さくらの願い
七ツ国での暮らしにも大分慣れた頃、2人は市場の帰り道で、500年前にこちらに流されてきたという女性・セリナと出会う。
セリナとの出会いで、さくらはある野望(希望? 願望?)を持って!?
朔とさくらが、七ツ国で暮らし始めて、早一ヶ月が経った。
初めの何日かは迷ったものの、今ではすっかり慣れてしまい、遠出をして、商人がこぞって軒を連ねる衙呂山まで行くようになっていた。
「わあ、相変わらず混んでるわねぇ……向こうで言う、市場みたいなモンなのね、きっと」
「おいおい、どっち行くんだよ、野菜類はあっちだろ?」
まったく反対側にある玉石商(屋台の宝石屋)を見に行こうとするさくらを捕まえて、朔は思いきり渋い顔。
「あん、ちょっとだけ見せてよぅ……朔ちゃんてばぁ」
「ここに来るたび同じこと言ってるぞ、今度こそダメー」
「きゃっ」
小柄なさくらを、ひょいと抱きあげると、朔はずんずんと人混みの中を進んでいく。
勿論、人混みを掻き分けて進む二人を、振りかえる者が多い。あまつさえ、くすくすと笑う者さえいるのだ。
「やだ‐‐―っ、朔ちゃん降ろして〜……一人で歩けるからっ」
「おい、大人しくしてろって」
じたばたともがくさくらを押さえ込んでいたが、八百屋の前で、さくらは(無理やり)朔の腕から脱出して、ペロリと舌を出して見せた。
「もう、朔ちゃんのバカ……笑われちゃって、恥ずかしいじゃない」
「買うモン買って、早く帰るぞ……怒鳴るなー」
(恥ずかしいと思うなら、もうしなけりゃいいのにっ)
内心ぼやきつつも、おかんむりなさくらの脇で、朔はてきぱきと野菜を選んでいく。
玉菜、トマト、リンゴにキュウリ。朔の好物ばかりである。
しかしあからさまに、一つだけ避けているものがあった。
「はい朔ちゃん、ウサギはやっぱり、これ食べなきゃね」
差し出されたのは……人参だった!(どーんっ)
朔、一歩退く。
「朔ちゃん?」
「……人参キライ」
やや暫く黙った後、朔は汗みずくで、ぽつりと言った。
「なに子供みたいなこと言ってんの! 好き嫌いしないで、なんでも食べるのよっ、すいませーん、コレくださーい」
さくらは、ポケットから一枚の札を取り出す。
その札は、朱墨で表書きされており、裏にも、同じ朱墨で印が押してある。
先日氷魚がやってきて、この札を渡してくれたのだ。
「あいよ、嬢ちゃん……今日もご苦労さんだねぇ。おや、ダンナはどうした?」
八百屋のおかみさんが、野菜を詰めた袋をよこしながら尋ねてくる。
「朔ちゃんたら、さっきから拗ねちゃってるのよ…人参買ったから怒ってるの」
さくらが隣を指さすと、むくれ顔の朔が、俯きがちに腕組みをしていた。
「ウサギなのにねぇ、人参食べないのかい…珍しい」
「好みってあるだろう、普通」
面白そうなおかみさんに、朔はあくまでも憮然として言う。
「そろそろ帰ろ、朔ちゃん」
「うー」(声が低い、まだ怒っているらしい)
「ありがと、おかみさん」
「あいよー、またおいでっ」
なんとか険悪ムードを裂こうと、さくらは足早に、朔を連れて市場を離れたのだった。
「ごめんてば、朔ちゃん」
プイ、とそっぽを向く朔に、さくらはオロオロ。
(なんか、ホントに子供みたい)
「ちょっと聞いて、きゃっ!」
「きゃあっ!」
「さくら!?」
同時にした二つの悲鳴に、朔は慌てて振り向いた。
さくらは、座り込んでいる女性に謝りながら、散乱した荷物を拾い集めている。
女性は、妊婦だった。
「大丈夫ですか!? ホントにごめんなさい、お腹…痛くないですか?」
「こっちこそ、よそ見しててごめんなさい…あたしは大丈夫よ」
差し出したさくらの手に掴まって、女性は「よいしょ」と起きあがった。
「荷物持ちますね、家まで手伝いますから」
「ごめんね、迷惑かけるわ」
「いえいえ、ね? 朔ちゃん」
「あ…ああ」
さくらは、逃げようとした朔の耳朶を、きつく引っ張って笑う。
女性の家は市場から近所にあり、玄関先では、彼女の夫が仁王立ちをして、妻の戻りを待っていた。
「セリナ! 心配したんだぞっ、珍しく一人で行くなんて言うから、気が気じゃなくて……」
彼女の夫は、黒い短髪を振り乱しながら言う。それ程、心配だったのだろう。
