表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/37

穿たれた楔

順調かのように見えた、朔とさくら。

しかし、無情にも運命は二人を裂いた!

蘭渓の魔の手が、さくらに迫る!!

そして……。



「ほう、人間の女がおるではないか……か弱そうな奴だ、ヘドが出る」

海を眺望する事ができる断崖にいるさくらを、一羽の射干玉ぬばたまの鳥が見ていた。

いや、見ているのは鳥ではなく蘭渓だった。

本人の目からではなく、遠く離れた場所から鴉の眼を介して見ているのだ。

部下達に潜伏使令を出し、蘭渓は単独で動いているうちにさくらを見つけたのだった。

「ふ、余興がてら…楽しませてもらおうか?」

そう呟いた矢先に、ぱたり、と鴉が墜ちる。

元の死骸に戻ったのだ。

「見つけたぞ………兎族の弱点を」

青い双眸をニィ、と歪ませて、彼は音もなく、するりと地脈に体を滑り込ませた。

しかし蘭渓が去った後、‐‐――単に彼が気づいていないだけなのか、彼が触れた地面は焼けただれ、夥しい腐臭をあげる。

彼の体は、つもり積もった怨嗟が蝕み始めていたのだ。

破滅へのカウントダウン……。

壊疽が、始まっていた。


 『ヘンね、朔ちゃん? さっきまで隣にいたのにな…おぉい朔ぅ!』

〈外に出るは危険〉と押しとどめる周囲を拝み倒して、海が見たいと駄々をこねた自分を朔が、ここまで連れてきてくれたのだ。


朔がいない。


朔がいない。


可笑しい……。


だがすぐに、さくらは異変に気が付いた。

なにが、可笑しいのかにも。

妙に悪寒がして、震えが止まらない。

最近は、色々と口うるさい目付役の朔が、つかず離れず傍にいるのに。


その朔がいないなんて、可笑しい。


『朔、朔ぅ! どこにいるのっ、返事して!』

彼女は、すっかり術中に嵌りこんでしまっていた。

廻りは物音一つしない。

景色には、どこにも変わりなどないのに。

叫ぶさくらの声は、無情にも、ことごとく虚無に喰われて消えてゆく。

『イヤよっ、イヤ! 誰か返事してよ! 一人はイヤぁあ〜……』


一人はイヤだ。


怖い。


孤独に対しての恐れは沸くのに。どうしてか無気力になり、なにも考えたくなくなる。まるで、思考する能力を奪われたよう。

なにかが、そうさせるのだ。


「さくら、さくら! しっかりしろよっ、俺はここにいるだろ!」

「イヤ……イヤぁぁ」

さくらの傍を、朔は一度たりとも離れてはいなかった。

朔は、どこか虚ろにとり乱すさくらの肩を揺さぶって呼びかけるが、彼女はまるで見えていないかのように無反応で、しきりに震えている。

「その女には聞こえない」

朔は虚ろなさくらを抱いたまま、声がした方向をきつく睨む。

「きっ、貴様…敵軍の将かっ‐‐―‐‐彼女になにをした!」

朔の睨んだ先には、冷笑する、鎧姿の男が佇んでいた。

「ああ……彼女なら夢を見ているよ。最高の悪夢を、ね」

底からこみ上げた激情が、朔の瞳を、髪を異色に染めあげる。

「こ…のやろっ、胸くそ悪いツラしやがって!」

欠伸をするように言った彼に、朔は堪らず飛びかかった。

だが、身軽に躱して嗤う蘭渓には無意味でしかない。

「……あまり、調子に乗るなよ?」

「なっ」

彼の間合いに入りかけて、紙一重で避けたはずだった。

だが、軽々と瞬歩で朔の間合いに入った蘭渓は、耳元で冷たく囁いた。

そして‐‐――。

「口を慎め青二才がっ!」

「がっ……かはぁっ!」

しなやかな健脚が、朔を蹴り飛ばす。

蹴り上げられ、朔はもんどり打って地面を転がった。

