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雪のマレビト  作者: 衛地朱丸
3/7

一月五日

三話目です。この話数が折り返しとなります。雪のマレビトとは? 雪菜の出自等、今まで語られなかった部分が明らかになります。

 翌日。雪菜は朝食時間に、大広間に姿を現した。

「おっ! 今日はちゃんと起きられたみたいだな」

「さすがに私だって学習する」

 昨日までの自分とは違うんだと言いつつ、雪菜は朝食を取り始める。

「では、行って来る」

 朝食を取り一時間後。身支度を整えた雪菜が、雪風荘を出ようとする。

「私も行くよ」

 私は玄関に向かう雪菜の後を追う。

「なっ! 付いて来るな!!」

 昨日のことをまだ根に持っているのか、雪菜は私を拒絶する。

「雪姫神社に行くんだろ? 私もちょっと用があってさ。一緒に行こうよ」

「誰が行くものか!」

「目的地が同じならいいだろ?」

「よくない! よくない!」

 雪菜は頑なに同行を拒否する。

「それなら、私も行きます」

 そこへ何故か、里美が割って出る。

「里美!?」

「私が先輩のお目付け役として同行します。それなら問題ありませんよね、雪菜ちゃん」

「そうだな。お前がこの男がセクハラしないか見張っているのなら、別に構わん」

 そんなこんなで、里美の監視付きとの条件で雪菜は応じてくれて、私たちは三人で雪姫神社へと向かうこととなった。



「んっ?」

 雪姫神社の境内に足を踏み入れると、喧騒が響き渡る。誰かが言い争っているようだ。

「だーかーら! ボクは雪郷に残るつもりはないんだよ。来年まではやってもいいけど、後は他に頼んでよー」

「理解できないわ! 雪姫神社の巫女が、社を捨てるというの!?」

「ボクはただ手伝っているだけで、正式な巫女さんじゃないよ」

 口論しているのは、はやてと深原女史だった。どちらも譲らず、終いには殴り合いになりそうな勢いだ。

「一体原因はなんなんだ?」

 昨日とは一転した二人のいがみ合いに、私は発端を訊ねる。

「大したことじゃないよ。冬子さんが来年以降も巫女役をお願いって言うから、ボクは高校卒業したら雪郷を出て行くって言ったら、急に怒り出しちゃってさ。ずっと雪郷に住めだなんて、わけが分からないよ」

 自分の進路を赤の他人にとやかく言われる筋合いはないと、はやては憤る。

「マレビト祭の巫女の代わりはいない、貴女だけにしかできない務めなのよ! 第一、貴重なボクッ娘巫女さんを、簡単に手放すもんですか!!」

 一方の深原女史は、はやてのマレビト祭に対する位置付けを根拠に反論する。最後は思いっきり私情だけど。

「何と言われたって、こんなつまんないところに一生住むなんて、ボクは絶対ゴメンだよ!」

「確かに都会と比べれば、劣っている面はあるわ。だけど、ネットが充実した現代なら雪郷にいたって、ある程度は物が揃うわ。仕事なら神社の後を継げばいいんだし、食うのには困らないでしょ!」

「分かってないなー。ネットでボタンをポチッと押しただけじゃ、何の楽しみもないよ。自分の足で探して、欲しい物を見つけて直接に手に取るのが楽しいんじゃないか。雪郷じゃ、満足にお買い物もできないし、遊ぶところなんて全然ない。ボクはこんな退屈なところとはバイバイしたいの!」

 両者は折り合いを付けず、話は平行線を辿ったままだ。

「まったく! これでは練習できないではないか。喧嘩するならマレビト祭が終わってからにしてくれ」

 さすがの雪菜も、二人の痴話喧嘩には呆れるだけだった。確かにこのまま仲違いして、マレビト祭が中止になったら一大事だもんな。

 新しいマレビト祭そのものを肯定するわけじゃない。ただ、雪菜が仕事できなくなるのは避けたい。何かいい手はないだろうか?

「私にいい考えがあります」

 そんな時、里美がトラックに変形する総司令官のように、何かを閃いた発言する。

「ようは、雪郷に住んでいても楽しめればいいんですよね? それなら、みんなで今から街に出てみるのはどうです?」

 隣の日高見市に行けば東京ほどではないにせよ、それなりに充実した遊びができると、里美は語る。

「それは名案ね! 貴女名前は?」

 深原女史は里美を称賛しつつ、里美の名前を訊ねる。

「はい。私は不来永里美と申します。よろしくお願いします、深原さん。私も、雪郷から人が離れていくのは寂しいことだと思っていますので」

 だから、少しでも地元にいたいと思えることをすればいいのではないかと、提案したと。

「面白そうだね! ボクは氷神はやて! よろしくね、さとねーねー!」

 里美が深原女史に礼をすると、今度ははやてが自己紹介する。これで全員、名前を知っている関係になったわけだ。

「私は行かないぞ。遊んでいる暇があったら、練習したい」

 みんながノリノリの中、一人雪菜が反対の姿勢を示す。

「そんなこと言わずに、一緒に来なさいよ雪菜ちゃん。時には息抜きも、悪くはないわよ」

「そーそ! ボクたちいなかったら、練習になんないし」

 さっきまで口論していた深原女史とはやてが意気投合し、雪菜を説得しようとする。

「そうだな……。帰って来てから練習するなら、行ってやってもいいぞ」

 雪菜は二人の顔をジロジロと眺めながらしばし考え、条件付きで同行することを承諾した。

「当然。関係者には午後からに変更するって伝えておくわ」

 深原女史は連絡を行うため、一旦境内を離れた。

「お待たせ。早速行くわよ」

 数分後戻って来た深原女史は、みんなを引き連れて出立しようとする。

「でもさー、どうやって行くの? バスと電車を乗り継ぐと時間もお金もかかるし、車で行けたらいいなー」

 バスは基本、通勤時間に数本。昼間は一本あるかないか。電車も一、二時間に一本だ。今から出ても、日高見市に着く頃には午後になっている。

 それに高校生であるはやてにとっては、運賃も馬鹿にならない。都会みたいに二百円でバス乗り放題とかじゃないし。

あくまではやてに楽しさを教えるのが目的なのだから、ここは本人の意志を尊重しなくちゃな。

「車ねぇ。私は徒歩か公共交通機関での移動が主だから、持ってないのよねぇ」

 自家用車に頼らず少しでも地元にお金を落とすのが政治家としての責務だという信条から、免許すら持っていないとのことだった。

「貴女、車は?」

「えっ? 私ですか? 一応旅館業務兼用のがありますけど……」

 突然話題を振られ、里美は戸惑いながら答える。

「そう。免許は?」

「はい。一応去年取得しました」

「なら、貴女が私たちを日高見市にまで連れてってくれるかしら?」

「ええー!? 私がですかー!!」

 深原女史に運転を頼まれ、里美は慌てふためく。

「ガソリン代くらい出すわ。言い出しっぺなんだから、それくらい引き受けてちょうだい」

「ううう。分かりました……」

 里美は渋々と承諾する。こうして私たちは日高見市に車で赴くため、みんなで雪風荘へ向かう。



「これが家の車です」

 雪風荘の車庫にしまわれていた車は、白色のワンボックスカーだった。食料品などをまとめ買いに行くこともあり、大きめの車を所有しているとのことだ。

「みなさん、好きな席に座ってください。エンジンを十分ほど暖めたら出発しますので」

 里美の言葉に従い、各々乗車する。

「あのっ! 先輩は助手席に座ってくれませんか?」

 私も乗車しようとすると、里美に声をかけられた。

「別に構わないけど、どうして?」

 何か助手席に座らなければならない理由があるのだろうか。

「いえ。先輩が隣にいた方が、心強いですので」

「ああ、そういうこと」

 特に深い理由でもないなと思いつつ、私は助手席へと座る。

「それでは出発します!」

 エンジンも室内もほどよく暖まったところで、里美がゆっくりとアクセルを踏み始める。

「そういえばさ。免許あるなら、どうして車で迎えに来なかったんだ?」

 駅で私を待ち合わせていたのだから、電車ではなく車で来れば良かったはずだと。

「実は……まだ、雪道を走ったことないんですよ」

「えっ……!?」

 今、とてつもなく重大なことを口にしたような。

「教習所に通い始めたのが四月で、取得したのが十月なんです。下宿先から大学には徒歩で通っていますから、運転自体あまり……」

「えええー!?」

 つまりは、まったくのペーパードライバーだってことか!?

