新しい仲間
「うぉおおおえぇ、ちょっと、ラガルト、ゆっくり!!」
内臓が一気に外に引っ張られる。もちろん、地面のことなど気にしていられる余裕なんてない。しかし、人のことなど一切考えない竜は落下と変わらないスピードで地面に向かう。先ほど食べた胃の中の内容物が体についていかず逆流し、口を開けようとした瞬間だった。
『婚約者殿、吐けばすぐに振り落とすからな』
ラガルドの声はどこか楽しそうに聞こえるが、言葉どおり彼の体を汚すとすぐにでも彼女を空中へと放り出すだろう。
『そろそろ、シールドを超える。魔力が濃いエリアだから気をつけよ! 人がまともに食らったら死ぬからどうにかせよ』
「ちょ、ちょっと!?」
ラガルトは一切気を使わない。マナーニャは慌てて、意識を集中し体を守るため魔力を張る。
『ほら、いくぞ!』
ラガルトが言った瞬間、大きな空気の塊をくらったような衝撃が襲う。魔力を更に込めたとしても衝撃は収まるどころかさらに体をむしばむ。
「うわぉ!」
『樹を守るためのシールドだからな。突っ切るためにさらにスピードをあげるからな!』
マナーニャは朦朧とそれを聞きながら体を守るために魔力を更にかけた。ラガルトのスピードはさらに上がり抵抗はさらに強くなった。
「も、もう無理...」
マナーニャの意識はぷつりと途切れた。
「むぅ…」
目覚めたマナーニャは身を起こした。口の端には吐しゃ物がついているのが感じられたが、幸いにも五体満足で怪我もない。ふと目の前に広がるのはどこまでも広がる乾燥した茶色の大地。そして、にじむ地平線の果てには巨大な樹がそびえたっていた。どうやら、なんとか地面に無事にたどり着いたらしい。
「ここが地か…」
マナーニャが降り立ったところは樹から離れているが、それでも樹の全体像は見られず、霞がかって全て見えない。
近くには幸いなことに荷物が一つもなくさずに投げ出されていた。当分の食糧、水は心配しなくていい。とりあえず、ほっとするものの、ともに来たはずの竜の姿が見えない。
「ラガルト?」
返事はない。
「ラガルト」
今度はもう少し大きな声で言ったつもりだが、声は砂ぼこりがあれる広大な大地に吸い込まれていく。
「まいったな…」
しばらくは死なない程度の食べ物はあるが、ここが地上のどこかも、これからどこに向かえばいいかも分からない。頼りの綱はない。普通ならパニックになるところだが、しかし、マナーニャはあっさりとその現実を受け入れる。
「まあ、もともと聞けば答えてくるようなやつではなかったし。とりあえず、夜を明かして樹のもとへ向かおう」
大地は乾いていて近場に水場もありそうにない。しかし、ところどころに枯れた木と干からびた草本が申し訳程度に生えていた。
マナーニャは持ってきた布と木の用いて手早く砂除けを組み立て、干し草を用いて火をおこす。水を沸かし、茶をいれ、樹のデンプンを練った保存食をあぶってかじる。一息つくと日はだいぶ傾きを増していた。あと一時間ほどで辺りは真っ暗になるだろう。広大な大地に一人きりとなるという、ふたをしていた感情が沸き上がり、さすがに心細く思える。
「そうだ。マレードからもらったものがあったな」
ラガルトが飛び立つ前に押し付けられたような荷物があった。繊維で編まれた袋を解くと、金の髪と青い目を持つ人形が、マレードとそっくりのぬいぐるみが顔を出した。
と、くりりと瞳がまわり、ぬいぐるみは自らの力で袋を飛び出し、マナーニャにぎゅっと抱き着いた。
「マナーニャ! よく無事でたどり着いたわね!」
「その声は、マ、マレード!?」
ぬいぐるみはボタンでできた瞳をうるうるさせ、こくこくと頷いた。
「ええ。私、もうマナーニャのことが心配で心配で。私自身、この旅についていきたかったけれど巫女という立場できなかったから、せめて私の命の欠片をのせたものをお守りにと思ってついてきたわ」
「命の欠片って」
「魂を半分に割ったの。マレードとしての自覚は一つだけれど、体は二つ。だから、向こうではちゃんと巫女としての仕事もこなしているわ。意識の間では向こうとこちらの経験両方、共有しているの」
