一月七日
物語もいよいよクライマックスです。あと二話で完結ですので、もう少しだけお付き合いくださいませ。
「やあ、おはよう」
朝方大広間に顔を出すと、木林プロデューサーに声をかけられた。
「おはようございます。昨日はお世話様でした」
私は朝の挨拶をすると共に、貴重な話をしてくれたことにお礼を述べた。
「何だ? 私が寝た後に何かあったのか?」
既に起きていた雪菜が、私と木林プロデューサーの人間関係に変化がもたらされたのを敏感に感知し、声をかけてくる。
「いや何。お近づきの印に二人で飲み明かしただけだよ」
「そうそう」
私は木林プロデューサーに相槌を打つ。一応事実だし、雪菜のことを話していたなんて、本人の前じゃ言えないもんなぁ。
「むぅ。何か隠している感じだな」
だけど、雪菜は私たちが隠し事をしているのに感付く。なかなか鋭いなぁ。
「さてと、今日の朝食は」
一体何だろうと待ち構えていたら、里美と智子さんが食器や鍋を運んで来た。
「腹いっぱい召し上がるべ」
「ええっ? 今日もカレー!?」
智子さんが満を持して開けた鍋には、昨日の残りのカレーが入っていた。
「何言ってんだべ。カレーは一晩寝がした方が、うめべ」
「まあ、確かにそうなんですけど」
まさか二日連続カレーだとは、夢にも思わなかった。
「いただきまーす」
私は両手を合わせて盛られたカレーを食べ始める。智子さんが太鼓判を押しただけあって、カレーは昨日より美味だった。
朝食後、支度をして雪姫神社へと向かおうとする。
「今日は僕も赴くとしよう」
すると、雪菜と共にスーツの上にコートを羽織った木林プロデューサーが姿を現した。話を聞いてみたところ、今日からマレビト祭が終わるまでは、ずっと雪菜に付き添うのだそうだ。
「おはようッス! 都人サン!!」
雪姫神社へ赴くと、頭に手具縫いを巻いた半被姿の大志君が出迎えてくれた。
「おはよう、大志君。その格好は?」
「今日は予行練習でスから、本番と同じ格好で通しだって聞きましたんで」
神社に着くや否や、颯爽と着替えたのだそうだ。
「やる気満々だなぁ」
自分も見習って着替えなきゃな。
「おっはよー、雪菜ちゃん! 今日は雪菜ちゃんも巫女服に、プリティ・チェンジだよ!!」
巫女服に着替えたはやてが意気揚々と社務所より姿を現し、雪菜の腕を引っ張る。
「わっ、分かった。それじゃ二人とも、またな」
雪菜は戸惑いつつ、はやてに連れられ社務所へと姿を消す。
「あれっ?」
着替えようと思った矢先、重喜さんがお神酒の一升瓶を持ち、神社の片隅にある小さな社へと歩いて行くのが見えた。
「重喜さん!」
一応挨拶をしておこうと、私は重喜さんの後ろ姿を追う。
「明日はマレビト祭。ようやぐおめぇだぢに会えそうだぁ」
社の前に胡坐をかき、やたらと上機嫌に語っている。一体重喜さんは、誰に話しかけているんだろう?
「重喜さん、その社は?」
「こごは招魂社に決まってるべ」
「招魂社?」
聞いたことのない社だなぁ。名前からして魂を祀っているようだけど、一体何の?
「そこは明治維新から大東亜戦争までの戦没者の御霊を祀ってる社でスぜ」
すると、私の背を追ってきた大志君が、声をかけてくる。
「戦没者の? 靖国神社みたいなもの?」
あの毎年八月十五日になると、公式参拝がどうのと話題になる。
「そうッス。正確には、雪郷生まれで戦死した人々の御霊をでスがね」
ようは、靖国神社の地方版みたいなものか。去年何気なく参拝はしたけど、そんなものが祀られているなんて、まったく知らなかったなぁ。
「でも、何で今日なんです?」
マレビト祭は明日だし、今日は戦没者慰霊の日ではないはずだけど?
「今日が一月七日だがらに決まってるべ!」
「一月七日?」
七草以外に、何かの記念日だったっけ?
「大志君、分かる?」
この社が招魂社であることを知っている大志君なら、何の日か知っているかな。
「いや、検討もつかねぇでスぜ」
しかし、大志君も知らなかった。謎は深まるばかりだなぁ。
「ここにいましたか。どうも初めまして、氷神重喜さん。僕は帝都プロダクション所属のプロデューサー、木林新です。マレビト祭まで、当プロダクションの茉莉雪菜をどうかよろしくお願いします」
そんな時、木林プロデューサーが重喜さんに挨拶をし、名刺を差し出そうとする。
「ワシは何も関係ねぇ。だげども、はやてをやる気にさせてくれたのには、感謝しでる」
重喜さんは名刺を受け取ると、孫娘に対する感謝の意を表し、再び社の方を向きながら飲み始める。
「いえいえ。その件に関しては、僕の方でも感謝の言葉もありません」
雪菜がはやてさんと仲の良い友人になれて本当に良かったと、木林プロデューサーは頭を下げる。
「木林プロデューサー。今日が何の日かご存知です?」
木林プロデューサーなら知っているかと思い、私は訊ねる。
「今日が?」
「はい。戦没者に関することで」
「ふむ。今日は一月七日。それで戦没者に関することといえば……」
木林プロデューサーはしばらく考え込む。やっぱり、木林プロデューサーでも分からないのかな?