「おわわ!?」

 わだちにタイヤが絡み、車が軽くスリップする。

「ちょっと! 安全運転しなさいよ!」

 心臓が止まるかと思ったと、深原女史が騒ぎ立てる。

「大丈夫か、里美?」

「はっ、はい大丈夫です。死ぬ時は一緒ですよ、先輩!」

「全然大丈夫じゃないからー!」

 冷や汗をかきながらニッコリと笑う里美。その後もブレーキが効かずにぶつかる直前で停車したり、カーブで曲がり切れずにスリップしたりと、アクシデント塗れのドライブは続く。

「ここまで来れば大丈夫です」

 雪郷を出立し、約一時間。車は日高見市へと入る。市内の道路は既に雪が解けており、里美でも難なく運転できた。ようやく命の危険から解放されたことに、私は安堵の溜息を吐く。

 それから市内の道路を三十分ほど走り、何とか目的のショッピングセンターに辿り着くことができた。

「じゅ、寿命が縮まるかと思った……」

 駐車し車から降りて来た雪菜は、顔面蒼白だった。そりゃ、あんなアクロバット運転で正気を保っていられる方が不思議だ。

「着いたー! ジェットコースターみたいで楽しかったー!!」

 いや、ここに一人いた。はやては車から降りるや否や、笑顔で背筋を伸ばす。死線を潜り抜けても平然としていられるとは、恐れ入る。

「や、やるわね……。それだけ元気があれば、思う存分遊べるでしょ?」

 覚束ない足取りで車から降りた深原女史は、フラフラとしながらもはやてに語りかける。

「うん! それじゃ早速、行って来まーす!!」

 はやては返事をするや否や、軽快な足取りでショッピングセンターの中へと入って行く。

「ははっ。まるで子供だな」

 雪菜より年上なんだけど、行動は妙に子供っぽい。そこがはやての魅力なんだなと、今更ながら気付く。

「にしても、どこに行ったんだろう?」

 一人でショッピングセンターの中を軽快に走って行き、姿を見失ってしまった。あの年で迷子ってこともないだろうから、いずれ合流できるだろうけど。

「大体想像はつくわね」

「えっ?」

「遊ぶって行ったら、決まってるじゃない」

 私は思い当たる節がある深原女史に続き、歩き出す。

「私は少し休んでいる……」

 見るからに気分の悪そうな雪菜は、青ざめた顔で噴水の周りにベンチが並べられているフロントエリアの方向に歩き出す。明らかな車酔いだな。

「里美は先に行っててくれ。私が看病しているから」

 私は雪菜の側にいてやろうと、後を追おうとする。

「いいえ。ここは私に任せてください」

「えっ?」

「そもそも雪菜ちゃんが体調を崩したのは、私の運転が下手だったせいですから」

 だから責任を取って雪菜の看病をすると、雪菜を支えながらフロントエリアの方へと向かう。

「分かった。頼んだぞ、里美」

 私は里美に一任し、深原女史の後を追う。

「ここは」

 深原女史が向かったのは、ゲームコーナーだった。確かに、遊ぶという表現が合うのはここだな。

「よーし、いっけぇぇぇ! そこだぁっ!!」

 ゲームコーナーの騒音に負けない、活発な声が響き渡る。クレーンゲームに興じているはやてだった。狙っているのは、女児向けアニメに出てくるマスコット妖精のぬいぐるみだった。

「お子様趣味ねぇ」

 無邪気に女児向けのマスコットゲットに挑戦している様を、深原女史がほくそ笑む。

「!? あれはっ!」

 深原女史は何かを見つけたらしく、クレーンゲームコーナーの方に早足で歩く。

「まさか、ほとんどが家族連れの施設に、コレがあるだなんて……」

 深原女史が興奮を隠し切れず見つめるもの。それは、オタク向けの魔法少女アニメに出て来る、白き契約魔だった。確かに子供向けアニメのプライズが並んでいる中にでは、一際異彩を放っている。知らない人から見れば可愛らしいマスコットにしか見えないのが、より凶悪だ。

「よし! 契約するわよ!!」

 深原女史は一念発起し、両替機で千円を五百玉一枚と百円玉五枚に両替した。

「クッ! なかなかやるわね!!」

 数分後。最初の千円を消費したけど、一向に取れる気配がなかった。深原女史は躍起になり、もう千円を崩す。

「キィィィッ! 契約してやる、契約してやるわよ!!」

 しかしその千円でもゲットできず。深原女史は魔女化する勢いで、更に千円を両替する。

「ハァハァハァ。よっ、ようやく契約したわよ……」

 総額三千四百円消費して、ようやく取れたようだ。ゲットした後の深原女史は、魂の入った容器が穢れたように憔悴していた。

「わーい! 二千円でこんなにいっぱい捕れたよー」

 そんな女史を嘲笑うかのように、両手で持ち切れんばかりのぬいぐるみを抱えたはやてが、私たちの前に姿を現した。ざっと見た感じだと女児向けアニメのマスコットの他に、ポケットなモンスターのぬいぐるみも紛れ込んでいるな。

「ぬわぁんですってぇぇぇ!?」

 自分より少ない金額で数倍のぬいぐるみをゲットしたことに、深原女史は驚愕する。傍から二人のクレーンゲームを見ていたけど、はやてのは対象年齢が低いので、割と易しめの設定がなされているものだった。

対して深原女史のは、数千円かけてようやく取れる難度だった。そもそも難易度が段違いなので、比較しても仕方ないことだと思う。

「まっ、負けてられないわよ! 次はあれで勝負よ、はやてちゃん!!」

 別に競い合っているわけではないのに妙な対抗意識を持った深原女史は、エアホッケーゲームの方を指差し、はやてに対戦を申し込む。やれやれ。どっちが子供なんだか。

「いいよー! ボク、身体動かすゲーム、大好きだし!」

 はやてはノリノリで、深原女史の挑戦を受ける。

「予め断っておくけど、手加減はしないわよ!」

 互いにコートの端に立つと、深原女史は本気で戦う宣言をする。自分と十近く離れた未成年に本気出すなんて、大人気ないなぁ。

「いっけぇぇぇ! プリティ・シャイニング・シュート!!」

 女児向けアニメの必殺技を叫びながら、軽快にショットするはやて。

「くうっ! 反応速度に追い付けない!?」

 対する深原女史は、はやてに翻弄されるばかり。結局、大差で深原女史は敗北してしまった。

「まだよっ、まだっ! 次はあれよ!!」

 続け様の敗北感に苦渋を舐めさせられた深原女史は、ダンスゲームの方を指差す。

「身体使うゲームはやめた方がいいんじゃないか?」

 今の勝負を見る限り、体力面では明らかにはやての方に分がある。対決するなら、格ゲーとかの方がいいと思うけど。

「それじゃ、私の気が晴れないわ! はやてちゃんは年下。相手の得意な物で勝負するくらいが、ちょうどいいハンデよ!!」

 その上で勝ってみせると、深原女史は躍起になる。やれやれ。これだとゲームコーナーの対戦ゲームを遊び尽くすまで、延々と繰り返されそうだな。

(雪菜は大丈夫かな?)

 私はふと雪菜の体調が気になり、フロントエリアの方に戻る。雪菜は帰ったら練習の続きをすると意気込んでいた。このまま回復せず、練習できないなんてことにならなきゃいいけど。



「あれっ?」

 だけど、いざフロントエリアに向かって見ると、そこに雪菜と里美の姿はなかった。一体どこに行ったんだろう?

「里美ー。今どこにいるんだー」

 私は里美のスマホに電話をかけた。

『あっ、先輩! 今書店コーナーの方にいます』

「書店? フロントエリアからどう向かえばいい?」

『入ってきた方と逆の方向に進んで、ブティックコーナーを左に曲がった先です』

「そうか。ありがとう」

 私は里美の指示に従い、書店コーナーを目指す。

「先輩、こっちです、こっち!」

 書店コーナーに足を踏み入れると、里美が手を振ってくれた。

「お待たせ。何で書店コーナーなんかに?」

「はい。雪菜ちゃんの体調が回復したようだから、どこに行きたいって訊いたら、探したい本があるからって」

「そうか」

 大方、通読している週刊誌とかを探しているんだろうな。

「ん?」

 てっきり週刊誌のコーナーにいると思っていたけど、雪菜の姿はなかった。どこにいるんだと周囲を見渡していたら、郷土に関する本が並べられているコーナーにいた。

「何の本を探しているんだ?」

「都人か。雪のマレビトに関する本がないかなと思ってな」

「雪のマレビトの?」

 何で今更、そんな本を?

