第03話「勉強」
お待たせしました、第03話の更新です。
シャルロットは5歳になった。
この頃から様々な勉強が始った。
なんの勉強かというと彼ら魔族の王たるべくの勉強である。
「あのギリム?なんで魔族の王なのですか?」
まず最初にシャルロットが思ったのはそんな疑問だった。
5歳になるまでにあらかたの常識は学んできていた。それはミリアグラやギリム、そして将軍と言われる魔族の大男であるウルズの3人に話せるようになってからというもの徹底的に質問攻めにしてきたからだ。
その他にも城にある巨大な書庫に籠り、暇な一日を読書で過ごしていたのだ。
言語に関しては赤ん坊の有利とも言える柔軟な頭のおかげですぐに習得し、3歳の時点で読み書きまでできるようになっていた。
そんな天才ぶりも彼らを親バカたらしめる要因の一つだったりするがまた別の話である。
そんな事もあり、この世界のあらかたの知識はすでに有しているシャルロット。そんな彼は一つだけ聞いていなかったことがあった。そう自らの出生についてだ。
すでに魔族の特殊な生まれ方については理解している。しかしながらそんなシャルロットは自らが他の魔族とは扱いが違っていることに気づいていたのだ。
しかしながら気になってはいたものの問いただすことができずにいた。それは彼らがなぜか隠そうと振舞っていることに気がついたからだ。
「そう、ですね。まずはシャル様の出自から語らねばなりません」
シャルロットの出自。それは今まで語られることが無かったことだ。
「さて、ではまずユグドラシルという言葉を御存じですか?」
問いかけられた質問はごく当たり前であり、知らない者はいないであろう質問だった。
「はい。ユグドラシルというのはこの大陸の名前であり、またこの城の中心部を通る巨大な樹木の名前です。別名“世界樹”とも呼ばれています」
「はい、予想以上の返答ですよ。そうです、このユグドラシル、その樹が持つ特殊な役割、と言う物をシャル様はご存知でしょうか?」
ユグドラシルの持つ特殊な役割。それは通常の樹では到底真似することが出来ないほどの物である。そしてそれはこの世界の根幹を支えているものでもあった。
「はい。ユグドラシルは多量の魔素を太陽の光により生成し、世界へと循環させています。ですのでこの樹の周りには潤沢に魔素があふれている、のでしたよね?」
「はい、正解です。ユグドラシルの樹には通常の樹木とは違い日の光を魔素に変換する特殊な構造をしています。未だにその原理は解明されていないのですが、それは今は置いておきましょう」
そういいギリムは一息つく。そして意を決したようにシャルロットに視線を向けた。
「では通常の魔族というのはどのような状況から生れ落ちる、と言われているのでしょうか?
「はい、それは多分に魔素を含んだ土地にまれに生れ落ちると・・」「はい、それは多分に魔素を含んだ土地にまれに生れ落ちると・・」
「正解です。ではそんな魔素を多分に含んだ土地としてユグドラシルは当てはまりますか?」
答えは簡単である。この世界の魔素生成器とも言えるユグドラシルの樹の周りが魔素を多分に含まない筈がない。
「当てはまります!では殆どの魔族はこのユグドラシルの樹の近くで生まれたのですか?」
そう考えが行きつくのも仕方が無い事だ。それほどに単純明快な答えは無いだろう。しかしながらこの世界の摂理は少しばかりひねくれていたのだ。
「いえ、ことはそう単純ではありません。我ら魔族はこの土地よりはるか遠くからの移民がほとんどを占めます。その答えとしてはユグドラシルの近くは魔素の濃度が高すぎるからです」
そう言うと、ギリムは机からごそごそと何かを取り出した。
「これは、何かわかりますか?」
そう言ってシャルロットに差し出されたのは何の変哲もない石だった。手のひらに乗る小さな石はどこにでもあるような色合いの石に見えた。
「これは、ただの石では?」
しかしそんなただの石を出すわけがない。
「これはあまり公には知られていない事なのですが、この石は魔素の拡散を抑える力を持っているのです」
その言葉を聞いたシャルロットの表情が一気に変わる。
「それはっ、それはもしかしてこの城自体が・・・」
