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追憶

琥珀の墓参りに、故郷である西祖谷村を訪れたさくらと朔。そこで、さくらは4年前の惨劇を静かに語り出した。

憎しみ合う人と妖、絡み合う憎悪の渦中に、今二人は引き込まれようとしている。

人と妖は、結ばれることができないのか!?

人と妖、怒濤のラブファンタジー。ここに見参!

あの日を思い出して、まず始めに浮かぶのは‐‐――‐‐激しい雨の音だ。

今はもう、ほぼ元通りに復旧しているが、過去にあった事故の傷跡は、未だに消えてはいない。

徳島県、西祖谷村‐‐―‐‐今から4年前、この地域を大規模な土砂崩れが襲ったのだ。

高校を卒業して、一時里帰りをしていた、矢先のことだった。


 その日は、朝から天気が悪かった……。

「天気悪いわねぇ、ここ最近雨ばかりで。地盤が滑りそうよ」

「ええ? んな縁起の悪いこと、朝から言わないでよねー、ねぇ琥珀」

「まー、そうだよなぁ。ここ最近は降り過ぎかも、お袋さんの言うことにも一里ある」

「琥珀っ」

あたしは、隣りに座る恋人・銀髪の大男である琥珀を、ギッと睨む。

連日の悪天候に、母だけではなく、みんな少しヒステリックになっていた。

「そうよね、琥珀ちゃん、なんかオカシイわよねえ?」

身を乗り出して訴える母を、あたしはぴしゃりと一蹴する。

「お母さん、うるさいよ」

「お・だ・ま・り(怒)」

「いでてててて……」

むに〜〜っと、ほっぺたを引っ張られてしまい、慌てて手を引っがす。

機嫌が悪いときの母は、本当に始末が悪い。

その他の面々は、『触らぬ神に祟りなし』とばかりに知らんぷり。

あたしは生け贄か! その時あたしは、切に内心で叫んでいた。

「山ぁの、神さんの祟りじゃな……先にも、『開発』とか言うて、どこぞから来た奴らが死んだろう」

漬け物を、もくもくと囓っていた祖母が言いだした話に、一同は一人を除いて凍りついた。

祖母は信心深い人で、幼い頃には、よくその類の話を聞かされたのだ。

「や、やだなぁお祖母ちゃんたら、そんなのマグレだよぉ」

「そっ、そうよ、だって神さまじゃない」

娘と孫に反論された祖母は、思いきりイヤな顔。

父と琥珀は、対応に困ってオロオロとしている。

まさか、祖母が言ったことが現実になるなんて‐――‐‐‐その時は夢にも思っていなかった。

信じたからどう、と言うことではないが、少しは役立っていたかも知れない。

今は、後悔するばかりだ。


『畑が心配だから、見てくる』と言って出て行った両親と祖母を見送って、あたしと琥珀は畳の上に寝転がっていた。

「ねえ琥珀、やっぱりヘンだよね? 雨止まないどころか、段々ひどくなってるよ。ホントに地滑り起きそう」

‐‐―‐‐と、ふいに琥珀が起きあがるのを、あたしは横目で見ていた。

「やっぱ俺、ちょっと出てくるわ……確かになにか起きそうな気がする、確かめてくるから、すぐ戻る、お前はここを動くなよ?」

「ちょっと琥珀っ、ホントにすぐ戻ってきてよ!? 一人でなんて、いたくないもん」

行こうとした琥珀の逞しい背中に抱きつきながら、あたしはその時、ワガママを言った。

「……分かったよ、愛してる」

「んっ、むうぅ」

離れ様にキスをされ、その時、あたしは咳き込んで大変だったな。

雨の中を走っていく琥珀を見送りながら、彼が早く戻ってくることだけを考えていた。

その後に、なにか待つのかも知らずに。


「長っ! もうこれ以上、人間を殺めてなんになります、お止めください!」

琥珀は、薄暗い照葉樹の森を走りながら『森の民』総領に大音声で訴えていた。

しん、と静まりかえった森の中、姿こそ見せないが、無数の同族達の視線が琥珀を貫く。

「ならぬ、ならぬ、人など、我らに害しか与えぬ…少し減ればいい」

「人は恐ろしい。我らが受けた数々の恨み、今こそ思い知るがよいさ」

暗がりで、爛々と光る同族達の青い瞳。

ひしひしと伝わる、恨みや憎しみの念。

「しかし、すべての人間が悪いわけではない! 雨を止めてくれ、このままでは恐ろしいことになる!」

必死に訴える彼に、同族の対応は冷たいものだった。

「なにを言うか、人など減って当然なのだ! お前も同族なら分かるだろう、人が我々にした、非道の数々を。人を殺せ! そして我らに栄光をっ」

「そうだ、殺せ!」

「そんなの間違ってるっ!? 確かに人は、過去に俺たちを狩った! でも今は違う、人も俺たちも同じ命、仕切りなんていらないんだっ」

「裏切るか琥珀! 人間の娘にうつつを抜かす、この恥知らずが!」

「お前も、大好きな人間共と同じく死ぬがいいさ、長が動いたぞ」

琥珀は、おののきに身を固くした。

森の奥から現れた青毛の大ウサギ‐‐―‐‐彼こそが全『森の民』の総領である。

瞑想していた彼が、半眼を開いたのだ。

「ならぬ……我らは古くから人間共と闘ってきた、今更止めることなどできようか」

「なぜ、なぜです長……闘う理由など、もうどこにもないのに」

「お前はまだ若い、去れ」

長は、溜息混じりに言うと、琥珀の脇をスタスタと歩いていった。

見晴らしのいい崖に立ち、鼻息荒く、眼下に点在する村を見ていた長が、前足で強く土を掻いた。

