再会
朔とさくらが、ようやく再会を果たす!!
感動的な再会と思いきや…そこに横恋慕の黒鋼が乱入!
「血と、獣の匂いだ……ウサギだな、近いぞ」
黒狼・黒鋼はすんすんと風の匂いを嗅いでから、牙を剥いた。
「兎族が!? お願いっ、あたしを早くそこに連れて行ってっ」
彼の背に騎乗していたさくらは、夜目にも青褪めて必死に嘆願する。
ウルウルと瞳を潤ませる彼女を、黒鋼は思いきり『べろりん』と舐めた。
「きゃ‐‐―――‐っ、またやった! 黒鋼のバカぁっ」
さくらは慌てて、黒鋼の毛皮に涎を拭う。
「ピーピーとうっせぇ、泣くな! あああ…やっぱり返したくねえっ」
「こらこら、ちゃんと飼い主に返してあげなきゃ…人間が珍しいのは、誰だって同じだよ」
晟は困ったように笑って、きつく寄り添う黒鋼を、さくらから離す。
「イヤだ……こいつだけは離したくねぇ。今更戻って、コイツが幸せになれると思うのかよ?」
きつく睨み据える目が、悲痛を帯びて翳る。
「それが、不義でも?」
晟の穏やかな眼差しに受け止められ、黒鋼は、ついと顔を背けた。
「晟、ありがと…後はあたしに任せて? あたしが不甲斐ないせいで、こうなったんだもの。ちゃんと始末つけたいわ」
「そう……さくらはいい子だね」
くぅん…と小さく鼻を鳴らして、黒鋼がさくらの腕に鼻面を擦りつける。
「黒鋼?」
「まあ、あれだ……腹の子のことは心配すんなよ。俺は、たとえ不義でも構わねぇし。だから、行くな」
一瞬、世界が音をなくしたようだった。
音は聞こえても、その意味を結ばない。
「え……なに、言ってるの? 黒鋼ったら、変な冗談よしてよね」
なぜか力む黒鋼を撫でてやりながら、さくらは訝しげに眉を寄せる。
「だ、だから…お前の腹の子の話だ。もしかしたら、俺のかも知れねぇし」
「嘘でしょ?! あたし、そんな訳ないわ。不義だなんて……どういう事!? それに、お腹に赤ちゃんがいるなんて、知らないわよぅっ」
「いでっ! いでで、コラっ! さくら痛ェっ」
パニックのあまり、さくらは黒鋼の毛皮を思いきり毟ってしまった。
「やだやだっ……朔ちゃんに、なんて言おうっ」
「やめ‐‐――‐‐っ! さくらっ。ハゲる、ハゲるってっ」
完全無視。
というか、聞こえていない。
「大丈夫だよ」
わたわたと騒いでいた二人は、暢気な晟の仲裁に、ぴたりと動きを止めた。
「……晟?」
きょとんと見あげるさくらに微笑んで、晟は黒鋼の背中(さくらの後ろ)に腰掛ける。
「ってコラ! 俺はハゲていいのかよっ」
つっこむ黒鋼だが、流される。
シカトだ。
「ちっ……(怒)」
「ここに来て、どのくらいか覚えてる?」
「ええ、結構経つんじゃないかしら……三ヶ月くらいかな?」
「来るものは、ちゃんと来てた?」
「……それが、ずっと来てなかったのよ。どうしよう…夢じゃないんだわっ」
赤らんだ顔を覆って、さくらは頭を振る。
「それはさておき、困ったなぁ…黒鋼がこれしきで諦めるわけ、なさそうだし」
「当たり前なこと言ってんじゃねぇ。行くんだろ、ウサギん処に」
そう言って、黒鋼は背中から晟を振り落とした。
「おっと! 危ないだろ、さくらに何かあったらどうするのさ!」
「さくらはお前に任す。巫山戯てる時じゃねぇぞ…テメェにも分かるだろう。血の匂いが、濃くなってやがる」
さくらを庇って晟はきつく黒鋼を睨むが、それは殺気だった彼の気配に、あっけなく相殺されてしまっていた。
黒鋼の中の血が騒ぐ‐‐―‐‐古の夜叉が、今ゆっくりと目を醒ました。
「行くぞ! 犲共なんぞにデカい面させられねぇっ、ぶっ潰してやる!!」
「はいはい、まったく血の気の多い」
ボケているさくらの脇で、一頭の妖狐が起きあがる。
狐は晟の声で喋った後、さくらの服の袖を咥えて、自らの背中に引っ張り上げた。
荒々しい動作なのに。
なのに、さくらはなんの衝撃もなく晟の背に座ることができた。
きっと、彼が気を遣ってくれたんだろう。
「走るよさくら、しっかり掴まってて!」
皆まで言い終わらないうちに、二頭は走り出していた。
