第06話「作るための機械」
お待たせしました、第06話です。
「これを魔導機関車、と言います」
現在鍛冶師工房の中央、その技術の中枢でありまた新たな技術が生れ落ちるその場所にて場違いなほど小さな存在がその笑顔を溢れさせていた。
年相応かそれよりも小さな肉体を駆使し、手の届く範囲いっぱいに書き込まれた紙。
技術の水準からしても地球程の白さや薄さ、また強度を持っていないこの世界の紙であるが、しかしこの工房で使用されているのは使用には耐えうるだけの強度は保持していた。
そんな紙に小さな子供が必死に書き込み、また説明していた。
その小さな姿とは言わずもがな、シャルロットである。
現在彼の説明を聞いているのは鍛冶師工房の親方であるラルフを筆頭に、複数人の魔族である鍛冶師たちである。
彼ら鍛冶師に作ってもらいたい物、それは地球では日常的に使用され、また高度成長には欠かせなかった機関車であった。
「では少し考え方を変えましょう」
まずシャルロットが話したのはおおまかな構造とそれらの用途である。
記憶にある蒸気機関車の構造を元に説明していたのだ。しかしながらここで大きな問題点が浮かび上がった。それは
「まず、現在の皆様の技術力がどの程度であるかは知りません。しかしながら流通している武具や装飾品等を見た限りでは僕の言うこの魔導機関車を作るには少しばかり難しいと思っています」
そう、純粋な加工技術である。
現在のこの世界の標準である鍛冶は主に金属を加熱し、その後槌を使用し叩き変形させることが主である。なので細かい金属加工はそれなりに経験を積んだ鍛冶師にしかできず、またその加工時間も膨大であった。
そんな状態で理想とする蒸気機関車を作ろうとすると、まず無理であろう。シャルロットは前世でもある技術者としての勘で判断していた。ならば、と思考を変換させたのだ。
そう、出来ないのであれば蒸気機関というもの、そのものを変えてしまえばいいと。
幸いこの世界には馬車は存在している。その為重要な車軸の制作にはそこまで苦労しないであろうと踏んでいる。しかしながら科学技術とも言える蒸気機関の開発は難解であろう。
まず水を通すための細長いパイプであるが高温高圧を耐えうるだけの強度を保ちながら加工しなければいけない。そんな技術はすぐには確立しないだろうと容易に想像がつく。
だからこその発想の転換である。
「ですので、まずは加工技術そのものを確立させましょう」
人の手で作れないならばそれらが可能な工作機械を作ってしまおう、と。
現在の地球では金属類の加工は主に工作機械と呼ばれるもので構成されている。
それは金属の塊を回転する刃物や、材料そのものを回転させ加工していくのだ。最新技術では3Dプリンターと呼ばれる機械で、設計図があれば直接それを出力できる画期的な装置も開発されており、従来の工作機械では部品一つ一つを制作していたのだが、それらの登場で時間の短縮に貢献していた。
そんな技術を支えている工作機械、そのものを作ろうという事なのだ。
「確立ってぇと、難しい加工を簡単にできるようにするって事か?」
やはり一番に噛みついてきたのは工房長であるラルフである。
「最終的にはそうですね」
そう言うと先ほどまで書いていた大きな紙を壁から外すと、新たな紙を張り付ける。
「さて、では今から皆さんに作ってもらいたいもの、それを教えていきます」
「ん?ちょっと待ってくれ。さっき言った魔導機関車とやらを作るんじゃねえのか?」
ラルフにとっては魅力的すぎる新たな挑戦である魔導機関車を早く作りたい。しかしながら発案者であるシャルロットの考えは違っていた。
「ええ、最終的には作ってもらいますが。ですが現在の技術力では時間が掛かりすぎます」
そう短く切り捨ていると、手早く紙に書き込み始める。
そうして幾ばくかもしないうちに一つの絵が出来上がった。
「まず皆さんに作っていただくのは工作機械です。工作機械とはその名前通り、機械を使用して部品を作るという事です」
書き上げられたものは長方形の立方体のような絵。
真ん中には何かを掴むような三つの爪があり、その前には小さな円盤状の物が付いた小さなテーブルのような物がある。
「これは旋盤という機械です」
その絵を見た鍛冶師たちはまず、言葉を発さなかった。