「そうです。この城が作られた理由。それはユグドラシルから拡散される魔素が多すぎるため、それを抑える役割を果たしているのです。我ら魔族はこの程度何ともありませんが魔物でもない人族など他の種族にとって多量の魔素は毒以外のなにものでもありません」
このヘルヘイム城の建設理由。それは公には強すぎる力ゆえ行き場のなかった魔族の集落という事だった。しかしながら実際には魔素の過剰供給によって魔物の過剰繁殖やその他生物への悪影響を抑えるためだったのだ。
「この城を建てた当時から私はいますが、当時の濃度に比べると10分の1ほどまで下がっています。まあ、ユグドラシルから遠く離れてしまえばそこまでの変化はありませんが、この世界全体に行き渡る魔素の量の減少には成功したのですよ」
そういうギリムの表情はどこか誇らしげである。しかしながら幼い頃からミリアグラにボコボコにされる姿を見てきたシャルロットにとってそれはどこか可笑しな光景だった。
「で、それが僕の出生にどう関係しているのですか?」
ここでようやく話の最初に戻る。そう、最初の問いかけをシャルロットは忘れていなかったのだ。もちろんそれはギリムも同じであると、そう思いたいシャルロットだった。
「そ、そうでしたね。では一つ問題です。生成する魔素を堰き止められたユグドラシルはその余った魔素をどのようにしたのでしょうか」
再びの問い。しかしながらすでにその問いはシャルロットの脳内にて考えられていた事だった。つまり、その答えは
「魔素溜まり・・・・その液体化、ですか」「魔素溜まり・・・・その液体化、ですか」
「そう、その通りです。城が出来た初期の段階では現在祭壇が祭られているあのウロには魔素が液体化した、僕は仮に魔素液と呼んでますが、それらの存在は確認されておりませんでした。しかしここ100年ほどで濃度を増した魔素によりあのウロに溜まる様になり、発見されるに至りました。今までも洞窟などごく一部の場所に魔素液が溜まることは確認されてきました。しかしながらユグドラシルのウロに溜まる魔素液のそのスピードは異常につきた。そしてその濃度を増大させたある日、光り輝きだしシャル様、貴方が生まれたのです」
そう言うとギリムはシャルロットの様子を伺う。これまでは何度か尋ねられた出生の秘密。それをようやくシャルロット本人に話すことが出来た。これは生まれた時より決められていたギリムの役目でもあった。
「そう、だったのですか・・・」
いつもよりもどこか暗い声。その声を聞いたギリムは表情を歪める。やはり5歳という年齢での説明は早すぎたのだろうか。そのような思考がギリムの頭の中をよぎる。
しかしその思いとは裏腹にシャルロットはどこかスッキリしたような表情になっていた。
「これでスッキリしました。本では人間などの生まれる原理はすでに理解していたのですが、魔族の出生ことについてはあまり書かれていなかったので、少し驚きましたが」
そう言うと、改めて椅子に座りなおしたシャルロットは涼し気な表情でギリムに向き直る。
「それで、その事と僕が魔族の王たる理由をそろそろ教えてくれませんか?」
以前からの約束であり、ギリムにとってミリアグラとウルズなど名だたる幹部の中で決められたことだ。それはシャルロットがどのような存在であるか、という事である。
「はい。ではお話ししましょう。先ほどシャル様は唯一ユグドラシルから生まれた魔族である、という事をお話したかと思います」
その言葉を可愛らしい表情とサラサラな黒髪を揺らしながら興味津々で聞くシャルロット。その姿に一瞬目を奪われていたがすぐに正気に戻るギリム。
「おほん、では魔族の強さとはどの内容によって選定されていると思いますか?」
ここで少し話題を変えるギリム。いきなり話が変わったことに首を可愛らしくかしげながらもシャルロットは健気に答える。
「肉体の、強さですか?」
そこ答えは日ごろからウルズによって鍛えられている剣術の最中に耳が痛くなるほど聞かされている言葉だ。
「この際ウルズの脳筋は置いておきます。その他に、どの様な条件があると思いますか?」
まるでなぞかけのような問いに小さな頭を必死に回転させるシャルロット。そして出てきた答えは
「保有魔力量、でしょうか?」
魔族が多種族よりも優れている点。それは肉体の強度もそうであるがそれら肉体の強化を促している根源、そう魔力である。
