未来へ…
朔とさくらが棠国へ戻って、3年が経っていた。
紆余曲折の果てに幸せを手にした二人。
未来への架け橋。
世代が替わり、時代が変わっても、梁呂の乱を治めた、元は人間だった勇敢な少女の話は、後々まで語り継がれていった。
さくらと朔が棠国へ戻って、3年が経った。
そして…。
「パパちゃん、あっかんべ〜」
「くぉら、また脱走する気かおのれは」
がし、と背を押さえられ、子供は無惨にも地面に押しつけられることになる。
「うっ、やあ〜っ」
「ったく、紐でも付けときたいぜ」
脱走した息子を抱きあげて、朔は溜息した。
「もう逃げないか?」
「やら」
また溜息。
現在、母親であるさくらが留守なので朔が子守り中なのである。
(はぁ〜……ガキの世話って大変)
「おあーしゃんは?」
「んー?」
むに、と鼻をつままれて、朔は濁音気味の声で応える。
「んあいのの、はにゃ…はにゃせ」(買い物、鼻、離しやがれ)
「いないの? ぼく、おあーしゃんさがすっ」
やっと離してくれた鼻をさすって、朔は渋々彼の物見行に同行することにした。
話題は戻るが、朔とさくらの間には一人息子・奏が生まれていた。
3つにしてはやんちゃ坊主で、利発な彼に親となった二人は毎日がてんてこ舞い。
「おあーしゃーん?」
てこてこと歩いていっては、木の虚に頭をつっこんだり。
枯れ葉の裏を返して呼びかけてみるが、結局見つからずに、機嫌を損ね始める奏。
「あえ、おとーしゃん?」
朔はというと、切り株に腰掛け、飽きてしまったのかポケ…と空なんかを見ている。
当然、奏のことは忘れている。
「おとーしゃん、いない…」
(やっぱガキだな〜、気づいてねぇし)
しょげた奏は、ぽしゅんと柔毛の黒い子兎になり、耳を毛繕いする。
「おとーしゃん、ぼく、きらいなの?」
枯れ葉を銜えて、ころころと砂の上を転がるしぐさが可愛すぎて、出るに出られない、バカ親な朔が物陰にいた。
(我が息子ながら、可愛い。ま、俺には劣るけど)
「朔ちゃん? なーにしてんのかな?」
「子守りです…ってさくら!? つーか早っ、もう買い物済んだのか?」
うだうだと物陰で悶えていた朔は、さくらの冷たい一瞥に跳ね上がってしまった。
「あたりまえでしょー? 本当は奏も連れていきたかったんだけど、まだ人混みになれてないし。早く戻ってこないと、朔ちゃん見習って悪いコになっちゃう」
「点検、俺の嫌いな人参が入ってないか」
もそもそと買い物袋を漁り始めた朔の足を、さくらは踏みつけた。
「漁らないの、行儀悪いわねっ…悪いコっ」
「ひ、ひでぇな、さくら…俺そんなに悪い子じゃないだろ? 夜以外は」
「ヘンなこと言わないの! 教育に悪いでしょ。文句言ってないで、これ持っていってね? あたしは奏抱っこするから」
「あう?」
きょとんと首を傾げる奏。
幼いのが幸いで、会話の内容が理解できていない。
「へいへい(さくら、奏が生まれてから変わったな…俺、悲しい)」
朔は苦笑して荷物を両手に持つと、玄関へ向かっていった。
「おあーしゃん(お母さん)」
もにもにと両手を伸ばして、奏はさくらの足に抱きついて笑う。
「あら〜? 泥んこじゃない、奏ぇ。おフロ入らなきゃ」
「やらよー、おフロやら〜」
にーっと笑うやんちゃ息子に、昔見た朔の満面の笑みが重なって、さくらは思わず溜息した。
(ほーんとそっくり、瓜二つなんだから)
ねえ、琥珀。
きっと、アンタが引き合わせてくれたんだよね。
色んなことがあったよ、色んな人に出会って別れたよ。
結局、あたしは人間を棄ててしまったけど。
人間でいたら、こんな道は絶対歩かなかったと思う。
始まりは徳島。
そして、あの場所から始まった。
出逢いと別離の果てに、あたしはかけがえのないものを見つけたの。
大切な人の傍で、『生きる』と言うこと。
Rabbitぱにっく、もう本当に毎日がパニック状態。
琥珀、それにお父さん、お母さん。
あたし、ここで生きてるよ。
約束、まもったからね。
「おあーしゃん、かえろ?」
「あ、うん。お父さんも待ってるし、帰ろっか?」
「うん!」
さくらは石青の空を見あげて深呼吸し、ひとしきりの風に身を任せた。
『Rabbitぱにっく』最終章です。
紆余曲折の果てに幸せを手に入れたさくらと朔。
ここまで読んでくださった読者様方、本当にありがとうございました。
本作について質問などがございましたら、何なりと申しつけくださいませ。
それでは。
2006.4.26 維月十夜