第02話「誕生する」
お待たせしました、第02話です。
浮上する意識。
それを確かに感じながらもその存在はその心地よさに僅かに高ぶる興奮をなだめ、そしてその瞳を開けた。
まず、最初に目にしたのは驚くほどの光量である。
眠りから覚めたばかりなのか、それともまた別な理由なのかはわからない。しかしながらいきなり目の前に広がる空間は光に満ちていた。
覚醒した意識はその光量に驚きながらも徐々に慣れていく目の前の光景に目を奪われる。
目が慣れたのか徐々に見えてきた空間。そこはとても見慣れていた空間とは異なっていた。
まず光源である謎にあたたかな光。それらは液体状のものであり、そしてそれらは自ら発光しているのだ。
そしてそれらが照らすその空間は異様と言っても差し支えない場所だった。
飾り気も何にもない木の壁。しかしながらそれらは光る液体によって神々しく照らされており、どこか神聖な雰囲気を漂わせている。
そしてどこか樹の中、とも言えるような空間であり、意識の中にある記憶の一部にウロという言葉が出てくる。そう、まさしくその場所は樹の中であった。
そしてそんな場所に一際異様と言えるのが覚醒した意識の目の前にいる存在。
白のドレスを身に纏い、長く赤い髪を床まで垂らすように流している女性だ。
彼女は美女と形容しても足りないほどの美貌と、それらに負けないほどの妖艶な身体を持ち、大きすぎずまた小さくもない二つの双丘は存在を強調するかのようにドレスを下から押し上げている。
そんな美女を異様と言いたらしめている理由は頭部にあった。
そう自身の真っ赤な髪に負けないほどの赤く彩られた角、としか表現できない突起物がついていたのだ。
その突起物は何の変哲もなく角と呼ばれ、しかし彼ら魔族にしかなく、また彼らを彼らたらしめているモノだった。
「おはようございます、シャルロット・ユグドラシル様」
静かに呟かれた言葉。それは目の前の美女から呟かれた言葉だった。
鈴を鳴らしたかのような凛とした声と、どこまでも透き通る透明性に覚醒した意識は驚きを覚える。
短く呟かれた言葉がまるで歌声を聞いたかのような感覚を覚えたからだ。
「失礼いたしますわ」
美女は跪いていた体勢を解くと覚醒した意識に近寄って来た。
流れるような綺麗な動作を得て近寄った美女は何かを抱き上げるようにして、持ち上げる。その際にどこから取り出したのか真っ白な毛布を取り出していた。
そして、ようやくその段階において覚醒した意識は現状を把握したのだ。
「あう、あぅぁー」
覚醒した意識、前世である間宮 良助、そしてこちらでの名前であるシャルロット・ユグドラシルは赤ん坊だったのだ。
美女との体格の対比、そして軽々しく抱えられかつ口から発そうとする言葉は言葉にならず呻き声の様になる。
「あらあら、申し訳ありませんわ。ですが少々我慢下さい」
美女は良助、シャルロットと呼ばれた赤ん坊が発する声を嫌がった声だと認識したのだろう。困ったような、そして少しうれしそうな表情を見せながらもゆっくりと歩き出す。
そんな美女の腕の中に抱えられ、豊かな二つの双丘がすぐそばにありながらもシャルロットは冷静に考え始める。
まずは現状である。
第一に考えたのはなぜこのような赤ん坊の姿になっているのか、という事である。
確かに残る記憶の最後は自分の命とも言えるアニメを見終わり、戦争のような実況を終了し、布団に入ったところまでだ。
だとするとここは夢なのか、と自問する。しかし
「あうぁ?」
自らが発する要領を得ない言葉に困惑しながらも、その感触から夢ではないと結論づける。それは体の背面であり、美女から伝わる熱と心音そして鼻孔をくすぐる甘い香りなど五感から得る情報からであり、夢とするのには少しばかり無理があったからだ。
ではどうして、と次の疑問が浮かぶ。
どうしてこんな状況に陥っているのだろうか、と。
状況としては夢にまでも見たアニメの、ラノベの、マンガなどの二次元の創作の中の世界である。
それはこの摩訶不思議な状況と視線の先にいる絶世の美女。その美女の頭にはどう見ても本物の様に見える角が見えているからだ。
それらの情報を統合した限りファンタジーの世界に入り込んでしまっていることは否定できないだろう。
「シャルロット様、少しの時間ですが我慢下さい」
いつの間にか歩みを止めていた美女。
そんな美女はそう優しく問いかけるとシャルロットを抱えていた体勢を変え始める。
シャルロットの脇の下に手を入れる形で持ち上げる。すると今まで美女の顔のみに固定されていた視界が不意に広がった。
「あう?」
いきなり変わった視界に多少の驚きの声を溢しつつも現状を確認する。
二人がいたのは祭壇の上だった。
地球で言うところの祭りなどの会場などにあるステージ。
材料は主に石材であり、造りも何倍も凝った造りをしているのだが、ステージと言い表した方が最適であろう場所だ。
そんな場所から見下ろした周囲には数十人の人々が跪いていた。
否、人とは違った何かだ。その何かはシャルロットを抱き上げる美女と同じ角を有しており、しかしながらそれ以外は人間と全く同じ存在だ。
そんな謎の儀式を終え、1月ほど月日が流れる。
シャルロットは見た目と何も変わらず本当に赤ん坊だった。
食事をするにも、排泄を行うにも一人ではできない。それらの手伝いはすべて最初にシャルロットを抱き上げた美女が行っていた。
ここひと月ほどでシャルロットも現状を把握してきていた。
まず今もシャルロットを抱える美女の名前である。
彼女の名前は初め周りから大魔術師などと呼ばれていたためそれが名前だと思っていた。しかしひと月も共に暮らせばそれが間違いだったことに気づく。
