旅ウサギ・朔
市内の幼稚園で、保母としてごく平凡に働く高島さくら(23)は、仕事帰り、自宅の玄関先でとんでもない拾い物をする。
その拾い物は、どんどんさくらの人生を変えていって……?
人と、妖の恋を描くラブ・ファンタジー
さくらは、玄関先に丸まっている黒い物体に一歩、いや、数歩後じさった。
なんだろう、死骸だろうか? パカパカと、切れかけの電灯が照らし出すそれは、そのまま動かない。
動かないのなら、そうなんだろう。でも、進まなければ中には入れない。
「死骸!? ちょっとちょっとぉ、勝手に、人ン家の玄関先で死なないでよねー……もう」
触ってみて、もしスプラッターだったらどうしよう……。
オロオロと、処理に困って散々迷ったあげく、おっかなびっくり、それに触ろうと手を伸ばした瞬間、その物体がゆっくりと起きあがった。
「わぁ、よかったぁ〜……生きてたのね、にゃんこちゃん」
さくらは、途中で言葉を途切った。
そっと抱きあげたそれは……それは幾分か、猫よりも耳が長かった。
「って、なに、ちっこいウサギ? 縫いぐるみみたい」
こんな都会に、ウサギ?
ここの住人、誰かのペットが逃げたのか?
いやいや、ここはペット禁止のマンションである。
「どうしよう、これ」
さくらは、仕事で疲れていたし、細かいことを考える余裕がなかった、面倒くさかったのである。
だから、そのウサギが人間の言葉を話しても、まったく驚かなかった。
「スマン、ちょっと離してくれるか? 窮屈でな」
「うん」
「ふぅ、夜分に申し訳ない、脅かすつもりはなかったんだ、でも……おいら、ひもじくて動けなくなっちまった」
すらすらと、人語を話し出した黒い物体‐―‐基いウサギは、ちょこんと後足で立つと、なんとも可愛らしく説明を始めた。
「玩具かしら、ファスナーは、っと」
さくらは思案顔で、むにっ、と子ウサギの背中をつまみ上げる。
「あわわ、おいら本物だってばよぅ、降ろしてくれ〜」
情けない声で訴えられ、さくらは、じたばたと暴れる子ウサギを降ろしてやった。
つままれたウサギは「ひどいなぁ」とこぼしつつ、せっせと毛繕いをする。
「ご、ごめんね? やっぱり…ちょっとびっくりしちゃって」
さくらは、バツの悪そうに毛繕いをする子ウサギを撫でつけた。
「いいよ、慣れてるからさ。それにしても、人っておいら達より恐がりなんだなぁ」
子ウサギは、ふこふこと小さな鼻を動かしてウインクした。
「動物は話さないでしょ? インコとかなら分かるけど」
「動物だって話すさ? ただ、今の人間は聞こえないのが多いからね。おいら達も喋らないようにしてる。って、父ちゃんの受け売りだけどな」
人間のように、にっこりと笑った子ウサギに、さくらはそっと触れた。
「こんなに小さいのに、一人で偉いね。どうしてこんな所にいたの? 家族は?」
「いや、おいら一人だよ。気づいたときには、あちこち旅してたなぁ」
照れくさそうに、笑いながら言う子ウサギを抱っこすると、さくらはピコピコと動く鼻面を撫でた。
「ねぇ、よかったら、ウチくる?」
こんな、小さな生き物に共感するなんて……昔ならそう思ったけど、今はなんとなく、この不思議な「めぐり合わせ」に感謝したい。
「いいのか? 姉ちゃん、いいヤツー」
手放しに喜ぶ子ウサギが可愛くて、さくらは微笑む。
「あたしはね、さくら。名前、聞いてなかったねぇ」
「おいら朔って言うんだ、似てるな? なんだか」
「だねぇ、待ってね、今開けたげるから」
さくらは、朔を抱っこしながら片手で鍵を開けた。
「ここにいてね」
さくらは、朔をソファに乗っけると、いそいそとキッチンに入り、鍋を火にかけた。
「あー、もう8時過ぎてるよ〜……なんか冷蔵庫に入ってたっけ?」
ばふっ、と勢いよく冷凍庫を開けるさくら、しかし勢いがありすぎて冷凍食品が雪崩になる。
「きゃ、きゃぁ〜!?」
ガラガラと、冷凍食品が転がる音。
「慌てんぼだなー、さくら」
それを尻目に、ぽつり呟く朔。
しかし……誰も聞いちゃいない。
初夏のある夜、高島家に不思議な同居人(?)が増えたのだった。
こんにちわ、維月です。
1話と2話…ちゃんと繋がってるかなぁ?
心配。
始まったばかりですが、どうぞよろしくです。