「実は、雪のマレビトがどんな存在か知らないまま仕事を引き受けたんだ」

雪菜曰く、雪のマレビトという少女の役だという話だけしか聞かないで、仕事を引き受けたのだそうだ。

それだと逆に、どういった理由で仕事を受けたのかが気になるな。

「だから雪のマレビト役をやる前に、どんな存在か知っておこうと?」

「そうだ」

「そういうことなら、私が教えてやろうか?」

「知っているのか?」

「ああ。これでも大学の卒論は、雪のマレビトで書いたからな」

 だから、雪のマレビトに関しては下手な本より詳しいと自負している。

「そうか。なら、都人に教えを請うとするか」

「意外だな? てっきり『自分で調べるからいい』って断られると思っていたけど」

「一々本で調べるのは時間がかかるからな。知っているなら、都人に頼った方が早い」

「そっ、そうか」

「そういうわけで、よろしく頼むぞ、都人!」

 微笑む雪菜。その笑顔に、私は胸がときめく。会ってからずっと私を煙たがっていた雪菜が、初めて私を頼ってくれる。それが嬉しくて光栄で、心臓の鼓動は自然と加速する。

「コホン。ユーモア溢れる文章力に欠如している先輩が、人に教えるのは難しいと思いますけど?」

 そこへ、眼鏡を曇らせながら咳払いをして、里美が毒舌と共に間に割って入る。

「きっ、厳しいこと言うな、里美は」

 まあ、分かりやすい文章を書くのが苦手なのは認めるけど。

「ですので、私もご一緒します。それでいいですね? 雪菜ちゃん」

「うっ、うむ!」

 やや高圧的な里美の提案に、雪菜は冷や汗をかきながら承諾した。

「教えるのは帰ってからでいいか?」

「そうだな。この後はマレビト祭の練習だし。夕食後で構わない」

 確かに、余裕のある時間はそれくらいしかないな。

「けど、大丈夫か? これから帰って練習したら、クタクタじゃないか?」

 この二日間を見る限り、夕食後まで体力が持ちそうにないなと。

「私を舐めるな! 確かに昨日までは失態の連続だったが、今日は易々とお前の背中を借りたりはしない!」

 雪菜は頬をやや染めながら、そっぽを向く。

「はいはい。期待しているよ」

 素直な雪菜もいいけど、こうやって必至に背伸びしようとする雪菜が断然可愛いと、つい微笑んでしまう。

「しかし、話を聞くならこんなところに長いは無用だな。早く戻らばければ」

「そうだな」

 スマホを見ると、時刻表示は十三時を回ったところだった。昼食を取って帰れば、ちょうどいい時間だな。

「はやてたちと合流するか」

 みんなでまとまって昼食を取ろうと、私は二人を引き連れて、ゲームコーナーへと向かう。



「体調の方はもう大丈夫なのか?」

 ゲームコーナーへと向かう最中、雪菜の具合を訊ねる。

「問題ない。軽い目まいを覚えた程度だから、数分横になれば回復した」

 酷い車酔いだと思っていたけど、そんなに重症じゃなかったようだ。

「先輩、何だかジロジロ見られていません?」

 突然里美が、私の耳元で囁く。私は里美の言葉に従い、周囲の視線を注視する。

すると、確かにみんな物珍しいようなものを見る眼つきで、私たちを見ていた。

「結構知名度高いんだな、雪菜」

 注目されるのは、雪菜しかいない。私は会うまで名前すら知らなかったけど、それなりに有名なアイドルだったんだな。

「そんなわけないだろ。私はまだデビューしたてだ。テレビに出たことも、雑誌の取材も受けたことがない」

「そうなの?」

「ああ。雪のマレビト役が初仕事だからな」

 無名に等しいから、雪郷を訪れた時から一切顔を隠していないと、雪菜は語る。

「じゃあ、なんで?」

「珍しいからに決まってるだろ。私の白い髪と肌、赤い瞳が」

 自分の髪を右手でサラッとかき回しながら、雪菜は悟ったような声で呟く。

「そうか。でもそれって……」

 輝かしい者へ送る視線ではなく、まるで見世物小屋の珍獣に向ける視線ではないのかと。

「気にするな。奇異な目で見られるのには、慣れている」

 どこか物寂しい声で、雪菜は囁く。

「隠さなくていいのか?」

 人の視線が気になるなら、帽子を被るなりすればいいのに。

「この髪と肌と瞳は、私の誇りだ。コソコソと身を隠して生きるくらいなら、死んだ方がマシだ!」

 私の方を向き、心臓を捧げる調査兵団のように胸に手を当てながら己の信念を語る雪菜。この華奢な身体に確固たる意志を内包しているんだと、私は感服する。

「変だと思うなら、思えばいい。だがな、いずれトップアイドルとなり、私を蔑むすべての人間を見返してやる!!」

 キリッとした目を私の方に向ける雪菜。背負った時呟いていた言葉。あの時は何を見返すのか分からなかったけど、そういう理由か。

 恐らく雪菜は自分の身体的特徴が原因で、虐められていたのだろう。だから成功者となることで、自分に対する眼差しを覆そうとしているんだろう。

「頑張れよ、応援するからな」

 自分が思っている以上に、雪菜は色々と抱えている。それらを全部ひっくるめて、雪菜はアイドルとしての道を歩んでいるんだな。そう思うと、心の底から雪菜を励ましたくなった。

 雪菜とは、マレビト祭が終わるまでの関係。だけど、祭が終わった後もずっとずっと影ながら応援すると。

「うっ、うむ。ありがとう……」

 雪菜は顔を赤めながら俯く。それは初めて聞いた、ありがとうという言葉。

 ようやく雪菜の口から明確な感謝の言葉が聞けたことに、私は小躍りしたくなる心境だった。少しずつだけど、確実に雪菜との距離が縮まっていることに、嬉しさを感じずにはいられなかった。



「まった、ボクの勝ちいっ! いえいっ!!」

 ゲームコーナーへと戻ると、対戦格闘ゲームの前でジャンプしながら大手を広げるはやての姿があった。

「そっ、そんなっ! 体力勝負ですらない格ゲーでも、敗北を喫すると言うの……」

 一方の深原女史は、ガクッと背中を落とす。ハンデがどうのこうの言っていたけど、次第に余裕がなくなり、純粋な技術力が問われるゲームに移行したんだろう。その上での完全敗北なんだから、凹むのも理解できるな。

「そろそろ飯でも食って帰らないか?」

 深原女史的にもいい頃合なのではないかと、私は声をかける。

「そっ、そうね。今日はこのくらいで勘弁してあげるわ!」

 全敗したであろうにも関わらず、自分が主導権を握っているかのような言動。この呆れるほどの傲慢さは、ある意味尊敬できるな。

「はやても十分遊んだよな?」

「うん! いーっぱい、遊んだよ! もうお腹ペコペコ」

 はやては笑顔で両手を押さえて、空腹をアピールする。そんな感じに二人と合流し、みんなで飲食コーナーへと向かった。

 飲食コーナーは中央にテーブルと椅子が並べられ、周囲に数軒のテナントが並んでいる形式だった。これなら、各々が好きなのを食べられるな。

「すごい人だかりだな」

 飲食コーナーは人でごった返していて、空きテーブルはパッと見て分からなかった。既に正午は過ぎているけど、まだまだすく気配はないな。

「ここ空いてるよ、ここ!」

 そんな中、はやてが駆け足で周囲を見渡し、空きテーブルを見つけて手を振った。みんなでそこに向かい、手荷物を椅子に置き、各々のコーナーへと散る。

「お待たせ」

 私が頼んだのは野菜たっぷりの味噌ラーメンで、出来上がるのに時間がかかり、席に戻ったのは最後だった。

「里美はかけそばか」

 自分の右隣に座っているのは、里美。里美が注文したのは、ネギしか具のないかけそばだった。

「これがダイエットには最適ですので」

 確かにカロリーが高めの外食じゃ、そばが無難そうだもんな。

「雪菜はハンバーガーのセットか」

 里美の右隣に座っている雪菜は、ハンバーガーにフライドポテト、ソフトドリンクの典型的なセットだった。

「汁物は苦手だからな」

 確かに猫舌な雪菜が、自分みたくラーメンを注文するわけないもんな。

「えへへ。プリティガールズのハピネスセット、欲しかったんだー!」

 雪菜の右隣に座っているはやても、ハンバーガーのセット。ただしこちらは、子供向けのおもちゃが付いたものだった。

 プリティガールズとは、日曜朝の八時半に放映している女児向けアニメだ。小さい子供はおろか、所謂オタクたちからも絶大な支持を集めている。はやてがいつも口ずさんでいる必殺技は、この作品を参考にしているそうだ。

 そのプリティガールズのグッズが入手できたことに、はやてはご満悦だ。

「次こそは、勝つわよ!」

 私の左隣に座っている深原女史は、ゲームでの敗北を未だ引きずっているようで、はやてへの敵愾心を燃やす。テーブルに置かれているのがカツ丼なのは、次回へ向けての願掛けなんだろうな。

「里美、挨拶の方を頼むよ」

「はい。それでは皆さん、いただきましょう」

 里美が両手を合わせ、食事前の挨拶を行う。みんなもそれに従いいただきますと言い、食べ始める。肝心の料理の味は可もなく不可もないという感じだったけど、みんなと一緒だったので、楽しく食べることができた。

「ごちそうさまっ! 食後のデザート、買いに行こーっと!」

 一番乗りで食べ終えたはやては、トレイを持って席を立つ。返却コーナーへ置くと、その足でソフトクリームコーナーへの方へと向かう。

「ふわぁ。満腹で眠くなってきた……」

 腹いっぱい食べた雪菜は、目をウトウトとさせ、眠たそうな顔をする。

「雪菜ちゃんを連れて、先に戻っていますね」

 車で寝かせておいた方がいいだろうと、里美は半分寝かけている雪菜を連れ、駐車場の方へと向かう。

「ふふふっ」

 食事を終えた深原女史は、注文したコーヒーを飲みつつ、笑みを浮かべる。

「さっきまでとはえらい違いですね」

 食事を行う前までは、あんなに悔しそうにしていたのに。今は別人に豹変したかのように上機嫌だ。

「ええ。人々の笑顔を見ていたら、幸せな気分になったのよ」

「えっ?」

「周囲を見れば分かるわよ。家族連れやカップル、飲食コーナーには色々な人がる。でもみんな、笑顔を絶やさないで食事を取っているわ」

 深原女史に言われるがままに、辺りを見渡す。確かにみんな、楽しそうに和気藹々と食しているな。

「人々の笑顔を見る度に思うのよね。この笑顔こそが、自分が政治を志した原点だって」

「えっ?」

「議会や政治活動ばっかりやっていると、つい忘れがちになっちゃうのよね。自分を支えているのは、ここにいるような人たちだって。

 国のため社会のためだって、ご大層なお題目を唱える政治家は多いわ。でも、スローガンばかりが先行して地に足をちゃんと付けてなきゃ、その言葉は空虚なものでしかない。自分の目に映る人々が笑顔を絶やさない世の中を創り上げる。それが、私の政治家としての使命だと思っているわ」