「そうか! そういえば今日だったな」
そんな時、木林プロデューサーは何の日か思い出したようだ。
「いやはや。さすがに二十四年も経つと、印象が薄くなっているな」
「二十四年? 二十四年前の今日に、何かあったんです?」
自分が生まれる前の話なので、何の日か見当もつかない。
「君たち平成世代が分からなくても仕方ないよ。僕自身、大正が何年までだったか知らないし」
「平成世代? 大正?」
何で元号の話が、ここで出てくるんだ?
「今日はね、昭和が終わった日なんだよ」
「!?」
昭和。それは平成生まれの自分にとっては、教科書で記述されている歴史の話でしかない。だから、いつ昭和が終わっていつ平成が始まったかなんて、日本史のテスト範囲でもない限り、自覚のしようがない。
「僕は昭和生まれとはいえ、戦後世代だ。戦前生まれの重喜さんにとって昭和というのは、自分が生きた時代なんだよ」
たった数年しか生きていない自分とは重みが全然違うだろうと、木林プロデューサーは語る。
「そーいうごどだ。もう早えぇもんで、昭和が終わっで二十四年、戦争が終わっで六十六年も経づ」
木林プロデューサーが言い当てたことで、ようやく重喜さんはこちらを向き、語り始める。
「ワシが若げぇ頃は、ホント大変だったぁ……とにがぐ貧しくて、ワシの友達はみんな兵隊さ志願しだり、満州さ渡っだりした……」
(同じだ、はやてと……)
時代は違えど、はやてとまったく同じ境遇だ。働き口がない故に、雪郷から離れなくてはならなかった友人たち。そして、一人残らなければならなかった者。
「でもなぁ。誰一人、二度と雪郷さ帰って来ねがっだぁ……」
「!?」
いや、一つだけ違った。はやての友達は雪郷から離れはするけど、何も死地へ赴くわけではない。だけど、重喜さんが若かった時代は、生きて故郷の土を踏むのは困難を極めた。
「嘗ての戦争は、侵略戦争と言われている。大局的な視点で見れば、その評価は強ち間違っていないだろう。だけどね、その時代に生きた人々が、みんな侵略者だったわけじゃない。そして、無理矢理戦争に連れて行かれたわけでもない。生活の糧を得るために兵隊なった人々や、新天地を求め満州へと渡った人もいる」
「……」
「僕や君は、戦争を知らない。だけど、戦争を体験した人の話は聞くことができる。だからその時代に生きた人々の想いを、次代に繋ぐことはできる。それが若い世代にできること、やらなくてはならない使命だと、僕は思っている」
「そうですね、木林プロデューサー」
私は静かに頷く。人は永遠には生きられない。だけど、想いは永遠だ。だからこそ、次の世代へと嘗て生きていた人々の想いを伝えなくちゃならないんだ。
「そう言っでくれるのは、ありがでぇ。ワシはもう六十年以上生ぎで招魂社守っできたが、そろそろおめぇだぢの世代さ任せでも大丈夫そうだぁ」
「えっ!?」
「年寄りのワシが言うごどは何もねぇ。若人は、若人の考えでマレビト祭やればいい。ただ、ワシだぢの想いは、忘ねぇでけれ」
「はい!」
重喜さんも理解はしているのだろう。時代によって祭りが変わっていくのは、仕方のないことだと。新しい時代は若い人間で作ればいい。ただ、嘗ての人たちの想いだけは忘れてはならないって。
重喜さんは最後にニッコリと微笑むと、そのまま社殿の方へと姿を消して行く。その背中は、どこか寂しげだった。私は重喜さんの背中を見送りつつ半被へ着替えるため、社務所の方へと向かう。
「おっ待たせ~~!」
着替えを終えて境内の方へ戻ると、ちょうど着替えを終えた雪菜を、はやてが引っ張って来たところだった。
「うん。よく似合うね、雪菜」
「そっ、そうか。ありがとう、木林プロデューサー」
巫女服姿を褒められ、雪菜は素直に喜ぶ。二人の様相は、子供の晴れ姿を喜ぶ親子そのものだった。
「都人サン、そろそろ神輿持って来ますゼ」
「ああ、今行く」