まず、彼らにとって加工というのは己の肉体と炎、そして相棒でもある槌を用いて行うものである。
しかしながら今現在シャルロットによって説明されている物はそれらの常識を破壊するに等しいものだったのだ。
「こちらの爪で材料を掴み、回転させます。そして材料よりも硬い金属をあて、円状に加工していきます。これを切削というのですが、この旋盤では主に円筒状の部品を加工することが出来ますね」
そう淡々と説明するシャルロット。前世である地球の技術者としては当たり前の知識であり、実際に高校生の時から扱ってきた工作機械である。
しかしながら、そして当然ながら鍛冶師たちが、この世界の者がそれらを知っているはずがない。
「ちょ、ちょっとまて坊主っ!」
皆を代表してか、はたまた硬直から復帰したのが一番だったからかはわからないがラルフが待ったをかける。その額には熱くもないのに汗が浮かんでいた。
「はい、なんでしょう?」
どこか間違っていたかな、とでも言うように視線を向けるシャルロット。だがそんなのは関係ないとばかりにラルフは口調を荒げた。
「そんな物今まで聞いたことが無い。まあ100歩譲って、だ。100歩譲ってその工作機械とやらがあったとする、それらで何を作ろうってんだ?」
その問いは少し変わったものだ。ただ普通に聞けば話の最初に戻るだけの簡単な質問だろう。しかしながらラルフはこの工作機械の今後の影響についてすでに考えを巡らせていたのだ。
「そうですね。もちろん量産などもですが、まず魔導機関車を足掛かりとして色々考えはありますね」
そう嬉しそうに語るシャルロット。その採取到達目標がどこにあるのか、それを知るのはシャルロット本人ただ一人だけである。
「は、はっはっは!」
この時点でラルフは今まで生きてきて初めで思考を放棄するという強硬手段にでた。それはある意味仕方が無い事である。
誰しも今まで積み重ねてきた常識が一瞬にして崩され、そして直後に全く新しい物を提示されたのだ。これで笑わない者はいないだろう。
「こいつぁ傑作だ。生まれてきたのは悪魔なんじゃないか?・・・・いや、魔王、だったな」
そんなラルフの乾いた笑い声が静かになった工房に響いたという。
そうして数か月後、試行錯誤を繰り返されようやく形になった旋盤一号機が完成した。
「やっと旋盤、と言える形になりましたか」
そう呟くシャルロットの表情は実にいい笑顔である。
しかし、そんな彼の周囲にいる鍛冶師たちはどこか遠い目をした状態であり、ことラルフに至っては頭を抱えたいほどだった。
ここ数か月間の激務という地獄を見てきた者はこういうだろう、よく死ななかったな、と。
「こいつの性能が確かなのは作った俺らがよーくわかってるつもりなんだが、な」
そう、ラルフが頭を抱えているのはこの性能だった。
旋盤を作り始めた当初、鍛冶師たちは聞いた話を半信半疑という状態で作業をしていた。
新たに追加されたミリ、センチ、メートルという単位の概念。キログラムという重さの概念を新たに定義し、ほとんどの加工に細かく口を出したシャルロット。
そんな状態で数ヵ月間過ごしてきたのだ。この小さな体のどこにそんなエネルギーが隠れているのか、と体力自慢の鍛冶師達をしてそう思させた発案者。
その彼は出来上がった旋盤のあちこちを覗き込みながら確認を行っていた。
「やはり動力源は魔力に頼るしかありませんか。しかしながらギアのおかげで回転数は変速でき、またパワーも十分と。あとはこの加工の仕方の技術を教えなければいけませんが」
そう言って向ける視線の先は、旋盤を作った彼ら鍛冶師達。
「作った際に結構細かく説明してますし、そこは問題ないでしょう」
そう結論づけるととことことラルフのところまで戻って来た。
「予想以上の出来の様です。ではこれをあと数台量産してもらって」
そんな事を言いだしたシャルロットに後ろにいた若い鍛冶師の何人かが笑いながら倒れた。しかしそんなことも気にせずシャルロットは話を続ける。
「つぎはフライス盤を作りましょうか」
そう笑顔で告げるのだった。
いよいよ本格的に暴走し始めました主人公、さて向かう場所はどこへやら。
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