勇者詐欺~私がついてますって言ったから…!
小宮慎太郎は高校生だ。
特段勉強ができるわけでもないし、運動神経がいいほうじゃないし、ジョークがうまいわけでもない。
逆に悪いわけでもないので、クラスでも休憩時間になればワイワイ話す5人の友だちがいる。
ただ、親友ってほどではないので、学校の外だと月一くらいしか遊びに行かないし、自宅に呼ぶことはあんまりない。
特段不満のない生活だけど、幸せかと言われれば首をかしげる。
じゃあ、どうなれば満足かと言われれば、答えは出ない。
……
たぶん、特別な人間にでもなれば変わるんじゃないかなーと思いつつも、クラス一のモテ男、相良イケルを見ていると思うが、しょっちゅうまめにみんなに連絡をとったり、ほとんど長さの変わらない女子の髪型にも気づかないといけないと言われると、なりたいかなりたくないかで言えばなりたくない。
そう、変わる努力はしたくないが、変わったらなんか幸せになれるかも! と思う人間だった。
ただ、別にそれって、宝くじ当たったらハッピーだよねレベルの話で、結局現実的な話ではない、まあ、妄想遊びで現実にしてやろうとか、そんな気はさらさらなかったから、何に影響もないものだった。
――脳内に『異世界転移しませんか?』と可愛らしい少女の声が聞こえなければ、だけれど。
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『慎太郎さん! いえ、勇者さま! そんなわけで、こちらの世界に来ませんか?』
「そんな訳と言われても……キミは誰なの?」
それはある土曜午後のことである。
新作ゲームを買ってみたものの、くっそ長いプロローグと、ついていけないハイテンション正義感の主人公にゲンナリしてセーブもせずに電源を消してベッドにばふりと寝っ転がり、天井を見上げてぼんやりしていたときだ。
頭のなかに、アニメ的な可愛く甘い声が響いてきたのである。
びっくりして辺りをきょろきょろと見渡しても誰もいない。
携帯電話を手にとっても、通話してない。
ありえない! と驚きつつも、声に答えたところだ。
喋った瞬間に俺ナニを喋ってるんだろうとまたキョロキョロしても、母親は買い物だし、弟は部活と誰もいないのだから、聞いてるものもいない。
いや、いる。
『私の名前は、アルファーシア王国第一王女、シークレア・マグレアノア・シアントフォン・アルファーシアです。勇者さま、あなたに我が国の滅びの運命を救ってほしいのです。それができるのはあなただけです』
返事が返ってきた。相手は初めて聞く声で、初めて聞く地名で、初めて聞く名前だ。
特に名前は二度言える気がしない。
「え、もう一度名前を言って?」
『もう。シークレア・マグレアノア・シアントフォン・アルファーシアです。シアとお呼びください』
初対面の……いや、顔すら見てないが、可愛い感じの女の子相手である。
許可をもらっても、呼び捨てなどできそうにない。
「あの、シアさん。だけど、俺、普通の高校生ですよ。特に何か秀でてるところないし……」
『いいえ! あなたこそが滅びから我が世界を救える人材であると確信してます。だからこそ、こうやって直接お願いさせていただいているのです。あなたは特別な人間です!』
「……俺だけが? 俺が、特別な人間だって?」
『はい! こちらとは世界の違いで、多少不便をおかけする面もあるでしょうが、私が誠心誠意、隣でサポートさせて頂きます!』
「そんなこと言って、呼ばれたらひのきのぼうと100ゴールド渡されて城から追い出されたりするんじゃ……?」
『まさかまさか! 既にお住まいもご用意させていただいておりますし、ゴールドというのがどのくらいの貨幣価値かわかりませんが、一般収入の5倍は毎月出ささせていただきます! それに、慎太郎さまが稼いた分は自分のものにしていただいてもちろん構いません』
家持で、高給取り…だと?
年収300~500万と考えて、その5倍なら……1500~2500万!
