蠢動する闇
兎族・千年前の悲劇の原因が自分であることを知ったさくらは、朔、弖阿と共に戦うことを決意する!
だがその頃、梁呂には〈もう一つの兎族〉の軍勢が潜んでいた!?
異界ラブコメ(え…?)好評連載中!
兎族・西祖谷本部。
一向に戻らぬ、現総領と元総領に痺れを切らせた一部の兎族は、仮朝…いや偽王を立てていた。
偽王‐‐――‐‐刹霞が、祖谷全域を治めていた頃は、忠実な部下として側近を務めた男。
彼の弟、蘭渓だった。
「俺は兄上とは違う。人間の女なんぞを娶ったりして……出来こそいいが、半端者を息子に持っている。我らの行く末、それでいいと思うか?」
「しかし、奈与様は比類なき力をお持ちです。総領には充分すぎるかと」
まごついて応える部下に、蘭渓は片眉を上げて驚いた顔をして見せてから、ニヤリと嘲笑の形に口を歪めた。
「『あわいの者』などに総領は務まらん……目障りな奴よ、いまに始末してくれる」
「蘭渓様っ! なんと愚かしいことを、あなたは簒奪をなさるおつもりか! 爺やは悲しゅうございますぞっ」
目尻をつり上げて怒る老爺に、蘭渓はチラともせず、怠そうにまるで欠伸でもするかのように言った。
「そうか……それでは盛大に悲しんでもらおう。彼の世でな!」
‐――‐ゴッ……!
渇いた白磁の床に、血が飛沫く。
それに合わせて、転々(ころころ)と老爺の首が転がった。
その様は、まるで声なき悲鳴をあげているよう。
女官らが廻りで布を裂く悲鳴を上げて、一人、また一人と裏へと逃げていく。
血を浴びた蘭渓は、口許に受けた返り血をヌラリと舐め取ると、帯びていた刀を抜き、事切れた老爺の背中に刃を突き立てた。
「この際だ。刹霞も、あの半端者もまとめて始末する……」
あまりの驚異に顔を見合わせていた他の血縁者達は、一様に青褪めた。
「し、しかし……蘭渓殿、それでは」
それでは、簒奪だと。
言おうとしたが、それは叶わず。
「それでは……なんだ?」
ギッと怨嗟の籠もった瞳で睨み据えられ、集団は一気に身を竦ませる。
「いや…なにも」
「ならばよい。兵を挙げる……皆の者、我に続け、兎族の新時代を共に切り開こうぞ!」
「ははぁ‐‐――っ!」
集団の中心に立つ蘭渓に、一同は伏礼した。
「なあ、さくら……いいだろう?」
「ダメ、ダメよ朔ちゃん……やぁん」
奈与が去ってから、ころりと(本当に)態度を変えた朔。
朔は、一面に咲き誇る花園の中で、さくらを襲っていた。
「戻ってこないかと思った……辛かったんだぞ? 分かるか?」
「やっ……分かってるってば、苦しいよ」
まるで油汚れのように、しつこくこびりついてくる朔を振り払いながら、さくらは羞恥に顔を染めた。
執拗に唇を求めてくる朔のせいで、さくらは切れぎれにしか応えられない。
「あたし達、夫婦よ? ちゃんと分かってるわ」
「でも寂しかった…その分、ちゃんと埋め合わせろよな?」
「あ、ちょっと朔ちゃ…ん」
営みに忙しい二人は、妨害者に気づいていなかった。
(おやまぁ……こんな所におったのか。どうりで屋敷で見かけなんだ)
弖阿、だった。
「っと、静かに」
ビクリ、と朔が動きを止める。
「どう…したの?」
急に起きあがった朔に、さくらは小首を傾げた。
「てめぇ……なに見てんだよっ、いつからそこにいた!」
大樹を蹴飛ばすと、ほて…と弖阿が落ちてきた。
「若いのは盛んでよいのう、なに……妾も、ちと散歩してただけじゃ」
「出歯亀は代々変わらねぇのか」(怒)
拳を握りしめて怒る朔に、弖阿はおもむろに声音を変え、固い声で言った。
「二人とも…至急我が屋敷の広間に来て欲しいのじゃ」
「はぁ!?」
「弖阿さん?」
乱れた結髪を解いてから、さくらは弖阿に近寄った。
獣脂の灯りが、四角く夜の闇を切り取っている。
二人が謁見の間に通されると、集団の中に、ちらほらと既に知った顔が並んでいるのが見えた。
