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救い手

徳島から〈筋〉を通って、なんとか別の空間に避難できたさくらと朔。

しかし、そこは日本とはまったく違う成り立ちの国で、『七つななつくに』という異世界だった!

七つ国に、辿り着いた二人に待ち受けるのは……!?


氷魚と風季について行って、湖からそう離れていない村はずれに、石造りの一軒家がそびえているのが見えてきた。

四つ角に整備された道の両側には、青々とした作物の葉が茂る、畑が広がる。

「こっちよ、入って入って」

氷魚が玄関の扉を開くと、そこには、中世ヨーロッパの民家によく似た内装の、居間が広がっていた。

壁には、たくさんのドライフラワーが逆さに飾られ、深いあおを基調とした、見方によって色を変える不思議で、複雑な色彩の天井には、見慣れない文字が円を描いて彫り込まれている。

「きれい……でもなにかしら? 天井に、文字みたいな、模様みたいなのがある」

「ケルト文字……一種の結界陣だな」

ぽつりと言ったさくらに、朔は低く囁いた。

「お兄さん、これが分かるんだ? ってことは、人外だね?」

氷魚は、ふむ…と腰に手を当てると、朔をまっ直ぐに見つめる。

「おかあさん、お兄ちゃんね、ウサギさんなの。でね、こっちのおねえちゃんは人間だよ?」

朔は、急に指を差され、しかも種族を当てられてぎょっとした。

「俺の属が分かったって事は、あんたらも…?」

よじよじ、と膝によじ登る風季を抱きあげて、氷魚はころころと笑った。

「分かるよ、それが基本だもん……ちなみにあたし達は人狼さ。って言っても、暮らしの面じゃ、人間と何ら変わりないんだけどね」

「ここに……人間はいないの?」

「ご、ごめん……そうだよね、煽ってどうすんだ、あたしのバカっ、と、とにかく心配しなくて良いよ、ここの世界も、そんなに悪いトコじゃないから、ね?」

怯えに表情を曇らせたさくらに、氷魚は慌てて謝る。

氷魚は、壁に貼ってある地図を外すと、テーブルの中心に広げた。

「この世界はね、見て…7つの国から成り立ってるの。とうこうろん東崙とうろん。だから、ここは〈七ツ国〉というんだ…」

「……七ツ国」

呆気にとられつつも、さくらは小さく反芻する。

「さくら、大丈夫だ」

茫然とするさくらの肩を、朔が強く抱き寄せた。

「今いるここは、棠国の西外れにある彁庄せいしょうという所よ……お兄さん、よっぽど彼女が大切なんだね。あ、そういや名前を聞いてなかったっけ、訊いてもいい?」

「あ、すみません…名乗り遅れまして、あたしはさくらといいます。で、こっちが」

「朔だ」

さくらと重なるように言った朔に、氷魚はナイスタイミングと笑った。

しかし、ピリピリと警戒する朔は相変わらずだ。

「怖がらないでよ、別になにもしないからさ。お茶どうぞ」

二人の目の前に、それぞれ湯飲みが置かれ、湯気と香りが鼻腔をくすぐる。

「おいし…温かぁい」

「んまい……」

「それにしても驚いたなぁ、初夏とはいえ、水も冷たかったでしょうに……どうして湖なんかに〈筋〉を? この世界でも、もう少しマシな場所があるよ」

お茶にがっつく二人に、氷魚はひょいと片眉を上げてみせる。

「仕方なかったんだ、逃げるので精一杯で。しかも、攻撃のせいで帰り道が歪んじまって」

その柳眉を顰めた朔に、氷魚は小声で問うた。

「ねえ、逃げてるって……追われてるの?」

ことん、と湯飲みを置いて、朔は俯く。

「まあ、そういうことになるが……迷惑、かけるつもりはない。茶、馳走になったな。行こうさくら」

「ごちそうさま、ありがとう氷魚さん」

「ちょっ、ちょっと待って! 他に、宛がある訳じゃないんでしょ?」

早足で玄関に向かう朔とさくらを、氷魚は慌てて止めた。

「ない。けど……俺たちに関わったら、死ぬかも知れないんだ」

「そんな危険な事っ、二人だけじゃさせられないよ! 迷惑がなんだい、そんなのちーとも構やしない。だから、ね? よかったら二人とも、ここに住まない? 大勢の方が楽しいでしょ?」

「で、でもっ」

「その先は言いっこナシ! さてと、事情を聞こうかな」

あわあわと困惑するさくらに、氷魚はびしっと指を向ける。

逃がさないよ、といわんばかりに食い下がる氷魚に、遂に根負けした朔は、ひょくっと首を竦めて見せた。

「分かった、話そう……俺は、そこのボウズの言うとおりウサギだ。けど、ただのウサギじゃあない。『森の民』という一族なんだ」

「その『森の民』から逃げてるのね。なにか、追われるようなことでもあったの?」

「それは……あたしから話すわね? 朔ちゃん、いいでしょ?」

「ああ」

こくりと頷いた朔の膝に、風季がよじ登ろうとしては、失敗を繰り返している。

どうやら、座高が高すぎて届かないようだ。

「4年前、あたしは琥珀というウサギと暮らしてたの……彼も、朔と同じ『森の民』の一人で、人間と変わらない暮らしをしてた。でもその多くは、人間を憎んでいるのが殆どで。そして4年前のある日、事故が起こったのよ、あたしの実家があった村を、土砂崩れが襲った。あたしが…その時唯一の生存者」