他の人たちも次々と神社に現れ、半被へ着替え終わる。みんな集まり終えたところで、大志君が号令をかけて神輿を倉庫へと取りに行く。
「ん? 一人足りないようだね」
境内に神輿を運んで来ると、木林プロデューサーが神輿を担ぐ人が不足していることに気付く。
「ええ。一人足りないッスけど、自分が二人分担うんで」
だから何も心配する必要はないと、大志君が力強い声で語る。
「いや、僕も担ごう」
だけど、木林プロデューサーが手伝うと言い出してきた。
「いいんですか?」
「ああ。一応関係者だからね。それに、」
「それに?」
「ここが一番雪菜を見られる特等席だろう?」
木林プロデューサーは私に微笑むと、社務所の方へと早足で向かう。そして数分後、半被姿で境内に姿を現した。
「さあ、練習を始めよう」
「何か、物凄く違和感がありますね」
スーツ姿がよく似合っていただけに、別人だと錯覚するほど不釣合いだった。
「では乗るぞ」
神輿を雪姫山の麓まで運び、軽トラックから降ろすと、雪菜がゆっくりと神輿の中へと入る。雪姫山に降臨した雪のマレビトが神輿を依り代とし、雪姫神社へと迎えられるというシナリオだ。
「よぉし、オメェラ! マレビト様を雪姫神社へ連れて行くぜ!!」
大志君のかけ声と共に、一斉に神輿を担ぎ始める。そうして一時間半余りの時間をかけ、雪菜を雪姫神社へと連れて行く。
「師走の十五日の折り、ようこそおいでくださいました」
雪姫神社の鳥居を潜り、神輿を社殿の前へと降ろす。
すると、中からかしこまった声ではやてが姿を現す。うーむ。普段の姿を知っているだけに、相当無理して喋っているようにしか見えないなぁ。
「古の時より雪郷に伝わりし、雪上の女神、雪のマレビトよ。その化身をかの地へと召喚し、雪郷に永遠の繁栄と栄光を与えたまえ」
そして社殿に雪菜を迎え入れると、例の深原女史が考えた痛々しい祝詞を唱え始める。うーん。何か下手な学芸会を見ているような気分だなぁ。
「今宵はわらわを召喚してくださり、ご足労賜る。その礼に、わらわの舞をご披露いたしましょう」
そして、これまた深原女史の考えた台詞を語り、雪菜は踊り始める。
(大したもんだな……)
さすがはレッスンを重ねているだけあって、雪菜の舞は無駄がなく美しいものだった。
「いいわ! いい感じよ、みんな!!」
一通りの予行練習が終わると、深原女史が拍手でみんなを労ってくれる。
「今日の練習はここまでよ。みんな後は家に帰って、明日の本番に向けて英気を養ってちょうだい」
深原女史が終了宣言をして、今日の練習は終わりを告げる。さすがに予行練習だけあって、いつも以上に疲れたな。
「何時頃向かうのがいいかしら?」
着替え終えると、社務所前に深原女史が登山メンバーを集めて、スケジュールの確認を行う。みんなで話し合った結果、八時に雪姫神社へと集まり、八時半に出発するということになった。
これが標高千メートル以上の山なら、明るいうちに登るのが鉄則だ。だけど、雪姫山は標高が低く、山小屋などの施設はない。
なので、山に長時間滞在するスケジュールではなく、雪のマレビトが現れる三十分ほど前に山頂に到着可能な時間帯に出発し、一時間ほどで下山するという形になった。
滞在時間は短い。果たして私たちは、雪のマレビトに会うことができるのだろうか?
午後の一時半頃、雪菜と共に雪風荘へと戻る。木林プロデューサーは深原女史と打ち合わせをしてから、一人で帰るということだった。
「出発の時間までどうする、都人?」
集合時間までは六時間半もある。その間どう過ごすべきかと、雪菜が訊ねてくる。
「そうだな。昼食取ったら、夕食前まで昼寝している方がいいかな?」
何分体力を浪費することを考えると、休める時にしっかりと休んでおく方がいいだろう。
「分かった。昼食はどうする?」
「そうだな……」
どこかに食べに行くのもいいけど、コンビニとかで簡単に済ませるのもいいかな?
