Old story
千年前の悲劇‐‐―なんとその発端がさくらの前世であり、刹霞の妻であった少女・さくらだった。
新たな真実に、さくらたちは……!?
異種族ラブファンタジー、いよいよ佳境へ!
「あれは……今より千年前、七つ国のうち胡国・そしてこの、梁呂にも人間はいたのじゃ。その頃、まだ分かれていなかった兎族は、人間と友好を築きながら共生しておった」
「なのに、それが崩れた」
相槌を打ったさくらにこくんと頷きながら、弖阿は話を続ける。
「だが、そこで大きな、とてつもない事件が起こった。のう、刹霞……そこにおるのだろ? 出てきや」
静かに障子の戸が引かれて、青い狩衣を纏った男が、顔を出した。
「奈与!?」
同時に叫ぶ、朔とさくら。
そう、この男・刹霞こそ、奈与の父であり、千年前の悲劇の引き金となった人物であった。
「あとは俺が引き継ぐとしよう、よいか? 弖阿よ」
「……よかろう」
刹霞は、さくらをまっ直ぐに見詰め、どこか懐かしそうに目元を和ませた。
「本当に、そっくりなんだな」
「なにが、です?」
警戒でピリピリしている朔の背中に隠れながら、さくらはおずおずと尋ねる。
奈与に、似すぎていて怖いのだ。
刹霞はなにも応えずに、特に悪びれた風もなく静かに口を開いた。
「今より、千年前の話だ」
千年前、兎族と人族は互いに友好を築きつつ、穏やかに共生していた。
交易は盛んに行われ、この時には、どこにも戦乱の影など見受けられなかった。
そう、二人の男女が出逢うまでは。
『さくらや、薬草を採ってきておくれ』
小屋の入り口に掛かる暖簾を上げて、老齢の女が顔を出した。
『母さま! ダメよ寝ていなくてはっ。薬草なら採ってきてあげるから、大人しく寝ていて頂戴ね?』
さくらと呼ばれた少女は、患っている母を床に戻すと、棚から手籠を取り出す。
『すまないねぇ、嫁入り前のお前に、夜道を行かせるなんて』
『母さま……』
嘆き、涙する母に、少女・さくらはにこりとする。
彼女は、二月後に婚礼を控えているが、それに乗り気ではなかったのだ。
尤も、今それを口に出すことはしなかったが。
『あたしは平気よ、母さまのためだもの。行ってくるね』
「彼女の母親は、肺に死病を患っておった。甲斐甲斐しい世話も虚しく、それから間もなくして母親は死んだ」
「それと、千年前の悲劇とやらと、どう関係あるんだよ」
むぅ、と眉間に皺を寄せる朔に、刹霞は『まあ聞け』と頭を掻く。
「始まりは、これからだ」
肺病で死んだ母親のお陰で、村人は誰一人、彼女の許嫁を除いては近付こうとはせず。
しかし彼女は強い娘で、決して人前で涙を見せなかった。
『母さま……あたし、もういやです』
そんな彼女でも夜に小屋で一人になった時には、どうしようもなくやりきれなくなるのだった。
『どうして、どうして…』
ふと、膝を抱えて座り込もうとした彼女の耳が、笛の音を捉えた。
『だれ……?』
彼女は訝りもせずに、音のする方へと、フラフラと歩いていく。
そして、彼女は出逢ったのだ。
見慣れない身なりだが、恐ろしいほどの美貌の男に。
『笛の音、あなたなの?』
さくらは、しばらく間をおいて男に話しかける。
『そうだ。なぜ……泣いている?』
さくらは、見知らぬ彼の美貌に見惚れて、一瞬時を忘れそうになった。
『なぜ、泣いていると聞いたのだ』
ハッ、と一瞬怯えた素振りをした彼女に、男は目元を和ませて囁く。
『恐れなくてよい、なにも取って喰うわけではないからな。お前、名は?』
