繋がる想い‐‐―二人の絆
ごく普通に幼稚園で保母として働き、暮らしていた高島さくらは、ある日の仕事帰りに不思議な拾いものをしてしまう。
人語を話す、不思議ウサギ・朔は、次々とさくらの人生を変えていって…!?
惹かれ合う二人、遂に佳境!
人と妖、異種族の恋愛をつづる、ラブファンタジー
「ふぁ、あ」
薄暗い部屋のソファで、青年がその端正な顔を歪めた。
(天井が近い、視界が狭く見える……?)
「あ、そっか……今は人型だっけ」
やや暫くぼんやりしてから、青年・朔はバリバリと頭を掻く。
「……静かだ」
さも面白くなさそうに呟いて、朔は二階への階段を昇っていった。
時計は、午前10時を少し過ぎた辺りで。
無人の居間に、チクチクと時計の音だけが、せわしなく響いている。
無音の空白。
朔は、その静寂が痛かったのだ。
朔は、二階にあるさくらの部屋の前で、座り込んでいた。
さくらが、いない。
仕事だ。
そんなことは分かっている。
朝から夕方遅くまで、帰ってこないことが多い。
夜中まで持ち越すことだってあって、おいらとも…最近一緒にいてくれない。
大変なのが分かっているから、大切な仕事だって、分かってるから‐‐―‐‐おいらも敢えて言わないが、さくらのヤツ、絶対ムリしてる。
寝てるフリして見てたけど、今朝もさくら、顔色が悪かった。
……ぶっ倒れたり、しなけりゃいいけどな。
おいら、心配だよ。
一方さくらは、園の近所にある公園で、一足遅い昼食を取っていた。
実習生である後輩に、これから園児達に教える、折り紙を教えていたのだ。
「ちょっと熱っぽいか……カゼ、悪化しちゃったかも」
ちなみにさくら、いつもカゼをひいても早退することなく、終了時間までやり通していた。
薬を飲んでおけば大丈夫だと、さくらは自分に言い聞かせて一気に、薬である錠剤を喉の奥に流し込んだ。
自分は大丈夫、ただのカゼくらい何とかなる。
そう、高をくくっていたさくらは、後に痛い目を見るのだった。
居間のカーテンを開け、適当に食事を済ませた朔は、仕事場にいるさくらを想いながら、ぽかーんと、底の抜けたように高く晴れた、秋空を見ていた。
「さくら……平気かな」
ぽつりと呟くが、朔一人きりなので、誰も応えてはくれない。
「先輩、ここいーですか?」
さくらの向かいに、後輩の知里が、ちゃっかりと座ってから言った。
「うん、どうぞ……っつぅ」
さくらは、さっきよりも頭痛がひどくなったような気がして、強く眉間を押さえる。
「先輩、大丈夫ですか? すっごく顔白いんですけど、早退した方がよくないですか? あたし、伝えますから」
「いいの、大丈夫……あたしは大丈夫よ。ちょっと、眠いだけだから」
さくらは、強く知里の手を握りながら言う。
「でも、先輩っ」
「大丈……夫、よ」
行こうとした、知里を止めていた手が、力なくテーブルに落ちた。
「ちょっと先輩!? 先輩っ、誰か、誰か救急車‐‐―――‐‐っ!」
昼時ののどかな空気を、救急車のサイレンが掻き乱していく。
さくらを車内に担ぎ込むと、救急車は早急に公園から遠ざかっていった。
居間に、けたましく電話の音が響き渡る。
ソファに転がっていた朔は、危なく落下寸前の所を、片手をついて凌いだ。
「やべぇ、電話だよ」
さくらに、電話には出るなと言われている。
オロオロとしているウチに、留守録のオレンジ色のランプが点滅し始め、せっぱ詰まった女の声が、とんでもないことを一頻り叫んで、電話は切れた。
朔は、そろそろと再生ボタンを押す。
『あのうっ、さくらさんのお家の方っ、いたらすぐ病院に行って! 先輩…さくらさんが倒れたの!』
朔は、思いきり玄関を飛び出した。
〈病院〉とかいうものが、どこにあるかなんて、自分は知らない。
けれど、幸いに朔は獣神である、さくらの気配を追うのは造作もなかった。
朔は走った。
足を止めることもせず、ただ真っすぐに、さくらの元へ。
足裏の皮膚が擦り剥けて血が滲み、爪が欠けて剥がれたが、そんなものは、彼にとってはどうでもいい、些細なことなのだ。
さくらに逢いたい、ただ、それだけ。
走るうちに、見えてきた白い建物に入ると、朔は真っすぐにさくらの病室に直行した。
いそいそと、階段を段とばしで登り、初めから知っていたかのように、病室に飛び込んだ。
「さくらっ、さくら、大丈夫か!? 倒れたって、他に、どこも苦しくないかっ?」
「朔ちゃん、どうして、ここに?」
