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テツオルールその1

 男は静かに聞く。自分の身体の中にある心の蔵の音を。脈打つ、規則的な鼓動が生という実感をイメージさせる。目の前には光り輝くナイフを持った男が一人。


「てっちゃん」


抑揚のない声で男がテツオに声をかけた。状況から見て非常に緊迫しているのだが。声をかけた男も声をかけられたテツオも落ち着いている。筋骨隆々の体躯に小麦色の褐色肌が特徴的だ。


 「宇治金時。お前、その言い方全く心配してないだろ」


テツオこと間鉄男は返答する。


 「そんなことないよー。てっちやん、気をつけるだよー。くあぁあ」


最後にあくびをしながら宇治金時こと宇治木斗貴は眠気まなこをこすりながら言った。緊張感の欠片もない。体型は猫背でやせ型で無精ひげを生やしている。


 「おい、ちったぁ心配しとけよ。相手はナイフ持ってんだぞ」


テツオは前方にいる男が持っているナイフを指差した。刀身が光を浴びて不気味に輝いている。


 「んっ? だってさ、てっちゃんのゲンコの方が鋭いし、硬いし、つえーじゃんよ」


拳を握り、ゲンコツを落とすような素振りを見せながら宇治金時が歯を見せて笑った。ブサイクだが憎めない、いい表情だとテツオは思った。


 「おいおい、流石にそれは言いすぎだろ」


呆れつつも、テツオは相棒のリクエストに応えるかのように右の拳を握った。血管が浮き出て、血液が沸騰するかのようなイメージがテツオに流れる。


 「てめぇ、刺されたくなければさっさと消えろ」


ナイフを持った男が下卑た声でテツオに言った。テツオは男の忠告を聞いたのか、左手の人差し指を立てた。


 「お前、知ってるか?」


テツオが男に問いかけをする。


 「何がだ?」


男は突然の問いかけにさらに疑問符で返答してしまった。


 「ナイフを持ってお前はそれでオレを殺ろうってんだろ。だったらお前は覚悟しなきゃならない」

「覚悟だって? なんのだ?」


男はいまいち合点がいっていない。


 「わからねぇのか。ナイフを持ってこれから相手を刺すってことは逆に相手に刺される覚悟もしなきゃならないってことだ」


テツオは口元に笑みを作る。目の前のナイフなど見えていないかのように本当に落ち着いている。


 「はぁ? お前何言ってんだ? 何で刺す人間が刺される心配しなきゃなんねんだ! そんな馬鹿なこと誰が言ってんだよ!」


男がそう言ってナイフを握り締め、テツオに向かって突っ込んできた。ナイフ男がこっちに向かってきたのを見て宇治金時は後ろの方に柳が揺れるようなような動きで退散する。テツオとはいうと


 「意気込みだけは良しだな」


どこかウキウキとしたような表情で男が向かってくるのを待ち構えている。いよいよナイフがテツオに届くところまで来た。


 「死に晒せや!」


掛け声と共に男はナイフを一直線にテツオに向かって突き刺すような動作をする。


 「怖い、怖いわ。だがよぅ、だからどうしたってこった。怖いのはナイフ、決してお前ではないんだぜ」


ナイフが吸い込まれるようにテツオに向かっていった。あと少し、周囲にいる人々もナイフがテツオに刺さるのを疑わなかった。ただ一人、宇治金時を除いては。


 「ダァメェだぁ。てっちゃんの間合いに入ってしまったら・・・」


宇治金時は横目で二人のやり取りを見ながらつぶやいた。鈍い音が聞こえた。日常では聞きなれない音だ。テツオはナイフの一刺しをうまく避けながら男の顔面目掛けて、拳を打ち込んだ。炭鉱夫の血筋を引いているテツオならではの厚く、堅いゴテゴテした手の皮で一気に前方に力を開放する。開放された力が男の顔面を通して身体を貫通する。目の前から巨大な何かにぶつかられたような感触。言うなればブルドーザーが正面からぶつかってきたようなイメージだ。