「大丈夫、この人達が助けてくれたからね。それに、これしきで死ぬんじゃ、あたし達の子じゃないもの」
女性・セリナは、にっこりと笑いながら、ポン、とまろやかな腹部を軽く弾く。
「お二方、妻を助けてくれて、ありがとうございます。立ち話もなんです、上がっていってください」
目元を和らげて、彼は「どうぞ」と玄関口を空けた。
話をするうちに、セリナは人間だと言うことが分かり、いまから五百年前に、嵐の海に転落して流され、この七ツ国で暮らすまでを、さくらは聞きたがった。
「若狭の漁師の娘でね、あ…若狭って『人魚伝説』で有名な場所ね? 忘れもしない……あの日は、これまでにないくらいの、大嵐だったからね。あれは……夏の穏やかな日。昼前までは海は凪いでいてね、父さんが漁に出てくのを、浜に見送りに出たときだ、凪いで、風もなかったのにね、津波が起きたんだ」
「津波!?」
さくらが驚いて聞き返すと、セリナは大きく頷く。
「そう、津波ったって、ただの津波じゃあない、その中に…蛇みたいな水妖がいたんだ。浜で父さんが助けを求めてた、だから走ったんだけどねぇ……けど遅かった」
「遅かった?」
「あたしは、崖が崩れて、水妖のいる水の中へ真っ逆さまってわけ」
「五百年前? 戦国時代か?」
朔は、呟いてから首を傾げた。
(セリナが、五百年前にこの七ツ国に来たのなら、なぜ若いままなんだろうか?)
それが顔に出ていたようで、セリナは気を悪くした風もなく朔に応える。
「あ、いや悪い」
心の内が筒抜けだったのに、朔はばつが悪そうに首を竦めた。
「いいのよ。それだったら、もう老人を通り越して、骸骨になってもおかしくないでしょう? この世界の時間は、流れ方が違うみたい。だからあたしも若いままで、この人と出逢ったの」
「すべての空間が、同じ時間の流れとは限らない、ってことなんだな」
出された茶を啜りながら、朔は小さく頷いたのだった。
「さくらさんも、人間なのでしょ? ここには、どうやって?」
セリナは、幸せそうに腹を撫でながら、はんなりとした微笑みを向ける。
「逃避行だ」
と朔。
「まあ」
セリナは、好奇心に目を輝かせながら身を乗り出した。
(なんか違う気が……ま、いいか)
えへん、と胸を張る朔に、さくらはそっと溜息する。
「お二人は夫婦なの? お子さんは、まだ?」
「ぶっ!」
「えっ!」
セリナのトンデモ発言に、朔とさくらは一気に沸騰してしまった。
「あ、いや……その」(朔)
「いえ、あの……まだ、です」(さくら)
「ご夫婦なのね、ちゃんと顔に書いてあるわよー」
くすくすと笑うセリナに、さくらもつられて笑う。
「お茶をありがとう、あたし達、そろそろお暇しますね」
「あら、もう少しいても平気よ?」
名残惜しげに言うセリナに、さくらはふうわりと、笑って見せた。
帰り道、さくらはセリナの言葉を思い出していた。
「夫婦…か」
「どした、さくら……疲れた?」
急に歩みを止めたさくらを、朔が覗き込む。
「ねえ朔……」
首を横に振ってから、さくらはじっと朔を見あげた。
「ん?」
さくらは、朔の青い目を覗き込んで『ああ、やっぱりきれいだ』と思う。
「赤ちゃん……欲しいな」
朔の手から、ぼさ…と買い物袋が落ちた。
「……さく、ら?」
かかか、と赤くなり、爆ぜんばかりに目を見開く朔。
「あの二人見てたら、羨ましくなっちゃった。ね、作ろ?」
簡単に言ってよこすさくらに、朔の顔の赤みはさらに増してゆく。
朔だって、さくらとの子が欲しくないわけがないが‐‐―――。『欲しがりません、(奈与に)勝つまでは!』である。
「聞いてないでしょー、また人の話」
(いや、もう充分だって……理性がっ)
朔の中で、決心が崩れた。
「じゃ、じゃあ……今夜だけ、な?」
立て前では何度もそう言ったが、それが実現するはずもなく……。
二人は、熱い夜を過ごしたそうな。(こいつら…(怒))
一方…水鏡の前では、奈与が地団駄を踏んでいたとか、いないとか。
こんにちは、ご無沙汰しておりました。
引っ越しやらなにやらで、更新が遅れてしまい申し訳ありません。
朔とさくら、これからもっと、試練が待っています、頑張れ〜(って、他人事)あわわ。
こんな話しでも、読んでくださる読者に感謝です。
それでは、また次回にお会いしましょう。
それでは、失礼します。