「二人ともお帰りなさい」
昼食をどうしようか考えていた中、里美が大広間に姿を現す。
「ただいま、里美」
「先輩、昼食はもう取りましたか?」
「いや、これから食べようと思っていたところだよ」
「それならちょうど良かったです。実は、先輩たちに昼食を作っておいたんですよ」
里美はニッコリと微笑み、昼食の作り置きがあることを告げる。
「それは助かるよ。早速召し上がるとしよう」
「はい。今すぐ持って来ますね」
里美は一旦厨房の方へ姿を消し、トレイに丼と飲み物を置いて戻って来る。
「野菜やキノコ満載の天丼作ってみました。どうぞ召し上がってください」
「ありがとう。でも、その飲み物は?」
私は天丼と共に運ばれた禍々しい色の飲み物を指差す。
「はい。私特製の栄養ドリンクです」
どう見ても、毒薬か怪しげな薬の類にしか見えないのだけれど。
「飲まなきゃ駄目?」
「マレビト祭の練習を行った後ですから、ちゃんと飲まなきゃ、めっです」
「はぁ」
あまり飲みたくないけど、せっかく里美が作ってくれたんだし、覚悟を決めて飲むとしよう。
「いただきまーす」
私は手を合わせて、食べ始める。天丼はそれなりに美味しかった。問題は、この栄養ドリンクだ。
「よ、よし!」
私鼻を摘みながら、ゆっくりと飲み始める。
「にっ、苦っ!」
あまりの苦さに私は吐き出しそうになるのを必死に押さえ、何とか喉を通す。
「良薬口に苦しですよ」
いや、薬じゃなく栄養ドリンクじゃなかったっけ? ともあれ残すわけにもいかず、私は嫌々ながらも全部飲み干した。
「ごちそうさま……」
天丼を食い終えると、一気に眠気が来襲する。
「食べ終わったし、とっとと眠るか、都人」
「そうだな……」
私は欠伸をしながら、雪菜と共に二階へと昇る。
「じゃあ、また後で……」
「ああ」
そうして廊下で別れ、それぞれの部屋へと入っていく。私は布団を敷くとスマホの目覚ましを午後の六時半にセットし、そのまま深い眠りへと入る。
(んっ……)
私は自然に目を覚ます。どれくらい眠ったのだろう? 目覚ましの音が聞こえなかったところを見ると、まだ六時前だろうな。
(えっ!?)
私は違和感に気付く。目の前に広がるのは、漆黒の空間。一体ここは?
(くっ!)
そして私の身体は何かによって拘束され、まったく動かせない。
「んー! んー!」
必死に助けを呼ぼうとするけど、口元も何かで塞がれていて声が出せない。一体誰がこんなことを?
「!」
パチッと灯りが付く。周囲を見渡すと、狭い空間に所狭しと雪かきなどの道具が置かれていた。どうやらここは、納屋のようだ。
「起きましたか、先輩?」
しばらくすると、低い声と共に里美が姿を現す。もしかして、里美がこんなことを!?
「先輩に出した栄養ドリンクに、こっそり睡眠導入剤混ぜておいたんです。溶かしたからどこまで効き目があるかは分かりませんでしたが、効果は抜群のようでしたね」
どうりで美味しくないと思っていたら、そんな物を混ぜていたのか!?
「言いましたよね? 今度無茶をするようなら、納屋に監禁するって。今は夕食時で二階には誰もいませんでしたから、隙を見て先輩を納屋に運んで、柱に縛り付けておいたんです」
にっこりと頬笑みながら語る里美。いつもと変わらないその笑顔なだけに、余計にゾクッとした恐怖を抱いてしまう。
「んんっ! んんっ!!」
どうしてこんなことをするんだと聞こうとしても、口を塞がれていては発音のしようがない。
「お母さんや雪菜ちゃんには、『先輩は一人で雪姫神社に向かいました』と伝えましたので、誰も来ませんよ」
そんな手のこんだことをしてまで、私を拘束し続けるつもりなのか!?
「明日の朝までの辛抱ですから。私はただ、先輩を雪菜ちゃんと一緒に、雪姫山に行かせたくないだけですので」
「!?」
ここまでして、私を雪菜と共に行かせたくないのか!? 何で、どうして?
「ようやく馬脚を表したな!」
そんな時だった。突如として雪菜が納屋の中に入って来た。
「雪菜ちゃん!? どうして!?」
確かに自分は先輩を追って雪姫神社へと向かった雪菜ちゃんを見送ったはずだと、里美は驚愕する。
「私は都人と一緒に向かうと約束していたんだ。本人の口から言われたのならともかく、お前の言葉など信用できるものか」
だから雪姫神社へ向かうふりをして、雪風荘に戻って来たとの話だった。その後里美の言動を不審に思い、行方を捜していたのだそうだ。
「悪いが私は、人の悪意には敏感な人間でな。人に厚意を向けられると、どうしてそんなことをするのかと考えてしまうんだ」
里美は自分に優しく接してくれた。でもその厚意には何か含みがあると、雪菜は薄々感付いていたという。
「その違和感が何であるかずっと考えていた。それが、今日この場で判明した」
「……!」
里美は敵意を持った視線で雪菜を睨み付けながら、沈黙を続ける。
「お前は都人の前では善人を振舞おうとし、そして私と都人を極力二人きりにしないよう努めていた。違うか?」
「!?」
核心を突かれたのだろうか。里美の表情に僅かばかりだが曇りが見え始める。
(そんなことが……)
里美が雪菜に接するのは、里美が心優しい人物だからだと思っていた。
でも、違ったのか? 車酔いした雪菜を看病したのも、雪のマレビトの話に付き合ったのも、全部偽善だったって言うのか!?