魔族には魔素変換器である角が存在している。そしてそれらによって多量に生成される魔力は体内に蓄積され、主に肉体強化に用いられるのだ。
それはシャルロットのような子供にも当てはまり、一般的に成人と言われる15歳を過ぎる頃には普通の魔族であれば直径1メートルほどの大岩でも持ち上げることが出来ると言われている。
「正解、とも不正解とも言えます」
少し嬉しそうに言うとギリムは自身の角を指さした。そこには艶やかな茶色の真っ直ぐと伸びた角がある。
「正解は角、です」
魔族にある角。それは魔族だけにしかない重要な器官でありながらその力の根源でもある。
「角は以前まではその大きさによって生成魔力に差が出ると言われてきました。しかしシャル様が生まれ、その理屈がひっくりかえりました」
そう言ってギリムは失礼します、と断りをいれてからそっと優しくシャルロットの角に触れた。
そう、そこには他の魔族とは違う白く、そして半透明に淡く光る角が存在していたのだ。
「シャル様の角を研究し、これまでの魔素の研究の結果を照らし合わせた結果、魔族の強さそれは角の持つその魔素変換率にあると分かりました」
聞きなれない言葉。それをすぐに聞き取ったシャルロットは質問する。
「魔素変換効率、ですか?」
「はい。それはいままで盲点だったモノです。僕達魔族の角は例外なく魔素を魔力に変換しています。それは起きている時もそして寝ている時もです。ではその変換される前の魔素を10と仮定します。そして魔力への変換後には元の半分以下である5とする。すると変換効率は半分である50%となります。以上のことが分かったのです。これらを変換効率と考え、シャル様の角で測ったところその効率は90%を超えていました。我ら魔族の中でその効率は脅威であり、一番高かったミリアグラでも45%で一番低い者だと10%も行きません」
そいうギリム。どうやら自身の効率を教えないというのはあまり高くなかったのだろう。
「まあ一概に効率うんぬんで生成される魔力に差が出るとは言えませんが、純度など様々なことに影響していることが判明したのです。それで最初の話に戻りますが、シャル様が魔族の王、魔王としての理由としましては一つ族長である長老様の予言 二つ唯一のユグドラシルからの出生 三つ飛びぬけた角の魔素変換効率など様々な理由があります」
そう結論づけたのだった。
「はあ、まあ納得、はしませんが理解はしました。でも、魔王って以前もいたのでは?」
そう、魔王と聞いたときからふと気になっていた事だった。
「魔王、それは僕達魔族を導く存在です。それは今まで魔族1000年以上もの歴史のなかで一度も現れておりません。ですがその頃からすでに予言にて将来魔族を率いる存在が現れることが予見されていたのです」
予言とは曖昧な、とシャルロットは思った。しかしながら科学が発達した地球ならいざ知らず、このようなファンタジー世界にとっては希望なのかもしれないと思い返し口を閉じた。
「ですのでユグドラシルから魔族が生まれると知った時、皆思ったのです。この方こそ我ら魔族を率いるお方である、と」
シャルロットにとっては何とも大きな話である。しかしながらそれも面白いかもと思い始めていた。それはなんせ
「ファンタジーでの魔王とは勇者と正反対ですが、一種の王道ですからね」
そう小さく呟いたのだった。その呟きはギリムに聞かれる事なく、溶けていく。
「もちろん今のシャル様には僭越ながらまだ荷が重いと思っています。ですのでシャル様が立派に成長なされるまでは僕たちが全力で支えます。ですので・・」
そこから先はほとんど懇願に近いものだった。なんせ1000年以上も前からの願いがようやく叶ったのだ。これはギリム一人だけではなく魔族全体の願いでもある。
「はい。僕も魔族に生まれた一員です。微力ながら力を尽くしましょう!」
そう笑顔で答えたのだった。
そしてその笑顔の裏でどのようなことを考えていたのかなどギリムを始めとして誰一人として気づくものなどいなかった。
こうして小さな魔王の暴走が始ったのだ。
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