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隣の彼女の幸せは

作者: 千葉 某

 ずっと昔、その言葉が深くて重大な絆であることなんて知りもしない頃、目の前のこの女と結婚を誓い合ったことがある。両親が見ていた恋愛ドラマに感化されて、ベタにそこらへんに生えていた白い花を渡して、これでずっと一緒だね、なんて笑いあった。誰が見たって子供のままごとだったけれど、それは俺たち2人にとっては何よりも大事なことだったのだ。

「何この量」

 母親からの使いっ走りで幼なじみの家に行ったよしみで、あいさつでもしていくかと部屋をのぞきに行くと、高く積まれたアルバムが乗っているローテーブルで彼女はうなっていた。

「披露宴で使うやつ!ここからいろいろ探したいんだけどさ、公太も手伝って」

 しかめ面を返すと、お願い!と腕をつかまれた。

「俺、母さんに頼まれておばさんにメニュー渡しに来ただけなんだけど」

「ついで!だって私のことは公太が一番よく知ってるじゃん!」

「むなしいやつ」

「薄情なやつ」

 しばらくそうして意味のないにらみ合いを続けて、結局折れたのは俺だった。

「俺、6時から美咲と会う予定あるんだけど」

「美咲ちゃんと私どっちが大事なのよ」

「どう転んでも美咲」

 どこまでもふわふわとやる気のない憎まれ口を叩き合いながら、恋人より優先する幼なじみがあってたまるかと小突いた。

 俺の家と彼女の家と合同の旅行で撮った写真、入学式に運動会、卒業式のツーショット。共通の思い出を語り合えるものから、いつ撮られたのか覚えていないような何でもない日常の写真まで、高く積まれたアルバムの中にいる20と数年間の彼女のそばには、消せないほど濃い存在として俺がいるのだ。

 きっと自分の家の俺のアルバムですら同じような状況になっているのだろう。最近ようやく見据えだした美咲とのそれを考えて、頭が痛くなった。

「梨央、こんなのあったけど」

 ひょこり、顔をのぞかせたおじさんが手に持つ1枚の写真を見て、思わず2人そろって真顔で首を横に振った。

「「それはだめでしょ」」

 いつぞやの、近所の公園。そこに生えていたシロツメクサの花。満面の笑みで、手をつなぐ2人。そんなにだめか、と首をかしげるおじさんに、彼女は苦笑いで答えた。

「だめでしょ、子供のおままごととはいえ、新郎以外の男にプロポーズされてる写真なんて」

 それもそうだな、とおじさんは笑った。

「公太は梨央をもらってくれると思ったんだがな」

「お父さん、私にも選ぶ権利はあると思うんだ」

 失礼だな、とにらむとさらに梨央の軽口は続く。

「だって公太って理屈臭いし、細かいところうるさいし。美咲ちゃんのこと尊敬する」

「お前がおおざっぱすぎるの」

 まあ、相変わらず仲良くしてやってくれよ、とおじさんは俺の頭をぽんとたたいてから部屋を出て行った。

「……梨央」

「なに」

「正直おまえはおじさんとおばさんのもらうべきところをことごとく拾い忘れて生まれてきたと思う。素直でおとなしくないし、手先は不器用だし、女らしくないし。そんなお前を嫁に選んだ藤巻はあほだと思うし、幼なじみとして俺はお前が誰かの嫁になるのはすごく不安だ」

「……黙って聞いていればずいぶんな言いぐさじゃない?」

「大事にしろよ、相手のこと。愛想尽かされて出戻りしてくるんじゃねえぞ」

「……うん、頑張る」

「何かあった時に俺を頼って泣くなよ。旦那に頼れ」

「それいつの話よ。公太になんかもう泣きつきません」

 不安なところは挙げればきりがない。親から見ても娘が嫁に「行く」と感じてしまうのだから、ただの幼なじみの俺はきっともう、目の前に積まれたアルバムの中の写真のように、こいつの隣にいるべき存在ではないのだ。俺にも、彼女にも、大事にするべき人がいる。

「がんばれよ、梨央」

「……うわ、なんか、むかつく」

 少し鼻声のそれがきっと照れ隠しであることは、俺が一番よく知っている。

「……美咲ちゃんとの結婚式には呼んでよね。友人代表スピーチしてあげる」

「頭悪いおまえにだけは絶対に頼まないから安心して飯でも食いに来れば」

 生まれてからずっと一緒だったこの不器用でかわいくない幼なじみが、誰よりも幸せであれば。そう願うくらいには、俺もこいつのことが大事なのだろう。悔しいことだけれど。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人の関係がとってもくすぐったくて暖かいですね。
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