「人の心ばがり見透かすて……あんださ、あんださわだすの何が分がる!?」
里美は鬼のような形相で、雪菜に飛びかかる。
「先輩は雪のマレビト、雪のマレビトばっか言っで、さっぱわだすのごど見でけね!!」
里美は雪菜を力尽くで押し倒して、鬼気迫る声で叫ぶ。
「それでも、わだすは良がっだ! 雪のマレビトさ会うために、雪郷さ来るんだがら。そうすれば、いづか先輩はわだすを見でぐれるようになるっで!!」
(里美……)
自分にとっては、親しい後輩でしかなかった。でも里美は、私をそんなにまで想っていたのか……。
「だどもそったな時、おっ母がらマレビト祭のポスターに載っでるアイドルがウヂに泊まりさ来るっで聞いで、ヤベェど思っだ! こっだに白え髪ど肌の童子見だら、先輩は心惹かれるに決まっでるっで!!」
遠くで見ているだけの存在なら、問題ないだろう。だけど、雪風荘に宿泊するとなると、事情は異なる。ただでさえ宿泊客の少ない民宿では、否応なく顔を合わせてしまうと。
「だがらわだすは、どうやれば顔合わせねぇで済むが、ずっと考えでだ!」
先輩の機嫌を損なうことなく接触をさせないようにするにはどうしたらいいかと、色々とシミュレートしていたと、里美は白状する。
「なのに、なのにあんだが、先輩と同じバスさ乗っでで、何もがも狂っだ!!」
「くぅっ!」
里美は雪菜の白い長髪を、力いっぱい引っ張る。
「先輩は一目惚れだった! 雪のマレビトみでな姿した、あんだにっ!!」
「あぅっ!」
そして里美は、雪菜の髪を十数本、力越しに引き抜いた。
「先輩の心はあんだばっかで埋まってしまっだ! わだすの居場所は、どごさもねぇっ!!」
終いに里美は嗚咽交じりの声で、雪菜の首を締め上げる。
(やめろ! やめろ!! 里美……)
お前の気持ちはよく分かったから! 私のことを慕っているのは、理解したから! 雪菜に惹かれていたことも認める。だから、だからもう、それ以上雪菜を虐めるのはやめてくれ! 雪菜は何も悪くない。悪いのは、里美の心を理解していなかった私自身なんだから!!
「ぐっ!」
雪菜は辛そうな顔でも負けじと、里美の腹を思いきり蹴る。
「がはっ!」
里美は雪菜の首から手を離し、自らの腹を支えながら倒れ込む。
「ゲホッ! エホッ!……こっ、光栄だな! 今まで私を散々虐げた輩は数え切れないほどいたが、私の髪や肌を心底羨ましいと思っている奴と出会ったのは、生まれて初めてだ!!」
雪菜は咳き込みながらも果敢に立ち上がり、反撃とばかりに今度は自分から里美に突っかかる。
「見ていれば、いつか振り向いてくれると思った!? くだらない! ただ見ているだけで自分の想いを相手に伝えなければ、気付くわけないだろ! 告白する勇気もなく、ただ見ていればいい、側にいられればいいと受身でいることしかできない意気地無しが!!」
「うるせっ! わだすにそっだな勇気があれば、とっくにしでだ!!」
「さっきからずっと訛っているな、里美! それがお前の本性か!!」
「なに語ってる! わだすの口調は、関係ねぇっ!!」
「いいや! 大いにある!! それはお前の生まれ故郷、雪郷の言葉だろ? 身に染みた言霊を忌み嫌うお前が、雪のマレビトに惹かれた都人の心を動かせるものか!!」
「!?」
「私は生まれてからこの方辛いと思った時はあったが、一度も自分の身体的特徴を否定したことはなかった! 寧ろそれを自分の誇りとして生き続けてきた!! どんなに虐められようが蔑まされようが、私は自分を見失わなかった!! そんな私が、自分の心を押し隠し、血肉となっている言葉さえ否定して生き続けているお前に負けるものか!!」
「うっ、うっ、うわー!!」
勝負は決した。いや、最初から里美に勝ち目はなかった。自らを包み隠さず生きてきた人間と、ひたすら隠し続けてきた人間が、勝負になるわけない。
里美もそれを十分承知しているのだろう。ただ自分の敗北を認めたくなかったから、強行的な手段を用いてまで私を手中に収めようとした、雪菜を排除しようとした。
最後の足掻きすら通用せず雪菜に完敗した里美は、子供のような大声で泣きじゃくるだけだった。
「とんだ茶番だったな。行くぞ、都人」
雪菜は嗚咽を上げる里美を尻目に、私の縄とタオルを解いてくれた。
「ありがとう、雪菜。そしてゴメン、里美」
私は助けてくれた雪菜に感謝する共に、想いに気付いてやれなかった里美に、心から謝罪した。
「謝る必要はないぞ。鈍さは反省して然るべきだが、相手に振り向いてもらえなかったといって、慕っている人を自分勝手に拘束していいことにはならないからな」
私なら想いを寄せている人に決してそんなことはしないと、雪菜は里美にきつく言い付ける。
「それに、勝負はまだ終わっていない」
「えっ!?」
どうみても雪菜の完勝なのに、まだ終わってないって?