 足元を見るか。オタク趣味といい、はやてとの勝負に躍起になる姿といい、深原女史は政治からしからぬ俗っぽい人だと思った。

 でも、それがいいのかもしれない。聖人君主ぶって一般的な価値観を持っていないような政治家よりは、よっぽど庶民的だ。

「地熱発電所を建設しているのも、人々の笑顔のため?」

 私は気になっていることを、深原女史に訊ねてみた。

「貴方、雪郷の人間じゃないのに、発電所のこと知っているのね」

「ああ。昨日雪姫山の方へ行ったからな。最初は雪姫山の環境が変わることを受け入れられなかった。だけど、里美や深原女史の話を聞いて、思い直すようになったよ」

「ふふふっ。少しは柔軟な考えができるようになったわね」

 自分の考えに賛同の姿勢が嬉しいようで、深原女史は大人の笑みを漏らす。

「貴方、何故雪郷の過疎化が進んでいるか分かるかしら?」

 突然、深原女史はそんなことを質問してきた。

「えっ? それは住み辛いから?」

 外に出て行くことを願うはやてを見る限り、住むのに不便だからというのが、一つの答えのような気がする。

「確かに、その一面はあるわ。生活するには車が不可欠。バスや電車じゃ、都会に比べて著しく移動が制限される。でもそれは、過疎化が進んでいるからこその悪循環なのよね」

 利用者が少ないから、自ずと運行本数が減り不便になる。ようは結果としてそうなっただけで、根本的な原因ではないと。

「寧ろそれ以外のインフラに関しては、昔と比べて向上しているの。道路は昔より広くて走り易くなっているし、何よりネットの力が大きいわ」

「ネット?」

「ええ。ネットがあれば通販サイトで物が変えるし、スマイル動画なんかでいつでもアニメが視聴できる。つい十五年ほど前までは考えられなかった世界。ネット社会が、地域格差を解消に向かわせているのよ」

 ネットが普及して世の中が便利になった自覚はある。でも、都会に住み続けていた自分以上に、地方は恩恵を受けていたんだな。

「学生の頃は、ホント大変だったわ。テレ東のアニメはこっちじゃほとんどやらないし。雪郷にはレンタルビデオ店もないから、隣町まで自転車飛ばすしかなかったし」

 ふと、学生時代の深原女史をイメージする。放映していないアニメを見るがため、レンタルビデオ店に向かって必死に自転車を漕ぐ様は、何だか微笑ましく思ってしまう。

「まあ、つい最近でもアーケードのアイドル育成ゲームをプレイするため、バスと電車を乗り継いで設置店舗まで通ったし。今は今で、アニメ実況に参加できない悔しさはあるわ。ネット上でフォロワーが楽しそうに実況しているのをただ眺めているのしかできないのは、口惜しいものよ」

 思いっきり個人的な愚痴になっていることに、私は苦笑するしかなかった。

でも、こういう俗っぽいところを見ると、この人も自分たちと同じ人間なんだなと、妙に安心してしまう。

「コホン。ともかく、多少難な点はあるにせよ、昔より過ごし易くなっているのは確かなのよ。それでも、人口流出は歯止めがかからない。これは、どうしてかしら?」

「うーん。となると、仕事かな?」

「仕事?」

「ああ。若い世代がやりたそうな仕事がないから、みんな関東圏なんかに行っちゃうとか」

 自分自身の経験から、大卒に見合った仕事は限られた。せっかく大学を卒業したのに、製造業なんかに就職できないもんな。

「半分は正解ね」

「半分?」

「ええ。例えば県南の職業安定所が高校生にアンケートを取ったところ、半数以上が地元の企業に就職したいと回答したわ」

「そんなにっ!?」

 結構な数だな。もっと外に出たい人の割合が多いと思っていたけど。でも、高校生なら製造業で妥協とかするだろうし、人口減の根本的な原因とはならないような。

「だけど、その高校生の有効求人倍率は、六割を切っているわ」

「!?」

「これは何も高校生だけじゃない。他の世代も似たり寄ったりの数字。働きたい人に対して、あまりに仕事の数が少ないの」

「……」

「県全体を見れば震災復興関係で改善しつつはあるけど、平賀市は恩恵を受け辛い立地条件。つまりは生活の糧を得るためには、市外に出ざるを得ないのよ」

 そういうことか。いくら地元に残りたくても、生活の基盤がなくてはどうにもならない。やむをえず県外に就職する人が多いってことか。

「となれば、人口流出に歯止めをかけるには、雇用の創出しかないのよ。地元に残りたい人すべてに仕事を与えられるくらいに」

 もっとも、仕事が潤沢にある状況で、それでも県外に行きたいというのは仕方ないと、深原女史は語る。

「そしてこの創出には、工場誘致はベターでしかないわ」

「どうして?」

「景気に左右されるからよ。好景気や事業拡大によって、新たに大手企業の工場が建設されるまではいい。だけど、景気や会社の業績悪化によって撤退する危険性もある。ようは工場誘致じゃ、企業に手綱を握られたままなのよ」

 同じような理由で、今いるショッピングセンターの類も、そんなには良くないものだそうだ。大型商業施設はいざ建設されると、周辺商店街の収益を一気に吸収し、業績悪化で撤退すると、そこには崩壊したシャッター街しか残らない。所謂ハゲタカの部類に該当するとのことだ。

「つまり誘致するには撤退の危険性がない、安定した雇用を創出できる施設がベストなのよ」

「だから、地熱発電所の建設を?」

「そういうことよ。電気が足りなくなることはあっても、多過ぎってことはないから」

「確かになぁ。震災の時体感したけど、電気がなきゃ現代文明が成り立たないもんな」

 最初は何で発電所なんかと思った。でも、深原女史の話を聞いて納得した。この人は、真剣に雪郷のことを考えている。故郷の過疎化を食い止めるため、多くの人が働ける職場を創ろうとしているんだ。

「それでも、予算がなかなか通らなかったのよね」

 そもそも雪郷への地熱発電所誘致を提唱したのは、深原女史の父だった。衆議院議員になった時から盛んに建設予算の捻出を国に嘆願していたが、予算は下りなかったという。

「どうして?」

「国にとって、地熱発電所の優先順位は低かったからよ。何せ一昨年の事業仕分けで、地熱発電関係の事業が抜本的改善の措置を受けたくらいだもの」

 知らなかった。スパコンやはやぶさ後継機の予算削減は知っていたけど、そんなのまで仕分けの対象になっていただなんて。

「じゃあ、国にとって優先順位が高かったのって?」

 深原女史の言うように、電気がいらなくなるということはない。となると、地熱より優先順位の高かった発電があるはずだと。

「そんなの決まっているじゃない。原発よ」

「!?」

 その言葉を聞いた瞬間、背中にゾクリと冷たい物を感じた。東日本大震災に伴う原発事故。震災の復興が各地で進む中、原発の終息は未だ見えない。もしも原発被害がなかったら、どれだけ復興の負担が軽減されたことか。

「でも、今は」

「そう。それはあくまで、震災前の話。皮肉なことに、原発事故が雪郷における地熱発電所誘致に、光明をもたらしたのよ」

「……」

 良くも悪くも原発事故のお陰で、結果として長年の夢が実現に至ったってことか。

「一応断っておくけど、私は地方自治体が原発を誘致したことを否定しているわけじゃないの。原発を誘致した自治体も、雪郷と何ら変わらない。故郷の過疎化に歯止めをかけたくて、雇用が創出できる施設が欲しかっただけ。だから、誘致したことそのものを非難するのは、お門違いもいいところね」

 原発に関しては、何で首都圏には建設しないんだ? といった批判は、事故前から聞いていた。確かに、関東で使用する電力の供給源を、わざわざ南東北に求めたのは奇妙な話だ。

 だけどそれは、首都圏は「原発がなくても食っていけるから」だ。無論、電気がなくては生活できない。ようは、原発なんかなくても人は集まり、有り余るほどに仕事が潤沢にあるからだ。

 こっちの大学に進学するまで、私は原発の恩恵を受け続けていた。その事実に関してあまりに無頓着だったことが、今となっては恥ずかしい。

「恐らく今後も、新しい原発建設は極めて困難な状況が続く。例え技術があっても、世論が許さないわ」

 確かに、狂信的な脱原発派が目に余るところはあるけど、国民の多くは新たな原発の建設には否定的だろう。

「でもね。エネルギー政策の転換は、そう簡単にできるものじゃない。去年から節電節電言っているけど、今後十年は節電が前提の生活が続くと思うわ」

「だからこそ、昔から計画が進んでいた、雪郷における地熱発電所のアドバンテージが大きいと?」

「ええ。あと五年もあれば建設は終わるわ。この雪郷が県内、ひいては東北の電力の一翼を担うのよ!」

 それが親子二代に渡る悲願だと、深原女史は力説する。

「もっとも。それだけじゃまだ不十分なのよね」

「どうして?」

「雇用は創出できても、雪郷の全国知名度は低いまま。例えば貴方、今現在日本にある地熱発電所の場所が分かるかしら?」

「えっ、それは……」

 深原女史に訊ねられ、私は答えに窮する。原発なら話題になるからある程度は答えられるけど、地熱に至ってはそういった発電所が存在していることくらいしか知らない。

「答えられないでしょ? 発電所で雇用の創出はできるけど、雪郷に住まう人すべての収入を支えられるわけじゃない。となれば、雪郷の知名度を上げて、観光客を増やす必要もあるのよ」

「そうか。だからマレビト祭を……」

 全国的な知名度を誇る祭に昇華するため、大胆な変更を行ったのか。

「例えば民話の郷で有名な遠野だけど、よくよく考えれば民話が伝わっている村落なんて、明治期にはいっぱいあったはず。それらを差し置いて、何故遠野が全国的な知名度を誇るようになったのかしら?」