ボーナスはないんだろうが、そのへんは自分で稼いだ分が上乗せされると考えれば……。
どう考えたところで、自分が社長になったり、スポーツ選手になったりすることはできるはずがないのだから、これは……チャンスかもしれない。
第一、この可愛らしい声の主がサポートについてくれるのだ。
あ、でも……。
「シアちゃんって……その、かわいい?」
ここは重要だ。
声だけ可愛いが、全身鱗が生えていたり、蜘蛛だったりしたら泣いてしまうだろう。
『……自分で言うのはなんですが、外見は整っている方だと思いますよ。こちらを映せないので、証明できず申し訳ありませんが。私がご不満であれば、他のものをおつけしますので、その時はお伝えください。あと、そちらは見えていますが、特段腕の本数が違ったり、外見に大きな差異はないようです。美醜の差は小さいと思いますよ』
「なるほど……世界が違うのにすごいなあ」
『似ている世界を条件に探しましたからね』
まあ、たしかに例えば魔王を倒す勇者を召喚したとして、その勇者がドラゴンだったら、倒した後に魔王より強いドラゴンが残るということになる。
自分たちと同じ人で、近い感覚の者を探すのは当然かもしれない。
似た姿の人たちが暮らす世界なら、不満も小さそうだ。
「わかった! 行くよ」
『ありがとうございます!』
その言葉と同時に、部屋に扉が出現する。
早速と思ったが、せっかくだから、必要なものを準備したい。何も手ぶらで行くことはない。できれば内政チートしたい。脳内には何もデータがないが、ないなら買ってくればいいのだ。
準備をしたいと伝えると『好きに用意をしてください、ですが、異世界の話は誰にもしないでください』と言われた。
家族にもないしょなのか、サヨナラの後、家族はどう思うだろうか。
いや、普通な俺なんかいなくなっても大して気にしないだろうか。
異世界に行くということに熱病に冒されたようなふわふわと浮かれた気持ちに少し水を指しながらも、色んな図鑑や百科事典など様々な情報を入れたノートPCに、充電用の太陽電池、サバイバルグッズ……を買い漁る。
ためていた貯金を使い切る勢いで異世界で役に立つかもしれない物をいっぱい買い集めた。重くてひっくり返りそうなリュック。
肩に食い込む力にヘロヘロになりながら家にたどり着く。
「あれ、兄貴、なにその荷物? キャンプでも行くの?」
「……ああ、まあ冒険に?」
「ふーん、泊まり?」
「そうかも」
「へー、めずらしい。どうでもいいけど、ちゃんとご飯のことお母さんに伝えておいてよ。怒るとうるさいんだから」
「誠司は部活でよくご飯ぶっちするもんな」
「そうそう。帰ってからめっちゃ叱られるからね」
部活で毎日一生懸命の弟とのそっけない最後の会話。
こいつの毎朝、早朝に部活に出かけていく姿は輝いていて……少し羨ましかった。
俺だって。俺だって、これからそうなるんだ。変わるんだ。
だから。
「じゃ、行ってきます」
「いって……って部屋にかよ」
2階の部屋に戻る俺に、笑い声混じりの返事。
行ってきます。もう、最後だけど。
覚悟は決まった。
俺は、部屋にある扉をくぐった。
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『ようこそいらっしゃいました、勇者、慎太郎さま! 滅びの運命よりアルファーシア王国をお救いください』
迎えられたのは、映画で見るようなお城の中で、王座を中心に、左右5人位の人が頭を下げており、真ん中には、1人の少女が立っている。
はちみつのように光り輝く腰まで伸びた金の髪は柔らかく揺れ、ぱっちりと大きめの瞳が柔らかい笑みを浮かべている。
淡い水色のドレスが肌の白さと相まってまばゆい。
何より特徴的なのがスケスケなのである。
スケスケなのである。
「あ、うん」
『元気ありませんね! 異世界ですよ、慎太郎さま』
「うん。そうなんだけどね。滅びの運命って……」
威圧感を与えないためなのだろうか。
立ち並ぶのは皆、可愛らしいメイドさんなのだが、冷たい汗が流れるのを感じる。
周りを見てわかった。
何か違うぞ、これ……。
『ええ、勇者さまには滅びの運命を変えていただきたいのです。とは言え、運命と言われてもわかりませんよね? 実はある日、異世界より魔王が現れたのです。