「他人の楽しみを邪魔するでない。暫く、黙って見ておるがいい」

蘭渓は、朔に向けて縛執呪ばくしゅうじゅを切った。

「やめろ、やめてくれ!! ……さくらから離れろっ!」

重い鉛のような呪縛が朔を戒め、彼に一切の動きを許さなかった。


 『あなた、誰? あたしを迎えに来てくれたの?』

虚ろな目で見あげるさくらに、蘭渓はニヤリとほくそ笑む。

『そう、俺は君を迎えに来たんだ。おいで、家族が待っているよ』

『あなた……だ、れなの?』

さくらの眉間に、明らかな抵抗が浮かぶ。

術に嵌りながらも尚、どこまでも呪を振り切ろうと抵抗するさくらが気に食わなかった。

蘭渓は、さくらを抱きすくめながらその笑みを深くする。

嗤いながら、彼女に一撃を加えた。

残酷な楔の、一撃を。

『それは、知らなくていいよ。お前はこれで死ぬんだから』


さくらの体が宙を舞う。


打ち掛けの袖が、天女の羽衣のようにはためいたが、彼女は宙を舞わずに、重力に従って落下を始めた。

「やめてくれ‐‐―――‐‐っ!?」

朔は渾身の力を込めて、結界として張られていた、襲撃者の術式を破壊した。

「つまらん。実につまらぬ……だから人間が好かんのだ。今日は引きあげるか」

崖下を覗き込んで座りこむ朔の脇で、蘭渓は消えていったのだった。

逆巻く海流同士が、大渦をなしている海域だ。

さくらが助からないのは明白だった。

「さくら……さくらぁ‐‐―――‐‐―!!」


狂ったように、悲痛な慟哭をする朔を駆けつけた弖阿が見つけ、爆ぜんばかりにその目を張った。

「朔、朔! しっかりせいっ、あの子、さくらはどうしたんじゃ!?」

「うあぁ……うああああ‐‐――――っ!」

声にならない悲鳴をあげ続ける朔を抱え上げ、弖阿はそれ以上なにも言わずに、城館へと引き返した。

(朔……一体どうしたんじゃ! それに、さくらの気配が消えた!)


 ずず、と緊迫した空気を薬湯を啜る音が濁す。

朔だ。

「どうだ……落ちついたかい? 話してくれぬか、さくらはどうしたんじゃ。あの子の気配が消えたんだ…皆知りたがっている」

蓬色の薬湯を啜っていた朔は、ややしばらく間をおいて辿々しく、抑揚のない口調ですべてを語った。

「……さくらが、死んだ」

弖阿を含め、その場にいた一同は驚きに、愕然と朔を見た。

「まさか……そんな、気配が消えたのは、なんてことっ」

「蘭渓だ、あ奴の仕業に決まっている」

突然割って入った声に、弖阿は泣きはらした目でふり返る。

「刹霞、戻っていたのか……さくらが、さくらが」

ゆっくりと、弖阿は格子戸に凭れる刹霞を振り向くと、震える声をなんとか抑えて小さく呟いた。

徳島むこうに残した、俺の部下共は皆殺されていた。あ奴め、遂に堕ちる処までおちたな。簒奪状を置いていきおった」

「なに!?」

目を剥いたのは、弖阿だけではなかった。

今まで抜け殻の如く萎れていた朔も、僅かにだが身じろぐ。

「楔を打ち込みおって……だが皆の者、慌てるな。闘うべき相手が分かっただろう。奴を、蘭渓を必ず倒すのだ!」

ハラハラと、朔と弖阿を見交わす紫生。

「弖阿、そなたも…もちろん闘ってくれるな?」

「当たり前だろうが。この弖阿、兄上のためにここに在るのだから」

微笑みあう、弖阿と刹霞。

「ああ、猛獣の檻が壊された……」

はぅ……と溜息する紫生に、弖阿はなぜか怒らなかった。


どうも、維月です。

蘭渓が……さくらに集中攻撃。

蘭渓のバカ…(怒)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