「それは……『遠野物語』のお陰?」

「そう。柳田國男が本で遠野の民話を紹介したから。そのお陰で遠野には、出版されてから百年以上も絶えず観光客が訪れ続けているのよ」

 それだけ物語には大きな力が内包されていると、深原女史は語る。

「逆に言えば魅力的な伝承が残されていても、紹介されなきゃ埋もれたままってことよ」

「そうか。雪のマレビト伝説は……」

 正直ながら、全国的な知名度を誇っていない。卒論を書いた私でさえ、大学の研究会で知り合った里美の話を聞いて、初めて知ったくらいだ。

「フフフ。貴方も分かって来たかしら? 『伝統で飯が食えるのか』の意味が?」

「ああ。よく分かったよ。深原女史は何も、マレビト祭を否定したいわけじゃない。ただ、日本国中のみんなに故郷の伝承や祭を知ってもらいたいだけなんだな」

「ええ、そうよ」

「そういうことなら、喜んでマレビト祭に協力させてもらうよ!」

 自分と同じく雪のマレビトを愛する人なら、その手を取り合うべきだと、私は立ち上がって右手を差し出す。

「その言葉を待っていたわ、宮本都人君! 雪郷を訪れたマレビトの一人として、明々後日のマレビト祭、よろしく頼むわ!!」

 深原女史も立ち上がり、私の右手を摑む。こうして私と深原女史は紆余曲折の末、雪解けを迎えた。

「でも、私がマレビトって?」

「あら? マレビトって本来、『外から稀に来る人』って意味じゃない。私がそんなことも知らないと思って?」

「いや、語源的にはそうなんだけど……」

 でも、深原女史が本来の意味を知っているほどに博学なことに、私は驚くばかりだ。

「そういう意味では、雪菜ちゃんも〝マレビト〟でしょ? 今年だけじゃなく、毎年訪れてくれるなら」

「確かにな」

 本人が望むかどうかは分からないけど、もしもそれが叶うのなら、とても素敵なことだと思う。正真正銘の雪のマレビトになるなんて。



「おっ待たせ~~!」

 深原女史と和解した直後、はやてが席に戻って来た。

「随分遅かったな?」

 ソフトクリームを頼むだけなら、こんなに時間がかからないはずだと。

「えへへ。ソフトを食べ終わった後、食品売り場に行ってプリティガールズのオマケ入りのお菓子をね……」

 テヘッとベロを出し、はやてはビニール袋の中身を曝け出す。中には、プリティガールズの食玩がいくつも入っていた。

「そんな物まで買えば、十分過ぎるくらい楽しんだわよね」

「うーん。そのことなんだけど……」

 はやては罰の悪そうな顔で苦笑する。

「あら? 不満足かしら?」

「ううん。楽しかったよ。特に、冬子さんがボクと真剣に勝負してくれたのが!」

「あらそう、ありがと……」

 満面の笑みでお礼の言葉を述べるはやてに、深原女史は頬を赤らめる。何だかんだでこの人も、人に褒められるのは嬉しいんだな。

「だけどさ。ここは雪郷じゃないよねって」

「えっ?」

「車で一時間半もかけなきゃ遊べないなんて、不便だなって。それなら、東京に行った方が交通費もかけられず遊べるでしょ?」

 だから楽しめたことは楽しめたけど、雪郷に残りたい根本的な理由にはならないと、はやては語る。

「そう……」

 深原女史は困惑する。朝の深原女史なら、猛烈にはやてに反論したことだろう。しかし、はやて自身が感謝しているようでは、頭越しに否定もできないだろう。

「もう少し考える必要がありそうね。とりあえず今日は、帰って祭の練習をしましょう」

「うん! また機会があったら一緒に遊ぼ、冬子さん!」

「ええ。次に遊ぶ時は貴女に勝ってみせるわ。覚悟なさい」

「えへへ。楽しみにしてるよ~~」

 二人は笑顔で手を繋ぎながら、駐車場を目指す。何だかんだで朝喧嘩していた二人が仲直りしたんだから、日高見市に繰り出したのは大正解だったな。

「先輩たち、待ちくたびれましたよ」

 駐車場に戻ると、車を温めていた里美が不満の声を漏らす。確かに里美が車に戻ってから二十分は経っているもんな。話に夢中になってしまったと、反省する次第だ。

「雪菜はちゃんと寝ているか?」

「はい。椅子を倒して寝かせています」

「どれどれ?」

 私は雪菜の様子が気になり、ワンボックスカーの後ろのドアを開ける。

「すぅー。すぅー」

 すると、可愛い顔で寝ている雪菜の姿があった。帰ってからは練習だ。休める時に休んでいた方がいいだろう。

「まあ! 何て可愛らしい寝顔なの! 絶好のシャッターチャンスよ!!」

 私に続いて乗車した深原女史が、興奮しながらスマホで写真を撮る。まったく、この人はこの人で、熱烈な雪菜のファンだな。

「それじゃ、出発しますよ」

 みんなが座り終えたのを確認すると、里美はアクセルを踏み出す。

「今度は大丈夫だよな?」

 また来る時みたいな地獄は御免こうむると、里美に注意を促す。

「多分大丈夫です。今日は天気もいいですし、多少は雪が解けているはずですから!」

 つまりは、解けてなければ危険な目に遭う可能性はあるってわけか。里美は笑顔で力強く安全性をアピールするけど、半信半疑と言わざるを得ないな。

 そんなこんなで不安はあったけど、里美は注意深く運転してくれて、帰りは背筋が凍るような事態は起きず、無事に雪郷に戻ることができた。



「今日は神輿を担ぐ練習を行うわよ」

 雪郷に帰った足で、雪姫神社へと赴く。街に繰り出したことで雪菜が疲れているだろうから、今日は踊りの練習を行わず、境内の中で神輿を担ぐ練習をすると、深原女史から指示が出た。

「神輿は誰が担ぐんだ?」

 到底一人では担げるものではないので、数人の人手が必要なはずだと。

「雪郷の中高生よ。マレビト祭は、若い世代を中心にやりたいと思っているから」

 それは、これから社会へ出ることとなる若者に、少しでも雪郷の魅力を伝えたいからだと。マレビト祭に好感を持てば、例え雪郷の外に出ても、祭の度に帰って来るはずだと。

「神輿も若い世代で新たに作ったのよ。伝統も大切だけど、若者が魅力を感じなきゃ、次代へ繋がらないからね」

 だから、新たなマレビト祭は何もかも若者向けにアレンジしたんだと、深原女史は力説する。

「それで、神輿の方は?」

「こっちよ」

 私は深原女史に、神社の奥へと案内される。

「これは」

 神社の倉庫にあったのは、全長が二メートルほどの小さな神輿だった。中に雪菜が入るのだから、ちょうどいい大きさだ。

「これを前後合計八人の男で担ぐ予定なんだけど……」

 そこまで喋って、深原女史は困った顔をする。

「実は、貴方を含めても七人にしかならないのよね」

 思ったより人が集まらなかったってことか。

「まあ、根気で何とかなるよ」

 三、四人も足りないとなると深刻な問題だけど、一人くらいなら持ち堪えられるだろうな。

「そう言ってくれると嬉しいわ」

 そんなこんな話をしていると、深原女史が午前中の内に連絡を入れていた雪郷の若者たちが、徐々に集まり出した。

「どうも。東京から来た宮本都人です。今日からよろしくお願いします!」

 私は初顔合わせとなるみんなに、深々と礼をしながら自己紹介した。

「へぇ。アンタも参加するんでスか。こりゃ、当日が面白くなりそうでスぜ!」

 すると、メンバーの中の一人が声をかけてきた。身長は百八十センチほどで、短髪で肩幅の広い、体格のいい男だった。

「えっ? 私のことを知っているのか?」

「そりゃそうでスぜ。何せ去年の冬、アンタを助けたのは、この俺でスから!」

「なっ、何だって!?」

 衝撃の事実が語られる。てっきり雪のマレビトに助けられたとばかり思っていたけど。私を助けてくれた人がいたのか。

「ありがとう。でも、どうして?」

 私は今更ながらお礼の言葉を述べると共に、去年はそのことを伝えなかったのだろうと訊ねる。

「正義の味方は、簡単には名乗らねぇもんでスぜ。それに助けたって言っても、麓から雪風荘まで運んだだけでスから」

 だから、命の恩人とまで言われることはしていないと、男は豪快に笑う。ということは、麓まで運んだのは、やはり雪のマレビト?

「おっと! 自己紹介が遅れましたでスぜ! 俺は衛島大志(えとうだいし)。十八歳の高三。まっ、こいつ等のリーダー的存在。戦隊で言うところのレッドってところッス。本番までヨロシクでスぜ、都人サン!」

 陽気な声で握手を求めて来る大志君。自分を戦隊に例えるなんて、深原女史と同類の人間なんだろうか。

「みんな揃ったところだし、早速表まで運んでもらおうかしら?」

「応よ、姐さん! いくぞオメェラ!」

 大志君が号令をかけると、みんな一斉に神輿を担ぐ態勢に入る。

「都人サンはそうだな。俺の隣、前の右側を頼みまスぜ」

「分かったよ」

 私は従うまま位置につく。

「何せ都人サンは、外から来た有名人だからでスから。一番目立つ所担当してもらわネェと。ワッハッハ!」

 大志君に続き、みんなも大声で笑う。何だかこんな風に担がれると、妙に気恥ずかしい。

「んじゃ、行くゼェッ! おりゃあ!」

 大志君の掛け声と共に、神輿を担ぐ。神輿は七人で担いでいるせいか、そんなに重くなかった。

「あっ! 神輿だー!!」

 奥から出て来た神輿を見るや否や、はやてはぴょこぴょこと走りながら近寄って来る。

「どうだぁっ、なかなかの力作だろ? はやて!」

「うん! 頑張ってね、大兄ぃ!」

「はやてと知り合いなのか?」

 やたらと親しそうに話しているので、私は大志君に訊ねる。

「応よ! 俺とはやて、それと神輿担いでる何人かは、幼馴染みでスぜ!!」

 年も性別も違うが、幼い頃から一緒に遊んだ仲だと、大志君は語る。

「そーそ! ボクが戦隊のピンク役やる代わりに、大兄ぃたちがプリティガールズの敵役やってくれたりしてさ。あの頃は本当、楽しかったなー」

 在りし日を思い浮かべ、はやては一瞬寂しそうな顔をする。

「じゃあ、ボクは祝詞詠む練習しなきゃ! それじゃーまたねー!!」

 だけど、すぐにいつもの笑顔に戻って、はやては社殿の方へと走って行く。さっき見せた表情は一体。はやてはその笑顔の裏に、何を隠しているのだろうか?