魔王は世界を破壊しに来たのだ、と世界中に宣言しました。これを受け、教会は勇者を選定。世界各国から最高の人材が彼のパーティーとして付きました。恥ずかしながら、私もその一員でした』
勇者と呼ばれていたのだから、魔王がいてもおかしくはない。
おかしくはないけど……
「俺に魔王を倒せってこと?」
『いいえ。魔王は既に死んでおります。あのクソ……失礼しました。あの迷惑な男は魔王城に到着した私たちにこういったのです』
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「魔王、世界を破壊しようなんて許しません!」
「許しなど乞いていないとも」
「なぜ世界を破壊しようとするのですか!」
「学校でいじめられたんだ。なんでオレがこんな目にと思ったら世界ごと死にたくなった。でも、親も妹もいて死んでほしくなかったから、滅んでも問題なさそうな世界に来たんだ」
「問題しかないですよ!!!」
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「さ、最悪だ」
確かに、テストで低い点をとって帰り道に犬のフンをフンだときは世界よ滅べ、と願ったことはあるが、実行しようとするなんて。
世界を滅ぼす魔王の中でも、聞いたことないレベルで、最低の理由だ。
『こうして魔王は運命のスイッチを押したのです……。その瞬間、世界に闇色の光が降り注ぎました』
ゴクリと喉がなる。
結末は……ある程度予想が付いている。シアさんが目の前にいるのだ。
だが、だとしても、聞かずにはいられない。
「だ、大丈夫だったんだよね? 人類は光線に耐えられたり、エルフとか亜人が生き残ったんだよね!?」
『この世界には亜人はいませんよ』
思っていたのとは別の絶望――がっかり感がわくがそれどころではない。
『魔王が放ったのは人類絶滅光線……つまり』
「つ、つまり……」
『人類は既に滅びているのです!!』
「さぎだあああああ!!」
実に小憎ら可愛い、てへぺろ顔をしているシア姫は胸を……スケスケの、それこそ姫の後ろにある王座が見えるくらいにスケスケの胸を張って、既に滅びたアルファーシア王国の姫は言ったのである。
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「つまり、あまりにも理不尽で無念だったので、幽霊になってしまったと」
『はい。まあ、私達を守るために発動した守護結界と人類絶滅光線がせめぎあい、死なせはしたものの、魂は守った……のかもしれません』
「運がいいのか悪いのか……」
よく見てみれば、本来常に清潔であるべき王座の間にも関わらず、床に埃が溜まっていたり、飾られていた花は萎れて干からびてしまっている。
まともな人間がいれば掃除をしたり、花を活け代えたりするだろう。
「か、かえらせ……」
『ヤです!』
美少女のぷいっである。
可愛い女の子と合う機会など、クラスかテレビの中しかいないが、人生で一番、比較にならないほどの相手である。
生身の相手であれば土下座してこっちが悪くても許しを乞いただろう。
だが、幽霊である。
おさわり禁止なのである。言うなれば喋って語れる、ゲームのキャラみたいな……リアル2次元と考えれば……いやいや。
「そもそも、何のために呼んだのさ。どうしようもないじゃないか」
『いいえ。慎太郎さまにやっていただきたいことがあるのはホントなのです』
「出来ることがある気はしないんだけど……」
あえて言うなら、幽霊が生者に求めること……。
体を乗っ取るか、仲間を求めているのか。
どちらであっても、危機だ。
シアの優しい笑顔に背筋がゾクリと震える。
「ま、まさか……」
『そうです! 慎太郎さまには新生アルファーシア王国を築いて欲しいのです!』
「は?」
ぐっと拳を握るシアに、周りの幽霊メイドたちもウンウンと頷く。
『我がアルファーシア王国が1000年以上の時をかけて築き上げた文化、遺産、知恵を、このまま無にするのはやりきれないのです! 私たちは死にました。けど、思いを受け継いでくれる人がいれば、私達が生きた意味はなくならないはずです!』
「それは……」
姫が、メイドが、騎士が。
一人ひとり切々と自分たちが今まで守ってきたもの、作り上げてきたものを語り始める。
