表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/37

面影

『千年前の悲劇』その発端である奈与が原因で、再び2つの兎族間に波紋が広がっている。

刹霞は、その乱を止めるべくして朔とさくらの後を追ったのだ。

乱を止める手段はただ一つ、奈与を殺すことだ。

だが、刹霞は悩んでいた。本当にその他に方法はないか、と。


「なにも失う訳にいかないのに……あの子は死んでもいいの!?」

悩み抜いた末に、さくらは刹霞に訴えた。

2つの兎族間で、再び波紋が拡がりつつある。奈与がその発端であり、刹霞はその乱を止めるべくして、朔とさくらの後を追ったのだという。

「あいつをあんな風にしたのは、俺の責なのだ……だからせめて、俺の手で屠ろうと思う」

「でも…そんなのって、ないと思う。キレイ事かも知れないけど、誰かが誰かの命を奪う権利なんてないよっ」

ぱしん、と勢いよく障子戸が鳴る。

すっくと立ちあがると、さくらは憤然と部屋を出て行ってしまった。

「さくら……」

ぽつりと取り残された朔は、刹霞と、さくらが出て行ってしまった方を見比べてオロオロする。

彼自身もどう動いていいか分からずに、困っているのだ。

「朔殿…すまない、彼女を怒らせるつもりはなかったんだ。二人には、いやな思いばかりさせる」

心底すまなそうな刹霞に、朔はゆるゆると首を振る。

「いや、俺もあなたと同じ事を考えてた……他人ひとの事は言えない」

「あいつを殺したくない……だが、やむを得ん。彼女に会って、変わりはしないかと…切に願っとるよ」


 朝方の海辺を、さくらはザクザクと歩調荒く進む。

「どういうつもりかしらっ、自分の息子なのに!」

さくらは、きーっ! と髪を束ねていたリボンを、力任せにほどいて放り投げた。

朝風の中に、色の薄いさくらの髪が、光を通してサラサラと舞う。

「あれじゃあ、あの子が可哀相じゃな…い」

さくらはそこまで言って、言葉を途切らせた。

驚きに、その目は大きく見開いている。

砂の上に丸まっている、奈与を見つけたのだ。

(なにしてるのかしら、生きてるのかな?)

巨大な体躯を投げ出している脇に、さくらはそっと屈む。

どうしてだろう。

以前はあんなに、奈与が恐ろしかったのに……今はどうしてか、彼に触れてあげたいと思っている。

艶々とした毛並みは朝焼けを映して、紫陽花色に透けて目を惹いた。

(不思議な色……きれい。触っても、怒らないかしら? 寝てるみたいだし)

そっと手を伸ばしかけたその時。

「なにを、している?」

静かな声に問われて、さくらはウサギのように跳び上がってしまった。

「お、起きてたのね……」

「まあな……それくらい分かる、さくらの気配がしたからな。どうした、朔は一緒ではないのか?」

大型犬よりまだ大きな体をぶるん、と震わせてから、奈与は前足を突っ張り豪快な欠伸をする。

「うん。ちょっと成り行きで置いて来ちゃった」

「……そうか……」


朝の穏やかな時間を、潮騒が旋律を奏でる。さくらも座ったまま、縦に伸びをした。

「ねえ」

「なんだ?」

「撫でてもいい?」

目を細めて毛繕いをしている、彼の頭にさくらはそっと触れてみる。

「……好きにしろ」

「うん……あったかい。あったかいのね、あなた…お日さまの匂いがする」

さくらは奈与の頭を包み込むように抱いて、懐かしそうに目を細めた。

「なあ、さくらの母上は……どんな人だったんだ?」

奈与は、愛嬌たっぷりにさくらの膝に前足を置くと、身を乗り出した。

さくらは目を瞑る。

今でも瞼の裏に浮かぶのは、まるで仙境のような里で暮らしていた、人口こそ少ないが賑やかな人たちの笑顔。

そして、頼りない父の代わりに厳しかった母。

「厳しい人だったわ……でもそれだけじゃなくて、ちゃんと皆を気遣える、優しい人でもあったの」

「それを、俺たちが壊した……さぞ憎いだろう、理不尽だと悔やんだろう」

奈与は少し距離を取ると、真っ直ぐにさくらを見つめる。

「恨んでないって言えば嘘になるけど、許せる事じゃないけど……あなたも、色々あったのね?」

そっと、けれどしっかりと抱き締められた奈与は、震えながらその先を紡ぎ出す。

「なぜ、そんな穏やかな顔ができる? 俺を恨んでいるのに」

「似てるから」

即答したさくらに、奈与は、ぱちんと一つ瞠目をした。

「え? なにが…」

「目よ……あなたの目、すごく寂しいって言ってる。孤独の目、あたしも、よく分かる」

「俺の母は人間だった。いつもオレと、父上の傍で笑っていて…ただただ、幸せだったのを覚えている」

「ええ……お父さん、刹霞さんから話は聞いてるわ。あなた、口が悪くて粗暴だけど、根っからの悪って感じじゃなかったもんね?」

「母上と、そっくりだな。名前も顔も……けど、やっぱりなにかが違う。そこが、好きなの…かも知れない」

さくらの喉元に鼻面を寄せながら、奈与は涙声で言った。そして、さくらは悟る。

‐‐―‐この子の心は、割れている。

喪失なくしたものの存在が大きすぎて。

この気持ちを、なんて言うだろうか?

本当の母親じゃないのに、放っとけない。

傍にいてあげたい。

未来を変えてあげたい。

「泣かないで? ね? 泣かないの。ねえ奈与……あたしが、お母さんになってあげる。よく、今まで我慢したね?」

声を上げて泣きじゃくる奈与をそっと包みながら、さくらは彼の滑らかな青毛を撫で続けた。


「さくらが、オレの母さんに? ホント?」

一頻り泣いたあと、奈与は鼻を啜ってからさくらに問うた。

ひた、と真っ直ぐに、澄んだ色違いの双眸に見つめられて、さくらは思いきり微笑み返す。

「そうよ。今からあたしが、奈与のお母さん」

幻のように兎の形が透けて、人間の姿に戻った奈与は、改めてさくらに抱きついた。



 「朔、朔はおるか!?」

突如、客間の障子が勢いよく引かれた。

「んあ?」

青畳に寝そべっていた朔は、不機嫌モード全開でふり返った。

昼寝中だったのだ。

「朔っ、大変じゃ!」

語気荒く部屋に飛び込んできた弖阿に、朔は幾許か後ずさる。

「来い! さくらが、さくらがぁ‐‐――」

弖阿は、今しがた見てきた状況を朔の耳元で小声で伝えた。

あまりのショックに、朔は総毛立つ。

「は、はぁあ!?」

屋敷が揺れた。(たわんだ、とも言う)


どうも、維月です。

書いているうちに、奈与が段々幼稚化してしまいました。

なっち、ごめんなさい(汗)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