第05話「鍛冶師」
少し遅くなりましたが、更新です。
あの後すぐにミリアグラを文字通り捕まえたシャルロットは、彼の興奮のしように少し驚きながらも大人しく捕まったミリアグラを連れ、自室まで戻って来ていた。
「それで、いかがされたのですか?」
ミリアグラにとってシャルロットはすでに自分の子供以上の存在になっている。孫に対する祖父母の様、と言えばわかるであろうか。そう、甘やかし隊筆頭なのだ。
「はい!ちょっとやりたいことがあるので腕のいい鍛冶屋を紹介してもらえませんか?」
まず真っ先にやるべきこと、それを考えた上で様々な機械が必要になってくる。それらはある程度魔術という便利なもので代用できるのではあるが、それはあくまでも代用でありある程度という範囲に収まる。
機械の世界とも言える現代に生きていたシャルロットにとってこの世界の技術力は異様に低く思えたのだ。
「鍛冶師、ですか?」
ミリアグラは通常通りに仕事を早めに片付けるために動いていたのだ。そんな矢先にその原因とも言えるシャルロットが飛びついてきたのだ。満面の笑みで。
これは仕事なんぞ放り投げてでも相手をするように脳内のギアが瞬時に入れ替わったのだ。
そんなこんなで幸せいっぱいの気持ちで彼の自室まで連れて来られたのだが、開口一番不思議な言葉を聞いていた。
「はい!鍛冶師です!彼らの加工技術が必要になるのです!」
もうすでに確定事項であるかの様に言い切るシャルロット。その姿がとても可愛らしく、また愛おしいミリアグラがそれを断るはずがない。答えは即答だった。
「いいですわ!最高の鍛冶師を紹介いたしますわ!」
過保護の言葉の後にさらにバカが付いた瞬間だった。
しかしバカはバカでも国で一番の魔術師であり、国のかじ取りを担う幹部連の一員である。鍛冶師を求める理由を聞いておかなければならない事に遅まきながら気づいた。
「それで、一体鍛冶師が必要な理由を教えて下さいませんか?」
通常鍛冶師というのは大きく分けて二種類に分けられる。
一般的に武器防具を作る武器鍛冶師と金属の細工を得意とする装飾鍛冶師の二つだ。
彼らは大きく用途が違う内容によって分かれ、現在に至っては高い技術力をそれぞれ持ちながら独立して存在している。
「そうですね、ミリーに教えてあげたいのはやまやまですが、これは完成してのお楽しみです!きっと驚かしてあげますよっ!」
そうにっこりと笑う子供(神)の前ではミリアグラは無力だった。
結局のところ理由を聞けず、鍛冶師の元に案内することになったミリアグラは楽しそうにシャルリアンの手を引きながら廊下を歩く。
その途中彼女の満面の笑みに部下である魔術師連中が揃って逃げ出していたがその話はまた別である。
そんなこんなでたどり着いたのがヘルヘイム城の一角。シャルロットの自室が中央棟から離れ、城門に近く、城を大きく囲む城壁に近い場所だった。
「ここは?」
すでに5年以上城で過ごしてきたシャルロットにとって中央棟はそれなりに見知った場所である。しかしながらヘルヘイム城は一つの町とも言えるほどに広く、また数多くの建物によって構成されている。
したがって5年という月日を過保護な保護者の所為で外に出ないように育てられてきたシャルロットにとっていまだ城内は未知の場所が多かった。
「ここは我が国が誇る鍛冶師工房ですわ」
そう短く説明されたことでシャルロットにも納得の表情が浮かぶ。
鍛冶師工房、それは宮廷鍛冶師とも呼ばれる鍛冶師の中でも一級の者達が集められ武具や装飾などを製造している拠点である。
他の建物と違いほとんど平屋であり、その平屋からは数多くの煙突が伸び、黒煙を上空へと吐き出し続けている。
「鍛冶師工房、確かにここならここの技術力ならば期待できますね」
数多くの資料を読み漁っていたシャルロットもここの事はすでに知っていた。なので最終的にはこの工房を紹介してもらおうかと思っていたのだが
「しかし、いいのですか?」