飛び込むや否や、ベッドに齧り付いた朔に、さくらはおっとりと、眠そうに言った。
「電話だ、電話がきたんだ。したら、さくらが倒れたって聞いて」
朔の騒ぎぶりに、通りすがりの看護婦が、口元に人差し指を宛てて『静かに』とジェスチャーする。
「ごめんね、朔……心配させちゃったね」
ベッドに横座りをして、さくらは、朔に『おいで』と手招きした。
寄ってきた朔の頭をそっと抱き締め、耳元で何かを小さく囁くと、一気に朔の顔が赤くなった。
「さ、さくらぁ」
ばっ、と慌てて離れると、朔は、さくらの横にそそくさと座った。
えへへー、と笑う、満面の笑顔。
しかし、いつものような覇気がない。
「ごめんね? ホントはごく軽い過労だから、休養すれば問題ないって言われたんだ。帰ろうかと思ってたら朔が来てくれて……だから少し甘えちゃった」
ぽすん、と朔の肩に頭を預け、さくらは目を閉じる。
「ありがと、朔。好きよー? アンタのこと」
「っ!」
思わぬ告白に、朔は死ぬほど嬉しかったが、わざと違う話をして気持ちを押し込んだ。その顔は、やかんのように赤い。
「電話って、おいらやっぱりキライだ。声が近い」
「話、聞いてなかったでしょー? もう、朔ちゃんてば」
ぷい、と背中を向けたさくらを、朔は思いきり抱き締めるとカーテンを閉めた。
「ちょっと朔ちゃ、んっ……んんっ」
病室の、純白のカーテンに影が揺れる。
朔は、ベッドにさくらを縫いつけると、何度も何度も、さくらの唇を求めていた。
朔、遂に爆発。
ずっと我慢していたのだから、当然と言えば当然だろう。
「やっ、ん……誰かきちゃうよぉ」
「……っはぁ、さくら」
「……っあぁ」
ねろり、と首筋を朔の熱い舌が這い、さくらはビクビクと震える。
一頻りの愛撫の終わりに、さくらの額にキスをして、朔は柔和に微笑んだ。
「帰ろう?」
さくらは、突如豹変した朔を、茫然と見あげた。
(朔も、男の人なんだわ……やだ、あたし)
「さくら?」
怪訝そうな朔の顔にぶつかり、さくらは一瞬鼓動が跳ね上がる。
「あ、うん…お夕飯、どうしよう、カップ麺でもいい?」
「うー、やだ」
即答する朔に、さくらは苦笑い。
「しょーがないなぁ、ワガママ朔ちゃんは」
「帰るぞ……ほら、おぶされ」
朔は少し屈むと、背中を片手で叩いて、さくらを促した。
「大丈夫、ちゃんと歩いていけるよ」
背中を向けたまま言ったさくらに、朔は間をおいて溜息する。
にっこりと笑って『帰ろうよ』と言う彼女に、一瞬感じた〈影〉はなんだろうか?
最近、よく感じるようになった〈影〉(それ)は、きつく朔を締めあげる。
二人の他、人影のない河川敷沿いの道のあちこちで、虫が集いている。
季節は、もう秋だ。
「星がきれいよ、朔ちゃん」
「ああ」
朔は、少し前を歩くさくらの背中を、じっと見ていた。
「昔ね、こんな風に、星の綺麗な所に住んでたことがあったんだ。今は、もう行けないけどね」
立ち止まって、どこか寂しげに言うさくらを、朔はきつく抱きすくめる。
「ダメよ……誰か来たら、見られちゃう」
そう言うが、さくらはもう、嫌がったりしなかった。
そっと身を任せたさくらに微笑んで、朔は耳元で囁く。
「俺がいる、さくら……だから、もう苦しむな」
口調が変わってる‐‐――‐‐そんなことをぼんやりと考えながら、溶け合う温もりに、さくらはうっとりと目を細めた。
「どうして、分かるかな? 朔ちゃんは。やっぱり、すごいよ」
さくらを縛っている〈影〉は、彼女の想いだ。
それも、とてつもなく強い、悲しみの念。
「寒いな、もう帰ろう」
「とか言って、あたしは降ろしてくれないのねー?」
まるで、子供を抱っこするかのように、腕の中に収まっていたさくらが不満そうに、口を尖らせる。
「あー、ダメだダメ。おいらがいないと、さくらはダメダメだよ……目ぇ離したら大変」
「なによぅ、子供じゃないんだからね? もうっ」
ぷくん、と膨れるさくらの頬にキスをして、朔は『帰って続きだ』と耳元で囁いた。
「きゃ‐―‐―っ、朔ちゃんのエッチ! 降ろしなさ〜いっ」
「ダメー、ほらほら帰るぞ」
「もうっ」
もう、さくらはなにも言わない。
気づいたからだ。
なにが必要で、なにが必要ないのか。
朔が好きだ、ということ……気づいたから。
ふれ合う心、繋がる絆。
二人はその夜、互いに離れなかった。
どうも、維月です。
朔が、暴走中…(泣)こんなキャラじゃないのになぁ。
これ、裏にまわった方がいいのかな?
うう、穴があったら、隠れたい……。