紫生の報告によると、梁呂の兎族以外の者‐‐――‐2つに分かれたうちの片方の者が、多数梁呂に潜伏しているとの事だった。
「どういう事!? 奈与や刹霞さんと行き違いに?」
突如の報告に、さくらは、思わず身を乗り出してしまう。
「そういうことらしい。あ奴らがおらぬ間に、動きがあったのか……」
(弖阿さん……)
爪を噛み、心底悔しそうに言う弖阿の心中を察して、さくらは口を噤んだ。
「紫生、その者らの姿形、しかと見たか?」
「はい、胴丸に腹巻き。武装はしておりますが、ごく軽装の者が多くでした。それと、刀と鉾を持つ者も何名か」
「そうか…こちらもうかうかしておれぬ。紫生、緊急配備じゃ! 皆にそう伝え」
「ははっ!」
返事と共に、紫生の姿が煙のように掻き消えた。
「わ!」
さくらは刺激が強かったのか、『本物の忍者だぁ』と目を丸くしてはしゃいでしまう。
「んん、忍が珍しかったか? さくらの国にはおらんのかぇ?」
「うん、昔はいたみたいだけど、今はTVとかでしか見ないかな?」
(あと、映画村とか?)←片寄ったイメージ。
「てれ…び、とな? なんじゃ…食い物か?」
弖阿は目を輝かせて、さくらに先をねだる。
「あ、ううん、テレビっていうのは簡単に言うと、色々な情報を一度に知ることができる、人間には欠かせないものなの」
「ほう、人間とは変わった物が好物なんじゃの」
TVを完全に食べ物だと思っている弖阿に、さくらは苦笑い。
「イヤ、だから食べ物じゃないって」
「おい二人とも、話ずれてるって」
更に嵌っていく二人に、朔はすかさずつっこむ。
(案外、ミーハーなんだなぁ…このおばば)
「とりあえず、緊急事態なのは確かね」
廻りの空気を、思いきり壊していることにやっと気づいたさくらは、小さく咳払いして弖阿に微笑む。
「う、うむ……よいか皆の者、遂にこの時が来た。千年の歪み、今こそ打ち砕こうぞ!」
さくらと共に頷き合うと、玉座で、弖阿が城館中に響く大音声で云った。
歓声が上がる。
刀鎗を携えた者、すべてが城主である弖阿の前に膝を折った。
「さくらは、すごいな」
溜息交じりに言う朔に、さくらはきょとんとする。
「すごい、なにが?」
「さくらが始まりなんだ、今も昔も。2つに分かれた国が、今一つになろうとしてる……それを促したのが、お前」
「朔ちゃん?」
朔は勇気づけるように、さくらの腕を軽く叩いて笑った。
「俺、なんか鼻が高いよ。さくらは凄い」
「うん、あたしが始まりなら、あたしが、責任持たなくちゃね?」
拳を握りしめて、さくらは真っ直ぐに朔を見る。
「おう、それは頼もしい限りじゃな。しかしさくら、そう力むな。早々気疲れしてしまうぞ? 無理をするでない」
玉座の弖阿が、目を細めてくつくつと笑った。さくらは彼女の言葉に、深い労りが含まれているのに気が付いた。
「ありがとう……でも、あたしも戦う。人間のあたしじゃ、なにができるか‐‐―ううん、足手まといになるかも知れないけど、それでも、あたしも戦おうと思うの。自分にできることをしたい」
「〈人間だから〉じゃない、心配してるんだぞ? 目ぇ離すとすぐ無茶するし」
思慮深くさえある朔の言葉に、さくらは少なからずムッと息を詰めた。
「わ、分かったわよ…ムリは、しないから」
「よし」
無邪気に破願した朔に、さくらは内心に引っかかりを感じながらも、儚く口許を綻ばせた。
さくらは、遠く思いを馳せる。
本国‐‐――‐日本に戻った、奈与と刹霞はどうしただろうか?
もう十日は経つというのに、彼らに関する知らせは一切なかった。
どうか、無事でいて。
はたはたと揺れる橙の焔が、さくらの表情に深く陰影を刻みつける。
それは恰も、彼女の心情の表れのようだった。
どうも、維月です。
今回は、少々見せ場多めです。(汗)