第04話「即位と始まり」
お待たせしました。予定よりも少し遅れてしまいましたが、第04話の更新です。
それからの日々は忙しい、という言葉に尽きた。
魔王になる宣言をしてしまった手前、音を上げることを良しとしなかったシャルロットは死に物狂いに日々を過ごしていった。
その忙しかった一つの原因として挙げられるものがようやく執り行われる。それは
『ただいまより、魔王シャルロット・ユグドラシル様の即位式を会式するっ!』
巨大なヘルヘイム城、その大テラスから魔術の力を使い、ウルズの大声が城下一帯にまで響き渡っていた。
そう、シャルロットの魔王即位式が盛大に開催されていたのだ。
眼下に広がる城下町。そこには今までに集まって来た魔族のすべてが集合している。
「多いですね」
そんな城下を見下ろしながらシャルロットは興奮したように言葉を発していた。
シルク質の高級な布地で仕立て上げられた今日の式典用の衣服に身を包み、そこから見える顔は笑みを浮かべている。
「ええ、今日は魔族のすべてが待ちに待った日ですので。恐らく全員集まっているのではないでしょうか?」
そう答えるのは同じく式典様におめかししたミリアグラである。
自分頭髪と色を合わせた厚手の生地のローブを身に纏い、その下からは薄手のドレスが見えている。
シャルロットにとってはお風呂などにも何度も一緒に入ったことから既に興奮、などという領域にはいない。しかしながら周りを取り巻く衛兵たちにとっては目に毒だろう。それほどに妖艶な空気を纏っていた。
「どのくらいの魔族がいるのですか?」
シャルロットは生まれてこの方一度もヘルヘイム城から出たことが無かった。それは自身の身の安全の為、という名目が一番強く。また過保護な幹部たちが全会一致で決めていたのだ。
そのため城下町に一度も足を運んだことが無く、またそこに住む住人の姿を一度も確認したことが無かったのだ。
「そうですわね、私の記憶が正しければ5万と少しだったはずですわ」
5万人。地球ではちょっとした市町村ほどの人数であるが、この世界の技術水準などを顧慮した場合は相当に大きな町になるのだろう。
「5万人、ですかぁー」
そう感心したように城下を眺めるシャルロット。その瞳に映っているのは国民としての住民なのか、はたまた違う意味合いを持つのかはシャルロット自身にしかわからない。
そんな話をしている間も式は粛々と進められ、普通であるならば演説などもあるのだろうがいかんせんシャルロットは幼い。
長命な魔族の中では特にその年齢は目立つ。なので顔を見せるだけで終わり、演説と言う物は行われなかったのだ。
実はこれは幹部連であるギリムを筆頭に過保護隊が以前より仕込んでいた物でもあった。
そんなこともあり、シャルロットは国民になるであろう城下町の魔族に向かって楽し気に手を振るだけにとどめたである。
3か月後。
「暇、ですねぇー」
魔王シャルロットの自室として与えられた部屋。そこは以前からシャルロットが使っていた部屋であり、魔王に即位と同時に様々な物が増えていた。
しかしながら元から広大な広さを誇っている居室である。そんな部屋にいくら運び込まれようと早々部屋を圧迫することなどは無いのだ。
その他にもこの部屋にはお風呂からトイレ、果てはキッチンまですべてこの部屋で過ごせるように改造されており、最悪部屋からでなくとも十分に過ごせるようになっている。
シャルロットも魔王に即位するまでは比較的忙しい日々を過ごしていた。しかしながらそれは一時的なものであり、現在に至っては日がな一日をゴロゴロと過ごしていたのだ。
もちろんミリアグラによる魔術の勉強やギリムによる内政の勉強、そして身体的な訓練でもあるウルズの剣術の勉強などは毎日行っており、しかしながらあふれ出るような体力を持つシャルロットにとってそれは物足りないものだったのだ。
各勉強の復習をしようにもミリアグラ曰く
『もうすでに私よりも上位の魔術師の力を持っていますわ』
と、少し悲しそうな表情を浮かべ。またギリムに至っては
『なっ、こんな革新的な政策があっただと!』
と髪をかき乱しながら部屋を駆け巡る始末である。原因としてはシャルロットが己が持つ地球の知識を遺憾なく発言しているだけであったが、それは仕方が無い事だろう。
そして最後であるウルズの剣術指導だが
『むう、危ういのう。このままだと早々に抜かれてしまうかもしれん』
と自身の訓練に時間を取り出してしまっていたのだ。
それらの事があり、実質的にシャルロットは暇になってしまったのである。
「暇ですねぇー」
先程と同じ言葉を吐き出すシャルロット。
地球に居た時であれば日がな一日アニメを見たり小説を読んだり漫画を見たりと精力的に活動していたのである。しかしながらこの世界に創作、というものはなくもないが圧倒的に少なかったのだ。
その量はすでにすべてを読破してしまっているほどであり、またどれもがまるで古典のような内容だったのであまり面白いものではなかった。
「そろそろ、新しい事を始めたいですねぇ」
新しい事。それはシャルロットが魔王になると分かった時点でまるで流星の様に脳内を駆け巡っていたアイデアの数々だった。
「しかし、ファンタジーの王道である内政チートは有能なギリムがいるのであまり役に立たない」
現実はそうそう簡単ではないのだ。1000年以上も暮らす魔族の知識の集合はなかなかに高いものを持っていた。それは魔王というまとめ役が居なくとも政治が回っていたという事実が裏付けている。
「そして次に来る戦争ですが、この世界は平和ですね」
そう地球で言う異世界、ファンタジーと言う物は常に戦いが付き物だった。
ある物はチート言えるだけの力を振り回し圧倒的な勝利をおさめ。またある物は銃を作り出し、無力な人間を頂点へと押し上げた。
このように様々な戦いが創作の中では行われてきていたのだ。そしてそれらを好んで読んでいたシャルロットにとってこの世界は平和過ぎたのだ。
「確実に敵、と言える勢力が、まずいません。それに通常は敵たりえる魔物がこの土地に少なすぎる。まあ魔素の問題があるのでしょうが」
ユグドラシルを中心に置くこのヘルヘイム城は周囲に濃度の高い魔素を撒いている。そしてその魔素は魔族にとってはその程度の濃度など気にするものでもないがその他の生物にとっては非常に問題となるほどのものなのだ。
「でも戦力を整える、というのは面白そうですね」
シャルロットがこの国をパッと見た限りではその技術水準はほとんど中世と変わらない。魔術という比較できないものも存在してはいるがそれらは主に生活を支える、という役目には当てはまっていない。
それらを短期間のうちにすでに看破していたのである。
「身を、そして国民を守るというのは王たる僕の役目ですものね」
そうどこか嬉しそうな表情を溢しながら立ち上がるシャルロット。彼の辞書の中に大人しく、などという言葉は存在していないのだ。
思い立ったら即行動。これは此方の世界に来てから特に目立つほどに現れている。
「ミリー!ミリーはどこですかー?」
こうしていつもの様にそしてこの世界では初めてと言えるであろう小さな魔王の暴走劇が始まったのだった。
明日の更新は夕方18時以降になる予定です。では次の更新までしばらくお待ちください。