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七不思議封じ  作者: 薄紅
終業式
2/7

2

「は、は、ぐしゅっ!」


 埃っぽさに鼻がくすぐられ、盛大なくしゃみと共に千秋は目を覚ました。辺りは薄闇に包まれていて、たっぷり3分使うまで状況を認識できなかった。目が暗闇に慣れてきた頃、まずは首や腕の痛みに気付き、次に無理な体勢であることを自覚した。上から生暖かく重いものに押し潰されて、足を広げた体育座りのような状態になっている。重さの原因を知るためになんとか後ろを振り返る。

「ーーーーっ!」

 声にならない悲鳴をあげ、急いで首を元の状態に戻す。無理もない。鼻先がくっつかという距離に宗助の秀麗な(かんばせ)があったのだ。まだ見慣れていない千秋には目の毒である。

 高鳴る胸に手を当てて、素数を数える。昔友人の部屋で読んだ漫画のキャラクターが、落ち着くために素数を数えていたことを思い出したのだ。「1とその数以外に約数のないもの…つまり1は素数じゃない…」とブツブツ呟き、97まで数えたところで漸く落ち着き、なぜ自分がこのような体勢になっているのか考えることができた。

 気を失う前のことを反芻し、どうやら宗助は脚立から落ちた自分を受け止めようとしたのだということを悟る。しかも辺りに散乱しているファイルを見るに、千秋が先程まで片付けていた棚の上のものが落下してきたようだ。そのため、宗助は千秋の背後から覆いかぶさるような体勢をとっていたのだろう。得心いったところで、ほとんど初対面の同級生(しかも美男子)に助けられて嬉しいような、申し訳ないような気持ちになった。

(とにかく、まずはどかなきゃ…)

 いつまでも宗助の足の間に鎮座していてはいけない。彼が意識を取り戻す前に、可及的速やかに移動しなければならない。意識のない彼の上体が千秋の背中にもたれているため、身動きを取りにくいが、できるだけ慎重に移動を開始する。


「手を貸しましょうか?」


 亀のようにゆっくりゆっくり這い出ようともがいていたところに、頭上から声が降ってきた。人の気配など微塵も感じなかった千秋は驚いて、バッと顔を上げた。勢い宗助の顎にクリーンヒットする。

「いった!」

「うっ…!」

 頭部を打った千秋は勿論、石頭を顎にぶつけられた宗助は痛みに呻いた。むしろ人体の急所の一つである顎に頭突きをくらった宗助の方が被害は甚大である。ひどい目覚めだ。

「あらあらまあまあ、君達大丈夫?」

 千秋を驚かせた張本人は、呆れたような声を出して、頭と顎を抑える二人に問う。先に痛みから解放された千秋は、文句の一つでも言ってやろうと顔をあげた。


 そこには、灰色の毛に覆われた顔があった。頭頂部には二つの丸みを帯びた耳。鼻は黒くて、白いひげがピクピク動いている。黒目がちな愛らしい目が、千秋を凝視していた。


「わあーーー!わっ!タヌキーーーーー!」

 突然現れたタヌキ人間にパニックを起こす千秋。未だ顎の痛みと闘う宗助の制服の袖をひっぱり、揺さぶる。そろそろ彼は脳震盪を起こすかもしれない。

 目を回しながらも目の前の生物を確認して、一人パニックを起こしている千秋を宥める。

「小牧さん、落ち着いて。あれはアライグマだよ」

「えっ、アライグマ…?」

「うん、ひげが白いし、尻尾が黒と白の縞模様だから。多分アライグマだと思う」

「そっかあ……アライグマなんだ」

 宗助の優しく、寝起きのためか少しかすれた声で説明されて、千秋も漸く落ち着きを取り戻してきた。二人で「なんだ、タヌキじゃなくてアライグマか」と微笑みあう。

「いや、タヌキかアライグマかとかじゃなくて、喋ってる方が問題じゃない?」

 うふふあははと笑い合う二人に、冷静なツッコミを入れるタヌキ人間改めアライグマ人間。

「で、いつまで君達はその格好でいるの?」

 アライグマ人間に指摘されてお互いを見遣る二人。千秋はまだ宗助の足の間にいて、宗助は彼女の背中に密着している。表情を硬直させる二人。一瞬のうちに千秋は慌てて立ち上がり、宗助は再び顎を打った。こうして気まずくなることが分かっていたから、彼が目を覚ます前に脱出したかったというのに。千秋は愛くるしいアライグマを睨みつけた。



「それで、私が誰だか分かりますか?」

 千秋と宗助が落ち着いた頃-主に宗助の顎の痛みが引いてきたあたりで、アライグマはコホン、と勿体ぶって質問した。二人が「アライグマ人間はアライグマ人間じゃん」といった反応をしたので、「私は人間です」と主張する。

「用務員さんですよね!」

「ちゃんと終業式聞いていました?」

 千秋が迷いなく答えると、アライグマは疲れたような表情をした。アライグマでも表情は人間のように動くのだなと感心した。

 そこで宗助は何かに気がついたのか、小さく声を漏らす。千秋が視線でどうしたのか、と問うと、困惑したように答える。

「声と、それからそのスーツ…終業式に校長が着てた」

「え、うそ」

「でもサンタクロースのネクタイ、前に校長が着けてるの見たことあるし…」

 何故こんな夏真っ盛りに、緑地に派手な赤いサンタクロースの刺繍がされているネクタイなんぞ着用しているのか。そのことにツッコミたい気持ちは大きかったが、我慢した。恐る恐るアライグマを振り返ると、

