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ジャスティス・ワークス!  作者: 結城忍
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1話:縁故採用にも程があります

 住宅街の路地、まっすぐと言えない事もない、微妙に歪んだアスファルトの道路が広がり。

 庭?そんなもの贅沢品よゆう知りませんと言わんばかりに個人住宅やアパートが肩を寄せ合って立ち並んでいた。


 都心・東京といえども駅前とか余程の一等地と除けば、大通りから一本入るだけですぐに住宅街に化けてしまう。


 そんな路地にペタッ、ペタッ、ペタッと人のモノとは明らかに違う足音が響いていた。


『はぁ、はぁ、はぁ、ぜはー、ぜはー』


 ”それ”は息切れと荒い声を出しているものの、ボイスチェンジャーでもついているのだろう。

 妙に甲高いアニメ風の可愛らしい声で荒い息を吐き出しあえいでいた。


 妙に丸っこいシルエットをした”それ”は小動物のように周囲を忙しなく見渡し人気を気にしていたが、平日の昼間という時間帯のおかげで人通りはなく安堵の溜息をついた。


『はぁー…逃げ切ったかな。子供とか居なくて助かった』


 電柱に手をついて安堵の溜息をついているのは、真っ白なふわふわとした毛が生えたウサギの着ぐるみだった。

 これがデパートの屋上だったり遊園地なら違和感なく風景に溶け込んでいただろう。

 しかし住宅街の路地では目立ちすぎる。

 その上可愛らしい造形の右手に、170cm近くあるウサギの背丈と同じ位の長さを持つ、無骨な角材が握られ、異常な存在感を醸し出していた。


「はっけーん!」


 後方から響く野太い声。

 これが可愛らしい子供の声なら、着ぐるみ的に仕方ないな見つかっちゃったと、一つサービス精神でも発揮する所なのだが。

 大声を出したのは紺色の制服に身を固めた、お馴染みの公務員―――警察官だ。

 着ぐるみ的にサービスのしようがない。

 いや、業の深い事に関しては世界の有数な日本なのだから、特殊なサービスを提供するお店があるかもしれないが、生憎とウサギの中のじぶんは知らない。

 知っていてもする気もないが。


 警察官は両足を開くように立って、両手で金属的なものを構える。


「動くな、動いたら撃つぞ!」


『や、やだー!』


 誰もが一度は想像するものの、普通の生活していたら縁がないだろう言葉を言われて、反射的に走り出すウサギ。

 ウサギは着ぐるみとは思えない敏捷さで路地裏を走るものの。

 無常にもパン、パンと乾いた音が連続で響く。


『ちょっとー!?おまわりさん、一発目は威嚇しないといけないんじゃなですかー!?

 真横に撃つのは駄目です、駄目ですって!訴えちゃいますよー!』


「なら止まれ、手を頭の後ろで組んで地面に伏せろ!」


 さらにチャチな破裂音が続き、ウサギの背中命中してビスッ!と音を立てて着ぐるみに穴を開ける。


『あいたー!痛い痛い痛い、こんな所で死ぬのはだー!』


 撃たれたにもかかわらず、ウサギは相変わらずの甲高いアニメ声の悲鳴を上げて元気に逃げていく。


『おまわりさぁーん!助けてー!おまわりさんがいきなり水平射撃とかしてるの、ここ住宅街ですよー!』


 警察官に撃たれて警察官を呼ぶというのも、言われた方からすれば馬鹿にされているとしか思えない行為だが、言ってる本人(ウサギの中身)はとにかく必死だった。


「「待て、動くなー!」」


『いやぁぁぁ増えてるー!』


 ペッタペッタと大きな着ぐるみの足で、たまに背中に銃弾を受けて白いもこもこのワタを零しながらも、不思議な位の足の花さで追いかける警察官を引き離してウサギは必死に逃げ続けていた。

 事前に教えられた逃走車が準備されている駐車場を見つけて、ワゴンの荷台に滑り込むように頭からダイブ。


『ユウリちゃ―――U-1号さん早く車出して出してー!』


 運転席に座っている、どこの仮面舞踏会に出席ですか?と聞きたくなるような優美なマスケラをつけた女性にウサギが声をかけ、ウサギを乗せたワゴンは一路逃げ出したのだった。


『ぜ、ぜはー……ぜはー……』


 逃走し始めたワゴンの荷台で安堵のあまり動かなくなったウサギの中身は、何でこんな事をしているか思い返していた。

 あれ、これ走馬灯じゃないよね―――?