白刃が、血と火花を散らす。
「跋鬼伏邪……臨! 前! 先!」
朔は片方で牙を防ぎながら、開いた左手で呪を切った。
不動印だ。
たちどころに、相手は呪力に搦め取られて緊縛される形になる。
朔の目の色が、凍っていく。
「貴様……っ、たかが、兎族の分際で!」
突如の司令塔の失脚に、犲たちは一歩ずつ、後退を始めていた。
「うるせえよ、兎族だからなんだ……弱者は、強者の糧になるべし。だから、てめぇはここで死ぬんだよ」
薄闇に、血が、飛沫いた。
耳を抉りそうな風が、五体を叩いていく。
晟の背で、さくらは幽かに煙の匂いを捕らえていた。
だんだん、それが近くなる。
「いた! あそこだよっ、結界の残滓…所々に残ってるけど、そのまま行っても良さそうだ」
「きゃっ」
落下の感触に、さくらは短く息を詰めた。
「平気? もう着いたからね。立てる?」
そっと問う、晟の深緑の瞳。
そろそろと背中から下りたさくらの傍に、黒鋼が寄りそう。
「犲共を追っ払ってくる…お前は、そこから動くな」
さくらの手を舐めてから、黒鋼は駈けだしていった。
「う、うん」
「やっほー…ウサギさんたち、やっぱり驚くよねぇ」
ゆるゆると、晟の変化が解けていく。
再び緊迫する兎族だが、朔は例外だったようだ。
「さく…ら?」
刀を取り落とし、さくらを見つめたまま微動だにしない。
それは、さくらも同じだ。
懐かしい声を聞いた、彼女の瞳から涙がこぼれた。
いくつも、いくつも止めどなく。
「朔ちゃ……朔ちゃん!」
走り出すさくら。
「さくらっ! ‐‐――‐さくらっ…さくらぁっ!」
きつく抱擁する二人を、晟は微笑みながら見送った。
(よかったね、さくら。……げっ! こっちは全然よくなかったりしてっ)
ゆらり……。
「あれが…さくらの夫なんだな」
「こっ、こら黒鋼っ…ダメだってば。折角会えたのに邪魔だろっ?」
一人黒いオーラを出している黒鋼に、晟は慌てていい添える。
ゆらり、と人型に戻った黒鋼は、晟を締めあげた。
一方さくらと朔は、きつく抱き合ったまま動かなかった。
いや、朔がさくらを離そうとしないので、動けないのだ。
「ほんとに、さくらだよな……生きてたっ、さくらだ! ちゃんと生きてたっ」
「あたしが悪かったの…ごめん、ごめんね朔ちゃん」
「謝るな……お前が生きてただけでいいんだ」
「あの二人が、助けてここまで連れてきてくれたのよ?」
指さした先の二人を見た朔は、一瞬言葉をなくしてしまった。
(さ、さくら? 俺たちの天敵種族と、お友達になってたり…する?)
「どうしたの?」
「い、いや…なんでもねぇ」
再会を喜んだのも束の間、朔、一気に汗みずくになる。
大将の弖阿でさえ、その表情を凍らせているのだから、無理もない。
「じゃ、じゃあ…礼、言わねぇとな」
声が裏返っている。
不気味だ。
「俺に耐えろってか! もう我慢できねぇぞ俺ぁっ」
「おいおいっ……あ! さくら、丁度よかった…この狂犬を止めて〜っ」
こっちはこっちで、また揉めているようである。
「やだ黒鋼っ、なに怒ってるのよぅ…きゃっ!」
「お前が、さくらの夫か」
さくらを脇へ押して、黒鋼は思いきり朔を睨んだ。
「あ、ああ…」
二人の身長差、約10センチ。
朔、再び固まる。
「テメェみてえなガキに、さくらを幸せにできると思ってんのかよ? こいつを捜しに来もしやがらねぇ奴にゃ、渡せねぇな」
殺気を露わにする黒鋼に、朔は息ができずにいた。
「おっ、お前こそ……さくらの何が分かるんだよ!」
じりじりと迫る間合いに、目には見えない苛烈な火花が散る。
「その言葉、そっくり返してやる……コイツはな、人間だ。俺たちのようなチカラも持ってねぇ…だがさくらは、弱い訳じゃねぇんだよ。それがなぜか、テメェは考えたことがあるか!?」
一気に増した辛辣きわまりない雰囲気を和らげるように、払暁が撫でていった。
どうも、維月です。
『Rabbitパニック』31部のお届けにあがりました!
朔とさくらが、ようやく再会を果たす…が。
黒鋼v,s朔……ああ、どうするんだ朔!(汗)