一月九日
翌朝の十時過ぎ。私は雪風荘を後にすることにした。
「どうも。一週間お世話になりました」
私は玄関で出迎えてくれた智子さんに、深々とお辞儀をする。
「こっぢごそ、どうもだった。まだ来年も来てけらい」
「ええ。喜んで」
私は頭を上げると踵を返し、車を暖めて待っている里美の元へと向かう。
「遅いぞ、都人」
ワンボックスカーの中では、既に仕度を整えた雪菜と木林プロデューサーが待ち兼ねていた。
「それじゃ、行きますよ」
私が乗ったのを確認し、車は発進する。目的地は、日高見市の新幹線駅だ。
「里美、大丈夫か?」
昨日の降雪で、道路にはまだまだ雪が残っている。そんな中、一時間以上も運転できるのだろうかと。
「問題ねぇべ!」
「えっ!?」
今、方言口調で返事したような。
「怖がっで運転しねぇような臆病者じゃ、雪菜ちゃんには勝でねぇ」
だから苦手な運転をできるようにするし、恥ずかしいと思っていた方言口調も、他人の前でも自然とこなせるようにしてみせると、里美は意気込む。
「へっ、変じゃありませんでした、今の?」
「えっ?」
と思ったら、あっという間に丁寧口調に戻った。
「頑張って素の口調で喋ろうと思ったんですが、やっぱりまだ恥ずかしくて……」
運転席に座る里美の顔は、真っ赤になっていた。
「いや。変じゃないよ。素の口調の方が可愛いよ」
「かっ、可愛いっ!? そっだなごど言うでねぇ、先輩!!」
里美の顔は今にも湯気が噴出しそうなくらいに、紅潮する。今まで消極的で、自分に自信を持っていなかった里美。雪菜との出会いが、いい刺激になったようだな。
「それじゃあ、先輩。冬休みが終わっだら、まだ大学で会うべ!」
新幹線駅に着き私たちをロータリーに降ろすと、里美は元気よく挨拶をして雪郷へと帰って行く。
「いよいよお別れだな、都人」
駅のホームに向かうと、雪菜が切ない声で呟く。同じ世界にいられるのはこれで最後。次に会った時は、今の関係ではいられない。そう思うと、余計に寂しさを感じてしまう。
「……。宮本君、君に一つ話があるんだけど」
雪菜たちと別れようと思った矢先、木林プロデューサーが話しかけてくる。
「何です?」
「もしも君が良ければなんだけど……雪菜のマネージャーになってくれないか?」
「えっ!?」
「今回の件を見れば分かるだろうけど、僕はプロデューサーという立場上、ずっと雪菜の側にいてやることができない」
前々からマネージャーをつけようと思っていたけど、人見知りが激しくて他人に対する警戒心が強い雪菜を任せられるような人材は、いなかったということだ。
「この一週間で雪菜と親密になれた君なら、雪菜のマネージャーを任せられると思って」
実は一昨日この話を持ちかけようと思っていたのだけど、既に就職口が決まっているかもしれないし、酒の席で言うような話でもないと思い、口には出さなかったそうだ。
それに加え深原女史が就職口の斡旋を語ったので、言うに言えなかったと。
「帝都プロダクションは零細事務所だし、満足に給料を出せそうにもない。深原さんのお誘いを受けた方が、君の生活は楽だと思う」
だけど、雪菜の寂しげな顔を見ていたら駄目元でも誘うしかなかったと、木林プロデューサーは語る。
「そうですか……」
私は雪菜の方をチラッと見つめる。雪菜は不安そうな視線を私に送っていた。
「分かりました! その話、喜んでお受けします!!」
マネージャーになれば、ずっと雪菜の側にいられる。私に断る理由はなかった。
「ありがとう、宮本君」
誘いを受けてくれてありがとうと、木林プロデューサーは深いお辞儀をする。
「本当か? 本当に私のマネージャーになってくれるのか!」
「ああ。雪のマレビトの伝承を広めるのは、マネージャーをしながらでもできるし」
「そうか、そうか。これからもずっと、お前と一緒にいられるんだな!!」
雪菜は嬉し涙を流しながら、私に飛び付いて来る。
「嬉しい! 嬉しいぞ!! 都人と一緒にいられるのは、最上の喜びだ!!」
雪菜は満面の笑みで、私に力強く抱き付く。
「ああ。大学を卒業したら、すぐに雪菜の元へ駆け付けるよ」
だから、しばらくの間はお別れだと。
「そうか。あと三ヶ月も逢えないのは逢えないで、物寂しいな……」
「何言ってるんだ? 本来だったら、来年のマレビト祭になるまで会うことはなかったはずなんだぞ」
「ふふっ、ははっ。そうだな。これからずっと一緒にいられるなら、たかだか三ヶ月程度、堪えてみせる!」
「ああ。それじゃ雪菜、春になるまでさようなら」
「ああ。さよならだ、都人」
そうして私と雪菜は再会の日を心待ちにしながら、それぞれの帰る場所へと戻って行く。マネージャーの仕事がどんなものかは分からないけど、雪菜のために精一杯頑張ろう。
そして来年また、一緒に訪れよう。私たちを引き合わせてくれた雪のマレビトの元を。雪郷の、新たなマレビト同士として!