生きていた意味の喪失……。
なんで自分が生まれたんだろう。その答えを彼らは、自分の家族を、家を、国を守ること、そして次の人間に託すことに得ていた。
あったばかりの、それも騙した形で連れてきた彼らだけど、少しだけ、ほんの少しだけ。彼らの築いたものを受け取って、意味を受け継ぎたいと思った。
「――けど、俺一人で頑張ってもたかががしれてると思うんだけど」
寿命的な意味でも、1代で終わる。託したところで、続け先がないのは彼らといっしょだ。
『もちろん増えてもらわないといけませんからね! 我が国を救う勇者は絶賛募集中ですよ! 次は聖女募集をして、慎太郎さまの妻を見つけましょう!』
「……えぇー」
どうやら、話を聞くに、声をかけたのは俺が最初じゃないらしい。
最初は幽霊だと話を聞いてもらえなかったり、話を聞いてくれても、現状を正直に話しすぎたため、『そんな国誰が行くか!』と断られること数十回。誰にどう話すかを皆で相談した結果、勇者として、持ち上げて招く、だったらしい。
どうりでこっちの不安を覚えそうな点を潰してくるわけだ。
「まあ、しょうがない。来るって決めたのは俺の意志だし、ここまで話を聞いてやっぱり知りませんとは言えないよ」
『じゃ、じゃあ!?』
「勇者として、アルファーシア王国の滅びの運命、救わせてもらいます!」
まさかのRPGから建国シュミレーションのジャンル変更。
でも、感激して飛びついてくるシアの笑顔に、まあ、こういうのもありかな、と笑った。
――それに、嫁として呼ばれてくる子も気になるしね!
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建国は思ったよりはスムーズに行った。
そもそも、街から城まで、元々あるので家を立てたりする知識がなくてもうまくやれるというのが強かった。
それに、シアから様々な魔術を教えてもらったこともあり、イノシシだろうが、狼だろうが、魔術で一発。
なんと、俺はチートだったのである。
と言っても大半が、野生動物を追い払ったり、畑を耕したり、怪我を癒やしたりと、続々とこの世界を訪れる移民の手伝いに駆り出される日々だったが。
あれから十年。
もう今となってはこここそが故郷になった気がする。
「王様、どうしたんです?」
「いや、昔を思い出してな……」
移民はどんどん増え、異世界生まれの……いや、アルファーシア生まれの民が増えている。
結婚したり、子供を産んだりする夫婦の笑顔にほほえましい気持ちになる。
だが――
「なんで俺には恋人がいないんだ……」
そう、何十人も、何百人も聖女に釣られてこの世界にやってきた女の子はいるのに、未だに俺には相手がいないのだった。
たしかに、たしかに可愛い子がいいと、分不相応に願ったかもしれない!
でも、王様なのに! めっちゃ働いてるのに!! みんな頼りにしてくれているのに!
「誰が見ても明らかだと思うんですけど……」
宰相……と言うよりは秘書のような彼は俺を…、いや、俺の後ろにいるシアを見ている。
彼女は十年たっても見た目は変わらず可愛らしいままで、でも、一歩二歩離れた隣にいた彼女はいつの間にかベッタリと抱きつくようになった。
『まったく慎太郎さまはもてませんからね!』
「ほんとだよ! 女の子と仕事以外の会話、ここ数ヶ月シアとしかしてないよ!」
魔術を習い、魔力を感じ取れるようになってから、シアに触れられるようになった。
肉体とはちょっと違う肌触りではあるが、抱きつかれると、背中に暖かくて柔らかい感触が伝わってくる。
匂いがないことが残念だが、耳元で響くシアの声はとても甘い。
『仕方がない人ですね』
「ねえ、シア」
『はい?』
「俺は特別な人間になれたかな」
託してくれる人がいて。頼ってくれる人がいて。
けれども、時々不安になることがある。重いと感じることも。
『慎太郎さまは……私の声に答えてくれたときから、私の特別な人ですよ』
そっか。
ずっと隣にいてくれた、めげそうなときも、泣きそうなときも、泣いてしまったときもいっしょに泣いて、笑って、支えてくれたシア。
彼女の特別だったのなら。
思ったのと違う勇者であっても、胸の奥を暖かくする感覚を……特別になれた実感を得ていた。
ふと思いついて、書かずにはいられなかったとです。