ミリアグラ、それが彼女の名前である。そしてアークフェンサーという名前が称号を表すものであるという事を覚えた。
その他にも驚くことが多すぎた。その為もうほとんどの事では驚かないが中でも最も驚いたのが自身の容姿である。
幸運なことにこの世界にも鏡が存在し、早いうちに自身の姿を鏡で見る機会があった。
そして移り込んだ自身の姿に心底驚かされたのだ。
姿自体はすでに赤ん坊であるという事は認識している。しかしながらどこか地球で見覚えのある赤ん坊の姿であると認識していたのだ。
だが現実は違った。頭髪は黒、これは以前と変わらない。日本人であればほとんどの確率で濃度の差はあれ黒が一般的だ。だがいささか黒すぎる頭髪の色だ。
だが、一番違う場所が角であった。
シャルロット自身も周りの大人たちの姿からある程度予想はしていたがいざ自分の頭に角が生えているとなると些か以上に混乱するのだ。
頭に生えていた角は白。そう真っ白にそしてなぜが僅かに透き通った角だったのだ。
そんな角は多くの大人たちを見てきたシャルロットにとっても初めての色であり、透き通るというのは珍しいを通り越して唯一である。
そんな生活を過ごすうちに驚きなれていくのはしょうがない事だろう。
3年の月日が流れた。
「ミリー」
シャルロットはついに言葉を話せるようにまで成長していた。
3歳という幼さでここまでの成長速度はひとえに前世のなせる業であろう。しかしながら頭はすでに成人を越えているかもしれないが肉体は未だに3歳児の領域を出ていない。なので必然的に
「こらシャル様、走っては転ばれますよっ!」
このように周りから心配する声が飛んでくることになるのだ。
ユグドラシル大陸中央部にあるヘルヘイム城。その中を元気に走り回る子度のもの姿がある。もちろん子供などこの城の中には一人しかいない。
先頭をまだ3歳とは思えないほど軽やかな足取りで駆け抜けるシャルロット。そんな子供の後ろを走るのは眼鏡をかけた細身の男性だ。
「だってぇギリムのおはなしつまんなーい」
後ろから掛けられる叱りの言葉も3歳の子供には届かない。いや、理解はしているそしてからかっているのだ。それを知っているギリムともう一人の人物は小さく笑いを溢す。
「可愛いシャル様、そんなことを言うとギリムが可哀想ですわよ?」
その人物とはシャルロットのゴール地点でもあったミリアグラである。
乳母の仕事に近い役割を得てシャルロットの身近な人物にあげられる彼女はシャルロット甘やかし隊の筆頭でもある。
「ミリアグラ、そんなに甘やかすとシャル様の為にならないよ?」
ため息をつきながらようやく追いついたギリムはそう呟く。
「あら、ギリム貴方も人の事が言えまして?」
そう、かく言うギリムも日頃は部下から鬼とも呼ばれている存在なのだ。そんな彼もシャルロット相手になると強く出るどころか折れている始末である。これを甘やかし、と言わずしてなんと言うのだろうか。
「そうですよギリム。だってさっきおかし、くれましたよね?」
ニコニコとした笑顔?でミリアグラの後ろから先ほどの幼い叫び声とはうってかわって大人びた口調でしかしどこか舌足らずな発声で意見をいうシャルロット。この喋り方が本来のシャルロットの口調なのだ。
そんな姿に頭を抱えつつギリムはしゃがみ込む。そして声を小さくしながらシャルロットに言葉をかけた。
「それは先程内緒にすると約束したではありませんか。でないと・・・」
言葉はそれ以上続かなかった。いや、続けることが出来なかった、という方が正しいだろう。
「あらギリム?」
何処からともなく、般若が登場していた。
「・・・・・ミリアグラ?」
額からなぜか暑くもないはずなのに汗を流しつつ後ろに下がるギリム。彼の命は風前の灯という状況なのだ。
「もうそろそろ夕食の時間ですのに、お菓子とはいったいどういう事でしょうか?」
彼女、ミリアグラはシャルロットのすべてを把握している。それは管理も同時に行っているという事だ。
もちろん厳しい制限を設けているわけではない。数十年ぶりの魔族の子供。しかも歴代で最も重要な子供であり、存在なのだ。
そんなシャルロットに厳しくできようか。答えは否だ。だからこそ制限は大人側に設けられたのだ。その一つとしてお菓子の摂取制限である。
成長期であるシャルロットの為に食事には細心の注意を払っており、糖分の砂糖の塊であるお菓子を多くとることは望ましくない。その観点からもお菓子はなるべく摂取することを控えさせているのだ。主にミリアグラの命令によって。
幸いなことにシャルロット自身もお菓子を自ら求めることはあまりない。
その様子から我慢しているのだと大人たちは勘違いしているのだがシャルロット自身にはそんなつもりはない。お菓子が嫌いなわけではない、ただ甘党ではないだけだ。
そんなこともあり、お菓子を与えることはある程度制限されているのだ。
そんな制限をしかも夕食の直前に破るなど、彼女の琴線に触れたのだろう。
「い、いや、そうは言うがなミリアグラ。シャル様ご自身が望まれたことであって・・・」
そう苦し紛れに言葉を発し、その根源であるシャルロットに助けを求めようと視線を向けるギリム。しかしそこにはすでに影すらなかった。そうすでに逃走済みなのである。
「シャ、シャル様・・・・・・」
一人残されたギリムは断頭台に一人残された状態で夕食が始まるまでミリアグラからのお説教を受けることになるのだった。
さて、いよいよ生まれましたね。まあここの描写は色々と考えたのですがシンプルに行きたいと思い、こういう結果↑になりました。
では明日の更新は今日より少し早めの16時前には投稿したいと思います。