尋ねられて我に返ったのか、さくらは男を指さしてから、毅然と言い放った。
『人に名を聞くときは、まず自分から名乗りなさいな!』
今更になって警戒し始めた少女に、男は面食らったような顔をしてから、豪快に笑った。
『面白いヤツだなお前、気に入ったぞ。俺は兎族の次期長になる、刹霞という』
『あたしは、さくらです』
『そうか、さくら……して、どうして泣いていたんだ? 差し支えがなければ、聞いてもいいか?』
類い希な美貌で微笑まれて、さくらはまるで、朝焼けのように赤くなってしまった。
さくらは話した。母が肺の病で死んでから、村人に差別を受けるようになった事、そして、好きでもない男の元へ嫁ぐ事を。
『刹霞さま、あたし……もう誰も信じられなくなりそうで、怖い』
『そうか、母御が肺病を……そなたも、辛かったな。苦しかったろうに』
ぽろぽろと涙が月明かりに反射し、少女の清楚な美しさを際立たせる。
『刹霞さま…優しいのね、見ず知らずの人間のあたしに』
『見ず知らずではないぞ? 俺はずっと、お前を知っていたよ』
『え?』
涙で潤んだ瞳をしばたかせる彼女に、刹霞は柔らかく微笑んだ。
『いつも見ていた。バレはしないかと、ハラハラしながらな。一生懸命に、母親を世話していたのも』
『じゃあ、夜毎に聞こえていた笛の音は』
さくらは、ごしごしと涙を拭って、刹霞を見あげた。
『俺は、見ていただけで、なにもしてやれなかった。だからせめて……心安らげようと思った。迷惑、だったか?』
眉尻を下げて困った顔をした刹霞に、さくらはフルフルと華奢な首を振って『ありがとう』と笑みを咲かせた。
「美しかった……」
ほわん、と夢見るように言った刹霞に、朔がすかさずツッコミを入れる。
「てゆーか、それストーカーだろ!」(怒)
「コラコラ、朔ちゃんたら……大人しくして」
(でもなぁ……なんかヘンな感じ。同じ名前なんだもん)
逐一反応がうるさい朔を抱きすくめてやりながら、さくらは密かに溜息。
「すみません、話……続けてください」
「く、苦し……さくら」
うむ、と頷いて、刹霞は再び口を開いた。
それから、さくらと刹霞は夜毎に逢うようになり、程なくして深い仲へとなっていった。
『刹霞さま……?』
さくらは小走りに林の中を彷徨い、やがてすぐに愛しい男の姿を見つける。
『ああ、ここだ……さくら』
『逢いたかったっ……ああ刹霞さま』
さくらは、林の最奥にある桜の古木に寄りかかっていた刹霞を見つけ、思いきり腕の中へと飛び込んだ。刹霞も、飛び込んできたさくらをしっかりと抱き返す。
『大丈夫なのか? もう尾行けられたりしないか?』
『ええ平気。もう婚約は切りましたから…それに、あたしには刹霞さまだけ』
さくらが許嫁との結婚をなくし、それからというもの、相手の男がしつこく付きまといなかなか離れなかったのだ。
しかもその男は、引き返すフリをして、二人の情事を盗み見ては嫉妬していた。
『あっ……ん、刹霞、さまぁ』
『……うっ』
熱い舌が首筋を這い、さくらはビクリと背を震わせる。
男の手に、力が入る。木の樹皮に食い込んでいた爪が、ミシリと皮を抉った。
逆恨みは怨嗟へ。男は、自らの妻になる筈だった女を奪った、兎族の男への怨嗟を募らせていった。
『やめて! 離して頂戴っ』
『また、あの化生の所へ行くのか!? 行かせない、行かせるものか!』
仕事から戻った彼女を待っていたのは、勝手に上がり込んでいた元許嫁だった。