鍛冶師工房、俗に宮廷鍛冶師集団と呼ばれている工房である。それらは国に一つしかないような貴重な武具を始めとして数多くの国宝級のものを作って来たのだ。
そんな工房の生産力は高いとはゆえ、一人の為に、それもシャルロットの思い付きの為に使用するのはいくらシャルロットでも憚られたのだ。
「ええ、構いませんわ。むしろこの国の長なのですから遠慮せず、どんどんとこき使ってあげてください」
どこか過激的に聞こえてきた言葉をシャルロットは軽く流し、視線を目の前に佇む工房へと向ける。
工房の入り口からは上半身を裸にし、体中に炭を付けたような鍛冶師たちが忙しく出入りしていた。
「では、行きましょうか」
覚悟を決めると歩みを始める。するとどこかふわりとした風がシャルロットを包むように動いた。
「?」
すぐにそれに気づいたシャルロットは視線を傍のミリアグラに向ける。
「汚れが付くといけませんわ。それに熱いですので」
魔術を発動させたミリアグラは念の為ですわ、と再度断るとシャルロットの手を引き工房へと足を踏み入れた。
工房の中は思っていたほど汚くはなかった。
シャルロットは地球では親に言われるがまま工業高校へと進学し、就職しようとしていた。しかし先生からの勧めにより大学への進学を決め、最終的にメーカーへと就職していた。
そのメーカーの主力商品は機械そのものであり、小さい企業ではあるが部品製造から販売までを一手に行うメーカーだった。
そんなメーカーで開発部門に所属していたのだが、製造現場と言う物は基本的に危険が伴い、かつ金属の加工となると油や煤などがどうしても出てしまう環境なのだ。
しかし今現在シャルロットの目の前にある鍛冶師工房の中は想像していた汚さはなく、綺麗に並べられた炉に職人が向き合い、ひたすらに槌をふるっていた。
「すごい熱気ですね!」
久方ぶりに製造現場へと足を踏み入れたシャルロットは興奮を露にした。元々がアニメ好きであり、またSFなどロボット系が好きだった彼にとっては物を自分の手で作るというのは一種の満足感をもたらしてくれるものだった。
「私はこの暑いのは苦手ですわ」
そう言いながらも魔術を微調整してすぐに涼しくする当たり彼女の力量の高さを表している。
そんな事をしていると工房の中から一人の男が出てきた。入り口から場違いな子供と美女が入って来たのだ。気が付かないわけがない。
「おい、ここは子供なんかが・・・」
そんな言葉は最後まで続かない。続けられなかったのだ。
「こども、ですか?」
笑顔のミリアグラがいた。
いつの間にかシャルロットの傍から離れ、出てきた鍛冶師の首を左手で握りしめながら。
「へっ!くっ!」
声を上げたいが上げられない。それもそのはず、すでに気道を抑えられているからだ。
そしてそれを行っている当の本人にその自覚があるのかというと
「訂正しなさい、子供ではなくシャルロット様ですわ」
そう笑顔で話かけている。
もしその現場を聴覚的に聞いただけであるならばただの言い合いに聞こえるかもしれない。しかしながら現状は体格的に一回りほど違いがある男性魔族を簡単に、そして笑顔で吊るすミリアグラがいる。
何かの間違い、だと思いたいシャルロットだった。
「おいっ!何してやがるっ!」
そんな騒ぎとも言えないほどの話をどこからか聞きつけたのか年配の魔族が工房の奥から飛び出してきた。
「あらラルフ、部下の躾が出来ていませんわよ?」
まるでゴミを捨てるかのような動作で吊るしていた男性を放り投げると新しく出てきた魔族に向きなおる。どうやらミリアグラの知り合いらしい。
「全く、坊主のことになるといつも見境なく暴れやがって」
そうため息をつく魔族。
上半身裸であることは他の工房で働く魔族と変わらないが、その体に刻まれた傷と鍛え上げられた筋肉は他を圧倒していた。
長く蓄えられた顎髭は白く、後ろで結わえられた長髪も年齢のせいか元々なのかわからないが白くなっている。顔に刻まれた深い皺からもそれ相応の年齢であると分かる魔族だった。