「これが、神輿か……」

 自分が乗ることになる神輿を目にし、雪菜が感嘆の声を漏らす。人一人が乗る大きさなので、かなり小規模な神輿だ。だけど、手作りの暖かい感じが伝わる、良い作品だと思う。

「どんな気分だ、雪のマレビトになる気分は?」

「そうだな。悪くはないな」

 こうなってくるとますます雪のマレビトのことを学ばなければなと、雪菜はやる気を喚起させる。

「マレビト様も乗ったことだし、行くぞ、オメェラ!」

 雪菜が乗ったのを確認すると、大志君のかけ声に合わせ、再び神輿を一斉に掲げ始める。神輿は雪菜が乗ったことで、さっきより少しだけ重たい。

「抜錨! ヨーソロ!!」

 船乗りのようなかけ声で、大志君が一歩を踏み出す。私もそれに合わせて右足を出す。神輿は連携プレイ。ここにいる七人の息をピッタリに合わせなくてはならない。

 他のみんなは十分練習しているだろう。自分一人だけ初めてなんだから、この数日でしっかりと追い付かなきゃな。

 それから三十分ほど、神輿を担ぎながら神社の境内をグルグルと回る。最初の十分は割りかし楽だったけど、その後はだんだんと辛くなってきた。

「暗くなって来たし、今日の練習はここまでね。みんな、お疲れ様」

 深原女史が号令をかけることで、この日の練習は終わりを告げた。

「ふぅ」

 私は神輿を倉庫に片付け終えると、その場にペタリと座り込んだ。普段はほとんど運動をしていないせいで、たった三十分担いだだけで、もうヘトヘトだ。

「お疲れサンでした、都人サン!」

 座っている私に対し、大志君がスポーツドリンクを手渡してくれる。

「ありがとう」

 私はお礼を言いつつ、ゆっくりと飲み干す。火照った身体と渇いた喉がよく潤い、多少なりとも疲労が改善する。

「大志君は凄いなぁ。人一倍頑張っていたっていうのに」

 本来二人で担ぐところを、たった一人で担いだ。にも関わらず、練習終了後も涼しい顔をしている。自分より練習を重ねているとはいえ、その強靭な体力には感服してしまう。

「普段からガッチリ鍛えてまスんで。伊達に一般曹候補生受かってませんでスぜ!」

「一般曹候補生? ということは、自衛隊に?」

「応! 春から日本を護るスーパーヒーローの一員でスぜ!!」

 豪快な声で大志君は語る。大志君が自衛隊を志したのは、去年の大震災がきっかけだったという。

「沿岸部が壊滅な被害を受けたことにショックを受けたんでスけど、同時に自衛隊の活動に感銘受けたんでスよ。自分、子供の頃特撮ヒーローに憧れてて。将来は絶対にスーパーヒーローになるって意気込みながら、はやてたちと遊んでたんでスよ」

 だけど大きくなるに連れ、あれは空想のもので実在しないと自覚し、自然と夢ではなくなっていったとのことだ。

「けど、テレビに流れる自衛隊の活躍見て思ったんでスよ。自分が憧れていたスーパーヒーローは存在していた。それはテレビに写る自衛隊だって」

 彼等は悪の組織を戦っているわけではない。でも、大震災という悪の組織以上の強敵と、被災者を護るために闘っているんだと。

「そう思ったら、自然と目に涙が溢れてきたんでスよ。俺は自衛隊っていうヒーローになるんだって、決心したんでスよ」

 それからは、日々勉学と体力作りに励んだという。辛いと思う時があっても、被災地の自衛隊はもっと大変だ。このぐらいで諦めているようではスーパーヒーローになることはできないと、自分を励ましながら。

「凄いね、君は」

 十八歳でもう自分の将来の姿を描き出し、その道に向かい邁進しているんだから。

 自分はこの一年、ずっと雪のマレビトを追い続け、論文を書くのに熱中した。そのお陰で卒論は大学の教授陣にも修士論文並みの出来だという、高評価をいただくことができた。

 でも、卒論に注視するあまり、就職活動は完全に疎かになっていた。勉学に励んでいたと言えば聞こえがいい。だけどそれは、研究以外にやりたいことがなかったからだ。

 自分は一体何になりたいんだろう? その答えが見出せないまま、徒に時間ばかりが過ぎていく。雪のマレビトと再会できれば、自分の歩むべき道も開かれるのだろうか?

「んじゃあ、また明日ヨロシクでスぜ、都人サン!」

 大志君は私に別れの挨拶をして、帰って行く。私も頂いたスポーツドリンクを飲み干すと、ゆっくりと立ち上がる。

悩んでいても仕方ないな。今はマレビト祭の練習と、雪のマレビトとの再会のことだけを考えよう。目の前のことをこなしていれば、自ずと道は開けるはずだし。



「ん?」

 境内に戻ると、キョロキョロ辺りを見回している雪菜の姿があった。ひょっとして、

「私を待っていたのか、雪菜?」

「なぁっ!?」

 私に声をかけられると、雪菜はビクッと背中を仰け反らせる。

「べ、べ、別にお前を待っていたわけじゃないぞ! ただ帰る方向が同じなら、一緒に帰った方が効率的だと思っただけだ!」

 それを世間では待ってるって言うと思うんだけど。

「とっ、とにかく戻るぞ!」

「はいはい」

 私は苦笑しながら、早足で歩き始める雪菜の歩幅に合わせるよう歩き始める。

「凄いな、雪菜は」

 雪風荘へと向かう最中、私は突然雪菜を褒め称える。

「むっ? 何だいきなり?」

「中学生でもう、一人前に仕事をしてるんだからな」

 芸能活動とはいえ、それは立派な仕事だ。学業もある中忙しいアイドル活動をやっているなんて、なかなかの根性だなと、改めて思う。

「全然凄くなんかない。ここしか私の存在を認めてくれる場所がなかったからな……」

「えっ!?」

 低めの声で呟きながら俯く雪菜。存在、場所。華やかなアイドルからとは結び付きのなさそうな単語が漏れたことに、私は戸惑う。

「なっ、何でもない! 早く戻るぞ!! 雪のマレビトの話を、お前からじっくり聞かなくてはならないからな!」

 雪菜はそっぽを向き、白い髪をたなびかせながら歩くスピードを速める。

 自分が思っている以上に、雪菜は色々なものを抱えているんだろう。今以上に寄り添えれば、心の内に押し込んでいるものを洗いざらい吐き出してくれるのだろうか?



「では、話してもらおうか」

 夕食後。大広間において、私と里美による雪のマレビト講習会が催された。聴講客は雪菜のみ。炬燵の上には智子さんの厚意で、お茶と菓子類が並べられている。

「じゃあ説明を始めるぞ」

「うむ」

「いいか。そもそもマレビトっていうのは、民俗学者の折口信夫が提唱した、日本民俗学の根幹を形成する一要因で。折口が提唱する以前は……」

「先輩! 先輩!」

「何だ里美?」

 説明し始めていきなり、里美に呼び止められる。

「そんな小難しい説明したら、理解できませんよ」

「えっ?」

 里美の忠告を受けて、私は雪菜の方に目を向ける。

「折口信夫? 民俗学の根幹?」

 すると、雪菜はちんぷんかんぷんな顔をしていた。

「めっ! 先輩は砕いて説明するのが下手過ぎます。そんなんだから、教員免許落としちゃうんですよ」

「うぐっ!」

 痛いところを突いてくるなぁ。でも学者や大学生相手ならともかく、何も知らない一般人に話すには、もう少し分かりやすく話さなきゃな。

「代わりに私が説明します。ようはマレビトって言葉は、アイドルみたいなものなんです」

「アイドル?」

「アイドルっていう明確な職業があるわけじゃなく、歌手だったり女優だったりする人の一部を、アイドルって呼んだり例えたりしますよね? 一要因って言うのは、そういう意味です」

「ふぅむ」

「で、民俗学者って言うのは、昔々あるところにって感じで始まる昔話がありますよね? そういった昔話や、昔から伝わる風習を研究している人たちのことを言うんです。折口信夫と言う人は、民俗学者の中でも有名な人の一人なんです」