『オレの物だ、他へやったりはしないっ!』
男は、さくらを殴り飛ばすと、背中を踏みつけて憎悪に歪んだ顔で嗤う。
『あんたなんか……あんたなんか、あの人の足元にも及ばない!!』
さくらは打たれた背中を庇いつつ、元許嫁を睨みすえた。
『なんだ……その目。なんとでも言え、オレはお前さえいればいい』
『クズよクズ! 触らないでよっ』
さくらは、元許嫁を突きとばすと、挫いた足を引きずって小屋から逃げ出した。
だが男も黙ってはいない。ねじり上げるほど強く彼女の腕を掴むと、無理やり自分の方へと向き直らせる。
『化生がなぜ美しいか知っているか!? 人を惑わせ、喰らうためだっ、大方、あの男もそう言う肚だ』
ばちん、と夜の張りつめた大気が裂けた。さくらが、男の頬を平手で打ち据えたからだ。
その時彼女を突き動かしたのは、底知れぬ憎悪だった。
『最低の人間ね、汚らわしい…二度とあたしの前に現れないでっ』
『くっ‐‐――くく、くくく……』
男は、喉の底で低く嗤って、ゆらりと闇に溶ける。
そしてその通りに、二度とさくらの前に現れなかった。
逢瀬を重ねるうち、やがて‐‐――‐―さくらは刹霞の子を身籠もり、二人は結ばれた。
『刹霞さま、あの……あの、ね?』
さくらの小屋の中、刹霞は炉端で寝そべっている。
『どうした、やけに嬉しそうだな』
からかうような夫の声に、彼女はしきりに小さく頷いた。
『なんだ、隠してないで言ってみろ』
刹霞はのろのろと起き上がり、新妻の背中を愛おしげに抱き締めて微笑う。
『ややが……ややこが、できたの』
『な!? なにっ』
「と言うことは、奥さんは人間? じゃあ、奈与はハーフなんだ」
「そういうことになる。【あわいの者】といってな、人よりは長命だが、兎族よりは劣る存在だ」
乗り出したさくらに、刹霞は静かに、淡々と話す。
(そっか、だからあの子……そっくりなあたしをお母さんと思って!?)
さくらは唐突に、なぜ奈与が、自分に懐いたのかを理解した。
「奈与が生まれてまもなく、人族と兎族の間に亀裂が生じた。彼女を奪った俺を恨んだ元許嫁の男が、兎族の村を焼いたのが始まりで‐‐――長い激戦の末に兎族が勝利し、七つ国の人族はすべて死に絶えた」
「奈与は、あの子は?」
さくらの問いかけに刹霞は、ふと悲しげに遠くを見つめるようにする。
その目が泣いているようで、さくらは胸元で握りしめた手を、色が変わるほどにきつく握りしめた。
「無傷だった、俺も…アイツも。なぜだか分かるか? 妻が、さくらが庇ってくれたからだ」
「そ、んな……」
赤々と燃える戦火は天地を焦がし、あたりは勝ち鬨の声で満ちた。
『刹霞さま、この子を連れて早く逃げて! ここはあたしが食い止めますっ』
『ああっ、すまん……すぐ戻る!』
熱気に煽られる中、さくらは我が子を夫に託し、兎族の村の火消しに立ち回っていた。
『母さま、置いてっちゃいやだ! 父さま、母さまを置いていかないでっ』
刹霞に抱きあげられた幼い奈与が、母に向けて、懸命に小さなもみじ手を伸ばして訴える。
『奈与、母さますぐ戻るから…父さまの言うこと、ちゃんと聞くのよ?』
『イヤだイヤだ! 母さま行かないで!』
もみじ手を振り回して奈与は地団駄を踏むが、母は困った顔をするばかりだ。
『ほら、いい子だから…ね?』
【さ、早く行って…】
そこまで言いかけて、さくらは叫んだ。
危ない‐‐――と。
空気を裂く火薬の破裂音。
血が、勢いよく飛沫いた。