「その土砂崩れを起こした先代の長と、現総領が執念深くもさくらを見つけて、『殺害計画』を実行したって訳だ」

「ちょっと、何なのそいつ……さくらさん、なにも悪くないじゃないっ」

拳を握って地団駄を踏む氷魚に、風季がまとわりついて甘える。

「おかあさん、とうさん帰ってきたよー」

それと同時にバタン、と勢いよく扉が開いたかと思うと、脇に一つずつ袋を抱えた青年が、歩調荒く入ってきた。

「ひーおー……てめえっ! 今度はお前が行けよなっ、重かったんだぞ、小麦の袋2つも」

「遅かったじゃないの、それに…お客さん来てるんだから、少し静かにしてちょうだい」

「他に言うことがあるだろうがっ、ったく」

どかっ、と長椅子に座った瑪瑙の膝に風季がよじ登って、小さな口元に、人差し指を当ててジェスチャーする。

「とうさん、お客さんビックリしちゃうでしょ、しーよ、し‐‐―‐‐」

「客?」

瑪瑙は、向かいの長椅子に座る朔とさくらを見てから、ちらりと氷魚の顔を見た。

「この二人は、さくらさんと『森の民』の朔ちゃん。小一時間前くらいに、昔アンタが開いた〈筋〉から出てきたの」

「ああ!? あの湖の〈筋〉なら、とっくに閉じたはずだぞ? 別のヤツじゃないのか?」

「ホントよっ! だって、あれ以外に〈筋〉通ってる場所なんて、この近くにないものっ」

「わ、悪かったよ……別に責めてるんじゃねぇし。ってなぁぜ俺の首を絞める」

ぐぎぎぎぎ…と首を締めあげられ、当事者の瑪瑙に、朔とさくらにも冷や汗が浮く。

「分かればよろしい」

「いてて……それに、あんた朔だっけか? 『森の民』だって? それ本当か?」

「知ってるの? 瑪瑙ってば」

首を傾げる氷魚、どうやら知らなかったようである。

「言ったが、なんだ?」

朔は、膝の上で組んだ手を、きつく握りしめた。

その震える拳を、さくらがそっと包む。

「ああ…『森の民』ってのは、この世界にかつて現存した、古代種族の名だ。どこかに移住したって聞いてたが、まさか、あんたらの世界にいたとはな」

「ええ、それで……あたし達、逃げてきたんです。その『森の民』から」

俯き気味に言ったさくらに、瑪瑙は思わず身を乗り出した。

「追われてるのかっ?」

「あっ、いえ、あの…ご迷惑はかけませんっ、また追っ手が来たら大変だし、それに、お子さんもいるわけですし」

さくらは、朔の服の裾を引っ張って、長椅子から立ちあがる。

「色々と面倒事があるからな、長居はすまい」

「そっ、そんな二人ともっ!」

玄関へ向かおうとする自分たちの前に、通せんぼをする氷魚に、さくらは、やんわりとその片腕に触れて微笑んだ。

「ありがと、氷魚さん……その気持ちだけで充分よ。これからなにがあるか分からないけど、暫く二人でやってみようと思うの。それでも分からないことがあったら、また来てもいいかしら?」

「もっちろん! なにかあったら、いつでも来てっ」

ぶぶん、と強く握り合わせた手を振る氷魚に、さくらは気圧され気味に笑う。

「あ、ありがとう」

‐‐――‐と、黙って話を聞いていた瑪瑙が、勢いよく立ちあがった。

「ついてきてくれ、とりあえず、これからの寝床がいるだろ? 客分を無碍むげにする心根は、生憎持ち合わせてないんでね」

にっ、と笑う瑪瑙の背中を、氷魚が『あんたってばっ』と強く小突く。

「ってーな、氷魚…お前は留守番してろよ? 風季と風音かざね放っといたらエラいことになる」

外野で、きゃわきゃわと騒いでいた風季の他にもう一人、頭数が増えていることに気づいたさくらは、ぱちくりと瞠目してしまった。

「えっ、氷魚さん…もしかして」

「そうなの、こいつら双子なのよねー……やんちゃ盛りでうるさいったら」

行くぞ、と一瞥する瑪瑙についていく二人を、氷魚は心配そうに見送ったのだった。


畑の脇を、スタスタと進んでいく瑪瑙。

あとをついていきながら、足を止め、しきりに周りの景色に魅入っている。

「わあ、すごい山脈〜……あたしのトコより高いのねぇ」

かすみのかかり方が……徳島とは格が違うな」

「おいおい、置いてっちまうぞー?」

風景に感動していた自分たちの数歩先で、瑪瑙が振り向き様に呼んでいる。

それに気づいたさくらは、まだ呆けている朔を引きずって、再び歩を進めた。

「すっ、すみません……ほら朔ちゃん、行くよっ」

「さっ、さくらぁ」

(女って、男より…ある意味逞しいよな)

