見知らぬ世界で…
奈与の追撃から逃れる為に飛び込んだ異世界で、朔とさくら…2人は茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
異世界の湖に〈筋〉が開けた時、二人の前に現れた人影があった。
それは…!?
(くそっ! 〈筋〉の底に足が着かないなんて、雷撃で空間が歪んだなっ)
朔が非常口として飛び込んだ〈筋〉は、ただ広い闇だった。
片方には意識のないさくらを抱え、朔は深闇の中を、出口を探して漂う。
(さくら、息が浅い……これじゃあ危険だ!)
意識を失ったさくらは、夜目にも青白かった。
ひやり、と朔の頬を、凍った闇が撫でていく。
そうしている内に、天井あたりが薄明るく光っているのを見つけ、出口へ向けて、朔は底を蹴って昇っていった。
「ぶはっ! げほっ、げほ! かはっ」
大きく水しぶきが上がって、朔が顔を出す。
ヨロヨロと砂浜に倒れ込むと、さくらがその衝撃で噎せ、飲んでいた水を全部吐きだした。
「げほっ! けほけほっ、うぅ‐‐―‐‐」
「さくら! さくら、しっかりしろっ」
ぼんやりとする視界に揺れる影に、一瞬、琥珀の影が重なる。
「さ、朔ちゃん……なに、ここ? あたしたち、どうしたの?」
朔はさくらを抱き締めると、宥めるように、何度も頭を撫でた。
「すまない、奈与から逃れるには〈筋〉に入るしかなかったんだ。平気か? どこにもケガ、してない?」
さくらは、ゆるゆると首を横に振る。
「朔こそ、傷……痛くない? あたしを庇ってくれたのでしょ?」
朔の、赤剥けた手をそっと包んで、さくらはポケットからハンカチを出し、端を細く裂いて、傷口を手当てした。
「ごめんね、痛かったよね……みんな、ごめん」
手当てをしながら涙するさくらを、小さく小突いて朔は笑う。
「気にするな、俺も椿も心配ねぇよ……『森の民』はそう簡単に死なないのさ。だから…な? もう泣くな」
「ホン…ト? 椿さん、生きてるの?」
朔が微笑みかけると、さくらも安心したように微笑む。
「よかったあ」
朔は、嘘をついた。
椿は‐‐―‐‐彼女は死んだのだ。
(ごめん、さくら、おいら…嘘ついちまった)
嘘を、つかなければいけなかったのだ。そうしなければ、さくらは深く傷ついていた。
さくらが旅館を出てすぐに、さくらの外出を、厨房にいる母に伝えに行った澪が、大声で泣き叫びながら戻ってきたのだ。
『お兄ちゃんっ、お兄ちゃあん! お母さんを、お父さんがぁーっ』
『なにがあったっ』
急いで場に急行すると、そこは一面の血の海。
その中に、肩口を大きく裂かれた椿が横たわっていた。
『お前っ!?』
『私はいい……こうなると、分かっていたから。すみませ、あの人を…奈与を、止められなかった、さくらちゃんが危ない、奈与は……あの子を殺す』
『手当てをっ、すぐ戻るから…』
そこまで言いかけた朔を、椿は浅い息のしたで遮った。
『行っ…て、早く!』
そこまで言うと、椿は自らの本性に戻った。
息を、引きとったのだ。
椿の命を賭した叱咤に、朔は死にものぐるいで、さくらの気配を追ったのだった。
「生きよう、どんなことがあっても……」
腕の中で、大人しくしていたさくらが、ふと思いついたように問う。
「帰ろう朔ちゃん、帰れるのよね?」
「〈筋〉が歪んでる……奈与のせいだ。さくら、よく聞いてくれ…俺たち、どうやらここで暮らすしかないみたいだ」
「う……そ」
「すまねえ、さくら……何度も試したんだ」
悔しそうに呟く朔と、ぺしゃん、と座り込むさくら。
さくらは溜息をついて脱力すると、ややしばらく間をおいて、すっくと立ち上がった。
