老いた伯母
心配をかけてしまった罪悪感でマナーニャはすごすごとマレードの後に続き、自宅へ戻っていった。
「お帰り」
「…ただいま」
扉をくぐると、老いた伯母は暖炉の前で鍋をかき回していた。マレードは心配していたと言っていたが、そんな素振りなど微塵にも見せない。
「母さん」
「マレードが呼んでいたよ。婆様がおまえを呼んでるんだと」
「うん。さっき一緒に来た」
マナーニャが突っ立っていると、寡黙な伯母はぼそりと呟いた。
「マナーニャ、庭から側根を取ってきて」
「はい…」
マナーニャは何も言うことも出来ず、中階段を登り、庭に出た。
樹の側面から膨らんだコブ。手頃の大きさの物をナイフで削り、笊に入れる。マナーニャは小さな庭を見渡した。
家の中で日光が比較的よく当たる位置に作られた庭。ここが、一家のほとんどの食料源である。毎年庭は一家に十分な食料を供給してきたが、この数年、確かに庭で取れる作物は減ってきていた。
――どうしたんだろう
頭上を見上げれば、遠くから鳥の声が微かに聞こえてきた。
「マナーニャ?」
ふと我に返る。
「はーい。直ぐ行く」
台所へ戻ったマナーニャは笊を伯母の隣に置いた。
「それ、洗って、切ってちょうだい」
「うん」
溜めた雨水で洗い、皮ごと一口大に切り分ける。ざくざくと規則的に音を立てながら、マナーニャはさり気なく聞いてみた。
「…ねえ、最近ね、ローサさんの家でも食料の成りが悪いんだって。どうしてかな?」
「さあねえ。私が答えられることじゃあないよ」
マナーニャは切り終えた側根を伯母のかき回す鍋に投入する。
「婆様達はどうして私に会いたがっているんだろう」
「私に聞かないでおくれ。私は婆様ではないのだから」
「…」
やっぱり、伯母は怒っているのだろうか。マナーニャが包丁とまな板を片づけているとき、マレードがやってきた。
「マナーニャ、お湯湧いたわよ。婆様達に会うんだから、きちんとした身なりで行かないと」
マナーニャは顔をしかめた。
「さっき、ローサさんの家でお風呂入ったよ?」
「あなた、その髪の毛で行くつもり? 顔も面皰だらけじゃないの」
言葉を詰まらせたマナーニャの手を引く。
「ほうら、一回お風呂入っただけでは溜まった垢は落ちないんだから。しかも、あなたのことだから更に信用ならないわ」
「うっ…」
腕まくりしたマレードは不敵に笑った。
明らかに逃げ腰の従妹を浴場に引っ張ってくると、矧ぎを当てた服を脱がせた。
マナーニャを香油を垂らした桶に浸からせ、自分は従妹の厄介な髪に取りかかる。
「あなたの髪、本当に毎日梳かしているの?」
マレードは思わず呆れて言った。油を垂らし滑りをよくしてもその髪は櫛の歯を折るほどの剛毛である。
「…ううん。面倒だし。第一、髪質なんだから仕方がないよ」
「そんなことないです。毎日お手入れしていたらこんな風にはなりません」
マナーニャはちらりと従姉を見上げた。
「そんなことないよ。――いいなあ、マレードは綺麗な金髪でさらさらで。私もそんな髪だったら毎日お手入れしたくなるのに」
「あら、私もあなたの黒い髪、好きよ」
そう言って、マレードはぎゅーっと髪を絞る。
「さあてと、隅々まで磨くわよ。女の子らしくしなきゃね」
それからマレードはマナーニャが次第にうんざりしてくるにも関わらず、マナーニャを洗い尽くした。
最後に面皰がなくなるようにと願いを込めて顔をマッサージされた際には、二度とお風呂に入らなくてもいいとこっそり思った。真新しい衣に通され、飾りを付けられる。
「よし。いいでしょう!」
マレードから了解が出たときにはマナーニャの気力は出尽くしてしまっていた。
台所に戻ると、既に夕食はできあがっていたようだ。
「行く前に食べていくかい?」
マレードはマナーニャを向いた。
「…うん。お願い」