 「ぺぎっ・・・」


男は声にもならないような声を出し、一回転して少し離れたところにきりもみしながらふっとんだ。男が倒れた地面を血液で真っ赤に染める。


 「言い忘れちまったな。テツオ流のルールって奴を。このルールは極めて明白だ。口で言っても分からないやつは身体に叩き込む。以上。ってもう聞こえてねぇか」


テツオは地面に倒れている男を見ながらつぶやく。


 「てっちゃん、おつかれ」


やじうまの中から宇治金時が姿を現した。安全な後方からこちらを見ていたのであろう。


 「お前なぁ、また安全なところで見てただろ?」


テツオは問い詰めるように聞くと


 「へへっ、オレは体力より知力派なもんで。それにあいつの居場所を突き止めたのはオレっしょ」


鼻をすすりながら宇治金時は笑顔で答えた。何とも憎めない、いい表情である。


 「まぁ、そうだけどさ。ちっ、お前のその阿呆らしい顔みてると考えるのが馬鹿らしくなってくるぜ。さぁさ、ポリが来る前に退散してオーナーに報告しに行こうぜ」


やじうまの中で警察に連絡をした者がいるのは明らかだ。テツオの経験からして十中八九通報されている。それがこの眠らない街、東京だ。


 「あぁ、あの、おやっさんはめんどくさいからぁ」


宇治金時が思い出しながら言った。


 「だろ、だから退散すっぞ!」


テツオは人ごみの中にわざと駆け込んで行く。後方からは宇治金時もしっかり付いてくる。人ごみの中に隠れて警察の目から逃れる。これだけやじうまがいるといいカモフラージュになる。