「都人の心にはまだ、雪のマレビトが残っているからな。だから、ちゃんと会った上でケリを着けてやる! そうして雪のマレビトを通してではなく、私自身を見つめさせてやる!!」
それは、遠回しな告白だった。
(いや、雪菜。私はもう……)
雪のマレビトを通してではなく、君自身を見ている。もちろん、完全には心の整理がついていない。
だからこそ、ハッキリとさせなくてはならない。再び雪のマレビトと巡り合って、すべてを!
「マズイな、もうこんな時間だ」
スマホに目を向けると、時刻は七時半を回っていた。今から夕食を取って雪姫神社へ向かう余裕はない。急いで身支度を整えなくては。
「やあ」
雪風荘の中へと戻り二階へ登ると、登山装備に身を包んだ木林プロデューサーが、部屋から出て来て声をかけた。
「木林プロデューサー! その格好は?」
「いや、何。僕も一緒に行こうと思ってね。伝説上の雪のマレビトに、会えるものなら会ってみたいからね」
仮に会えたら、来年以降のマレビト祭の参考にもなるだろうと、木林プロデューサーは語る。
「来年以降って。ひょっとして?」
「ああ。来年以降も招かれるなら、雪菜に雪のマレビトをやらせようと思っている」
本来マレビトとは、毎年定まった時に訪れる存在。だから、今年だけで終わらせては、マレビトとは言えないと。
「予行練習の後深原さんと話したら、快く承諾してくれた。あとは雪菜、君がやりたいかどうかなんだけど」
「聞くまでもない!」
キリッとした笑みを浮かべる雪菜。雪菜の心の中では既に決まっていたのかもしれないな。これからもずっとずっと雪のマレビトとして、雪郷を訪れようって。
「雪菜ちゃん! 都人さん!!」
身支度を整え雪風荘の玄関へ向かった矢先、息を切らしてはやてが中へと入って来た。
「ああ、はやて。今ちょうど行こうと思っていたところだよ」
集合時間まではまだあるけど、待ち切れなくて私たちを迎えに来たのだろうか?
「大変なんだよ!」
「大変!?」
けど、はやては悲痛な顔で叫ぶ。一体何があったんだ!?
「おじじが、おじじがどっか行っちゃたんだよぅ!」
「何だって!?」
はやてから詳しい話を聞く。六時半頃そろそろ夕食だと重喜さんの部屋の前に向かったら、返事がなかったそうだ。それで不審に思い障子を開けると、部屋に重喜さんの姿はなかったという。
「外は酷い吹雪だし、こんな天気の日にどこ行っちゃたんだろうって……」
今大志君や深原女史の手を借りて、近所の家を聞き回っているそうだ。
「それは一大事だ。僕は民宿のお客さんに聞いて回るとしよう」
木林プロデューサーは大広間の方に向かい、お客さんに話を聞こうとする。
「分かった。私は雪風荘に来ていないか、智子さんに訊ねてみよう」
可能性は低いけど訊くに越したことはないと、私は踵を返す。
「それなら私は、里美に訊ねてみるとしよう」
雪菜は靴を履き、納屋の方へと向かおうとする。ついさっき本気でぶつかり合ったというのにもう話を聞こうと動けるなんて。その切り替えの早さは見習わなきゃな。
「ふぇ、みんなありがとう……」
はやては不安と感謝の気持ちが混じった声で、半ベソをかく。
「はやてと私は友達だろう? 友が困っている時に手を差し伸べるのは、当然の行為だ!」
だからもう泣くんじゃないとはやてを宥め、雪菜は納屋へと駆け足で赴く。私は私で、厨房で後片付けをしている智子さんの元へと急ぐ。
「いや。オラ方さは来てねぇ」
厨房に行き智子さんに話を聞いてみるが、雪風荘を訪れた形跡はないということだった。
「ありがとうございます」
「この天気なら心配だべ。オラも近所の人さ電話かげでみで、来てっかどうが、訊いでみる」
智子さんは料理の手を一旦止め、受話器の方へ向かう。
「協力感謝します。何か手がかりが分かったら、私のスマホにかけてください」
「分がった」
私はスマホ電話の番号を教えて、厨房を後にする。
「おじじのこと、何か分かった?」
「いや。少なくとも、雪風荘には来ていないって」
私は玄関に向かい、智子さんから聞いたことをはやてに伝える。
「お待たせ。僕の方でもお客さんに聞いてみたけど、見た形跡はないそうだ」
木林プロデューサーも聞き取りを終えて、玄関へと戻って来る。
「そう……」
成果なしで、はやてはションボリする。