―――



 大学生、加賀見司かがみ つかさは自宅のダイニングにあるカレンダーを虚ろな瞳で眺めていた。

 テレビから流れるニュースはバレンタイン色一色に染まっていたが、司にとって二月というのが大問題だったのだ。


 司は理系工学部の4年生、卒論もしっかり提出し終わり普通なら卒業旅行だのなんだのと浮かれる時分だ。

 だが司にそんな余裕は一欠片もなかった。

 これが失恋なら青春の甘酸っぱいイベントだっただろう。

 サークルで何か催しものがあるとか、教授のわがままで大学でやる事が残っているのなら良い思い出になっただろう。


 だが、現実はそんなに甘くなかった。

 大学3年の10月頃から就職活動を続けていたのに、内定が出ていない。

 ―――就職が決まっていなかった。



「お茶が美味しいなぁ……」

 分かっている、分かっているんです。

 こんなお茶を飲んでるのは現実逃避に無駄な時間だって。

 でも去年の冬の寒い日からリクルートスーツを着だして、今年の夏は熱中症になりながらあちこちの企業を回って、秋になって冬になっても内定は出ませんでした。


 原因は判っています。

 この履歴書に書かれた一行。

 『賞罰:傷害 執行猶予10ヶ月 終了』

 はい、この一行のおかげで凄いハードルが上がりました。


 あれは大学二年になった時の事です。

 大学では遊んでいませんというか、少なくとも理系の工学部は必修の授業も多ければ進級や卒業に必要な単位が多いので、所謂キャンパスライフを謳歌してはいませんでしたが、それなりに友人付き合いはありました。

 友人達と日帰りで旅行に行った時に、後輩の一人が酒を飲んでいたグループに絡まれたのです。

 後輩は女性だったので、女顔とか良く言われる僕も一応男の端くれとして庇い―――結果的に蹴られ殴られながらも何とか後輩を庇いきったのですが、相手グループのリーダーがどうやらお偉い政治家の息子だったらしく、何故か僕が相手に暴行を働いた事になりました。