紅く赫く、花びらのように。
弩の鏃が、さくらを貫いたのだ。
『夫と息子を庇ったか……化生なんか庇うなんざ、気が知れねぇなあ。つくづくバカな女だよ、お前は』
『っ母さま!? 母さましっかりしてっ』
『るせぇガキ!』
『ううっ!』
元許嫁は奈与を蹴飛ばすと、脇腹を押さえて蹲るさくらの髪を、鷲掴みにして掴みあげた。
『よくも俺を捨てやがったなぁ、このアバズレ! この際だ、夫と息子の前で殺してやろうか』
さくらは昂然と元許嫁を睨むと、隙をついて思いきり手に噛みつく。
『ぎゃ!?』
男は、手を押さえて蹲る。
『殺させるものですか! 汚らしい手で、二人に触るなっ』
瞬間、銃声が轟き‐‐―‐―男はぐらりと揺れて地面に転げた。
撃ったのは刹霞で、元許嫁が、人族の最後の一人だったようだ。
人族の鬨の声は、もう聞こえてこない。
閑地には、黒焦げた人間のなれの果てが多く転がっている。
『母さまっ、母さま、しっかりして!』
奈与は、幼顔を涙で濡らして母の傍に寄り添い、何度も頬寄せる。
『奈……与』
傷だらけの白い手が、息子の頬を伝う涙を、弱々しく拭った。
『気を確かに持て! いま傷を塞いでやるっ』
『……だめ、いいの、よ……』
刹霞に抱えられたのが分かり、さくらは、そろそろと手を彼の頬に這わせた。
その手が、細かに震えている。
『だめだっ! このままでは死ぬぞっ』
『ごめんな、さい……あたしの、せいね? 同じ命なのに、たくさん死んだわ』
傷を塞ごうとした刹霞の手を握りしめて、さくらは弱々しく微笑んだ。
『同じよ、みんな……あなたも、同じ命…なの』
『俺は許さないっ、お前を傷つけた人間を、いや、人間すべてを呪う!』
『そんな悲しいこと……言わない、で?』
『さくら……』
『刹霞、さま…あたしも、人間よ? お願…い、嫌わないで』
『誰がお前を嫌おうか! さくら』
『あたしは……人と、して……あなたに、出逢って、あなたより先に』
力なく、さくらの手が地面を叩いた。
『さく、ら? さくら――‐‐―っ!!』
「そして、俺は奈与を連れて梁呂……七つ国を出、兎族は二つに分かれた、とう訳だ」
噎び泣くさくらを抱き締めながら、朔も小刻みに震えていた。
「兎族にそんな過去があったなんて…」
「あの子の気持ち……大事な人を、傍で看取る痛み、あたしにはよく分かる」
ぎり、と握りしめる手に力を込めるさくら。
「俺は悟った……4年前、琥珀が言った言葉が正しかったのだ。我らも、人間も…もうなにも失ってはならぬとな」
刹霞は溜息混じりに言うと、悲しげに深く項垂れた。
「奈与が【あわいの者】だったなんて。全く気づかなかった…けど、それとこれは話が違う。俺はさくらを守りたい」
「刹霞さん」
「…ん、なんだね?」
さくらにまっ直ぐに見つめられて、刹霞は、居心地悪そうに膝をもじもじさせた。
「あたし、昨夜奈与に会ったんです。なんて言うか……ひどく、寂しそうな目をしていたわ」
(……襲われたけどね)
「なんの巡り合わせなのか……声も、姿形も一緒とはな」
悲痛に表情を歪める刹霞に、弖阿が溜息する。
「そうさのう、昨夜…さくらの星宿‐‐―‐星廻りを見たんじゃが、まさしく彼女の生まれ変わりと出おった。これで話は繋がったな」
一同が息を詰めたのが、さくらにはしっかりと分かった。
こんばんわ、ご無沙汰しておりました維月十夜です。
なかなか、パソコンに向かう機会ができずに鬱々した日々を送っておりました(笑)