「今智子さんが、近所の人に電話をかけている。その間、私も探すのを協力するよ!」
「ホント! ありがと、都人さん!」
私は急いで靴を履き、はやてと一緒に探しに行こうとする。
「先輩!」
そんな時、里美が駆け足で玄関へと入って来る。
「里美!」
「雪菜ちゃんから話を聞きました。こんなことで罪滅ぼしにはなりませんが、私も協力します!!」
猛吹雪の中歩いて聞き回るのは、効率が悪い。だから自分が車を出すと、里美が言い出してきた。
「えっ? でもこの雪の中で走らせるのは、危ないんじゃ」
里美の運転技術では、二重災難になる危険性が。
「人の生き死にがかかっている時に、そんなこと言ってる暇がありますか!」
この状況下で運転を怖がってなんかいられないと、里美は確固たる意志を見せる。
「やはりお前は、根はいい奴だな」
里美に続き、雪菜が中へと入って来る。
「雪菜!」
「最初納屋に赴いたら、今更何の用と冷たい視線を向けられたがな。重喜の話をしたら、ご覧の通りだ」
いくら都人の前でいいところを見せようと振る舞ったとはいえ、本当に心が汚れている人間なら看病などできないはずだ。里美はお前が絡むと感情が乱れるだけで、本来は善人なはずだと、雪菜は説く。
やれやれ。里美の本質を理解していたからこそ、危険を考慮せず里美の所に行けたわけか。その洞察力は驚き入る。
「とにかくこんなところで油を売っている暇はない。とっとと探しに行くぞ!」
雪菜はみんなを先導するように外へと出る。私や里美もそれに続く。
そして私たちは里美の運転により、重喜さんの捜索へと向かう。
時刻は午後八時。あれから色々聞き回ったけど、重喜さんの消息に関する情報は得られなかった。
「一旦情報の共有を行った方がいいね」
木林プロデューサーの言葉を受け、車は雪姫神社へと向かう。
「駄目ね。私の方では有力な情報を得られなかったわ」
雪姫神社へ行き、合流した深原女史に話を聞く。どうやら成果はなかったようだ。
「自分の方でも、駄目でしたぜ」
大志君は祭のメンバーや友人たちと協力して探したけど、重喜さんを発見できなかったということだ。
「ん?」
一体どこに行ったんだろうって考えていた時、スマホが鳴った。
「もしもし」
電話の主は智子さんで、私は話を聞く。
「何ですって!?」
「何か分かったのか、都人?」
「ああ、雪菜。智子さんの話だと、知り合いの人が買い物に行った時、一升瓶を持って歩く重喜さんの姿を見かけたそうだ」
私はスマホを切り、智子さんから聞いたことを話す。その近所の人は猛吹雪の中歩く重喜さんを不審に思い、こんな荒れた日にどこに行くのかと訊ねたという。
「そしたら、『雪見酒を飲みに行く』と言っていたって話だ」
「雪見酒? こんな天気の日にか?」
雪菜が当然のように疑問を投げかける。
「ああ。だけど、重喜さんならやっても不思議じゃないと、特に問題としなかったそうだ」
何せ、酔狂道人なんて渾名で呼ばれているくらいだ。猛吹雪の日に雪見酒をしそうな人に見られても仕方ない。
「おじじ。近所の温泉に行ったのかなぁ」
雪郷には何軒か温泉宿があり、そこに行ったのではないかと、はやては語る。
「じゃあ、雪郷の温泉やら旅館に電話かけてみまスぜ!」
大志君はスマホを取り出し、雪姫神社から歩いて行ける距離にある温泉宿に問い合わせてみる。他のみんなも協力してかけてみるけど、消息は摑めなかった。
「ふむ。温泉でないとすると、雪景色が見事な場所とか」
どこか景観のいい場所に行ったのではないだろうかと、木林プロデューサーは推察する。
「雪景色が見事な場所……まさかっ!?」
私はハッとした。重喜さんは恐らく、あの場所に。
「思い当たる場所があるのか、都人!」
「ああ。私たちが行こうとしていたところだ」
「なっ!? まさか!?」
「ああ、雪菜。重喜さんは恐らく、雪姫山の山頂に向かったんだと思う」
「この猛吹雪の日に!? 確証はあるのかしら?」
何か決定的な証拠でもない限り断言するのは早計だと、深原女史は意見する。
「証拠か……」
確かにまだ判断材料は足りない。何かもっと、決定打になるようなものは。
「あっ!」
ある! 重喜さんが雪姫山に行ったと断定できる、決定的な発言が。
「重喜さん。朝招魂社の前で言っていたんだ、『明日はいよいよマレビト祭の日。ようやぐおめぇだぢに会えそうだぁ』って……」