「シャル様に無礼極まりないですわ。仮にも我らの主である方に対しての礼儀がなっていませんことよ。再教育いたしましょうか?」
地面を這うように離脱していく先ほどの若い魔族を蔑むような冷たい目線で見下ろすミリアグラ。先ほどまでの楽し気な笑顔はすでに消えうせていた。
「そう言ってやるなミリー嬢ちゃん。あいつは新入りなんだ、この前の即位式も下働きで見に行けてねぇから仕方ねぇよ」
ラルフと呼ばれた年配魔族は癖なのか自らの顎髭を触りながらそう呟く。そこには深いため息も含まれていたがそこからもすでに諦めていると分かる。
「まあいいですわ。それより、シャル様の事で」
先程までの凍てつく様な雰囲気を一気に霧散させたミリアグラはシャルロットの元まで戻ってくると先ほどと同じように嬉しそうに手を繋ぎなおす。そんなミリアグラに多少引き攣った表情をしているシャルロットは改めてラルフと呼ばれた魔族に視線を戻す。
元々長寿の傾向にある魔族は短くても数百年、長いと1000年以上の寿命を持つ。
肉体の成長は基本的に人間と同じで成人と見なされる16歳まではほとんど人間と同じか、または少し早いほどの速度で成長し、その後はその肉体のまま肉体の老化が緩やかに進むのだ。
なので基本的に魔族はその年齢の割に若々しく見え、そして老人などと見えるのはほとんどが死に、寿命に近い魔族だけである。
かく言うミリアグラやウルズ、ギリムもすでに数百と年齢を重ねており、またその年齢に相反するようにその肉体は若々しいのだ。
それらを知っているシャルロットからすると初めてと言っても差し支えない老人である魔族のラルフ。
地球では祖父母に可愛がられていたこともあり、どこか親近感が湧くシャルロットであった。
「ほう、こいつぁまた・・・」
そんなウルフはまじまじとシャルロットを見つめる。その瞳には老いを感じさせないほどの強い力がこもっており、見つめられたシャルロットも少しばかり圧力を感じた。
「なるほど、確かにこいつは魔王たる力を秘めているのかもしれんなぁ」
そう言うとどこか納得した様子のラルフは視線をミリアグラに戻す。
「それで、何の用だ?」
宮廷鍛冶師とも言える鍛冶師工房に国の重役が顔を出したのだ。何も用事がないはずがない。
「ええ、それがシャル様が腕のいい鍛冶師を紹介してほしい、おっしゃりまして」
そう言って視線が集中するのは言いだした元凶であるシャルロットだ。
そんな一同の視線を集めながらもどこか達観した様子のシャルロットは一歩前へと進み出る。
「シャルロット・ユグドラシルです。今日は鍛冶師の方に作って頂きたい物があり、ミリーに紹介していただきました」
礼儀正しくそう挨拶したシャルロットに目を丸くするラルフ。長く生きている彼にとって子供とはもっと自由奔放なものであり、また礼儀などという言葉がどこか抜け落ちている存在だと思っていた。しかしながらその考えは目の前の一人の、それも5歳の子供には当てはまらないようである。
「ほう、礼儀正しいな坊主。俺はこの工房を任せられているラルフってもんだ。皆には親方って呼ばれてる」
そう自己紹介したラルフ。その瞳にはどこか品定めでもするかのような鋭さが戻っている。それは先程のシャルロットの一言。職人としてのプライドを持つラルフにとってとても興味を惹かれる言葉だったのだ。
「それで作ってほしい物ってのはどんなやつだ?」
すでにラルフの視界にはミリアグラなど周囲の風景は消え、目の前に佇む一人の少年へと向けられている。
そんな鋭い視線と言葉を涼しそうに流したシャルロットは笑顔のまま呟いた。
「新しい交通の、そして技術の革命を起こせる大規模なもの、ですよ?」
そうにこりと微笑む可愛らしい顔とは裏腹にラルフはなぜか背筋がぞくりと撫でられるような感覚に襲われたのだった。
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