二人を見ていながら、瑪瑙はしみじみと内心で呟いた。

「ここだ、氷魚の母さんが住んでた場所なんだけどな、よかったら使ってくれ」

『古くてごめんな?』と笑う瑪瑙に、朔とさくらは思いきり首を横に振った。

「そんなっ、すごいですっ……こんな立派な家、貰っちゃっていいんですかっ?」

さくらに賛同して、コクコクと頷く朔を見て、瑪瑙は大仰に溜息する。

「いいから連れてきただろ? それとな、細かいこと気にしすぎだぞ? 気にすんな、遠慮なんかいらねえよ」

「あ、ありがとう」

「おうよ」

瑪瑙達三人の前には、立派な石造りの家‐‐――‐‐いや、洋館が佇んでいた。

「すまねぇな、色々と……そうだ、あんたの名前は?」

「俺ァ瑪瑙めのうっていう、朔だったか? なにかあれば呼べよ、力になるぜ」

にっ、と笑い合う二人に、さくらもつられて笑う。

「おっと、案内役はここまでだな……こっからは、お二人さんで上手くやってくれ」


 帰っていった瑪瑙の姿が見えなくなってから、さくらはそっと朔の腕に抱きついた。

「親切な人でよかったね、朔ちゃん」

抱きついたままの、さくらの背中がフルルッと震える。

「寒いのか? とりあえず中に入ろうな」

朔は、さくらを伴って、洋館の扉を引っ張った。

からん、と、軽やかな鈴の音と共に開いた先には、日本でもよく見られる、いわゆる豪邸を思わせる空間が広がっていた。

「……どっかで見た感じだよな」

ぽつり呟いた朔に、さくらも小首を傾げる。

「わっ? あったか…い」

玄関で靴を脱いで、フローリングの廊下を通って室内に入った瞬間、ふうわりとした暖気が二人を包んだ。

次いで、吊り鐘型のランプに、一斉に明かりが灯る。

「す、ごい……どうなってんの?」

唖然として呟いたさくらの横で、朔はキョロキョロと、珍しそうに天井や周りの壁を見回しながら、独り言のように囁いた。

「魔力で満ちてるんだ、あの文字が彫り込まれて」

「魔力……? あ、この模様って、氷魚さんの家にあったのと同じ?」

白壁の天井には、様々な形をしたルーン文字が彫り込まれ、まるで天球をめぐる正座の如くに、天井や壁を巡っていた。

文字は、廻りゆく度に光り、その様は儚い蛍火が舞うようでもある。

‐‐―と、さくらが深い溜息を吐いた。

それが、感嘆からくるものではないことは、赤く潤んだ彼女の瞳からして明白だ。

「ねえ、朔ちゃん……どうなるんだろ? あたしたち」

さくらは、ながいすに座る朔の胸板に、きつく身を寄せた。

「……」

朔は、なにも言わずに、ただ、さくらを抱き締める。

「これじゃ、行方不明じゃない…イヤよ、朔ちゃん、帰りたいよぅ」

ガクガクと震え、迷子の子供のように泣きじゃくるさくら。

「……生きるんだ。今、ここで」

そう言って、ぽふ…と髪を撫でる朔の表情は、どこまでも優しかった。

「…ごめん…ごめんね、責めてるんじゃないの。ただ、考えたら急に怖いな…って」

「それが当たり前だ。けどな、さくら……同じトコで迷ってないで、今できることをしよう?」

くすん、と鼻を啜ってから、さくらはじっと、朔の青い瞳を見つめた。

「『いま、できること』か。そう、そうよね? あたしったら…」

朔だって、不安じゃないはずがない。

朔だって同じなのに、不安は同じなのに。

自分が一人、辛い訳じゃないのだ。

「生きよ…ね? 朔ちゃん、ずっと一緒に」

朔は、さくらの肩を抱いたまま、半身を捻って窓の外を見る。

暮れてから、大分時間が経っているのだろう。

こちらに来てから、初めて見あげた夜空。

なにが同じで、なにが違うのか。

同じのようで、同じではない。

見あげた夜空には、深く沈んだ群青が、果てなく続いていた。


維月です、『Rabbitぱにっく』新章のお届けに上がりました。

さて、本題。『七つ国』に辿り着いた2人ですが…

パニくってますね(笑)

ちょっと可哀相だったかなー…なんて、今ごろ思ってたりして。

ここまで読んでくださる読者様には感謝です〜(^o^)

これからも、もしよろしければ、ご愛顧くださいませ。

それでは、失礼致します。

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