そんな高度な魔法があるなんて。マレードは簡単に言ったが相当な負担がかかることであろう。それをこなすのはマレードの優れた技量がなせる業なのかそれとも、従妹に対する強い愛なのか。おそらく両方なのであろう。
「ここにいる私はかわいいマナーニャを守るために存在しているの。たとえ、この身が切り刻まれ、焼かれようともあなたを守るわ」
マレードぬいぐるみは本物のマレードと同様に透き通った青い目で真摯にマナーニャを見つめる。
「ねえ、もしぬいぐるみが壊れちゃったらマレードはどうなってしまうの?」
「ぬいぐるみにも神経を通しているから痛みは生身と同じように感じるわ。大丈夫よ! ぬいぐるみは丈夫な布と糸で作っているし、保護魔法も何重にもかけているから」
それでも、はたからみる分には、大の大人が力を込めるとちぎれそうに見えてしまう。マナーニャはぬいぐるみは怪我を負わさずマレードのもとに返そうとそっと誓った。
「それで、ラガルトは?」
「ああ、いないよ。私、下降最中に気を失ったらしくて気が付いたらここで倒れていたんだ。ラガルトはさっき呼び掛けてみたけどここら辺にはいないみたい」
「ええ? なんですって!」
一気にマレードは声を荒げる。
「あの竜め! マナーニャをちゃんと守ると言ったじゃない!」
「まあ、ラガルトももしかしたら何かあったかも…」
「そんな悠長なこと言っていられるものですか!」
火を前にマレードが激高しているとき、何かががふとマナーニャの意識に触れた。
――婚約者殿
「ラガルト?」
すると、何かはマナーニャの意識に接近し、頭の中に響くラガルトの声も大きくなる。
――婚約者殿、無事か
「うん。私は大丈夫。ラガルト、今どこにいるの?」
――ならいい。私は疲れた。お前をのせたまま地上に下るのは骨が折れたわ
そういって、ぐるぐると不機嫌そうな音を立てた。
「マナーニャ? ラガルト様と話しているの?」
「ラガルト、私はどうしたらいい?」
――知るか。私はしばらく体力・気力を回復させるために休む
「え?」
そういって、ラガルトの意識はすーっと去っていく。そして最後には全くいなくなった。
「マナーニャ、ラガルト様は何て?」
「私を地上に下ろすのに疲れたんだって」
「うん」
「だから、少し休むんだって」
「はぁ?」
それから、再びマレードが烈火のごとく怒りだすのはすぐであった。マナーニャは相槌をうちながら、マレードに火が燃え移らないように気を配った。
「マナーニャ、あなたは、腹が立たないの!?」
「ラガルトだし?」
「あなたもあなたよ!」
「ちょっと、マレード。明日にしよう。ここでどういってもラガルトは来ないわけだし」
「え、ちょっと!」
「おやすみなさい」
そういってマナーニャは毛布に包まる。マレードはまだグチグチ言っていたが、ぬいぐるみの姿でもさすがに疲れたのか、マナーニャが寝ている間、見張りをしていると宣言して黙った。それを確認して、マナーニャはふっと眠りの世界へ入る。何はともあれ、マナーニャにとっても非常に疲れた一日だったのである。
次の朝、マナーニャはパチリと目を覚ました。見ると、地平線から登る朝日を背景に燃え尽きた焚火を前に、マレードぬいぐるみがこくりこくりとしている。たとえぬいぐるみだとしても睡眠は必要であるらしい。
バサリ。
遠くから、羽音が聞こえてきた。遅れて、影が見え始める。音と影はみるみる大きくなり、その姿を鮮明に見せ始めた。形が認識できるようになってくると、マレードもむくりと起きる。
「な、なんなの!?」
バサリ。
風圧で荷物が吹き飛ばされそうになるのを抑える。荷物に引っかかっていたマレードが吹き飛ばされないよう慌てて抑える。
影はマナーニャをすっぽり覆うほど大きい。しかし、降り立つときは驚くほど軽やかであった。
影は二匹の竜であった。竜の形はラガルトよりも二回り大きい。銀色のうろこを光らせて降り立った竜はぐるりと顔を回したかと思うと、ふっと人型へと変わった。朝凪に長い衣をたなびかせ元竜たちは、あっけにとられるマナーニャたちに優雅に礼をする。
「ムンドの民、ケイラの娘のマナーニャよ」
「竜の里に黒竜ラガルトが帰り、婚約者としてともに参ったとの話を受け、迎えに上がりました」