「成程」

 里美の説明に、雪菜はうんうんと頷く。私の言葉を頭越しに否定せず、補足しながら説明する手腕は、舌を巻くばかりだ。

「それでだ。その学者さんが提唱する前は、〝稀に来る人〟。ようは時たま訪れるお客さんのことを指していたんだ」

 この辺りは深原女史と話したこともあり、何とか分かり易く説明することができた。

「んー。ということは、本来の意味では、私もマレビトってことになるのか?」

「そうだな」

「では、その折口という学者が提唱したマレビトというのは?」

「えっとですね。折口さんが提唱したマレビトは、常世から稀に現れる神様のことを指すんです。常世って言うのは、俗に言う死後の世界やあの世のことです」

「あの世? それでは神様と言うより、死神という感じだな」

 里美の話を聞き、雪菜が率直な感想を漏らす。確かにこの説明だと、死者の国からの使者っていうイメージを抱くだろうな。

「それならば、雪のマレビトと言うのは、雪の日に訪れるマレビトという意味なのか?」

「ああ。だけど、雪のマレビトは特定の日しか現れない」

「特定の日?」

「それは、旧暦の十二月十五日で」

「旧暦?」

 しまった! このくらいの言葉なら理解してくれたと思ったけど、雪菜には難しかったか。

「旧暦って言うのは、お月様の満ち欠けを基にして作られていたカレンダーなんです。今は太陽の運行で、一週間を七日としていますよね?」

「うむ」

「それが昔はお月様を基にしていて、新月の日を一日としていたんです。それで太陽のカレンダーとお月様のカレンダーだと、大体一ヶ月くらいずれるんです。

 例えば七夕ってお星様の行事なのに、いつも天気が悪いですよね? あれは、昔はお月様のカレンダーでの七月七日に行っていたからなんです。七夕祭を八月に行うところがありますよね? あれは、お月様のカレンダーの七月七日に合わせているからなんですよ」

「そういうことだったのか! いつも七夕には雨が降っておかしいと思っていたが。一つ勉強になったぞ」

 長年の疑問が晴れて、雪菜は嬉しそうだ。こういう風に噛み砕いて説明するのは、里美には敵わないな。

「確か有名な七夕祭は八月にやっているな。ということは、その旧暦とやらは一ヶ月ほど後なのか」

「ああ。それで雪のマレビトが現れる旧暦の十二月十五日は、今年は一月八日になるんだ」

「一月八日。ということは、明々後日のマレビト祭の日ではないか」

「そう。今年のマレビト祭は、奇しくも旧暦の十二月十五日なんだ」

 新しいマレビト祭は、旧暦の十二月十五日に近い日曜開催という感じだ。今年はたまたま雪のマレビトが降臨する日と重なっただけで、来年以降は違う日になるだろう。

「大体分かった。しかしだな……」

 雪のマレビトに関する概要は大体話し終えたつもりなんだけど、雪菜はまだ疑問があるようだ。

「確か雪のマレビトというのは、少女の姿をしているのだろう? 特定の日に少女があの世から現れるとか、丸っきり意味が分からんぞ?」

 そこを突いて来るか。何でそういった伝説が伝わっているかは知っているんだけど、私の口から言うのは憚れるな。

「里美。すまないけど、その理由に関しては里美から話してくれないか?」

 私は進んで里美に頼んだ。何故雪のマレビトは少女の姿をしているのか? それは雪郷の歴史が深く関わっている。自分が話すより、里美が話した方が適任だろう。

「分かりました。それはですね。昔の雪郷では、赤ちゃんの死亡率が高かったんです」

「何だと!?」

「雪郷は豪雪地帯で、冬になると雪に閉ざされる。病気になっても病院まで通うことができなくて、死んじゃう子が多かったんです」

 その割合は、当時の東京の約三倍ほどだと聞いた。そんなに多くの子供が、小学生未満の年で亡くなっていたという。

「だから、昔の雪郷の人は想ったんです。もしも自分の子供が生きていて成長したら、どんな風になるだろうって。できるなら、亡くなった子供と逢いたい。年に一度だけでもいいからって」

「……」

「そんな人々の想いが募りに募って、雪のマレビトの伝承は生まれたんです。だから、雪のマレビトは、亡くなった子供の神様なんです」

「そんなに悲しいことが、雪郷であったのか……」

 里美の話を聞き終えると、雪菜は子供のように泣きじゃくる。それは、私の目の前で初めて見せた、年相応の姿だった。

「ありがとう。生きられなかった子供たちのために泣いてくれるんですね……」

 里美は袖で涙を拭う雪菜の頭を優しく撫で上げる。

「でも、安心してください。それは昔の話。冬子さんのお爺さんに当たる人が村長だった時、赤ちゃんを死なせないようにって、色々なことをしたんです。それで雪郷は、全国でも初めて赤ちゃんの死亡率〇を達成したんですよ」

「そうか。それは良かった。本当に良かった……」

 雪郷の現在に至るまでの話を聞き、雪菜は泣くのを止める。

「私もその時代に生まれていたら、とっくの昔に死んでいたかもしれないな……」

 泣き止んだ雪菜は、真剣な声で呟き始める。

「死んでいた? どういう意味だ?」

「私のこの白い髪と肌、そして赤い瞳。これは何だと思う?」

「えっ? 何だと言われても」

 神秘的なものだとしか思っていない。

「何も私は髪を染めているわけでも、カラーコンタクトをしているわけでもない。これは生まれ付きなんだ」

「それって、つまり……」

 聞いたことがある。先天的に肌が白くなる遺伝子疾患。名称は確か……。

「私は、アルビノなんだ……」

「!?」

「色素の薄い私の肌は、紫外線に弱い。日差しの強い時期は、学校を休まざるを得なかった。家に篭っている時が多かったから、体力もない」

 雪菜が毎日のように帰って来てからすぐ眠ってしまうのは、そういった理由だったのか。

「今は医療が進んでいるから何とか生きられている。昔に生まれていたら、もっと幼い頃に皮膚病を患って死んでいただろうな」

「……」

「こんな姿だからな。学校では雪女だなんて呼ばれて、よく虐められていた。元々休みがちだったのだが、そのせいでほとんど行かなくなってしまった」

 気丈に振舞っている雪菜に、そんな過去があったのか。あまりに重い話に、私は言葉がなかった。

「でも、誇りなんだろう?」

「ああ、そうだ。私の名前は、この身体的特徴から両親が名付けてくれたものだ。冬に咲く花のように強くあれという意味をこめて、雪菜と。

 周囲はともかく、私の両親は、私をちゃんと受け入れてくれた。そんな両親を、私は敬愛して止まない。だからどんな虐めに遭っても、自分を否定せずに生きよう。生まれ持ったハンデを誇りとするんだってな」

 人から蔑まれる身体的特徴を決して否定せず、寧ろ誇りとして生きる。何て力強い子なんだって思った。年齢以上に大人でいようとするのは、そういった過去が関係していたのか。

「雪郷は本当にいいところだ。会う人は皆、私のことを差別せず、私の誇りを称賛してくれた。この仕事を受けて、本当に良かったと思っている」

 屈託のない笑顔を見せる雪菜。私もはやても深原女史も、雪菜に対してマイナスな印象は持たなかった。雪菜の白い髪と肌と赤い瞳を、それぞれがそれぞれの思いで好意的に受け入れた。

 あらゆる人間から存在を否定されて生きて来た雪菜には、それは何よりの喜びだったのだろう。

「そう言えばさ。雪のマレビトの詳細を知らなかったのに、仕事を受けたんだよな? 一体どんな理由で?」

 自分の身上を話した今なら聞き出せると思い、私は雪菜に訊ねる。

「許せなかったからさ」

「許せなかった?」

「そうだ。東北の人々に降りかかる、理不尽な差別がな!」

「!?」

 それは一部の人でしかない。けど、原発事故に伴う放射能汚染を恐れる余り、瓦礫は受け入れないだの、宿泊は断るだのといった、理不尽な差別が今も続いている。

「私のように他と違った特徴もない、ただ原発の近くに住んでいたというだけで人として扱わない姿勢に、腹が立った。東北の人々は何も悪いことをしていない、被害者であるにも関わらずだ!」

 震災以後、頑張れ日本、頑張れ東北といった声援は止まない。しかしその一方、善意を打ち消すかのような放射能汚染を恐れる人たちの罵詈雑言が絶えない。悲しいけど、それが現実なんだ。

「それも未熟な子供ではなく、大の大人が言っているのだぞ! こんな理不尽を許しておけるか、私がこの世界すべての理不尽を覆してやると決意した。それが、私が仕事を受けた理由だ」

 理不尽な差別を受ける東北の人たちを励ましたい。その想いだけで仕事を引き受けたと、雪菜は力説する。

「偉いな、お前は」

 東北だと言うだけで仕事を拒絶する人がいても不思議ではない中、率先して雪郷を訪れた雪菜。その行為を、私は素直に尊敬する。

「当然のことをしたまでだ。私にとっては、紫外線の方がよっぽど害悪だからな。大した影響もない放射能を恐れるなど、小心者もいいところだ」

「そうだな。雪菜、お前が雪のマレビトで本当に良かった」

「なっ!? 突然何を言い出すんだ!?」

 私が微笑むと、雪菜は狼狽する。

「私は当初、新しいマレビト祭を快く思っていなかった。伝統的な祭を破壊する行為でしかないって。だけど、深原女史に祭の意義を聞いて、自分も参加しようと思うようになった。そのマレビト祭の主役が、お前のような考えを持つ人で、本当に良かったなって」

「そ、そうか。だがそれだと、当初お前は私の存在を認めてなかったんだな」

「いや、そこなんだけど……」

「?」

 私が急にかしこまったことに、雪菜はキョトンとする。

「実は、初めて会った時から惹かれていたんだ!」

「なっ!?」

 私の突然の告白に、雪菜は顔を赤らめる。

「自分が出会った雪のマレビトを髣髴とさせる容姿で、ドキッと心が揺さぶられたんだ!」

 だから雪菜はバスで出会ったあの時からずっと、自分の中で輝いている存在だと。

「そっ、そうか……」

 雪菜は紅潮した顔のまま俯く。勢い余って言ってしまったけど、ひょっとして物凄く恥ずかしい告白をしてしまったのではないだろうか?