「それってまさか!?」
「ああ! 重喜さんは死ぬつもりだ」
重喜さんが逢いたがっていたのは、戦争で命を落とした友人たち。そしてこの猛吹雪の雪姫山なら、確実に凍死できる。
「恐らく重喜さんは雪のマレビトと逢って、友との思い出に浸りながら自殺しようとしているんだ!」
「ふぇぇ。おじじ、どうして……。死んじゃ、イヤだよぉ……」
はやては地面にヘナヘナと尻餅をつき、わんわんと泣き出す。
「まだ死ぬって決まったわけじゃねぇ! 仮にそうだとしても、俺が絶対に死なせやしねぇ!!」
大志君は泣きじゃくるはやてを力強く抱擁し、動揺を抑えようとする。
「とにかく、本当に雪姫山に登ったのなら、一大事ね。不来永さん、車を!」
「はい!」
里美は深原女子に言われるがままに、急いでワンボックスカーの方へ走って行く。
「僕はもう一度他を当たってみるとするよ。まだ雪姫山に登ったと確定したわけじゃないし」
「そうね。ここは分散した方が良さそうね。私と木林プロデューサーは重喜さんが行きそうな場所をしらみ潰しに探すわ。他のみんなは、雪姫山に急行してちょうだい!」
こうして深原女史の判断の元、木林プロデューサーと深原女史は残り、私と雪菜とはやてと大志君は、里美の車で雪姫山の麓まで急ぐこととなった。
猛吹雪の中車で飛ばすこと十五分。私たちは、雪姫山の麓へと辿り着いた。
「車で入れるのはここまです。みんな、気を付けて」
里美は登山用の装備を持っていないし、車の機動力を活かしての捜索に当たった方がいいとのことで、ここで別行動を取ることとなった。
「送ってくれてありがとう、里美。後は頼むよ」
「いえ。私、本当に駄目な女です」
「えっ?」
「重喜さんが生きるか死ぬかの時なのに、何よりも先輩の身を案じてしまいます……」
そんなことを思ってしまう自分は、そもそも雪姫山に登る資格はないんだと、里美は俯く。
「愚かなまでに一途だな、お前は。だが、お前のそういうところは嫌いではないぞ」
好きなら好きだと胸を張ればいい。もっとも自分は一歩も引く気はないと、雪菜は励ます。
「はい。雪菜ちゃんも無事に戻って来てください。私、まだ諦めてませんから!」
「ああ!」
雪菜と里美は互いに笑い合う。どちらも本音をぶつけ合ったからこそ、深い信頼で結ばれたんだろうな。
「よぉし! 行くぞオメェラ!!」
私たちは里美と別れ、大志君のかけ声と共に雪姫山へと登って行く。
「クッ! 何て吹雪だ、前がまったく見えねぇ!!」
雪姫山の天候は市街地より更に荒れていて、鍛え上げている大志君でさえ一歩を踏み出すのが困難だった。夏の晴れた日ならピクニック気分で登れる雪姫山も、この日は侵入者の入山を頑なに拒んでいるようだった。
「はやて! 俺の側を離れるな! ずっと手を繋いでいろ!!」
「うん、ありがと、大兄ぃ」
はやてを吹雪から守るように前を歩く。不安でいっぱいだったはやては、大志君に守られていることで、落ち着きを取り戻したようだ。
「雪菜、大丈夫か!」
私もまた雪菜を吹雪から守るように手を繋いで歩き、時折声をかける。雪国育ちのはやてと大志君、東京生まれとはいえこっちで四年間過ごした自分とは違い、雪菜は東北の冬に慣れ切っていない。
その上メンバーの中では最年少で、普段の体力もない。本当なら、深原女史たちと一緒に捜索に当たった方が良かったはず。
(約束したもんな)
一緒に雪のマレビトに逢いに行こうって。だからその約束を果たすためにも、置いておくわけにはいかなかった。それに、雪菜自身も意固地になって深原女史たちに加わらなかっただろう。
それなら、自分がしっかりと護ってあげればいい。私はそう心に言い聞かせながら、雪の魔宮と化した雪姫山を登って行く。
どれくらいの時間歩いただろう? 雪に化粧された針葉樹林の山道を歩き続けると、開けた場所に出た。
「見えた!」
雪の回廊の中をしばらく歩くと、目の前には小さな社が見えてきた。雪姫神社の奥宮だ。恐らく重喜さんがいるとしたら、ここに違いない。
「おじじ!」
はやてが社の方を指差し、大声で叫ぶ。するとそこには、一升瓶を抱えながら飲み耽っている重喜さんの姿があった。
「重喜さん!」
私は声をあげ、重喜さんに近付こうとする。その刹那、猛吹雪がピタリと止んだ。