。ように理性的にとどめている、といった方が良いだろう。
相手が母親であるならば違うだろう、しかしながら現在シャルロットの全身を抱きしめているのは肉体ならば20代とも10代ともいえる肢体をもつ美女なのだ。
「・・・そ、それは、もう一緒にお風呂入ってもらえない・・・」
まるで悲鳴を上げるように始まった言葉は徐々に小さくなく、最後のほうには嗚咽が混じりだしていた。そう、泣いていたのだ。
「え?ちょっと、ミリー?」
突然泣き出したミリーにぎょっとして反応するシャルロット。反射的に体を離し、立ち上がろうとするが体は抱きしめられたまま。それも泣くことでさらに腕に力が入り、自力で抜け出すには少々手荒なことをしないといけないほどの状況だった。
そんなことがあり、仕方なくその場でなだめることにしたシャルロットはそのまま上を見上げ、ちょうど俯いていたミリアグラと視線が重なる。
「ミリー、まあ、あれです。僕も男の子ですので、あー、少し恥ずかしかったのですよ」
とりあえずは泣き止ませる。それを第一に考え、シャルロットは思考を重ねる。
「世間的に魔族ではどうかは知りませんが、人間の男の子であればそろそろ独り立ちし始める年齢だったので」
5歳という年齢はいまだに母親に甘えている年齢ではあるが、それは適当に誤魔化すつもりで言葉を並べる。
「それに、ミリーは可愛いのであまり、その目線に困るといいますか」
実際にはお風呂くらい一人でゆっくり、などと考えてぽろっと出た言葉だったのだ。そことに失敗したな、と思いつつも挽回するべく立ち回る。
地球では結婚は趣味が理由で結婚はできていなかったが、彼女はいたこともあった。それらの経験やまた創作物からの想像などで補完する。
多少頬を染めながら視線をそらしたシャルロット。
「なので、ちょっと、背伸びをしたくなった、といいますか。そうしないといけないのかな、と思ったので」
「・・・・・・では、これからも、いっしょにお風呂、いいのですか?」
「・・・う、うん、良いですよ」
というシャルロットが折れた、ともいえる状態でその話は終了したのだった。
余談だが、その後のミリアグラのシャルロットに対するスキンシップがしばらくの間増えた、というのは噂になっていたらしい。
さて、今日この頃アニメを見ていた織田です。
本編とは全く関係ないですが、サーバントである英雄たちにも憧れますね。
では、明日の更新は今日と同じく18時以降を予定しております。