「しっ、しかしそれだとお前は、私自身に惹かれたのではなく、あくまで雪のマレビトを連想させるから心が揺らいだということだな」

「まあ、そうなるかな」

 自分の目に映る雪菜は、あくまで雪のマレビトを通したものでしかない。私は雪菜という人間そのものを見ていたわけではないと、今更ながら気付かせられる。

「ならば、私も会わねばならんな!」

「えっ!?」

「神に等しい存在に会ったというのも奇妙な話だが、比較されるのも癪だ。直接会って、私の方が魅力的だということを証明しなくてはな!!」

 雪のマレビトに対して、妙な対抗意識を持ち出す雪菜。不敵な笑みを浮かべて宣戦布告する様は、何だか微笑ましかった。

「じゃあ、一緒に会いに行くか?」

「会えるのか?」

「いや、また会えるかどうかは分からない。私が見た雪のマレビトは、幻かもしれないし」

「どういうことだ?」

 私は去年の冬の出来事を、洗いざらい雪菜に話した。

「成程な。お前も随分と無茶をする奴だ」

「ははっ」

「だが、嫌いではないぞ」

「えっ?」

「お前が会ったと言うのなら、本当に見たのだろう。お前が嘘を吐くような人間でないことは、今までの言動から分かる」

「それはどうも」

 幻影を見たんじゃないかと揶揄されても不思議じゃないのに、私の言葉を信用してくれるのは素直に嬉しい。

「そういうことならば、尚更行かねばならんな」

「えっ!?」

「一人では幻かもしれんが、もしも私にも見えたのなら、実在することになるだろ?」

「!」

 確かに。二人同時に同じ幻影を見るなんてあり得ない。私と雪菜、二人の目に同じ姿が映るなら、雪のマレビトの実在は証明できる。

「ありがとう。雪菜と共に行けるなら心強い。雪のマレビトが現れるのは八日の未明、雪姫山の山頂だ。決行日は七日の深夜だ!」

 そう言い、私は立ち上がりながら右手を差し出す。

「うむ! 共に雪のマレビトに会おうぞ、都人!」

 雪菜もまた立ち上がり、私の右手を摑む。こうして私と雪菜はお互いを認め合い、同じ目的に向かって進む同志となった。

「認めません!」

 そんな時だった。里美が大きな声で叫ぶ。

「えっ!?」

「先輩、私との約束を忘れたんですか!? もうあんな無茶はしないって!」

「あれは無茶をしないと言うだけで、雪姫山に登らないっていう意味じゃないぞ?」

「先輩!」

「それにさ。雪菜と一緒に登るんだ。こんな少女に、無茶なことはさせないよ」

 だから里美が心配することは何もないと、私は諭す。

「! もう(しゃ)ねぇで!!」

 里美は怒髪天を突いたまま、大広間を後にする。やれやれ。口調が方言になっているところを見ると、本気で憤慨しているな。

でも、今更後戻りする気はない。この目で再び雪のマレビトを垣間見るまで、私は永遠に挑戦し続けるだろうと。


 

「しかし登るとなると、色々と準備しなければな。私は日常用の防寒具は持って来ているが、登山用のは持ち合わせていない」

 雪菜が当然の意見を言う。確かに、普通の格好じゃ去年の自分の二の舞だ。去年遭難しかけたのは、冬山対策を怠っていたのが大きい。

「里美に頼むのは難しいから、市街地までバスかな」

 スポーツ用品等は値段が張るけど、日高見市までわざわざ行かなくても、バスで三十分ほどの旧平賀町区域へ繰り出せば、何とかなるはずだ。荷物の運搬っていう問題が出てくるけど、そこは自分が根性で踏ん張るしかない。

「それと、祭前日夜に登るとなると、さすがに許可を取った方が良さそうだな」

 そう言い、雪菜はスマホを取り出す。相手は例のプロデューサーかな?

「もしもしプロデューサー? マレビト祭の前日についてなんだが、実は……」

 所属事務所のプロデューサーと会話をする雪菜。その顔は張り詰めたものがなく、和らいだ感じだった。電話主のプロデューサーを、それほど信頼しているってことなんだろうな。

「ふんふん……そうか! ありがとう、プロデューサー!」

 雪菜が笑顔でスマホを切る。この様子だと、無事に許可が下りたようだな。

「喜べ、都人! プロデューサーがいいって言ってくれた!!」

 雪菜曰く、雪郷への理解を深めるための行為なら大いに結構だということだった。また、装備品を事務所の必要経費で落としても構わないと。

「随分と太っ腹なプロデューサーだな」

「ああ! プロデューサーは私に生きる道を与えてくれた、掛け替えのない恩人だ! 明日はちゃんと、事務所名義の領収書をもらうことを忘れないようにしなくてはな」

 掛け替えのない恩人。雪菜にそれほどまで言わせるプロデューサーという人物は、一体どういう人なのだろう? 可能ならば、一度会ってみたいな。

「プロデューサーはこっちに来ないのか?」

 だから私は訊いてみた。所属アイドルの晴れ舞台に、まさか顔を出さないなんてことはないと思うし。

「プロデューサーは多忙だからな。私以外にも数人のアイドルをプロデュースしているし。それでもスケジュール調整して、明日の夜には来ると話していたが」

 自分が来るまでの雪菜の面倒は、深原女史に一任しているということだ。道理で、スケジュールの臨機応変が利くと思っていたら。

「ああ、それと。一応冬子の許可も取って欲しいとの話だった」

 祭前日の登山なんだから、確かに個人の勝手というわけにはいかないもんな。

「深原女史のか。スマホの番号は知らないな」

「案ずるな。私が教えてもらっている。もしもし、雪菜だが……」

 雪菜は早速深原女史に電話をかける。

「なになに……。都人、冬子が変わって欲しいとのことだ」

「私に?」

 一体何の話だと、私は雪菜のスマホを借りる。

「もしもし」

『もしもし。宮本君? 盛り上がっているところ悪いんだけど、二人だけでの登山は許可できないわ』

「えっ?」

『去年貴方が遭難しかけたのを忘れたのかしら? 万が一をのことを考えると、マレビト祭の責任者として、大切なゲストである雪菜ちゃんを貴方に預けるのは、リスクが大き過ぎるのよ』

「そうですか……」

 深原女史なら快く承諾してくれると思ったけど。責任の所在を考えると、許可し辛いのは仕方ないか。

『但し、許可できないのは、「貴方と二人きりで」ということよ』

「えっ? それって?」

『責任者として私も同行するわ。何か遭った時は、私が全責任を負います。雪菜ちゃんに雪のマレビトのことを深く知ってもらうこと自体には賛成だし』

「ありがとうございます。お手数をおかけします」

 条件付きとはいえ深原女史の許可が下りたことに、私はホッと胸を撫で下ろす。

『後はそうね。衛島君にも同行をお願いしようかしらね』

「大志君に?」

『ええ。自衛隊見習いの彼なら冬山には強いだろうし、何より彼自身の経験にも繋がるわ』

「分かりました。大志君の件に関しては、そちらに一任します」

 私は電話越しに深々と礼をし、スマホを切る。深原女史が理解ある人で助かった。多少予定に変更はあったけど、別にデートするわけじゃないし。人数が多い方が心強いだろう。

「何て話だった?」

「ああ。条件付きでOKだってさ」

 私は雪菜に、深原女史と大志君を加えた四人で雪姫山に登ることになったことを話した。

「そうか。それは何よりだ。ところで?」

「ところで?」

「早くスマホを返してくれないか? その、ずっと触られたままだと困る……」

「あっ! ゴメン!!」

 私は恥ずかしそうな顔で俯く雪菜に、急いでスマホを返す。確かに、色々な個人データーが入ってるもんな。他人にずっと貸したままなのは、気分が悪くて当然だ。

「そろそろ寝るか、雪菜」

 明日以降に備えてもう寝た方がいいだろうと、私は声をかける。

「そうだな。明後日が楽しみだ。雪のマレビトに会えるといいな」

「ああ!」

「では、共に上へ行くか!」

 突然雪菜は、私の左腕を摑む。

「えっ? 雪菜!?」

 予想だにしない行為に、私は心臓が高鳴る。

「その、なんだ……。予行練習だ!」

「予行練習?」

「そっ、そうだ! 登山の際、何が起こるか分からんだろう? だから今のうち、連携プレイの練習と言うか……」

「そうだな。手を摑むくらいできないと、到底登れないだろうからな」

 私はそのまま雪菜の掌を摑み、ゆっくりと歩み出す。雪菜の体温がじかに伝わってきて、ドキドキしてしまう。そして、自分の手を繋げるまで雪菜が慕ってくれるのが、素直に嬉しかった。

 そうして息を合わせながら、階段を登る。一応は協力して登山する練習になっているはずだ。

「それじゃ、お休み都人。また明日」

「ああ。お休み、雪菜」

 二階に登ると、私たちは部屋の前でお互いの手を離し、お休みの挨拶をする。それは二階に上がるまでの刹那の刻。物の数分の出来事に過ぎない。

でも、雪菜と手を繋ぐことができて、本当に良かった。この温もりを忘れないにしよう。

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