説得
「そう言われてもなあ…」
マナーニャは何度目か分からないため息を付いた。
婆達のいきなりの宣言から数日が経った。物事は収束するどころか日に日に膨らんでいく。
(いきなり、死ねと言われてもですよ)
だが、言われた本人であるマナーニャはまだ信じられないものの、意外とすんなりとそれには納得している。変人である自分はそんなことのためにこの世に生まれてきたんだと直感的に思い当たった。
問題は周りの人間達である。
あの宣言の後、場は静まりかえった。そして、それは非道な行いだとか、親を亡くした娘が可哀想だとかブーイングの嵐がまき起こったのだ。
(あ、私って意外と愛されているんだな)
自分がそこまでかわいげのある人間だと思っていなかったマナーニャはなぜかほっこりとした気分でいたのだが。
「だからね! あんたも行きたくないってちゃんと主張しなさいって!」
突然、袖を引っ張られて思わずつんのめる。
後ろを見ると表情を硬くしたマレードがいる。マナーニャの地上行きが決まってからずっとこんなだ。巫女という地位にいながら従妹がそんなことにならないよう力を尽くしてきた彼女であったが、この数日の睡眠不足か神経質になっている。
そんな彼女が寝ても起きても口うるさく説教してくるのだから、逆に地上に行きたくなってしまう。
「マレード、とりあえず、死ぬんじゃないんだからさ」
「死ぬようなものでしょう! 地上って、地上って、何があるのか分からないのよ? もうこれっきり、お母さんにも会うことはできないのよ」
「マレード、それでも樹を救う道がそれしかないんだったら、別に私一人ぐらい…」
思わず漏らしてしまった言葉にマレードの目が更につり上がる。それから更なるお説教が続く。
確かに伯母やマレードにもう会えなくなるのは悲しい。けれども、仕方がないのではないだろうか。マナーニャは諦めて約束していたラガルトの巣までマレードと共に行くことにした。
『ふむ、地上か』
竜の巣という決められた場所があるもののラガルトはそこに住んでいない。勝手気ままに樹の幹に巣を作り、飽きたら引っ越すという繰り返しだ。今回は、急斜面の近くに作ってあるため、たどり着いたときにはマレードは息切れ寸前であった。
「そう、私が行くことになったの」
『ふむ』
ラガルトはぐるんと目玉を動かしただけであった。付いてきたマレードはマナーニャの後ろで竜の大きさに圧倒されていた。
「で、ラガルト。相談なんだけれどさ、一緒に地上に着いてきてくれない?」
「ちょ、ちょっと、マナーニャ!」
話が違うとマレードは突っ込んできたが、竜の答えはすげないものであった。
『遠慮する』
「ラガルト、この前、言っていたじゃん。いつかは地上に行きたいって。だから、この機会にどうかな、と思ってさ」
『まだその機会ではない』
「じゃあ、いつそんな機会が来るの?」
『さあな』
最後の言葉は眠たげに響く。
その後、マナーニャは何度か会話を試みたが、ラガルトは全く動かなかった。ラガルトの気持ちを動かそうとすることは相当な根気がいる。もう眠り込んでいるみたいだし、こんな時に何を言おうがいっこうに聞くことはない。明日また来ようと踵を返したときであった。
「ラガルト様!」
マナーニャの後ろから飛び出したマレードが言う。
「ラガルト様、お願いです。私たちをお助け下さい。マナーニャを地上に連れて行くことだけは同意できませんが、その他は何であっても叶えて差し上げます。だから、樹をお救い下さい」
ラガルトはわずかに唸ったが、そこでめげるマレードではなかった。
「どうかお聞き下さい。今、樹は大変なことになっています。果物の成りは悪くなり、獣は少なくなっています。これを解決できるのはラガルト様しかいないんです!」
『…婚約者殿、私は眠い。その人間を連れていけ』
普通の人間は竜の言葉が分からない。だから、対処に面倒くさくなったラガルトは全てをマナーニャに押しつける。
「マレード、ラガルトは眠っているから…」
「マナーニャは、私のマナーニャは婆様達に、竜を使う者だと宣言されたのです。けれども、彼女は私の妹みたいなものなんです、どうして、彼女が奈落へ旅をしなければいけないのか…」
その時、眠っていると思われたラガルトの硬い瞼がピクリと動いた。
『竜を使う者』
「うん…、私、そう言われた」
その途端、ラガルトはぐーんと首を伸ばした。マナーニャとマレードが驚いているのをよそに、きらきらした眼でマナーニャを見る。
『なるほど』
ラガルトはマナーニャに鼻面をよせて、くんくんと匂いを嗅いだ。ラガルトから初めて知る心躍る感情が伝わってくる。
『ほう』
「何? どういうこと?」
ラガルトはマナーニャの匂いを嗅ぎ終わり、満足げに息を吐いた。すでに先ほどの惰性はなく、息には更に炎も混じっている。
『婚約者殿、私も地上に行こう』
「へ?」
きらきらとしたラガルトを横目にマナーニャはぽかんとした。そんな彼女に、更に何があったか分からないマレードはせっつく。
「何? どういうこと?」
「分からない…。けれども、地上に行くって」
マレードの顔が一瞬明るくなるが、直ぐに不安そうに暗くなる。
「マナーニャ、あなたは…?」
そのことを竜に伝えると。
『もちろん、我が婚約者には付いてきてもらう。しかし、完全に危険からすくい、目的を達成し、ここに再び連れて戻ることを約束しよう。この、強靱な牙に賭けて誓う』
先ほどのやる気ゼロに比べると破格の条件である。これならば、マレードも送り出してくれると思い、翻訳しようとするときだった。
『但し、一つ条件がある』
「何?」
『この任務が成功した時、私はおまえを食う』
「は?」
真抜けた声しか出てこない。満足そうな竜とぽかんとした顔の従妹を見比べ、マレードは一人取り残されているため、説明をせっつく。
「何? どういうことなの?」
「ラガルトは必ず任務を遂行させて、私をここまで無事に送り届けてくれるんだって」
「そ、それは本当!?」
マレードが心配していたのは地上に行って戻ってこられるか、だ。それが、竜が太鼓判を押したのだ。これほど心強い言葉はない。
マレードの白い頬が微かに色づく。けれども、次の言葉も言わなければならない。
「けれども、任務が完了した暁には私を食べるって…」
「はあ?」
マレードは直ぐには意味が分からなかったようだ。二人はしばらく固まっていたが、いち早く、ショックをから抜けたマナーニャはラガルトに尋ねる。
「どうして…、私を食べるなんて?」
『うむ。確かに竜を使う者と言われるまで気づかなかったが、おまえには大きな魔力が眠っている。それを、任務を手伝う代わりに、手に入れたいまでだ。十分な条件であろう? ――しかし、どうして気づかなかったのだろうか』
ラガルトは今にも飛び上がらんばかりに、身体全体を起こす。
『まあ、よい。――そうと決まれば、あの居心地の悪い竜の巣にも行かねばな。地上に行くには万全の準備をせねばならないぞ』