 「おっ、ちょうどサイレンの音だわ。来るぞ、なまはげ様が」


テツオは駆けながらサイレンの鳴る方向を見ながら言った。


 「ほいやぁ、乗ってるねぇ。なまはげのおやっさん」


宇治金時がパトカーの中に乗っているなまはげ様こと権田英雄を目視する。パトカーの中には鋭い眼光を放つ、一人の男が乗っている。真っ直ぐに前方を見据えている。


 「ぬぉ・・・」


テツオが少したじろいだような声を出す。


 「どうしたんだぁ? てっちゃん」


宇治金時が変な声を出したテツオに聞いた。


 「いや、今あのおっさんと一瞬目があったような気がしてな・・・」


さらに人ごみの中に隠れるように走り、言った。


 「うわぁ・・・そりゃ、怖い怖い。あのおやっさんに目をつけられたらどんな悪い奴もお手上げだぁ」


宇治金時もいつもの飄々とした雰囲気を出しながらも額には緊張の脂汗が密かに姿を現している。


 「まぁ、これだけ紛れ込んだんだから大丈夫だとは思うがな。とりあえず早くここからずらかるに越したことはない」


テツオはそう言い、さらに速度を早める。


 「だといいんだけどなぁ・・・」


宇治金時はそう言いながらさっきまで自分達がいた現場に向かっていくパトカーの赤色灯をぼんやりと見ていた。




 「お疲れ様です」


若い警官が深々と頭を下げた。その下げた頭の先にはパトカーから降りたばかりの権田英雄がたたずんでいた。


 「うむ、で状況は?」


英雄が誰とでもなく聞く。


 「はっ、じ、自分も今しがた来たばかりで・・・」


若い警官がバツの悪そうな表情で答える。


 「そうか。おいっ、犬に猪いるか?」


英雄が透き通った大声で叫んだ。


 「主任、事件すか?」」

 「主任、お呼びでしょうか? あとその呼び方どうにかなりませんか?」


生き生きとした表情の若い青年犬塚ちひろと落ち着いた雰囲気の長い黒髪の女性、猪苗代いなわしろあんこが後方から姿を現した。


 「お前ら、ここにいるやじうまから何があったか、聞き込みをしろ」


有無を言わさない迫力で英雄が二人に命令する。


 「うえ、めんどくせっ。先に到着した奴らは何をやってたんすか」


ちひろが嘆息混じりにぼやいた。


 「犬塚巡査。言葉遣いに気をつけるように。主任の前ですよ」


あんこがちひろに注意を促した。


 「はぁ、すんませんねぇ。あとオレのことはちひろでいいぜ、あんこ」


いたずらっぽく微笑みながら、ちひろが言った。あんこはというとどうしようもないといった表情でため息をついている。この二人は同期であり、同じ道を歩んできた仲だ。


 「お前らぁ・・・・さっさと持ち場にいかんか! 馬鹿もんがっ!」


英雄が額に少し血管を浮かべながら怒声を上げた。


 「す、すんません」

「申し訳ありません。直ちに聞き込みに行ってきます」


二人はほぼ同時のタイミングで謝り、やじうまに聞き込みに行った。


「全くあいつらは・・・ふっ」


英雄は何だかんだ言いながらもどこか嬉しそうな表情をしたが直ぐに眉間に鋭いシワを作り、現場を睨みつける。そこには20代後半くらいの男が地面に無様にも這いつくばっているのが見える。大体の予想はつくがそれでもとりあえず部下二人の報告を待つ。胸元のポケットに手を無意識に伸ばす。しかし、そこにはあるはずのものがなかった。

 (そういや禁煙し始めたんだったな・・・。口元が寂しいが仕方なしか)

最近、禁煙し始めたのが仕事忙しさからすっかり頭から抜けていた。警視庁捜査第一課第一強行犯捜査係。通称強行犯係は多発する凶悪事件のせいで多忙を極めている。

その中でも英雄は主任の位に38歳で就任している。秋田出身の鋭いカミソリのような眼光を持つ、190オーバーの長身のこの男は数多の凶悪犯をお縄にしてきた。どんな相手も正面から完膚なきに叩き潰してきた。


「主任、これどうぞ」


後方からちひろがガムを一枚、英雄に差し出している。英雄はゆっくりとそのガムを受け取る。人懐っこい表情でちひろは笑った。どうにも憎めない。


 「すまんな。・・・でどんな案配だ?」


ガムをズボンのポケットにしまいながら英雄は聞く。


 「はっ、目撃していたやじうまに聞いたところ、褐色肌のガタイのいい男があの地面に倒れている男の顔面に一発らしいです」


やじうまから聞いた情報を言葉そのままにちひろは英雄に伝える。


 「犬塚巡査。抽象的な報告は分かりにくいです。主任、周囲の人達に聞き込んだ結果、褐色肌の体格のいい20程の男性があの地面に倒れている男と口論の結果、顔面に一撃お見舞いしたとのこと。地面に倒れている男はナイフを出し、先に仕掛けたのですが褐色肌の男に返り討ちとのこと。あと繋がりは不明ですが褐色肌の男はやせ型のひょろりとした男と会話をしていたとのこと」


箇条書きのように淡々とあんこは説明していく。


「報告、ご苦労」


英雄は二人の報告を聞き、すぐに脳裏にこの場にいた当事者の姿が分かった。


 「あんこの報告は機械みたいで何だか作業的だな」


ちひろはあんこに対してまた突っかかる。


 「犬塚巡査の報告は分かりにくい。情報とは如何に明確に伝えるのが重要」


あんこは言われたことを気にもせず、ちひろに言い返す。


 「なろー、あんこ。またいちいち突っかかってくるな」

「犬塚巡査、貴方も十分突っかかってますが」


ちひろがわかりやすい喧嘩腰な言い方に対してあんこは鋭い視線で的確に言葉を選んで応戦する。


 「・・・お前らぁ! 揃うたびにいい加減にせんか!」


雷鳴が轟くように現場に雷が落ちた。


 「すっ、すいません」

「申し訳ありません」


ちひろとあんこが声を揃えながら謝った。あまりの怒号に周囲の警官やらやじうまも静まり返っている。


 「もういい。お前らはもう後方に下がっていろ」


英雄はそう言い、自ら事件現場に近づく。


 「いえ、自分も手伝います」

「私もまだ何もしていません」


食い下がるように二人は英雄の後を追ってくるが


 「お前らぁ・・・聞こえなかったか? オレは下がれと言ったはずだ」


恫喝混じりに英雄は二人を睨みつける。その視線は同僚を見るような目つきではない。やっこさんを追っかける時と同じ目つきだ。二人は背中に冷たい汗を掻き、肝を冷やしながら後ろに下がっていった。

