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最悪の邂逅‐‐―長とさくら

現長・奈与とさくらが鉢合わせ!?

先代の父親と同様に、人を憎む奈与は、さくらに殺意を抱く。

実は、朔と奈与は血縁で!?

絡まり合う憎悪の果てに、異空間へ避難した二人。

一体、どこへ行くのか……?

(まただわ、一番早くに起きちゃった……椿さんは起きてるだろうけど、朝ご飯まで時間あるよね。散歩でもしようか)

少し離れて寝ている朔と、昨夜そのまま、遊び疲れて寝てしまった澪を起こさないように、さくらは玄関へ向かった。

幸いなことに、途中誰にも会わずに外に出られ、さくらは安堵する。

今は、気分的に一人になりたかったからだ。


「懐かしいな、小さい頃よく通った道だ……」

さくらは、半ば草に埋もれた道を進んでいく。

この先には、不思議な色の水を湛えた、泉があるのだ。

「まだあるかしら、あの泉……潰れてなければいいけど」

あの土砂崩れの後、さくらはその時の記憶が、すっぽりと抜けていた。

そう‐‐―‐‐いわゆる、一時的な記憶喪失のように。

せり出した草を、片手で払って進み出た瞬間、さくらは思わず足を止めた。

泉の畔に佇む、青い毛並みをした、大きな獣と目が合ったのである。

見つめ合う両者、互いに驚きが隠せないようだった。

「で……でかいウサギ」

ピンと張った耳は巨大で、大地を踏む足は逞しく、爪は鋭い。

大型犬より大きな獣を、さくらは生まれて初めて、目にしたのだった。

「に、人間か?」

声が重なり、さくらはぱちくり、と瞠目する。

大ウサギも、物珍しそうにさくらに近寄り、さくらの手の匂いを嗅いだ。

「やだ、くすぐったいっ、カワイイね、お前」

スリスリと纏わりつく、大ウサギの頭を撫でてさくらは笑う。

「珍しい女よの、我を見ても驚きもせぬとは……まことに人間か?」

青毛の大ウサギは、少しさくらと間を取ると、苔生した石の上に座った。

「そういうのと縁があるのよ、あなたみたいに、立派な人は初めてだけど」

「粋な女じゃ、名を申してみよ……」

苔生した石の上に座り、真っ直ぐに自分を見つめる彼からは、どこか支配者を思わせるような、威厳が感じられた。

「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものよ?」

そう言ってさくらがウインクすると、大ウサギは度肝を抜かれたのか、目を大きく張った。

「よかろう、我こそは『森の民』現総領・奈与なたくという、そなたは何と申す」

「あたしはさくらよ、奈与さんって、お祖父さんみたいな話し方をするのね?」

「そういうのは、よく分からぬがな……のぅ、さくらとやら。以前に、どこかで会いはせんかったか?」

「え?」

さくらは、そっと傍に寄ってきた奈与に、ほんの少し後じさる。

「いや、その名に覚えがあってな……確か、琥珀と一緒におった女子の名と、同じで」

きろり、と流した横目で見られた刹那、さくらは凍る。

「琥珀を……知っているの?」

「ふぅむ、やはりそなた……『あの時』の生き残りじゃな? あやつが捨て身で救ったという」

がり、と前足で踏みつけた石が、粉々に砕け散る。

「で、でも……あたし、あなたに会ったの、今が始めてでっ」

さくらは、ひどく慌てて後じさった。

「おめおめと戻ってくるとは、余程命が惜しくないとみえる……我は、椿のようには甘くないぞ」

はっ、と息をのむさくら。

それと同時に、さっき、なぜ廊下で誰にも会わなかったのかを悟り、きつく奈与を睨み据えた。

「椿さんに、何をしたの?!」

「我に歯向かう者には『死』あるのみ……消した。そして、そなたもここで消えるのだ」

一瞬で組み倒され、肉食獣のような、牙の感触を首筋に感じる。

奈与はグルル、と唸ると、さくらを踏みつける前足に力を込めた。

さっき、座っていた大岩を砕いたのと同じように。

柔らかい皮膚が裂けて、傷口に鋭利な爪が食い込んでいく。

ポタポタと流れ落ちる血に、奈与は目を細めて舌を這わせる。

さくらは、殺気を突きつけられ、息をするのもままならなかった。

「どうだ、狩られる者の気分は? 恐ろしかろう、痛かろう」

「やめ、て」

搾りだすように言ったさくらを鼻で笑うと、奈与は襟首を咥えて草むらに投げ捨てた。

「同じ事を、貴様ら人間は我らにしたのだ……そこで、しばし祈るがいい」

奈与が、少年の姿に変わっていく様子を、さくらは愕然と見送っていた。

少年に変わった奈与の手のひらに、稲妻のような光が集まると、それはさくらの足元に生えた、雑草の穂先を粉々に砕く。

「どうした、恐ろしいか? 次は当てる、楽にしてやろうぞ…ぐっ!」

奈与が、再びさくらに手のひらを向けようとした瞬間、彼は低く呻いた。

小石が彼の後ろ頭にヒットしたのである。

「さくらに触んじゃねぇ、っのゲスが!」

「朔!」

瞬歩で、樹梢からさくらの傍に降り立つ朔。

躓きながら、自分に掻き付いてきたさくらを、朔は宥めるように頭を撫でた。

「悪かった、傷、痛むか?」

ぶんぶんと、首を横に振るさくらに『よし』と笑って、朔は『森の民』総領である奈与を睨みつけた。

「朔……貴様、戻っていたのか。なぜその女を庇う!」

奈与は忌々しげにさくらを睨みつけながら、吐きつけるように言う。

「てめえこそ、なんでさくらを狙うんだよ?」

「その女は、我が先に見つけた獲物じゃ! 仕留め損ねた獲物を、今やっと見つけたところを、貴様がしゃしゃり出おって、この愚か者っ」

「獲物だぁ? ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ」

瞬間、キン…と朔の青い瞳が、殺気を宿して色を変えた。

びくっ、と震えた奈与に、朔はニヤリとする。

「なっ、なっ」

今までの威勢の良さはどこへやら、尻餅をついて震えだした奈与に、今度はさくらが動いた。

奈与の頬を、平手で殴ったのだ。

「命を、なんだと思ってるの!? 玩具じゃないの、失くしたら、もう戻らないのよ? 非道いよっ、椿さん殺すなんてっ」

朔に泣きつくさくらに、奈与は腕を組んで鼻白む。

「椿が恋しいか? 貴様も、今すぐあの世に送ってもいいんだぞ?」

「いい加減にしなさいよっ! カワイイって言った、あたしがバカだったっ、アンタなんか、全然可愛くない、このひねくれ者っ」

殴ろうとしたさくらの手を止めて、朔は奈与を放り投げた。

「てめえみてぇなヤツと、血ぃ繋がってるなんてな……考えたくもねぇ、このクソガキっ」

「考えるヒマ、なくしてやろう」

バリッと、いかずちが大気を引き裂く。

奈与が手のひらを向け、雷撃を放つのと、朔がさくらを庇ったのは同時だった。

「きゃあぁぁ‐‐―‐‐―――――っ!!」

「くっ、クソガキぃ‐‐―‐‐っ、ぐうぅ……さくら、さくらしっかりしろ!」

バチバチと、雷撃がさくらを灼く。

「くそっ!」

このままでは、さくらが危ないと直感した朔は、地面に血で移動陣を描く。

印から燐光が噴き出すと、朔は気を失ったさくらを抱え、非常口として開いた〈筋〉に飛び込んだ。


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