「先生をつけろよデコ助野郎」

 と満面の笑みで答えられる。歯茎がチラ見えしてちょっとしたホラーだ。

「うちの校長ってアライグマだったの…」

 千秋はショックを受けた。自分の高校の校長を特に慕っていたというわけでもないが、身近にビックリ人間が居たことにビックリだ。そもそも、校長の顔は細長くて、目も糸目と言っていいくらいに細く釣りあがっている。どちらかと言えば狐顔だ。二重の意味でショックだった。

「そんなわけないでしょう。君達がこの学校の封印を解いてしまったから、僕がこんな目に遭っているんですよ」

 可哀想なものを見る目で彼女に一瞥をくれてから、溜め息を吐き出すアライグマ校長。

 アライグマの口から「封印」とかいうオカルティックな単語が出てきて、身構える二人。

「あー、まあ、信じられないのは分かりますけどね」

 ふう、と一息つくアライグマ。まあ座りなさいとばかりに埃と書類だらけの床を指差し、自分は宗助が綺麗にした空き箱に座ってから、徐に語り出した。


「君達は2年生ですよね。入学してから、一度も七不思議とか聞いたことはないでしょう。けれど、昔はあったんです。しかもかなりの頻度で目撃されたりしてね。この周辺の学校では結構有名になっていましたよ。飛燕高校の七不思議は本当だ、てね。そのうち生徒にも悪影響が出てきてしまって、近所の神主さんに頼んでそういった類を封印してもらったのが、今から30,40年前です」


 埃だらけの床の上に座ることもできず、話を聞いていた二人は、それでもやはり納得いかない顔をしている。

「その封印というのを、俺達が解いてしまったというんですか?」

「ええ、そのようですね。解放されたものたちが、早速私の顔に取り憑いたようで、おかげで顔面がアライグマになりましたよ」

 恐る恐る尋ねる宗助に、答えるアライグマ人間改め校長先生。

「えーと、何で校長先生がその封印のことを知っているのかとか、その霊みたいなのが校長先生に取り憑いたことが分かるのかとか、色々お尋ねしたいことはあるんですけど」

「何ですか?」

「その封印って、何なんですか?」

 自分達が解いてしまったという封印とはそもそも何なのか。そんなものに触れた記憶も、ましてや解き放ったつもりもない千秋は、校長に質問をした。校長は質問の意図が分からないのか、暫く白いお髭をピクピクとさせてから、「ああ」と呟く。

「私も詳しくは知りませんがね。さっき君達がぶちまけた中に、あるでしょう」

 散乱している床を指差す校長。よおく目を凝らして散らかっている書類やら箱やらその他諸々を検分するが、封印らしきものは見かけられない。

「あるじゃないですか、ほら、これですよ」

 頭上にはてなを浮かべる二人に焦れたのか、校長は自ら近づいてそれを指した。

 その封印というのは…


「エプロン?」


 校長が指差しているのは、どう見ても先程まで千秋が片付けていたエプロンだった。いつ作られたのかも分からないエプロン。くたびれて、腰紐はヨレヨレになっている。元は明るい黄色だったであろう生地は薄汚れ、水に濡れた某アンパンヒーローの顔色を思い出す。

 そのエプロンの、一体どこが封印なのか。いや、封印というのは何かものを媒介にして行われたのか。その媒介がエプロンなのか。千秋は必死に目の前の出来事を自分なりに咀嚼しようとした。

「それのどこが封印なんですか?」

 一方疑問をそのまま口に出す宗助。自分を納得させるつもりはないらしい。

「これの、ここに、ほら。あるでしょう、お札が」

 校長はあまり触りたくなさそうにエプロンを親指と人差し指で摘み、ポケットの辺りに貼ってある裂け目の入った何かを指差した。そう、それはお札に見えなくもないが、年数を経てボロボロになってしまっているため判然としない、形容するとしたら”何か”だった。宗助は目を凝らしてそれを見る。

「まあ、確かにそれっぽいっちゃあそれっぽいですね」

「というか、何でエプロンに大事なお札なんて貼ってあるんですか!」

 一応お札と確認が取れたものが、何故エプロンなんぞに貼ってあるのか。至極真っ当な質問をする千秋。

「アップリケ代わりに家庭部が貼り付けたようですね」

「それでいいんですか!?」

「良くはないですけど、僕が気付いた時にはこうなっていたので。無理矢理剥がすわけにもいかなくて、ここ数年はずっとこんな感じですね」

 あっさりと答える校長。曰く、初期は額縁か何かに入れて目立たないところに安置していたらしい。しかし、1代か2代前の校長の時に、どうやってか家庭部がお札を入手して、エプロンに貼り付けてしまった。それからはエプロン自体を目立たないこの備品室にしまい込んでいた、と。


「それでまあ、ここからが本題なのですけれど」

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