禁断の恋
行方不明中のさくらが流された島は、兎族の梁呂から北東の方角にある胡国・茜嶺という漁村だった。
そこで、繰り広げられるさくらと黒鋼の激しい恋。
奔放な二人の愛は今日も深まるばかり。
さて、これからどうなる?
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朝に目を覚ますと、必ずさくらが傍にいるか確認するのが、黒鋼の最近の日課になっている。
存在を確かめるように、さくらの頬に触れる黒鋼の表情は穏和で、普段の無愛想が嘘のようだ。
「んぅ……うん?」
可愛い寝言もいいが、このまま寝かせておくわけにもいかないので、早速起こしに掛かる。
今日は、食糧を定期的に取りに行く日なのだ。
さくらが流れ着いたのは、梁呂から北東の方角にある胡国・茜嶺という漁村だった。
茜嶺に棲む種族は人狼族。ここ茜嶺だけではなく、各国の種族は大半が人狼が占めているのである。
茜嶺は漁業の盛んな村だが、村人達の多く殆どは畑作をしながら日々を暮らしている。
黒鋼は、そのどれからも例に漏れており、すべて自給自足(ある意味)、正真正銘の一匹狼だ。
「起きろさくら、出かけるぞ」
「どこ行くの?」
寝ぼけ眼を擦るさくらの頭の上に、作業服のような物が被さる。
「食いもん探しにな。行くだろ? 待っててやるから、着替えてこい」
「あ、うん」
黒鋼がさくらに投げたのは、黒い野良着だ。
それは、土木業者の作業服に、よく似ている。
(わっ、がぼがぼだ……上着だけでも、スカートみたい)
とりあえず隣室で着替えたさくらだが、サイズが合わない。
そのうえ……。
上着だけでも長いのだ、ズボンなどは到底ムリだ。
「これじゃ、なんだかスカートみたいだけど……仕方ないわよね。どこかに紐があればいいんだけど」
ごそごそと引き出しを漁るさくら。
そして。
偶然ズボンのウエストを締める紐を見つけたさくらは、それを使うことにした。
そうすれば、裾が広がらない。
「遅えぞ、おい」
ひょ、と頭を覗かせた黒鋼は、渡した服の上着だけをワンピースのように着たさくらを見て、思いきり噴き出してしまった。
「ぶふっ! んだよ、そりゃあ……」
「黒鋼さぁん……」(怒)
「だから長衣にしたのか。まぁいいんじゃねぇ? 似合う似合う」
ばしばしと地駄を踏んでウケている黒鋼を、さくらは恨みがましいジト目で睨む。
くつくつと笑う彼の目元には、涙さえも浮かんでいる。
「笑わないでよ……失礼ねぇ」
ぷ‐‐―‐っと膨れた餅のようになって閉まった彼女に、黒鋼はニッと口角をあげて笑った。
「行くぞ」
夜明け間近の森を、さくらを乗せた狼姿の黒鋼が駈けてゆく。
夏とはいえ、早朝の大気は冷たく肌を刺す。
耳元で鋭く風が鳴り、嬲られた髪が頬を打った。
「ど、どこまで行くの?」
「奥だ、奥」
「奥ってなに‐‐―‐―‐っ!?」
「るせぇ、しっかり掴まってなっ」
更に速度を上げた黒鋼に抱きつい(しがみつい)て、さくらは毎度の事ながら身の凍る思いを味わっていた。
(は、速いぃっ……とにかく、早く止まって‐‐―‐!)
と、急停止した黒鋼から、さくらは危うくずり落ちそうになり、慌てて地面に足をつけた。
「黒鋼さん、どうした……の?」
「てめぇ、なんだ」
夜明けの薄闇に、黒鋼の唸りが響く。
そこまで言いかけたさくらを背中に庇って、黒鋼は牙を剥いた。
二人の前に現れた青い毛皮を持つ獣は、どこか穏和にさえ聞こえる声で礼を取った。
「夜分に失礼を、私は『連れ』を探している旅の者です」
「へえ、そうかい……それで、俺たちになんの用だ」
すると、青い毛皮のウサギはニィ…と三日月形に目を歪ませて笑い‐‐―‐嘲笑を含む声で言った。
「その子は、私の探している『連れ』に相違ありません」
「だから……返せってか」
「はい。おいで、さくら……みなお前の帰りを待っているぞ」
一歩にじり寄った獣に、さくらは身の底からくる何か‐‐―‐悪寒を感じて、黒鋼にしがみついた。
さくらに戦慄が走る。
自分は、この男を知っている!
鳴りやまない警鐘。
宙に舞う感じ。
翻る衣。
侮蔑と、嘲笑の笑み。
そして、悲鳴。
冷や汗が首筋を伝い、さくらは、耳の奥で血潮が逆流する音を聞いた気がした。
震えが、止まらなかった。
「イヤだと言った!」
黒鋼は牙をむき出しにして唸り、青毛のウサギ・蘭渓を喰い千切らんばかりに間合いを詰める。
「てめぇ、どうにもこいつを捜しに来たって感じじゃあねぇよな。殺意の宿る目だ。コイツは誰だろうが、他の奴にくれてやる気はねぇ……今すぐくたばりたくなきゃ、さっさと失せろ!」
「ふっ‐‐―‐思った以上に楽しませてくれる。殺すには、ちと惜しいな。まあ勢々、足掻くがいいさ」
くくくと低く嗤って、蘭渓は地脈に染み込むように目元まで潜り、影の底に消えていった。
「あの声……知らないのに、でも知ってるっ!?」
座り込んでうち震えるさくらを、いつの間に戻ったのか、黒鋼の逞しい腕が抱き寄せる。
「お前、ウサギ共と関係してたんだな……それで記憶喪失になった。けど安心しろ、たとえ全部元に戻ったとしても、俺はお前を離さねぇ」
さくらの瞳が、涙で潤んで震えた。
小さく頷くと、黒鋼の胸板に甘えるように頬寄せる。
「嬉しい……あたし、嬉しい」
頬を染めてはにかむさくらの初々しさは、彼を夢中にさせるには充分すぎる理由だった。
「さくら……っ!」
「やんんっ……ん、ううん」
「んはっ‐‐―‐んんっ、んっ……」
黒鋼は、夢中でさくらの唇を奪っていた。
強く吸い上げ、舌を絡める。
「やだ……あん、黒鋼……」
「逃げるなよ……な?」
やんわりと押し倒され、さくらは恥ずかしがってもがく。
夜目にも薄紅に上気するさくらの肌に、黒鋼は更に欲情した。
その唇が、彼女に触れる。
「あんっ……だめぇ…」
「もう、離さねぇよ……覚悟しな」
地平を染め上げる払暁の中、当初の目的を忘れて睦み合う二人。
禁止されたことほど、嵌りやすく甘美なものはない。
まさに『禁断の恋』に堕ちた黒鋼を止める者は、今のところいなかった。
こんばんわ、維月です。
ああ……二人の濡れ場が多すぎた。(汗)
朔はどこいったぁぁ〜!?