「お言葉だ、長のお言葉だ!」

「長、今こそ人間共に報復を!」

琥珀が転身して走るが早いか、長の怒号が、大気を震わせるのが早かったか。

「愚かな人間共に禍いあれ、今こそ天誅を! 滅びよ愚民ども‐‐―――!!」

雄叫びと、地盤が軋み、崩れる轟音とが同化し、激震が西祖谷の各地を襲った。


 あっという間だった……。

家が土砂に押し潰れる音がして、周りで、イヤというくらいに聞こえていた悲鳴が、聞こえなくなった。

どのくらい、時間が経ったのか。

それは定かではないけれど、ぼんやりとしていたあたしを呼ぶ声が、琥珀だと気づくのに時間はかからなった。

「さくら、さくら……俺が分かるか、しっかりしろ」

泥だらけ、傷だらけの琥珀が目に入った瞬間、あたしはすべてのことを理解した。

なにが、起こったのか。

そして‐―‐―‐あたしが無傷だった理由。

琥珀が、身を呈して土砂から庇ってくれたのだ。

「大、丈夫か?」

「うん、うんっ」

無事を確認して、安心したように横たわった彼は、すでに瀕死だった。

「お前だけでも、守りたかった……親父さんたち、見つからなかっ…」

そこまで言って、琥珀は大きく咳き込んで血を吐いた。

「もうなにも話さないで! 静かにしてよぉっ」


しがみついた、あたしの頭を撫でた彼の手の温もり、今でもはっきり憶えてるよ。

「さくら、俺……思うんだ、人も獣も、同じ命…だから、仕切りはいらない…と」

「そうだよ、そう、あたしたち、同じだよっ」

『泣くな』と涙を拭う彼の手を、あたしは強く握りしめた。

「生きて、な? さく……ら」

涙を拭った手が、そのまま、力なく落ちる。

「琥珀、琥珀っ! 琥珀ぅ、いやあぁ‐‐――っ」

10月4日、あたしは、愛するすべての者を失った……。

救助隊に見つけられるまで、あたしはずっと、琥珀の墓の前で蹲っていた。


 「さくら、さくら平気か?」

不安げな朔の呼びかけに、さくらは線香の煙が薄くたなびく中で、瞑想して閉じていた瞼を開いた。

「なぁに? 朔ちゃん」

溜まっていた涙が、一気にこぼれ落ちる。

朔は溜息して、さくらの髪をくしゃりと撫でた。

「涙……やっぱり辛いか?」

さくらは強く涙を拭うと、にっこりと向き直って、朔に抱きつく。

「いつまでも泣いてちゃ、琥珀に失礼だもん……それにね、あたし約束したんだ。なにがあっても『生きる』って」

朔は、無言でさくらを見つめた、その瞳は限りなく優しい。

「そう言う朔ちゃんは、琥珀になんて?」

「さくらを、助けてくれてありがとう、と、さくらをください…かな」

「やーだ、ホントに言ったんだ?」

臆面もなく言った朔に、さくらはくすくすと笑い出す。

「当ったり前だろ? さくらは俺のモノだ」

墓前に合掌してから、朔はさくらを抱きあげた。

いわゆる『お姫様抱っこ』である。

「朔ちゃん?」

さわさわと、山の斜面に広がる緑が、陽光を受けてなびいていく。

風が渡り、世界に色彩いろが戻り‐――‐時は、世界は色を変えながら廻りゆく。

時は過ぎゆき、流れは分かたれて、道を変えていくけれど、それも外せない『循環』の一部。

二人を裂いたわかれも、二人が出逢ったのも、確かな意味があるのだ。

偶然はなく、すべては必然。

「俺とも、約束しろよな? なにがあっても『生きる』って」

ぼそぼそと呟くその顔は、拗ねた子供の顔。

さくらは、手を伸ばして朔の前髪をわしゃわしゃと撫でた。

「とっくに、約束したじゃない。一生一緒だって、ね? 拗ねないの」

「うー(まだ、怒ってるらしい)」

「うへ、早く着いたって言うけど……結構経ってたんだ、もう夕方だぁ」

さくらは、腕時計を見て思いきり溜息した。

時計の針は、5時半。

「帰ろうか? 少し冷えてきたな」

朔は、そっとさくらを降ろしてやる。

「ううん、宿はもう取ってあるの。ここから近い所よ、行こう」


さくらの後についていった先にあったのは、善徳の外れにある、一軒の旅館だった。

「ここね、去年も泊まったんだ、お風呂も広くて、すごくいいのよ?」

はしゃぐさくらの脇で、朔は不思議そうに首を傾げた。

「……おかしいな」

「わー、久し振りぃ……朔ちゃんも早く早くっ」

ぶぶんっ、と手を振って、さくらはなにが嬉しいのか、はしゃぎまわっている。

(おかしい……こんな旅館があるの、おいら知らねぇぞ?)

それに、なんか気配。

同族か?

「おーい、なにしてるのよぅっ、先行っちゃうよ?」

旅館の引き戸に手を添えながら、さくらがもう一度、朔を呼ぶ。

「あ、ああ悪い」

「もう、どうしたの? ぼーっとして」

きゅーっと、腕に抱きつくさくらの頭を撫でて、朔は『呆けてた』と笑った。

「なんだそれ、まぁいいけどさ」

中に入っていくさくらに続いて、玄関の扉を閉める。

違和感を感じながらも、楽しそうなさくらの気分を害させる気になれず、朔は迷いつつも口をつぐんだ。

『生きる、なにがあっても』

がこの章のテーマですね。

こんな話ですが、よろしくお願いします。(ぺこり)

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