 そのまま裁判になり、弁護士の先生も頑張ってくれたのですが無念にも傷害罪で有罪判決が出ました。


「あの時の行動に後悔はしていませんが、理不尽この上ないですね」

 気分的に飲んだお茶よりも多く溜息が出ていっている気がします。


 ともあれ理不尽を嘆いてばかりでは仕方ありません。

 幸い理系の工学部だったので、資格を取るチャンスも多くあります。

 頑張って資格を何個か取って、賞罰が多少ついたところで気にされない技術職的な所に就職を決めようと思ったのですが―――今度は別の問題が出ました。


 顔です。昔から童顔で女顔だと言われていたのですが、高校に入った頃には女装してなくても女性に間違えられるレベルになっていました。

 男女の権利が平等とはいえ、技術職―――いわゆる職人の世界では今だに男尊女卑の風潮が色濃く残っている所もあります。

 それは女顔過ぎる男にも当てはまるらしく、ひたすら面接でお断りされる日々が続いていました。

 顔に関して両親を恨むような事をしたくなかたので、ひたすら頑張って就職活動を続けて今に至ります。


 はい、卒業する年の2月というのは就職活動にとって実質的に詰んでいるようなものです。

 何個か感触が悪くなかった企業に「もし就職を辞退するような人が出たらお願いします」と声をかける位しかやる事がありません。


 今年中の就職を諦めて春からのアルバイトを探した方がいいでしょうか?などと考えていた時の事です。



「兄さん兄さん兄さんー!」

 どばん!と豪快にドアを開けて飛び込んできた少女がいました。


「姫ちゃん、今更だけどせめてドアをノックしましょうね?」

 萩谷姫菜はぎや ひめかさん。お隣に住んでいる少女で赤ちゃんの頃から仲良くしている幼馴染です。

 去年有名な高校に入学したものの、一週間で「あそこ面白くない」の一言で行かなくなった剛毅ごうきな子でもあります。

 所謂ギフテッド―――天才で、学校に通うのを止めたものの学校からは「せめて籍だけでも置いておいて欲しい」と頼まれていますし、ご両親が営んでいる会社で技術主任までやっている凄い子です。

 ただ、天才というのも場合によっては不幸なものです。

 幼稚園や小学校の頃から友人ができず、学校という空間でずっと孤独だったようです。

 そのおかげ―――というのも不謹慎なのかもしれませんが、17歳になっても僕の事を兄さんと呼んで親しんでくれています。


「兄さん、今日は何の日!?」

 近い、顔が近いです。日頃からチャームポイントと言ってるサイドテールが顔に当たって微妙に痛いです。

 いい加減お年頃なのだから慎みとか恥じらいを覚えてくれると嬉しいのですが。


「祝日………ではありませんよね」

 休日祝日はスーツを着て外出する事が多いのですが、人事の方はちゃんと休暇出勤手当てが出ているのでしょうか。


「ちがーう!はいこれチョコ!兄さん、バレンタインを忘れたら駄目だよ!」

 姫ちゃんが差し出してくれたのは綺麗に包装された袋、具体的に言うと1500円位のチョコの包みでした。

 店員さんのうっかりミスだと思いますが、値札がついたままなので値段に間違いはないでしょう。


「ありがとう姫ちゃん、毎年嬉しいよ」

 実の所大学の関係で沢山貰っていたのですが、可愛い妹分に貰えるというのは嬉しいものです。

 顔のせいか性格のせいかバレンタインに貰う量よりねだられて配る量の方が多いという、哀しい事実は心の奥へ沈めてしまいましょう。


「………あれ?」

 包装された紙袋にメッセージカードがついていました。

 姫ちゃんは手紙を書くより押しかけて話した方が早くていい!というタイプの子だったので意外です。

 僕が気が付くと、手を後ろに組んでもじもじとしていますし―――やっぱりお年頃の自覚がでてきたのでしょうか。


『内定証書 加賀見司殿 あなたは2014年度当社に採用する事が内定いたしました。有限会社ヒメナJALS 代表取締役 萩谷姫菜』


 内定書ですね。

 バレンタイン用のメッセージカードに手書きのサインペンで書いてあるのですが、どう反応すれば良いのか困ります。


「兄さんはまだ就職決まっていないんだよね?

 ヒメは会社作ったの、兄さんに手伝って貰えると……嬉しいな」

 顔を紅潮させて恥じらいながら言うのは告白であって、お仕事関係ではないと思うのですが、こういう時の姫ちゃんにお説教をしても効果はないし、スネて面倒な事になるのは長い付き合いで把握済みです。


 それに渡りに船とはこの事ですね。

 最後の手段だと心に決めていた縁故採用に手を出してしまう事になりますが―――


「分かりました姫ちゃん。これからよろしくお願いしますね」

 不安と期待で胸を高鳴らせている妹の為なら仕方ありません。


「やった、やったよー!兄さん大好き!」

 だから年頃の女の子なんだから、気軽に異性に抱きついてはいけないというのに。




 子供の頃からの姫ちゃんの口癖が「大きくなったらお兄ちゃんを養ってあげる!」だっただけに色々複雑でした。


 ヒモじゃないからセーフ、セーフと言ったらセーフです…!


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