「なっ、なによっ、別にこれしきで、へこたれるあたしじゃないもの! 奈与なんかの好きに、させないんだからっ、ねっ、朔ちゃん」
「す、すごいな」
思わず言ってしまって、朔は慌てて口を噤んだ。
落ち込んでいると思いきや、強気で地面を踏みしめる。
そんな彼女に、朔は改めて惚れ直し、感服したのだった。
「それにしても、ここどこ〜?」
さくらは、きょろきょろと辺りを見廻しながら歩き始める。
さくさくと砂地を進んでいくが、見わたす限り、どこまでも広野が広がるばかりだ。
湖沼特有の水の匂いが、つんと鼻がつく。
どうやら、朔が飛び込んだ〈筋〉は、この湖に通じていたようだ。
さっきから、何度も開こうとしてくれていたが、向こう側で閉じられてしまったらしい。
「さくら……もしかしたら、日本出たかもな…迂闊には動けないぞ?」
「ええっ!? そうね……でもどうしよう? このままって訳にもいかないじゃない」
朔は、諦めたように座り込むと、大仰に溜息する。
「まずは、ここがどこかしるべきだよな? 民家でも探そう」
「うんっ、ここがどこであれ、あたし達生きなきゃ」
バッと立ちあがった瞬間、さくらは、自分たちを不思議そうに見あげている子供と目があった。
「あ、れ?」
「おかあさん! 誰かヒトがいるよ‐‐―‐‐っ」
さくらが首を傾げるが早いか、子供は喜々として走っていってしまった。
「げーほげほげほっ!!」
砂が舞って、咳き込む二人。
「朔ちゃん、いま…言葉通じたよね?」
「ああ」
「ってことは、ここ日本なんだ! よかったーっ」
きゅう、と抱きつくさくらの勢いに、朔はぺたんと尻餅をついてしまう。
「うれしーっ」
ぎゅうぎゅうと抱きつく、さくらの、濡れてはっきりした胸が押しつけられて、朔は思いきり沸騰する。
「おかあさん、こっちこっち!」
そのうちにさっきの子供が、きゃっきゃとはしゃぎながら、母親とおぼしき女性の腕を牽いて戻ってきた。
朔が、慌てて背中にさくらを庇うのを見て、その赤毛の女性は笑みを深くした。
「この湖を通ってきたのね? まだ通じてたんだねえ、大丈夫? ケガとかない?」
さくらは、彼女の服装と自分たちの違いに、内心『まさか』と息を詰めた。
「あ、あの……ここって、日本じゃ、ないの?」
「ホントに日本から来たんだ! ねえ、向こうは今どうなの? こっちと季節は同じ?」
「えっと、あの…あの」
「ちょっと待ってくれっ、さくらがびっくりしてる! それに、アンタは誰なんだ? 向こうって事は、ここは日本じゃないんだな?」
質問攻めに遭い、まごつくさくらを背中に庇って、朔は赤毛の女性をギロリと睨んだ。
「ごめんごめん、懐かしくてツイ…ね。あたしは氷魚、こっちが息子の風季だよ。あたしも、日本で暮らしてたことがあるんだ。ここがどこかって言ってたけど……とりあえず、場所を変えて話そうよ、びしょ濡れじゃないか」
赤毛の女性・氷魚は『ねっ』と人懐っこく笑って、さくらに手を差しだした。
「あ、はい」
さくらは、今になって自分たちが濡れ鼠な事に気がつき、頬を染める。
朔は相変わらず、本能的(?)に警戒したままだったが。
こんばんは、どうもご無沙汰しておりました、維月十夜です。
『Rabbitぱにっく』11部のお届けに参りました。
さてさて、本題。
椿と澪の親子…(死んじゃったよ…椿、ごめんねっ)澪の父親は奈与ですよ。
意外。
そして、異界に飛ばされた2人の前に現れたのは『幻夢シリーズ』の氷魚さんです。
こんな話ですが、読んでくださる読者様には感謝です。
これからもまだまだ続けていく予定なので、よろしければぜひぜひ謁見の程を。
長文ですみません、それではこの辺で失礼致します。