 (全く・・・あいつらは仲がいいんだか悪いんだか、まぁ歯車が噛み合ってきたらいい相棒同士になるかもな)

英雄はそう心中で思いつつ、先ほどちひろからもらったガムを口に運んだ。

 (ちっ、それにしてもこのやり口はまたいつものか。義侠振ってるつもりではあろうが・・・阿呆が。やってることはただの傷害罪だ)

奥歯を強く噛み締めながら、英雄は最近多発している似たような事件を脳裏に思い浮かべる。ここ数ヵ月でほぼ黒に近いグレーラインの所業をしている輩を襲う事件が多発している。やり口は簡単。正面から正々堂々と戦い、叩き伏せる。

 (同じ警官だったら何も問題なく、良好な関係を築けたんだがな)

不敵な笑みを浮かべて、獲物を狩る狩人の目つきに英雄は自然となっていた。このような行為を行った犯人にたいして怒っているのか、はたまた出会えたことにたいして愉悦を覚えているのか、分かるのは英雄だけだ。


 「よし、引き上げる。後は頼んだぞ」


近くにいる警官に後を任せて英雄は乗ってきたパトカーに戻る。運転席にはちひろ、助手席にはあんこの両名が視線を伏せながら車の中で子犬のように待機している。

 (やれやれ・・・まだまだだな)

英雄はそんなしょんぼりした二人を見て少し安心し、後部座席に乗った。


 「お疲れ様です」


二人がまたもや声を揃えて言った。


 「有無。現場検証は終わりだ。署に戻るぞ」


英雄は指示した後に軽く嘆息を付き、ゆっくりと瞳を閉じた。




 「はぁはぁはぁ・・・よし、ここまで来れば問題はないな」


呼吸を整わせながらテツオは言った。全速力でやじうまの中を駆け抜け、ある程度騒ぎを起こした現場から離れた。


 「てっちゃん、少しは待ってーな」


後方から情けない口調で宇治金時が追いついてくる。


 「おう、もうそんなに急がなくていいぞ、大分離れたから」


テツオは立ち止まり、宇治金時が来るのを待つ。


 「へぁへぁへぁ・・・にしても英雄のおやっさん、現場に来るのが早かったねぇ」


膝に手を付き、息を整えながら宇治金時は言う。


 「まぁ、あのおっさんのことだ。準備にスタンバイは常に整っているんだろう。何せ、狙った獲物は逃さない狩人だ」


テツオは権田英雄のことをよく知っている。テレビやメディアで見る以外でもこの眠らない街、東京ではよく拝むことが出来る顔だからだ。騒ぎを聞きつければいの一番に現場に来て、事件を解決の方向に向かわせる。何度か近くをすれ違ったことはあるが如何にも、触れれば全てを切り裂くといった鋭い雰囲気が体中からにじみ出ていた。


 「おいら、捕まりたくないよー」


身構えるような素振りをして宇治金時は言った。


 「おう、俺たちも気を付けないとな。やってることの範囲はギリギリ気味のアウトだが・・・まぁセーフにしとこうぜ」


テツオはそう言い、宇治金時を引き連れ、ある場所に向かう。路地裏に入り、さらに入り組んだ道を奥に進む。そこにはある古びたシックな出で立ちの建物があった。


 「マスターが待ってる。急ごう」


テツオは宇治金時にそう言い、建物のドアを押した。軋んだ音がなり、古びたドアが開いた。

 「ほいなぁ、マスターのアツアツのマズイコーヒーがお待ちかねだぁ」

さっきとは打って変わって宇治金時の表情が明るい。ここはテツオと宇治金時の憩いの場である。老舗の喫茶店、秋桜。





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