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リスの死体


 枝にぶら下がった腐りかけのリスの死体。今はまだ残った毛皮がその身体を樹上につなぎ止めているが、あと何日もしたならば見えない彼方の地面へと落ちていきこの巨大な木の養分となるだろう。


「よいしょっ」


 枝に程良く筋肉の付いた足が絡みつく。足下をたまに突風が吹くが細い身体は全く心配していないように枝を進む。

 異臭を放つ小さな遺体は風を受け、重力に従い枝を離れようとした。


「っと」


 けれどもその前にと枯れ枝のような細い手がそれを取りあげ、袋に入れた。その袋にはすでに腐りかけの様々な動物の死体でほぼ一杯になっていた。


 マナーニャは来たときと同じように枝をつたい、比較的安全な場所へと移動する。そして袋を開けて、眉をひそめて首を傾げた。


「これだけで足りるかな。あいつ、無駄飯ぐらいのくせによく食べるし」


 そして、葉が密に重なった頭上を見上げる。天の真上にのぼった太陽が容赦なく目を刺すが、葉がだいぶ光線を防いでくれる。彼女の鋭い目で見渡してもそう簡単に死体が見つからない。


「ま、いいか。足りなくなったら戻るでしょう」


 マナーニャは袋の口を縛り、両手が使えるよう背に縛り付ける。

 そうすれば、袋の中に入った死体の匂いが染みつくこと間違い無しであるがそんなことを気にする性格でない。


 マナーニャが立っているところは進入禁止の地域であり、腐った蔓の廊下を踏み抜くかもしれない。それを器用に避けながらしっかり結びつけられた縄を頼りに安全なところまで降り始める。


 居住区に降り立ったマナーニャは近くに誰もいないことを確認して軽い足取りで樹上の廊下を歩き始めた。



 神の爪から生まれた動物たちがすべて住んでも大丈夫なぐらい木は巨大だった。木の幹には百を超える穴が掘られ、人はそこで暮らし死んでいけた。そしてムンドの民は大地にそびえ立つ巨大な一本の木を知り尽くし、そこで生活する術を身につけていた。

 ムンドの居住区はすべて木の上にあるため服装は動きやすい物が必須となる。それでも娘達は年頃になると自分の動きを制限してまでもおしゃれに気遣うようにとなるが、彼女の場合、身につけるのは機能性重視のものであった。顔立ちは悪くはないのだが、手入れしていない長い髪はぼさぼさで、顔には面皰が目立つ。


 そんな彼女だったが意外と周りから頼りにされていた。


 その理由として、彼女は木に住む最上位の生き物である龍と会話ができることが要因だった。

 足の親指の爪から生まれたと言われる竜は樹に住む生き物の中で最大の力を誇っていた。口から炎を吹き、広い空を羽ばたくための翼を持つ。しかし、気性は荒く、高慢であるためなかなか人の話を聞かない。

 そんな彼と対等に話せる人材はいないものである。


 木の蔓で出来た廊下を歩くと空から匂いを嗅ぎつけ、鳥がやってくる。彼らはマナーニャが餌を持っていると知ると、所構わず突っついてくる。


「ああ、こら! これはラガルトの物だ! 間違って食ったらおまえらが餌になるぞ!」


 腕を振り回し叫ぶと、鳥たちはいったんバタバタと遠くの枝に止まったが、マナーニャが歩き出すとしつこく背中の腐肉を狙う。


 マナーニャは全速力で廊下を走り抜け、広場へと向かう。途中で、奇妙な顔をした住民達とすれ違ったがそんなこと言ってられない。


「もう!」


 彼女が歯ぎしりして唸ったときだった。遠くからバサリ、バサリと重く空気を切る音が聞こえてきた。耳をおかしくする風圧に鳥たちが慌てて散る。


 ただ一人、マナーニャだけが踏ん張る。


 神話の中で歌われる聖なる木に対する配慮もなく、彼はマナーニャの前の太い枝に降り立った。翼を広げると広場がすぐうまるぐらいである。マナーニャにまで無遠慮に折られた小枝や葉が飛んできたがお構いなしだ。


 彼はまるでこの世の王者のような風格で鎧のように纏った鱗を日に反射させ、マナーニャをのぞき込んだ。硬い皮膚の中、ガラス玉のような目がこちらを向けば、並の物なら卒倒するだろう。

 口から見える尖った歯やそこから漏れる火の匂い。


『マナーニャ、我が婚約者よ』


 竜はそういった。


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